小城ノ花昭和

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小城ノ花 昭和 Sumo pictogram.svg
Oginohana 2010 Jan.JPG
勝負審判を務める高崎
基礎情報
四股名 小城ノ花 昭和
本名 小岩井 昭和
生年月日 1967年11月18日(47歳)
出身 千葉県市川市
身長 187cm(現役時)
体重 146kg(現役時)
所属部屋 出羽海部屋
得意技 左四つ、上手投げ
成績
現在の番付 引退
最高位 前頭2枚目
生涯戦歴 540勝491敗38休(91場所)
幕内戦歴 169勝216敗5休(26場所)
優勝 十両優勝4回
幕下優勝1回
データ
初土俵 1983年7月場所
入幕 1990年1月場所
引退 1998年7月場所
引退後 年寄・小城乃花(準)→高崎出羽海
趣味 ゴルフ、麻雀
備考
出羽海部屋師匠
2014年2月1日現在

小城ノ花昭和(おぎのはな あきかず、1967年11月18日 - )は、千葉県市川市出身(出生地は東京都港区)で出羽海部屋所属の元大相撲力士。本名は小岩井昭和(こいわい あきかず)。最高位は東前頭2枚目(1990年5月場所・1996年3月場所)。現役時代の体格は身長187cm、体重146kg。得意手は左四つ、上手投げ。現在は年寄出羽海

人物[編集]

関脇小城ノ花(13代高崎)を実父として生まれる。実弟には元小結小城錦がいる。千葉商大付属高校では野球部に所属していたが、入学直後に9代出羽海が「相撲ならすぐに高給取りになれるのに」と口説いたことで大相撲に傾倒。結局高校は2ヶ月で中退して、1983年(昭和58年)7月場所で初土俵を踏んだ。右からの上手投げに威力があり、確実に番付を上げていき、1989年(平成元年)7月場所で新十両へ昇進し、1990年(平成2年)1月場所には新入幕を果たした。同部屋・同年齢で新十両も新入幕も同時の龍興山との出世争いは大いに注目された。もっとも、9代出羽海は小城ノ花が新十両を果たした際に「思うように関取にならなくて焦った」とも話していたとされている。十両昇進以前の龍興山(当時・宮田)が脱走騒ぎを起こすなど相撲に不安を感じていたことが気掛かりとなって期待通りのスピード出世とは行かなかったようである。

しかし新入幕の場所後に龍興山が急逝するとライバルを失った気落ちからか全く振るわなくなり、素質的には弟よりも遥かに期待されながらも三役への出世は果たせず、このように上記の記述と合わせて龍興山に土俵人生を翻弄されたと言える。また、新入幕の1990年1月場所と再入幕を果たした1991年3月場所には千秋楽に勝てば敢闘賞の受賞が決定するという状況を迎えたものの、1990年1月場所の千秋楽には寺尾に、1991年3月場所の千秋楽には貴花田に敗れて受賞を逃してしまい、現役時には三賞も獲得できなかった。

1998年7月場所に現役を引退し、準年寄・小城乃花を襲名して出羽海部屋の部屋付き親方となった。準年寄の期限が切れる2000年8月に実父の後を継ぐ形で年寄・高崎を襲名した。

2013年9月10日には、出羽海部屋の師匠である10代・出羽海(元関脇・鷲羽山)が2014年4月に停年(定年)退職を迎えることに伴い、その後を受け継いで小城ノ花が11代出羽海を襲名すると同時に出羽海部屋を継承する予定であることが明らかにされた[1]。そして2014年1月場所後に10代目とと名跡交換し、11代・出羽海を襲名することが日本相撲協会から正式に発表され、同年2月1日付けで出羽海部屋を継承した[2]。同年5月場所後に襲名披露パーティを盛大に開いたが、直前に右足を負傷し、包帯姿での出席となった[3]。続く7月場所の勝負審判の職務も春日野が代理を務めている。

主な成績[編集]

  • 通算成績:540勝491敗39休 勝率.524
  • 幕内成績:169勝216敗5休 勝率.439
  • 現役在位:91場所
  • 幕内在位:26場所
  • 各段優勝
    • 十両優勝:4回(1989年11月場所、1990年9月場所、1994年5月場所、1997年9月場所)
    • 幕下優勝:1回(1988年5月場所)
小城ノ花昭和
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1983年
(昭和58年)
x x x (前相撲) 東 序ノ口 #54
1–2–4
 
西 序ノ口 #44
休場
0–0–7
1984年
(昭和59年)
西 序ノ口 #44
6–1[4]
 
