松本剛明
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まつもと たけあき
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| 生年月日 | 1959年4月25日(54歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 東京大学法学部 |
| 前職 | 日本興業銀行従業員 防衛庁長官秘書官 |
| 所属政党 | (無所属→) 民主党(樽床グループ) |
| 称号 | 法学士(東京大学) |
| 親族 | 伊藤博文(高祖父) 松本十郎(父) |
| 公式サイト | 民主党衆議院議員:松本たけあきオフィシャルウェブサイト |
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| 選挙区 | (兵庫11区→) (比例近畿ブロック→) 兵庫11区 |
| 当選回数 | 5回 |
| 任期 | 2000年6月26日 - 現職 |
| 所属委員会 | 文部科学委員会 |
| 議員会館 | 衆議院第1議員会館707号室 |
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| 内閣 | 菅第2次改造内閣 |
| 任期 | 2011年3月9日 - 2011年9月2日 |
松本 剛明(まつもと たけあき、1959年4月25日 ‐)は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(5期)、民主党政策調査会長代行(第3代)、青山会幹事長(初代)。
外務大臣(第145代)、外務副大臣(菅第1次改造内閣・菅第2次改造内閣)、民主党政策調査会長(第8代)、衆議院議院運営委員長(第70代)等を歴任した。
高祖父は初代内閣総理大臣の伊藤博文。父は防衛庁長官や衆議院議員を務めた松本十郎。在アメリカ合衆国特命全権大使や外務審議官を務めた藤崎一郎は従兄。
目次 |
来歴[編集]
東京都出身。武蔵高等学校、東京大学法学部卒業。1982年、日本興業銀行に入行。1989年8月、父・松本十郎が第1次海部内閣で防衛庁長官に就任したのに伴い、興銀を退職し秘書官を務める。
1996年、第41回衆議院議員総選挙に兵庫県第11区から無所属で出馬したが、得票数3位で落選。2000年、民主党公認で再度兵庫11区から出馬、自由民主党の戸井田徹を破り、初当選を果たした。
2003年、第43回衆議院議員総選挙で再び戸井田を破り、再選。同年、菅直人民主党代表が「組閣」した民主党次の内閣(NC)において、NC防衛庁長官に就任。翌2004年、新代表の岡田克也による次の内閣では、前原誠司NC防衛庁長官の下、NC防衛庁副長官を務める。民主党内では外交・安全保障の政策通で知られた。
2005年の第44回衆議院議員総選挙では兵庫11区で戸井田に敗れたが、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活し、3選。この総選挙で民主党は惨敗を喫し、岡田克也代表は辞任。岡田の辞任に伴う民主党代表選挙では前原誠司を支持し、前原執行部では政策調査会長に抜擢された。あわせて、前原新代表による次の内閣ではNC内閣官房長官(規制改革担当)に就任。同年、総選挙公示前に事前運動を行った疑いで、兵庫県の松本の地元事務所が家宅捜索を受け、秘書らが警察の事情聴取を受けた。2006年4月、偽メール問題で前原代表が辞任。後任の小沢一郎代表の下でも政調会長に留任した。2007年8月の党役員人事により、政調会長を退任(後任は直嶋正行)。
2009年8月の第45回衆議院議員総選挙では兵庫11区で4選。同年9月、衆議院議院運営委員長に就任した。なお各委員会の常任委員長を決定する際、鈴木宗男を外務委員長に起用する人事を内定していた民主党が、常任委員長人事を一括して議決するよう動議を出した際は、これを認める考えを示した。しかし、横路孝弘衆議院議長が外務委員長人事のみを分離して議決する提案を、鈴木の外務委員長就任に反対する自民党やみんなの党に対して示したため、最終的に外務委員長人事案のみ分離した上で議決された。
