隠岐の海歩
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| 基礎情報 | ||||
| 四股名 | 隠岐の海 歩 | |||
| 本名 | 福岡 歩 | |||
| 愛称 | あゆみ | |||
| 生年月日 | 1985年7月29日(26歳) | |||
| 出身 | 島根県隠岐郡隠岐の島町 | |||
| 身長 | 192cm | |||
| 体重 | 156kg | |||
| 所属部屋 | 八角部屋 | |||
| 得意技 | 右四つ、寄り | |||
| 成績 | ||||
| 現在の番付 | 東前頭2枚目 | |||
| 最高位 | 東前頭筆頭 | |||
| 生涯戦歴 | 223勝177敗15休(42場所) | |||
| 幕内戦歴 | 66勝69敗15休(9場所) | |||
| 優勝 | 幕下優勝1回 | |||
| 賞 | 敢闘賞1回 | |||
| データ | ||||
| 初土俵 | 2005年1月場所 | |||
| 入幕 | 2010年3月場所 | |||
| 備考 | ||||
| 2011年9月27日現在 | ||||
隠岐の海 歩(おきのうみ あゆみ、1985年7月29日 - )は、島根県隠岐郡隠岐の島町出身で八角部屋所属の現役大相撲力士。身長192cm、体重156kg、血液型はO型。島根県立隠岐水産高等学校出身。本名は福岡歩(ふくおか あゆみ)、愛称はあゆみ。得意手は右四つ、寄り。最高位は、東前頭筆頭(2011年11月場所)。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 入門まで
島根県西郷町(現・隠岐の島町)で生まれる。出身の隠岐島には、神社の改修などの慶事があれば夕方から翌日の昼まで相撲を取り続ける「古典相撲」の風習があり、本人もそれに親しみ4歳から廻しをつけていた。本格的に相撲を始めたのは西郷小学校4年生からで、地域の相撲クラブに通い、全国大会にも小学校4年生から小学校6年生まで出場した。相撲以外でも小学校・中学校とバスケットボール部に所属し、小学校2年生から小学校6年生まで柔道をしていた。また兄と共に海で素潜りをし、サザエやアワビを突いていた。
西郷中学校でも相撲を続け、3年生の時には全国中学校体育大会にも出場した。進学した隠岐水産高校では、3年連続でインターハイにも出場している。しかし、力士になりたいという憧れはなく、船を操舵する航海士を目指し、実習船に乗りハワイへ航海に出た。同じく高校在学中に3級海技士の筆記試験に合格、同校卒業後は2年間の専攻コースに進学し再び実習船に乗り、3ヶ月ほど航海をしたが「何かが足りなくて」、同年11月に高校の専攻コースを中退した。
その後、高校の後輩(現・隠岐の富士)をスカウトしに、知人の紹介で隠岐に来ていた八角親方(横綱・北勝海)に出会い、1週間で八角部屋への入門を決断し、新弟子検査の2日前に上京した。ちなみに八角親方の現役時代は全く知らず、師匠に出会ってなければ力士になってなかったという。2005年1月場所に初土俵を踏んだ同期には、豪栄道、豊響、栃煌山、同部屋の朱雀らがいる。長身で懐も深く、体型は白鵬似で同じ色の廻しを着用することもある。相撲は右四つで取るが、後述の怪我の影響で左でも相撲を取ることが出来る。
[編集] 新十両へ
2008年11月場所で、西幕下筆頭で十両昇進の目安である5勝を挙げるも十両下位に大きく負け越した力士が少なく、東十両8枚目で5勝10敗の玉飛鳥や西十両12枚目で7勝8敗の白馬との比較で十両昇進は見送られた。幕下筆頭で5勝を挙げながら十両昇進を見送られたのは1966年9月場所の代官山(東幕下筆頭)以来42年ぶり。
2009年1月場所では、東幕下筆頭で登場し、十両の玉飛鳥、北桜に勝利するなど、7戦全勝で幕下優勝を果たし、場所後の番付編成会議において十両昇進が決定。同時に、四股名を本名の「福岡」から「隠岐の海」と改めた。島根県出身の関取は、忍の山(春日野部屋、1976年11月場所十両最終在位)以来33年ぶり、戦後6人目。また隠岐島出身の新十両は1958年9月場所の隠岐ノ島(時津風部屋、1960年3月場所まで十両に在位)以来、51年ぶり2人目である。そして、2009年3月2日に発表された3月場所番付で東十両7枚目と発表された。新十両が7枚目となるのは、2001年1月場所の朝青龍以来の高番付である。
