臥牙丸勝

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臥牙丸勝 Sumo pictogram.svg
Gagamaru 2010 Jan.JPG
土俵入り中の臥牙丸
基礎情報
四股名 臥牙丸 勝
本名 ジュゲリ・ティムラズ
თეიმურაზ ჯუღელ
愛称 ガガ、赤鬼[1]
生年月日 1987年2月23日(27歳)
出身 グルジアトビリシ
身長 186cm
体重 199kg
BMI 57.52
所属部屋 木瀬部屋北の湖部屋→木瀬部屋
得意技 押し
成績
現在の番付 西十両5枚目
最高位 小結
生涯戦歴 308勝288敗(53場所)
幕内戦歴 165勝195敗(24場所)
優勝 十両優勝1回
幕下優勝1回
序ノ口優勝1回
敢闘賞2回
データ
初土俵 2005年11月場所
入幕 2010年7月場所
趣味 DVD観賞
備考
2014年10月27日現在

臥牙丸 勝(ががまる まさる、1987年2月23日 - 、本名「ジュゲリ・ティムラズ」 、グルジア語თეიმურაზ ჯუღელიラテン文字転写Teimuraz Jugheli)は、グルジア共和国の首都トビリシ市出身で、木瀬部屋(閉鎖処分中は北の湖部屋)所属の現役大相撲力士。愛称は「ガガ」、赤鬼。趣味はDVD観賞。身長186cm、体重199kg、血液型はO型。得意技は、押し。最高位は東小結(2012年3月場所)。

来歴[編集]

1992年に行われたバルセロナオリンピックにおいて柔道95kg超級で金メダルを獲得したダヴィド・ハハレイシヴィリに師事し、相撲でも2005年7月に行われた世界ジュニア相撲選手権大会で無差別級3位という成績を挙げている。入門前は大相撲を「厳し過ぎる世界」と認識していたが、師匠の木瀬親方(元前頭・肥後ノ海)から「稽古も私生活も自主性に任せる」とおおらかな姿勢で迎えてもらったことを理由に木瀬部屋に入門し、本人の「ガガ」というニックネームに木瀬親方が好む「臥」「牙」の字を当てて、武蔵丸のように成功してほしいという意味を込めて付けられた「臥牙丸」という四股名を名乗り、2005年11月場所に初土俵を踏んだ。翌2006年1月場所に7戦全勝で序ノ口優勝を果たし、同年11月場所において幕下へ昇進した。

幕下へ昇進した2006年11月場所では6勝1敗の好成績を挙げたものの、2007年に入ってからは幕下中位から下位に留まり、同年11月場所では一旦三段目に番付を下げた。その11月場所では6勝1敗の好成績を挙げて、翌2008年1月場所において1場所で幕下へ復帰したが、2008年に入っても幕下中位から下位に留まっていた。しかし、同年11月場所と続く2009年1月場所で連続して6勝1敗の好成績を挙げて、一気に自己最高位となる東幕下3枚目の位置まで番付を上げた。東幕下10枚目の位置で迎えた同年9月場所では7戦全勝で優勝決定戦へ進出し、優勝決定戦でも魁聖を破って初の幕下優勝を果たした。幕下上位15枚目以内での7戦全勝優勝ということで内規により翌11月場所において新十両へ昇進した。

新十両となった2009年11月場所では8勝7敗と勝ち越しを決め、翌2010年1月場所は東十両13枚目の位置で12勝3敗の成績を挙げて初の十両優勝を果たした。続く3月場所でも東十両3枚目の位置で8勝7敗と勝ち越し、2010年5月場所では西十両筆頭の位置で10勝5敗の好成績を挙げて、翌7月場所において新入幕を果たした。その7月場所では5勝10敗と大敗したが、翌9月場所では10勝5敗の好成績を挙げた。

2011年の大相撲八百長問題では、特別認定調査委員会の調査において八百長に関与した力士として名前が挙がったものの[2]、その後八百長に関与していないと認められた[3]