2010年9月、菅第1次改造内閣で前原誠司外務大臣の下、副大臣に任命された。同年10月、樽床伸二を中心に結成された議員グループ「青山会」の幹事長に就任。
2011年1月、菅第2次改造内閣で外務副大臣に再任。同年3月、在日韓国人から献金を受けていた問題で辞任した前原誠司の後任の外務大臣に昇格した[1]。同年9月、野田内閣発足により外務大臣を退任。党に戻り国会対策委員長代理に就任したが、直後の第178回国会の会期延長をめぐって他の国対幹部2人と共に辞表を提出し[2]、党内に混乱をもたらしたとして輿石東幹事長より1ヶ月間の謹慎処分を課された[3][4]。
2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では民主党に猛烈な逆風が吹き荒れる中、兵庫県第11区で自由民主党新人の頭師暢秀らを破り、5選を果たした。同年、民主党政策調査会長代行に就任。
政策・主張[編集]
外国人参政権[編集]
- 永住外国人への地方選挙権付与の是非については賛否を明らかにしていない[5]。
外交・安全保障[編集]
- 日米同盟
- 民主党内では外交・安全保障の政策通で知られる。日米同盟を外交の基軸に据え、同盟の深化を積極的に主張する親米派の1人。その上で、イランへの対応等で日米間で異なる考えが存在することも日米両国の国益には反しないとし、主体的かつ多角的な日米間のアプローチを提唱する。
- 集団的自衛権
- 集団的自衛権の解釈を変更し、集団的自衛権の行使の容認を主張している[6][7]。
- 核兵器
- 日本の核保有については、北朝鮮の核保有の正当化に繋がるため、議論そのものも含めて反対する立場を取る。
- 竹島問題
- 2011年3月、文部科学省の教科書検定の結果が公表され、各社の教科書に竹島が日本の領土と明記されていることが明らかになった[8]。これに対し、日本駐箚大韓民国大使の権哲賢は松本外務大臣に抗議を申し入れたが、松本は面会すること自体を2度にわたって拒否し、大使を相手にしなかった[9]。かつて2008年にも同様の理由で当時の大使が抗議しているが、その際は大臣に代わって事務次官が応じており、松本のように面会自体を拒否して誰も応じないという強硬姿勢は異例とされている[9]。3度目の要請に対してようやく面会に応じたが、教科書検定の結果に抗議するクォンに対して、松本は「抗議は受け入れられない」[10]と断言し、韓国側の主張を一蹴した。この態度は韓国の強い反発を招き、韓国政府は抗議の意味を込めて竹島への海洋基地建設を発表する。松本はクォンに対して抗議を行ったが、クォンからは「日本が確執の原因を提供したのだから、わたしたちは言葉ではなく、行動で示さなければならない」と一蹴されてしまった[11][12]。
- 復興外交の提唱
- 外務大臣在任中に東北地方太平洋沖地震による東日本大震災が発生すると、震災復興の観点から外交政策を戦略的に展開すべきと主張し、「復興外交」を提唱した[13][14]。従来の菅政権では、資源確保やインフラ輸出といった「経済外交」に力点が置かれていたが[13]、松本はそれに加えて「復興外交」を柱に据え、被災地への投資の活性化や観光客の誘致など被災地を支援する方針を表明した[14]。
- 松本は、2011年4月末から5月初めにかけて各国を歴訪し、震災への各国からの支援に感謝の意を示すとともに福島第一原子力発電所事故の状況などを説明するとの考えを明らかにした[15]が、この時期は補正予算案審議中であり、国会の予算委員会の基本的質疑や締め括り質疑には全閣僚が出席するのが一般的であるため、賛否両論の事態となった。
- 民主党国会対策委員会の委員長である安住淳は「行かせない」[16]と述べ国外出張に反対する考えを示し、民主党の執行部も補正予算案審議を優先すべきという意見が優勢であった[15][17][18]が、 野党は自由民主党の総務会会長の小池百合子が「今の日本の置かれている立場を考えたら対外的な発信をきちっとしなければいけない」[19]と述べるなど、松本の方針に理解を示す発言が相次ぎ、讀賣新聞も「予算審議の基本的・総括的質疑に首相と全閣僚が出席する慣例がある。この慣例を墨守し、外交を二の次にすることの弊害に鈍感であってはなるまい」[20]と社説に掲載して「外交を重視する新たな国会慣例の確立を目指してもらいたい」[20]と論ずるなど、外交を優先すべきとの意見が出された。