新十両で迎えた3月場所初日で清瀬海の変化で敗れた時に右肩を負傷、これが大きく響き、10日目で土佐豊に寄り切りで破れ、負け越しとなった。また、千秋楽も勝つことが出来ず、4勝11敗という十両デビューとなった。十両に昇格して2場所目、東13枚目で迎えた5月場所も、11日目の磋牙司戦に押し出しで破れた時点で8敗となり、2場所連続の負け越しが決まった。最終的に5勝10敗に終わり、十両2場所で一度も勝ち越すことなく幕下へ陥落となった。幕下陥落にあたり、再び四股名を本名の「福岡」に戻した。その7月場所は4勝3敗と勝ち越し、場所後の番付編成会議で1場所での十両復帰が決まった。その際、四股名を再び「隠岐の海」に戻した。十両復帰の9月場所は、12日目に十文字を寄り切りで破り、十両初の勝ち越しを決め、最終的に優勝次点となる10勝5敗の好成績を収めた。自身最高位で迎えた11月場所は、初日から4連敗と調子が出なかったものの、中日以降は調子を取り戻し、千秋楽で勝ち越しとなる8勝目を挙げ、2場所連続の勝ち越しを決めた。2010年1月場所は、初日から6連勝と好調な滑り出しだったが、7日目に安壮富士に敗れ、そこから3連敗。しかし、徐々に持ち直し、12日目で清瀬海に寄り切りで勝ち、3場所連続で勝ち越しを決めた。また、中日に初めて幕内の土俵に上がり、岩木山と対戦した。その際は、押し出しで敗れた。13日目にも幕内の土俵に上がり、栃乃洋と対戦した。その際は、上手投げで勝利した。
[編集] 新入幕へ
2010年3月場所の番付編成会議で東前頭12枚目と発表され、新入幕が決まった。島根県出身の関取では、1922年春場所(当時1月場所)で新入幕を果たした若常陸、太刀ノ海以来88年ぶり。また隠岐の島出身力士としては初めての幕内力士の誕生である[1]。その3月場所の初日、新入幕となってから初めて幕内の土俵に立ち、時天空との初顔合わせでは、肩透かしで敗れた。3日目、玉乃島に寄り切りで勝ち、入幕後初白星を飾った。中盤まで負けが先行していたが終盤3連勝し、千秋楽で勝ち越しを決めた。5月場所の番付編成会議で自己最高位の西前頭10枚目と決まった。その5月場所は初日から6連敗し、7日目にようやく初白星を飾ったが、9日目に時天空に敗れ、負け越しとなった。
2010年6月23日、大相撲野球賭博問題で日本相撲協会の調査に自己申告した力士29人の中に、隠岐の海も含まれていると報じられた[2]。6月28日に開かれた日本相撲協会の臨時理事会で野球賭博に関与した隠岐の海らを謹慎処分にすることを決めた。
7月場所の謹慎を受け、十両に陥落した9月場所は、13日目に玉飛鳥を寄り切りで破り、勝ち越しを決めた。また、11月場所の番付編成会議で再入幕を決めた。11月場所は、7勝7敗で迎えた千秋楽に十両優勝をかけて臨む豊響と対戦し、下手投げで勝利。勝ち越しを決めた。
[編集] 幕内定着へ
2011年1月場所は、5日目から9連勝し、13日目まで優勝争いに加わった。14日目には普通13枚目という番付では当たらない関脇の稀勢の里と対戦した(寄り切りで敗れる)。また、敢闘賞を初受賞した。
3月場所は、八百長問題により中止。
5月技量審査場所は、魁皇との初顔の一番で勝利している(魁皇は翌場所引退したため土俵上ではこの1戦のみ。翌場所も割が組まれたが本人の不戦勝)。7勝7敗で迎えた千秋楽、鶴竜に敗れ負け越しとなった。7月場所は、7勝7敗で迎えた千秋楽、琴欧洲に寄り切りで勝利し、勝ち越しを決めた。9月場所は、7勝7敗で迎えた千秋楽、朝赤龍に引き落としで勝利し、2場所連続で勝ち越しを決めた。また、前頭筆頭で勝ち越したため三役昇進の可能性もあったが番付編成会議で東前頭筆頭と発表され、三役昇進はならなかった。11月場所は、13日目で負け越しが決まったがその後、連勝して7勝8敗と負け越しを最小限に留めた。
2012年1月場所は、初日から8連敗で中日に負け越しが決まり、その後、白星を重ねるも4勝11敗と大きく負け越した。
[編集] 評価
- 2009年の大相撲界を総括するNHK総合テレビ『大相撲・とことん言います!2009』の番組で、パネラーのデーモン閣下から期待の若手力士として挙げられた。端正な顔立ちから一部からは「イケメン力士」と言われている。また、NHK専属相撲解説者の北の富士勝昭や舞の海秀平も期待の若手力士として挙げ「顔つきに色気がある」「華がある」と評価している。しかし、その反面「まだ甘い」という声もある。
[編集] 主な成績
2012年1月場所終了現在
[編集] 通算成績
- 通算成績:223勝177敗15休(42場所)
- 幕内成績:66勝69敗15休(9場所)
- 十両成績:47勝43敗(6場所)
- 幕下成績:80勝53敗(19場所)
- 三段目成績:15勝6敗(3場所)
- 序二段成績:11勝3敗(2場所)
- 序ノ口成績:4勝3敗(1場所)
[編集] 各段優勝
- 幕下優勝:1回(2009年1月場所)
[編集] 三賞・金星
- 三賞:1回
- 敢闘賞1回(2011年1月場所)
- 金星:なし
[編集] 場所別成績
| 一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005年 (平成17年) |
