井脇ノブ子

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日本の旗 日本の政治家
井脇 ノブ子
いわき のぶこ
Nobuko Iwak.jpeg
生年月日 1946年2月11日(68歳)
出生地 大分県南海部郡鶴見町(現:佐伯市
出身校 別府大学文学部史学科
拓殖大学大学院修了
前職 学校法人役員
所属政党 新進党→)
自由党→)
自由民主党
称号 修士経済学
公式サイト やる気 元気 イワキ ドットコム

選挙区 比例近畿ブロック大阪11区
当選回数 1回
任期 2005年 - 2009年
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井脇 ノブ子(いわき ノブこ、1946年2月11日 ‐ )は、日本教育者政治家。元衆議院議員(1期)。

来歴[編集]

幼少期[編集]

漁師の9人兄妹の末っ子として、大分県南海部郡鶴見町(現佐伯市)で誕生。性別は女であるものの男勝りな性格から金太郎というあだ名が付けられた。

家は決して裕福ではなく、毎日朝4時から海に潜り、アワビサザエを採取して市場で売り家計を助けていた。水泳の上達はその賜物である。小学校のときには厚生大臣になるという夢を持つ。

学生時代[編集]

1964年に佐伯学園佐伯高等学校(現・日本文理大学附属高校)を卒業し、別府大学文学部史学科に進学。大学時代には学園紛争が盛んな頃であり、大学自治会会長を務める傍ら大分大学衛藤晟一等とともに大分大学学生協議会・全国学生自治体連絡協議会(全国学協)を結成し副委員長に就任。「学園正常化」を掲げ、全学連と対峙した。

1968年3月に別府大を卒業し、拓殖大学大学院経済学研究科修士課程に進む。この時当時の拓大の総長であった中曽根康弘元総理の秘書となり、9月には総理府主催第2回青年の船に団員として参加。学生運動でも、70年安保闘争で民族派学生3万6000人を率いて議員会館を取り囲んだ。その結果議員会館と国会議事堂が地下トンネルでつながることとなる。

教育者として[編集]

大学院修了後の1971年7月に第1回少年の船実施(その後財団法人少年の船協会を設立し、理事長・団長を兼任。第1回から現在に至るまで約50,000人以上の青少年を教育指導する)。

1980年12月、第1回難民キャンプボランティア活動隊実施(第1回から現在まで数十回実施、カンボジアラオスベトナムインドチベット難民キャンプのボランティア活動隊の団長として活躍)。1981年4月、国際ボランティア協会会長に就任。

1985年4月、学校法人国際開洋学園静岡県)を設立、理事長に就任、国際開洋第一高等学校(静岡県)を設立し学校長に就任。1987年7月、国際開洋カナダハイスクールを創立、理事長に就任、学校長も兼任。1990年4月、和歌山国際開洋第二高等学校和歌山県)が設立され学校長に就任、日本カナダ文化交流協会会長に就任。

1992年4月、日本の観光を考える百人委員会委員就任、財団法人国民の祝日を祝う会理事に就任、日中婦人学会会長に就任。1992年7月、タイのワットサケオ身障者施設内に井脇ノブ子記念病院、井脇教育館(小学校)を建設。2007年10月、学校法人国際開洋学園の借入金未返済に伴い連帯保証人の遺族から東京地方裁判所に提訴される。

国会議員として[編集]

1972年12月、第33回衆議院議員総選挙に初めて無所属で旧大分1区から出馬、8,288票得票、7名中7位で村山富市(後の第81代内閣総理大臣)らに敗れ落選。

1995年7月、第17回参議院議員通常選挙和歌山県選挙区新進党より出馬し、140,570票得票し現職に2万票まで迫るが次点。

1996年10月、第41回衆議院議員総選挙静岡3区に新進党より出馬し、70415票得票して次点。

1998年7月、第18回参議院議員通常選挙静岡県選挙区自由党より出馬し、落選。落選後、国際開洋第一高等学校が寮内の薬物汚染の実態を発表。静岡県からはその後立候補していない。

2000年6月、第42回衆議院議員総選挙比例東海ブロックに自由党より比例単独4位で出馬し、落選

2001年7月、第19回参議院議員通常選挙参議院比例区に自由党より出馬し、落選。

2005年9月、第44回衆議院議員総選挙大阪11区自由民主党より出馬、98,613票得票し民主党前職平野博文に3万票まで迫るが次点。重複立候補した比例近畿ブロックで復活、初当選する。同年11月、胸の痛みを訴え、緊急入院。

2009年8月、第45回衆議院議員総選挙の大阪11区に自民党より出馬。重複立候補した比例近畿ブロックでも復活ならず、落選。

2012年12月、第46回衆議院議員総選挙の大阪11区に自民党より出馬。重複立候補した比例近畿ブロックでも復活ならず、落選。

2014年11月、政界引退。第47回衆議院議員総選挙の大阪11区の自民党公認候補は同じ小泉チルドレンの佐藤ゆかりとなる。

人物[編集]

