巌雄謙治

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巌雄 謙治(がんゆう けんじ、1970年8月6日 - )は、兵庫県姫路市出身で北の湖部屋所属の元大相撲力士。 本名は平野 建司(ひらの けんじ、後に兼司)、李 建司。身長184cm、体重173kg。得意技は右四つ、寄り、叩き。最高位は西前頭筆頭(1997年9月場所)。現在は年寄山響

Ganyu 2010 Sep.jpg

来歴[編集]

中学校時代はバスケットボール砲丸投などに借り出されていたが、中学校3年から本格的に相撲を始めた。引退間もない北の湖親方に入門を勧められ、1986年3月に初土俵を踏む。ちなみに彼が北の湖部屋最初の入門力士である。

仕切り線に近い所で仕切って立ち、体格を生かして左上手を取って寄る取り口で、両膝を負傷していたため、下がり出すと脆かったので上位に定着できなかった。立ち合いに変わっての叩き込みが多かった。幕内を連続23場所務めたが2000年1月場所には十両に陥落、同年5月場所には幕下まで陥落したため場所前の4月に引退した。番付上は2000年5月場所の幕下が最後となる。

引退後は、準年寄・巌雄、年寄・小野川を経て山響を襲名。現在、北の湖部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。

2014年1月30日日本相撲協会公益財団法人に移行したことに伴い、湊川親方大嶽親方と共に日本相撲協会の評議員に就任した。これに伴い、番付上の表記は本名の「平野 兼司」となっている。

エピソード[編集]

  • 在日韓国人(三世)であることを公にしており、長野オリンピックの際には志願して韓国選手団の先導を務めた(他に、在日韓国人であることを公言していた当時の関取には、金開山=本名登録が 金 龍水→松山龍水 がいた)。
  • 現役時代より、同じ1970年(昭和45年)生まれの蒼樹山(学年は上)、敷島(同学年)と仲が良く、3人の現役時代の最高位は揃って西前頭筆頭だった。

主な成績[編集]

  • 通算成績:400勝382敗46休(85場所)
  • 幕内成績:144勝195敗6休
  • 幕内在位:23場所

場所別成績[編集]

巌雄 謙治
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1986年
(昭和61年)
x (前相撲) 西 序ノ口 #10
4–3
 
西 序二段 #123
4–3
 
西 序二段 #97
3–4
 
西 序二段 #111
6–1
 
1987年
(昭和62年)
西 序二段 #40
5–2
 
西 序二段 #4
2–5
 
西 序二段 #39
5–2
 
東 序二段 #4
4–3
 
西 三段目 #90
5–2
 
東 三段目 #54
3–4
 
1988年
(昭和63年)
東 三段目 #68
6–1
 
東 三段目 #18
4–3
 
東 三段目 #5
4–3
 
東 幕下 #46
5–2
 
東 幕下 #28
1–6
 
西 幕下 #56
休場
0–0–7
1989年
(平成元年)
西 幕下 #56
4–3
 
東 幕下 #44
0–1–6
 
東 三段目 #20
休場
0–0–7
東 三段目 #80
休場
0–0–7
西 序二段 #40
優勝
7–0
東 三段目 #45
6–1
 
1990年
(平成2年)
東 幕下 #60
3–4
 
東 三段目 #15
3–4
 
西 三段目 #31
6–1
 
東 幕下 #52
5–2
 
東 幕下 #31
4–3
 
西 幕下 #18
3–4
 
1991年
(平成3年)
西 幕下 #25
6–1
 
東 幕下 #8
2–5
 
西 幕下 #20
4–3
 
東 幕下 #13
3–4
 
東 幕下 #18
優勝
7–0
東 幕下 #1
4–3
 
1992年
(平成4年)
東 十両 #13
3–12
 
東 幕下 #9
5–2
 
西 幕下 #4
休場
0–0–7
東 幕下 #44
2–5
 
西 三段目 #3
6–1
 
東 幕下 #33
5–2
 
1993年
(平成5年)
西 幕下 #20
0–1–6
 
西 幕下 #60
6–1
 
東 幕下 #31
4–3
 
西 幕下 #24
3–4
 
西 幕下 #32
5–2
 
西 幕下 #20
3–4
 
1994年
(平成6年)
東 幕下 #29
3–4
 
西 幕下 #42
5–2
 
西 幕下 #26
6–1
 
東 幕下 #12
3–4
 
東 幕下 #20
5–2
 
西 幕下 #12
3–4
 
1995年
(平成7年)
東 幕下 #20
4–3
 
東 幕下 #15
5–2
 
西 幕下 #7
優勝
7–0
東 十両 #11
9–6
 
西 十両 #7
9–6
 
東 十両 #3
8–7
 
1996年
(平成8年)
東 十両 #2
9–6
 
東 前頭 #15
9–6
 
東 前頭 #8
6–9
 
東 前頭 #13
8–7
 
東 前頭 #12
8–7
 
東 前頭 #7
6–9
 
1997年
(平成9年)
東 前頭 #12
8–7
 
西 前頭 #6
7–8
 
東 前頭 #7
7–8
 
西 前頭 #8
8–7
 
西 前頭 #1
3–12
 
東 前頭 #7
7–8
 
1998年
(平成10年)
東 前頭 #9
8–7
 
西 前頭 #3
3–12
 
東 前頭 #8
8–7
 
東 前頭 #5
3–12
 
西 前頭 #11
8–7
 
西 前頭 #3
3–12
 
1999年
(平成11年)
西 前頭 #10
8–7
 
西 前頭 #7
5–10
 
東 前頭 #12
7–7–1
 
西 前頭 #14
9–6
 
西 前頭 #9
5–10
 
東 前頭 #14
0–10–5
 
2000年
(平成12年)
東 十両 #10
7–8
 
東 十両 #12
2–13
 
東 幕下 #10
引退
0–0–0
x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 平野 建司(ひらの けんじ)1986年3月場所-1986年3月場所
  • 厳雄 建司(がんゆう -)1986年5月場所-1986年7月場所
  • 巖雄 建司(がんゆう -)1986年9月場所-1992年9月場所
  • 巌雄 謙治(- けんじ)1992年11月場所-2000年5月場所

年寄変遷[編集]

  • 巌雄 謙治(がんゆう けんじ)2000年4月-2001年12月[準年寄]
  • 小野川 謙治(おのがわ -)2001年12月-2002年3月
  • 小野川 兼司(- けんじ)2002年3月-2006年12月
  • 山響 兼司(やまひびき -)2006年12月-2007年2月
  • 山響 謙司(やまひびき -)2007年2月-

外部リンク[編集]