2011年9月場所では初日に敗れたものの2日目から10連勝して一時は優勝争いに加わった。その後は3連敗して優勝は逃したものの、11日目には初対戦で大関の把瑠都を破り、最終的には11勝4敗の好成績を挙げて、初の三賞となる敢闘賞を受賞した。西前頭3枚目の位置まで番付を上げた翌11月場所では2勝13敗と大敗したが、翌2012年1月場所では西前頭10枚目の位置で12勝3敗の好成績を挙げて2回目の敢闘賞を受賞した。翌3月場所で新三役となる自己最高位の東小結へ昇進したが、199kgに留めていた体重が210kgにまで増加し、ばったりと前に倒れる相撲が多くなり、結果的には6勝9敗の負け越しに終わった。この3月場所後に木瀬部屋が再興されたため、それに伴い本人は北の湖部屋から木瀬部屋へと再び転籍したが、本人は北の湖部屋で過ごした間に兄弟子らに親切にしてもらったために複雑な心境であったと語っている。木瀬部屋へ戻って初の場所となった同年5月場所では西前頭2枚目の位置で5勝10敗と大敗したものの、続く7月場所では10勝5敗という好成績を挙げた。翌9月場所における場所前体重測定では自己最高体重を更新する212kgを記録し、「この目方は人としてどうかと思う。日本食がおいしいのがいけないんです」と語った[4]。その9月場所では出足の勢いに精彩を欠いて、西前頭2枚目の位置で4勝11敗と大敗した。2013年9月場所は東前頭9枚目の地位で6勝9敗の負け越しを喫し、翌11月場所はやや運悪く4枚半減となる西前頭13枚目まで番付を落とした。この11月場所と翌2014年1月場所は8勝7敗の勝ち越しで終え、西前頭9枚目の地位で土俵に上がった翌3月場所を6勝9敗で終えると続く5月場所は辛くも4枚半減となる東前頭14枚目まで番付を落とした。2014年7月場所は西前頭15枚目の地位で5勝10敗を喫し、これにより新入幕以降24場所連続で務め上げた幕内の座を離れることとなった。

取り口[編集]

200キロ前後の巨体を生かした突き押しが最大の武器。立ち合いの出足が鋭く一気に相手を持っていくこともある。しかし、上体に肉が集まったバランスの悪い体型であるため、引きや叩きに脆く負ける時はしばしば腹から落ちることがある。また、200キロを超える力士とは思えないほど腰が軽く、廻しを取られると簡単に体が浮いて投げられてしまう。縦ミツは緩く、北の富士からも苦言を呈されるほどである。

エピソード[編集]