人物像
一人称は「ワシ」。座右の銘は「人間やる気だ、ガッツだ、根性だ!」。キャッチフレーズは「やる気!元気!井脇!」。
選挙活動を始めた当初は資金が無く、ポスターがガリ版刷りであった。
幼少時代、家庭は非常に貧しく、また小学校時代には実兄に殺人の容疑がかかり、それを原因に苛めにあった(後に真犯人が逮捕された)。
「差別の無い社会を」という母の言葉を機に教育者を志すことを決意した。
スポーツ
学生時代は競泳選手として活躍。18歳のときに100m自由形で国民体育大会への出場経験も持つ。
1964年東京五輪で水泳チームのマネージャーを務める。阪神タイガースファンである。
趣味
そろばん・水泳・卓球・社交ダンスが趣味である。そろばんは五段の腕前で水泳では前述のように国体出場経験もしている。
恋愛
28歳の時に婚約をしたが、「結婚して何人かの子供を育てるより何千人もの子供たちを自分の子と思って愛情をそそぎなさい」という母の言葉を受け、結婚には至らなかった。ちなみにその婚約者はその後違う女性と結婚し、今は現役国会議員であると語った。
ファッション
かつてはスカートやパンプスなどを履いていたが、婚約を破棄して以来スカートは履かなくなった。:現在はピンク色のパンツスーツと、ループタイを好んで着用している。

政策[編集]

選挙活動[編集]

第42回衆議院議員総選挙に立候補した際、井脇が理事長を務める国際開洋学園では、傘下の高等学校の教職員を選挙運動に動員した。そのため、国際開洋第一高等学校では、およそ1ヶ月に渡り授業が正常に行われなかった[1]

政治思想[編集]

自由党新進党での出馬経験もあり、当時は小沢一郎を師としていた。自由党時代からの西村眞悟の盟友でもある。過去に鈴木宗男の講演会にビデオ出演したこともある[要出典]

教育活動[編集]

国際開洋第一高等学校の校長を務めているが、同校は水道料金を支払わないなど問題視されている。

地元自治体である静岡県小笠郡小笠町(のちの菊川市)の町長黒田淳之助が、同校の卒業式に出席した際に教頭に対し水道料金を支払うよう自ら直接要求する事態に発展している[1]。黒田は「井脇さんは国会議員をしている場合じゃない。生徒のためを思うなら、学校にいなきゃ駄目だ」[1]と主張している。

発言[編集]

借入金問題に対する発言[編集]

井脇が理事長を務める国際開洋学園は、住宅金融公庫(のちの住宅金融支援機構)から3億5000万円を借り入れたが、返済が滞っている。そのため、住宅金融支援機構では学園にかわって連帯保証人の遺族に対し借入金の返済を求めているが、遺族は連帯保証人の署名が偽造されたと主張し、井脇と住宅金融支援機構を東京地方裁判所に提訴している[2][3]

マスコミからの取材に対し、井脇は、住宅金融支援機構による競売を食い止めるため二階俊博に相談したと語ったうえで、「いま(二階グループの)金子善次郎先生が(機構を所管する)国土交通省政務官でしょ。先生が住宅局長に相談してみてくれんか、と頼んでくれた」[4]と発言したため、マスコミから「代議士の借金に政治力を使うとすれば、これも大問題」[4]と指摘された。

また、井脇は、借入金について相談するため住宅金融公庫に赴いた際、「所長がすごい悪い奴で『お前保険に入っているやろうが。保険で殺したら全部できるやろうが』という言い方をした」[4]と主張している。だが、住宅金融支援機構は「当機構は((顧客の))生命保険への加入を把握する立場になく、その加入を前提とした相談を行うことはあり得ません」[4]と指摘している。

評価[編集]

小泉チルドレンとして衆議院議員に当選した女性の中では唯一謙虚である姿勢を、手嶋龍一から評価されている。

以下は手嶋が坂東眞理子との対談[5]で述べたもの。

「小泉チルドレンの女性議員たち(中略)でどうしても友だちになりなさいといわれれば、あのピンクの上着の方」
「あの方なら話ができそうです。男も威張っている人はいただけませんが、女性も偉そうな人は、やはり真の指導者にはなれません」

所属していた団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

  • 『おまえらがかわいいけんなぐるんや— 人間・井脇ノブ子の衝撃の教育論 —』(住宅新報社)
  • 『わが子を伸ばす7つの魔法— 子育ては愛のスキンシップ —』(あ・うん)
  • 『親革命、子革命 — 修羅場で親子は泣いて笑った! —』(さんが出版)
  • 『子供は変えられる 7日間あれば十分だ— 誰もやらなかった奇蹟のしつけ —』(青春出版社)
  • 『元気なイワキ 参議院選ファイト — ノブ子奮闘記 —』(行研出版局)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 「父母OBが悲痛告発――井脇ノブ子『開洋学園』は『北朝鮮並み』の待遇だった――水風呂は当たり前、朝食は肉だんご2個」『週刊文春』49巻47号、文藝春秋2007年12月6日、161頁。
  2. ^ 「井脇衆院議員らを提訴 代理返済求められた遺族」『中国新聞ニュース中国新聞社2007年10月29日
  3. ^ スポーツ報知「井脇ノブ子衆院議員らを提訴」『井脇ノブ子衆院議員らを提訴:社会:スポーツ報知報知新聞社、2007年10月28日。
  4. ^ a b c d 「井脇ノブ子議員の『桃色借金8億円』が焦げついた!」『週刊文春』49巻43号、文藝春秋2007年11月8日、151頁。
  5. ^ 「坂東眞理子VS手嶋龍一『小泉チルドレン』『ホリエモン』から『電車で化粧する女』まで『男の品格』『女の品格』」『週刊ポスト』39巻22号、小学館2007年5月18日、50頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]