- 最終的に、松本の国外出張を認めることで与野党が一致し[21]、松本ら外務省政務三役は各国歴訪に出発した。訪問先は米国、ブータン、スリランカなどが含まれる一方で、韓国・中国・インドなどの近隣国は外されており、復興外交には戦略が見受けられないと評されている[22]。
情報通信[編集]
- ソーシャルメディアの活用
- 外務大臣在任中、「日本外交の発信強化だ」[23]と主張しソーシャルメディアの活用を図るなど、情報発信の強化に努めた。具体的には、フェイスブックやツイッターなどに、外務省の公式アカウントを開設させた[23][24][25]。ツイッターには日本語版だけでなく英語版のアカウントも設け、フェイスブックでは日本語と英語の2言語にて情報を発信することとした[24][25]。
経済・通商[編集]
- 福島第一原子力発電所事故による風評被害
- 外務大臣在任中、福島第一原子力発電所事故にともない、農産物を中心に風評被害が発生した。これに対し、松本は日本国外で誤った報道がなされないよう対応する考えを明らかにした[26]。さらに、松本は「海外に正確な情報を伝える必要がある。ささやかなメッセージになれば」[27]と述べ、外務省庁舎の食堂で自ら率先して福島県の農産物を食している[27]。また、日本からの一部の輸入農産物に対し、ブラジルが安全性を保証する証明書の添付を求めたことについて、冷静に対応するようブラジルの外務大臣アントニオ・パトリオタに直談判した[28]。松本は国内での出荷制限措置や食品の安全性について説明したうえで、科学的根拠に基づく対応をとるよう理解を求め[29][30]、パトリオタから「今後の状況の推移を見て、変更や撤廃の可能性について検討していきたい」[30]との言質をとった。
- 移民構想
※移民も参照
- 浅尾慶一郎(現みんなの党)・大塚耕平・細野豪志・古川元久・松井孝治らと共に「1000万人移民受け入れ構想」を共同提案した。 「年金の財源がなくなり、若年サラリーマンの給与は膨らんだ老人たちを養うことにほとんど費やされてしまうだけでなく、マーケットの縮小による購買力の低下や土地価格の下落、国際社会での存在感や発言力の薄れといった変化が予測される」や「弥生時代には朝鮮半島から亡命者を中心に大量の外国人が日本に流入し、その彼らがもたらした稲作などの技術により急速に発展を遂げたという歴史があるのだ。」と主張し、移民の必要性を訴えた。[31]。
政治倫理[編集]
- 鈴木宗男事件
- 2002年には鈴木宗男事件において5月に「国後島緊急避難所兼宿泊施設建設工事受注に秘書の関与否定」の証人喚問における鈴木宗男の証言を偽証として議院証言法違反での告発の案件で、自民党などの与党が「議員と秘書と法的としては別人格」として告発に反対した際、「極めて偽証の疑いが濃厚な案件であり告発すべき。もし否決されれば、単に前例がないだけでなく、憲政史上最大級の汚点を残す。自民党は身内の論理を優先させた。与党の公明党、保守党は良心に従って行動いただけるものと思っている。もし否決に加わったとすれば、議員は法に定められた公人の責任を放棄した者として、後世に残る悪名を刻むことになる。国民から負託を受けた議員として良心に従って判断され、必ずや本動議に賛意を表されると信じている」と演説した[32](この案件は最終的に与党の反対で偽証として告発はされなかった)。9月に「島田建設からの違法な金銭供与」「モザンビーク共和国洪水災害国際緊急援助隊派遣反対否定」「島田建設株式会社側による秘書給与の肩代わり」の証人喚問における鈴木宗男の3件の証言を偽証として議院証言法違反での告発に賛成した。
所属団体・議員連盟[編集]
- 海事振興連盟(副会長)
人物[編集]
- 謹厳実直な性格やその仕事ぶりから、党内での綽名は「風紀委員長」。