  • ラーメンが大好き。その中でも、本人は師匠の木瀬親方の出身地である熊本県熊本ラーメンが大好きと語っている。2013年11月場所におけるNHK総合大相撲中継では北の富士勝昭・舞の海秀平藤井康生の3人が「場所入り後に熊本ラーメンを12杯も食べた」[5]と具体的に証言していた。ちなみに臥牙丸の初土俵は九州場所であり、当時は熊本に九州場所用の宿舎があったため、現在でも九州場所前には宿舎の元貸主のいる熊本へ挨拶に出掛け、お気に入りの豚骨ラーメンを食べるのが恒例となっている。[6]
  • アイスクリームも大好きであり、三段目や幕下の頃は1日に2~3kg食べていた。その頃は体重が140kg前後だったが、アイスクリームを大量に食べだしてから太りだした。本人は「昔はアイスを2~3kg? ああ、食べてましたね。今でもアイスは食べますよ。大好きなんです。一番好きな商品? 『ピノ』ですね」とのこと。現在は『ピノ』を1日5.6箱食べる程度に減らしている[7]
  • 和食では納豆が大好物。「素晴らしくおいしい。つい、ご飯を食べ過ぎちゃって」というほど好んでおり、朝稽古の後のちゃんこでは毎日食べている[4]
  • 2006年10月に警察官だった父親を交通事故で失い、ワイン用のぶどう園を営む母親もその時の後遺症により現在も毎週3日ほど通院している。現在のところ、母親は健康状態が悪く渡航も困難であるが、将来的には母を日本の病院に入れたいと語っている。
  • 2009年5月末に緊迫する対ロシア情勢の中で徴兵検査を受け、1ヶ月ほどの軍事訓練を受けるために帰国し、同年7月に再入国した(黒海栃ノ心も同様)[8]
  • 四股名は「ガガ」という自身の幼少時からのニックネームから付けられたものだが(出生時に母親がガガと命名しようとしたがジュゲリと名付けられ、その後はずっと「ガガ」と呼ばれていた)、レディー・ガガが有名になって以降、本人は「(レディー・)ガガから臥牙丸って付けたって言われる」と困惑している。ただ、本人はレディー・ガガの曲は好きだという。
2010年9月
  • 2011年1月14日に墨田区内のインド料理店で食事中に黒海と口論になり、店の厨房と客席を仕切るガラス扉を割った上に天井に穴を開けていた[9]ことが判明し[10]、その際、店長からの警察への通報により器物破損罪容疑で警視庁本所警察署から事情聴取を受けたということが同年1月24日に明らかになった[11]。黒海は「親類を亡くして落ち込んでいた臥牙丸を励ましていたが、立ち上がった際にガラスが手に当たった」と説明している[12]。黒海の師匠である追手風親方(元幕内・大翔山)は騒動から5日経過した同年1月19日に放駒理事長(元大関・魁傑)に事件について報告し、同年1月24日に黒海・臥牙丸の両者と監督責任として追手風親方が放駒理事長から厳重注意を受けた[12]。放駒理事長は「喧嘩したとは聞いていない。ただ、(本場所中の)そんな時間まで顔が合う(取組が組まれる)力士(同士)が飲んでいたのは問題だ」と本場所中の騒動であったことを問題視し、放駒理事長は同年2月1日に開かれた力士会において両者に対して注意を行った[12]。店側とは既に示談が成立している。
  • 玉鷲を苦手としており、これまでに幕内では1回しか勝利していない。2013年11月場所10日目に対戦した際には、物言いの末に取り直しとなり、取り直しの一番では寄り切られて敗れてしまい、支度部屋で風呂から上がった後のインタビューでは顔を真っ赤にして涙を流しながら「勝ちたかった。マジで。なんで玉鷲はオレだけに強いの。(取り直し後の一番では)絶対に押し出してやろうと思ったけど。これ以上、どう相撲取ればいいか分からない」と嘆いた[13]
  • かつては、本人がお気に入りのチョコレート色の派手な廻しを締めていたが、2014年現在は黒色の廻しを締めている。
  • 2014年3月場所、正確に言えば同年2月の花相撲から横綱白鵬の土俵入りに協力している。本来は横綱と同じ部屋ないしは同じ一門の力士が務める慣例があり、一門が違う力士(白鵬は伊勢ヶ濱一門、臥牙丸は出羽海一門)が務めるのは極めて異例のことであるが、諸事情があり白鵬の太刀持ち・露払い共に交代せざるを得なくなってしまい、伊勢ヶ濱一門に適任者がいなくなってしまったところに自ら志願したようである[14]。現在も、白鵬の太刀持ちや露払いが何らかの事情で務められなくなると、代打を任されることがある。ちなみに、同郷の先輩の黒海も現役時代は白鵬の露払いを務めていた。

略歴[編集]

  • 2005年11月場所 - 初土俵
  • 2006年1月場所 - 序ノ口(7戦全勝優勝)
  • 2006年3月場所 - 序二段
  • 2006年5月場所 - 三段目
  • 2006年11月場所 - 幕下
  • 2009年9月場所 - 幕下優勝(7戦全勝)
  • 2009年11月場所 - 十両
  • 2010年1月場所 - 十両優勝(12勝3敗)
  • 2010年7月場所 - 新入幕
  • 2011年9月場所 - 敢闘賞(初、11勝4敗)
  • 2012年1月場所 - 敢闘賞(2度目、12勝3敗)
  • 2012年3月場所 - 新三役

主な成績[編集]

2014年9月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:308勝288敗(53場所)
  • 幕内成績:165勝195敗(24場所)
  • 十両成績:43勝32敗(5場所)

各段優勝[編集]

  • 十両優勝:1回(2010年1月場所)
  • 幕下優勝:1回(2009年9月場所)
  • 序ノ口優勝:1回(2006年1月場所)

三賞[編集]

  • 敢闘賞:2回(2011年9月場所、2012年1月場所)

場所別成績[編集]

                                