東 序二段 #90
2–5
 
西 序二段 #119
3–4
 
西 序二段 #133
5–2
 
西 序二段 #96
4–3
 
東 序二段 #64
3–4
 
1985年
(昭和60年)
西 序二段 #81
6–1
 
西 序二段 #14
3–4
 
西 序二段 #32
4–3
 
西 序二段 #14
5–2
 
東 三段目 #78
4–3
 
西 三段目 #59
4–3
 
1986年
(昭和61年)
東 三段目 #42
4–3
 
西 三段目 #22
3–4
 
西 三段目 #37
6–1
 
東 幕下 #56
2–5
 
東 三段目 #19
3–4
 
西 三段目 #29
3–4
 
1987年
(昭和62年)
東 三段目 #40
5–2
 
東 三段目 #16
5–2
 
西 幕下 #52
4–3
 
西 幕下 #39
休場
0–0–7
東 三段目 #20
5–2
 
東 幕下 #53
3–4
 
1988年
(昭和63年)
東 三段目 #7
6–1
 
東 幕下 #37
4–3
 
西 幕下 #29
優勝
7–0
東 幕下 #5
5–2
 
東 幕下 #1
3–4
 
西 幕下 #3
4–3
 
1989年
(平成元年)
東 幕下 #2
3–4
 
西 幕下 #5
5–2
 
東 幕下 #1
4–3
 
東 十両 #13
10–5
 
東 十両 #7
8–7
 
西 十両 #6
優勝
13–2
1990年
(平成2年)
西 前頭 #11
9–6
 
東 前頭 #7
8–7
 
東 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #11
5–10
 
西 十両 #2
優勝
11–4
東 前頭 #11
5–10
 
1991年
(平成3年)
西 十両 #2
12–3
 
東 前頭 #14
10–5
 
西 前頭 #6
6–9
 
西 前頭 #10
7–8
 
西 前頭 #11
5–10
 
東 十両 #2
8–7
 
1992年
(平成4年)
西 十両 #1
11–4
 
西 前頭 #11
6–9
 
西 前頭 #13
9–6
 
西 前頭 #8
8–5–2[5]
 
西 前頭 #3
5–7–3[6]
 
西 前頭 #9
8–7
 
1993年
(平成5年)
東 前頭 #8
8–7
 
東 前頭 #4
5–10
 
西 前頭 #10
9–6
 
東 前頭 #3
4–11
 
西 前頭 #9
7–8
 
西 前頭 #12
4–11
 
1994年
(平成6年)
西 十両 #4
5–10
 
東 十両 #9
11–4
 
西 十両 #3
優勝
12–3
西 前頭 #14
7–8
 
東 十両 #2
9–6
 
西 前頭 #15
6–9
 
1995年
(平成7年)
東 十両 #3
10–5
 
西 十両 #1
7–8
 
西 十両 #3
10–5
 
東 十両 #1
6–9
 
西 十両 #4
11–4
 
東 前頭 #15
9–6
 
1996年
(平成8年)
東 前頭 #11
8–7
 
東 前頭 #2
3–12
 
西 前頭 #11
4–11
 
西 十両 #3
8–7
 
東 十両 #2
6–9
 
西 十両 #5
7–8
 
1997年
(平成9年)
西 十両 #6
10–5
 
東 十両 #3
9–6
 
東 十両 #1
4–11
 
西 十両 #7
7–8
 
西 十両 #8
優勝
12–3
西 十両 #2
4–11
 
1998年
(平成10年)
西 十両 #8
9–6
 
西 十両 #4
休場
0–0–15
西 十両 #4
6–9
 
東 十両 #8
引退
1–13–1
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 小岩井 昭和(こいわい あきかず)1983年7月場所 - 1987年1月場所
  • 小城ノ花 昭和(おぎのはな - )1987年3月場所 - 1997年7月場所
  • 小城乃花 昭和(おぎのはな - )1997年9月場所 - 1998年7月場所

年寄変遷[編集]

  • 小城乃花 昭和(おぎのはな あきかず)1998年7月 - 2000年8月(準年寄)
  • 高崎 昭和(たかさき - )2000年8月 - 2014年1月
  • 出羽海 昭和(でわのうみ - )2014年2月 - 

脚注[編集]

  1. ^ 元小城ノ花の高崎親方が出羽海部屋継承 スポーツニッポン 2013年9月10日閲覧
  2. ^ 相撲部屋新設ならびに部屋継承のお知らせ. 日本相撲協会 2014年2月1日閲覧
  3. ^ 『相撲』2014年7月号(名古屋場所展望号)に掲載されている写真で、右足の包帯が確認できる
  4. ^ 張出
  5. ^ 左踵挫傷により7日目から途中休場、10日目から再出場
  6. ^ 急性扁桃腺炎により3日目から途中休場、7日目から再出場

関連項目[編集]