- 党内では野田グループに所属していたが、次第に野田佳彦と距離を置き、小沢一郎との距離を縮め、2009年に衆議院議院運営委員長に就任して以降は、総務大臣の原口一博、民主党副幹事長の細野豪志と共に「ごますり3人衆」と揶揄された[33]。また2010年9月14日の民主党代表選挙では菅ではなく小沢に投票した。また、青山会(樽床グループ)の幹事長も務めている。野田グループ退会後はしばらく特定のグループには所属していなかったが、2010年に樽床グル-プ結成に参加し同会幹事長に就任。なお、2012年の第46回衆議院議員総選挙では青山会会長の樽床伸二が落選し、同会所属の衆議院議員で当選したのは松本、笠浩史の2人だけであった。
- 大のマスコミ嫌いで有名である。議院運営委員長在任中、マスコミ各社との協議をすることなく、一方的に院内の撮影禁止を定めた印刷物を院内で掲示し、一部マスコミから反発を受けた。
親族[編集]
初代内閣総理大臣の伊藤博文公爵は高祖父にあたる(松本の母・悦子は伊藤の次女・朝子の孫)。父は防衛庁長官を務めた元衆議院議員の松本十郎。外交官の藤﨑一郎(駐米大使)は従兄。
- 高祖父 初代内閣総理大臣の伊藤博文
- 曽祖父 西源四郎(外交官、元駐ルーマニア公使、伊藤博文の子・朝子の夫)
- 祖父 藤井啓之助(外交官、元駐チェコスロヴァキア公使、伊藤博文の孫・清子の夫)
- 父 松本十郎(元防衛庁長官・衆議院議員)
- 妹 令子 国税庁関東信越国税不服審判所長・元財務省大臣官房参事官寺内肇の妻
- おじ
- 従兄 藤﨑一郎(外交官、元在アメリカ合衆国特命全権大使)
脚注[編集]
- ^ 新外相に松本副大臣 時事通信 2011年3月9日閲覧
- ^ “松本国対代理ら辞表提出=会期延長の混乱で引責-民主”. 時事通信. (2011年9月16日) 2011年9月17日閲覧。
- ^ “民主国対3幹部、1か月謹慎…幹事長が独自処分”. 読売新聞. (2011年9月20日) 2011年9月20日閲覧。
- ^ “松本国対代理ら「謹慎」に=輿石氏が処分、民主内に不満”. wsj.com (ウォール・ストリート・ジャーナル). (2011年9月20日) 2011年9月20日閲覧。
- ^ 2009年衆院選時朝日新聞アンケート回答
- ^ 毎日新聞2009年総選挙
- ^ 安全保障議員協議会
- ^ 「地理、公民で竹島、尖閣記述増――脱ゆとりでページ数25%増」『【教科書検定】地理、公民で竹島、尖閣記述増 脱ゆとりでページ数25%増+(1/2ページ) - MSN産経ニュース』産経デジタル、2011年3月30日。
- ^ a b 「日本の松本外相、駐日韓国大使の抗議訪問を拒否」『聯合ニュース』聯合ニュース、2011年3月31日。
- ^ 「教科書の竹島記述、韓国大使が松本外相に抗議」『教科書の竹島記述、韓国大使が松本外相に抗議 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)』読売新聞、2011年4月1日。
- ^ 韓国の竹島での基地建設に抗議、日本外相「受け入れられない」 2011/04/30(土) 14:45:31 [サーチナ] [1]
- ^ 独島:ますますおかしくなっていく日本 朝鮮日報 (2011/04/02)[2]
- ^ a b 「『復興外交』具体化を指示=松本外相」『時事ドットコム:「復興外交」具体化を指示=松本外相』時事通信社、2011年4月18日。
- ^ a b 犬飼直幸「東日本大震災:復興外交に外相意欲――観光客誘致など」『東日本大震災:復興外交に外相意欲 観光客誘致など - 毎日jp(毎日新聞)』毎日新聞社、2011年4月21日。
- ^ a b 「松本外務大臣の外遊――与党が異例のストップ」『松本外務大臣の外遊 与党が異例のストップ』テレビ朝日、2011年4月26日。
- ^ 「松本外相訪米『行かせない』=補正予算審議を優先-民主・安住氏」『時事ドットコム:松本外相訪米「行かせない」=補正予算審議を優先-民主・安住氏』時事通信社、2011年4月21日。