臥牙丸 勝
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2005年
(平成17年)
x x x x x (前相撲)
2006年
(平成18年)
西 序ノ口 #34
優勝
7–0
東 序二段 #28
6–1
 
西 三段目 #64
4–3
 
西 三段目 #45
5–2
 
西 三段目 #16
5–2
 
西 幕下 #55
6–1
 
2007年
(平成19年)
西 幕下 #24
3–4
 
東 幕下 #35
3–4
 
西 幕下 #46
4–3
 
東 幕下 #39
3–4
 
東 幕下 #48
2–5
 
西 三段目 #12
6–1
 
2008年
(平成20年)
西 幕下 #35
4–3
 
西 幕下 #27
3–4
 
東 幕下 #35
2–5
 
西 幕下 #54
4–3
 
西 幕下 #43
4–3
 
西 幕下 #32
6–1
 
2009年
(平成21年)
東 幕下 #13
6–1
 
東 幕下 #3
3–4
 
西 幕下 #6
4–3
 
西 幕下 #5
3–4
 
東 幕下 #10
優勝
7–0
東 十両 #14
8–7
 
2010年
(平成22年)
東 十両 #13
優勝
12–3
東 十両 #3
8–7
 
西 十両 #1
10–5
 
東 前頭 #12
5–10
 
東 前頭 #15
10–5
 
東 前頭 #10
9–6
 
2011年
(平成23年)
西 前頭 #6
5–10
 
八百長問題
により中止
東 前頭 #14
8–7
 
西 前頭 #7
5–10
 
西 前頭 #11
11–4
西 前頭 #3
2–13
 
2012年
(平成24年)
西 前頭 #10
12–3
東 小結
6–9
 
西 前頭 #2
5–10
 
東 前頭 #7
10–5
 
西 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #7
8–7
 
2013年
(平成25年)
東 前頭 #4
6–9
 
東 前頭 #6
5–10
 
西 前頭 #11
11–4
 
西 前頭 #2
3–12
 
東 前頭 #9
6–9
 
西 前頭 #13
8–7
 
2014年
(平成26年)
東 前頭 #12
8–7
 
西 前頭 #9
6–9
 
東 前頭 #14
7–8
 
西 前頭 #15
5–10
 
西 十両 #3
5–10
 
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 臥牙丸 太郎(ががまる たろう)2005年11月場所 - 2008年5月場所
  • 臥牙丸 勝(- まさる)2008年7月場所 -

脚注[編集]

  1. ^ 優しさも食事もいっぱい 臥牙丸、三役出世を誓う 朝日新聞DIGITAL 2013年5月17日22時56分
  2. ^ 八百長問題:30人超関与の可能性 1日最終報告難しく 毎日jp 2011年4月1日
  3. ^ 蒼国来と星風は継続して調査 臥牙丸はシロ 2011年4月2日
  4. ^ a b 臥牙丸「納豆、素晴らしくおいしい」 デジタル朝日新聞 2012年9月7日
  5. ^ この場所で同じく幕内を務めていた常幸龍は12敗の大敗を喫しており、「熊本ラーメン12杯」が「12敗」を連想させた形となった。
  6. ^ 『相撲』2013年11月号57ページ
  7. ^ 臥牙丸「アイス1日3キロ」どか食い 東スポWeb 2011年9月25日
  8. ^ グルジア3力士が兵役…ぶっつけで本場所 日刊スポーツ 2009年7月1日閲覧
  9. ^ 東京・墨田区のインド料理店で外国人力士2人がけんか 店の備品破損 FNNニュース 2011年1月24日
  10. ^ 器物損壊:黒海関と臥牙丸関、酔ってけんか 店の備品壊す毎日新聞 2011年1月24日
  11. ^ 初場所中に黒海関と臥牙丸関が大げんか 飲食店で口論、ガラス破壊MSN産経ニュース 2011年1月24日閲覧
  12. ^ a b c 黒海と臥牙丸を厳重注意=場所中の騒ぎ問題視-相撲協会 時事ドットコム 2011年1月24日
  13. ^ 臥牙丸悔し涙「なんで玉鷲は…」/九州場所 日刊スポーツ 2013年11月19日
  14. ^ 理事選原因で白鵬相棒変更 日刊スポーツ 2014年2月10日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]