(前相撲) | 西 序ノ口 #33 4–3 |
東 序二段 #112 6–1 |
東 序二段 #30 5–2 |
東 三段目 #95 4–3 |
西 三段目 #77 6–1 |
| 2006年 (平成18年) |
西 三段目 #21 5–2 |
東 幕下 #58 4–3 |
西 幕下 #48 5–2 |
東 幕下 #29 2–5 |
西 幕下 #48 5–2 |
西 幕下 #33 5–2 |
| 2007年 (平成19年) |
東 幕下 #21 4–3 |
東 幕下 #16 3–4 |
東 幕下 #24 3–4 |
西 幕下 #32 2–5 |
西 幕下 #47 5–2 |
西 幕下 #31 5–2 |
| 2008年 (平成20年) |
東 幕下 #19 2–5 |
西 幕下 #33 5–2 |
東 幕下 #18 5–2 |
西 幕下 #9 4–3 |
西 幕下 #7 5–2 |
西 幕下 #1 5–2 |
| 2009年 (平成21年) |
東 幕下 #1 7–0 |
東 十両 #7 4–11 |
東 十両 #13 5–10 |
東 幕下 #4 4–3 |
西 十両 #14 10–5 |
西 十両 #5 8–7 |
| 2010年 (平成22年) |
東 十両 #2 10–5 |
東 前頭 #12 8–7 |
西 前頭 #10 5–10 |
西 前頭 #14 休場[3] 0–0–15 |
東 十両 #7 10–5 |
西 前頭 #16 8–7 |
| 2011年 (平成23年) |
東 前頭 #13 11–4 敢 |
八百長問題 により中止 |
東 前頭 #4 7–8 |
東 前頭 #4 8–7 |
西 前頭 #1 8–7 |
東 前頭 #1 7–8 |
| 2012年 (平成24年) |
東 前頭 #2 4–11 |
x | x | x | x | x |
| 各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 十両・幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
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[編集] 改名歴
- 福岡 歩(ふくおか あゆみ)2005年1月場所 - 2009年1月場所、2009年7月場所
- 隠岐の海 歩(おきのうみ -)2009年3月場所 - 5月場所、2009年9月場所 -
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 88年ぶり島根出身新入幕イケメン隠岐の海(日刊スポーツニュース)
- ^ 大相撲の野球賭博問題 垣添と隠岐の海も自己申告(朝日新聞社ニュース)
- ^ 2010年七月場所は大相撲野球賭博問題による謹慎休場
[編集] 外部リンク
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|---|---|---|
| 東 | 番付 | 西 |
| 白鵬 | 横綱 | |
| 三役 | ||
| 把瑠都 | 琴欧洲 | 大関 | 琴奨菊 | 日馬富士 | 稀勢の里 |
| 鶴竜 | 関脇 | 豊ノ島 |
| 雅山 | 小結 | 若荒雄 |
| 平幕 | ||
| 豪風 | 隠岐の海 | 北太樹 | 豊真将 | 妙義龍 | 嘉風 | 阿覧 | 松鳳山 | 栃ノ心 | 時天空 | 富士東 | 芳東 | 千代の国 | 隆の山 | 朝赤龍 | 魁聖 | 幕内前頭 | 安美錦 | 豪栄道 | 髙安 | 栃乃若 | 豊響 | 旭天鵬 | 碧山 | 栃煌山 | 大道 | 臥牙丸 | 佐田の富士 | 土佐豊 | 天鎧鵬 | 磋牙司 | 旭秀鵬 | 鳰の湖 |
| 十両 | ||
| 玉鷲 | 宝富士 | 勢 | 黒海 | 翔天狼 | 德勝龍 | 武州山 | 栃乃洋(引退) | 皇風 | 旭日松 | 北勝国 | 双大竜 | 北磻磨 | 誉富士 | 十両 | 寶智山 | 若の里 | 舛ノ山 | 剣武 | 木村山 | 高見盛 | 琴勇輝 | 玉飛鳥 | 大岩戸 | 益荒海 | 阿夢露 | 德真鵬 | 千代大龍 | 城ノ龍 |
| 関取経験がある幕下以下の現役力士 | ||
| 里山 | 荒鷲 | 千代嵐 | 明瀬山 | 大雷童 | 佐田の海 | 飛天龍 | 千代桜 | 飛翔富士 | 鳥羽の山 | 華王錦 | 垣添 | 龍皇 | 濵錦 | 豊乃國 | 琴国 | 琴禮 | 四ツ車 | 仲の国 | 出羽鳳 | 出羽の郷 | 栃不動 | 琉鵬 | ||
| この「隠岐の海歩」は、相撲に関連した書きかけ項目です。記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めています(PJ相撲)。 |