- ^ 「松本外相、大型連休中の外遊希望――補正審議でも『訪問させて』」『松本外相、大型連休中の外遊希望 補正審議でも「訪問させて」 - MSN産経ニュース』産経デジタル、2011年4月19日。
- ^ 「松本外相、連休中の外遊を熱望――民主国対は『予算優先』」『[3] 松本外相、連休中の外遊を熱望 民主国対は「予算優先」 - MSN産経ニュース]』産経デジタル、2011年4月22日。
- ^ 「外相一転訪米、29日から=補正審議欠席に野党理解」『時事ドットコム:外相一転訪米、29日から=補正審議欠席に野党理解』時事通信社、2011年4月26日。
- ^ a b 「閣僚の外遊――『外交重視』の国会慣例を作れ」『閣僚の外遊 「外交重視」の国会慣例を作れ : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)』読売新聞グループ本社、2011年4月27日。
- ^ 「外務大臣の外遊に一転ゴーサイン――与野党が一致」『外務大臣の外遊に一転ゴーサイン 与野党が一致』テレビ朝日、2011年4月27日
- ^ 「「復興外交」本格化も、訪問先に? 外相米国、政務官ブータン」 産経新聞 2011.4.29 19:21 [4]
- ^ a b 「外務省、フェイスブックとツイッターにアカウント開設」『外務省、フェイスブックとツイッターにアカウント開設 - MSN産経ニュース』産経デジタル、2011年5月31日。
- ^ a b 「外務省、フェイスブックとツイッターを開始」『外務省、フェイスブックとツイッターを開始 : J-CASTニュース』ジェイ・キャスト、2011年6月1日。
- ^ a b 「プレスリリース」『外務省: 「フェイスブック」及び「ツイッター」の外務省公式アカウント開設』外務省、2011年5月31日。
- ^ 「地震・津波・原発事故に風評被害…『四重苦だ』」『asahi.com(朝日新聞社):地震・津波・原発事故に風評被害…「四重苦だ」 - 東日本大震災』朝日新聞社、2011年4月16日。
- ^ a b 「風評被害NO! 霞が関で被災地産野菜直売会」『風評被害NO!霞が関で被災地産野菜直売会 ― スポニチ Sponichi Annex 社会』スポーツニッポン新聞社、2011年4月16日。
- ^ 「輸入規制で冷静対応要請――ブラジル外相に松本氏」『【放射能漏れ】輸入規制で冷静対応要請 ブラジル外相に松本氏 - MSN産経ニュース』産経デジタル、2011年4月16日。
- ^ 共同通信「ブラジル外相、輸入規制の撤廃も――『今後の推移見て』」『ブラジル外相、輸入規制の撤廃も 「今後の推移見て」 - 47NEWS(よんななニュース)』全国新聞ネット、2011年4月16日。
- ^ a b 「ブラジル外相輸入規制撤廃も検討」『ブラジル外相 輸入規制撤廃も検討 NHKニュース』日本放送協会、2011年4月16日。
- ^ 【2003年9月号 月刊Voice掲載】1000万人移民受け入れ構想 日本を「憧れの国」にしたい。~民主党若手の共同提案~ 松井孝治公式サイト
- ^ 衆議院予算委員会2002年5月10日議事録
- ^ 独裁小沢一郎に急接近する民主党の「ごますり三人衆」週刊文春2009年12月24日号
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 前原誠司 |
第145代:2011年 |
次代: 玄葉光一郎 |
| 先代: 武正公一・藤村修 |
2010年 - 2011年 伴野豊と共同 |
次代: 伴野豊・高橋千秋 |
| 議会 | ||
| 先代: 小坂憲次 |
第70代:2009年 - 2010年 |
次代: 川端達夫 |
| 党職 | ||
| 先代: 仙谷由人 |
民主党政策調査会長 第8代:2005年 - 2007年 |
次代: 直嶋正行 |
| 先代: 細川律夫 |
民主党政策調査会長代行 第3代:2012年- |
次代: 現職 |
| 先代: 結成 |
青山会幹事長 初代:2010年 - |
次代: 現職 |
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