木瀬部屋
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木瀬部屋(きせべや)は、日本相撲協会に所属し、かつ出羽海一門に属する相撲部屋。
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[編集] 沿革
2002年(平成14年)11月場所限りで引退した三保ヶ関部屋(大関・増位山)所属の元前頭筆頭・肥後ノ海が年寄・木村瀬平を襲名して三保ヶ関部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、2003年(平成15年)12月1日付で7人の内弟子を連れて三保ヶ関部屋から分家独立して木瀬部屋を創設した。
[編集] 力士
[編集] 幕内
- 前頭
[編集] 幕下以下
[編集] 所在地
[編集] 師匠
- 11代:木村瀬平(きむら せへい、前1・肥後ノ海、熊本)
[編集] 旧木瀬部屋
1942年(昭和17年)5月場所限りで引退した伊勢ヶ濱部屋(関脇・清瀬川)所属の元前頭筆頭・桂川が年寄・北陣を襲名(その後、木瀬に名跡変更)して伊勢ヶ濱部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる傍ら、一般人に相撲を指導する相撲練成道場を開いていた。その後、相撲錬成道場の門人が大相撲入門を志願したため、1956年(昭和31年)9月に伊勢ヶ濱部屋から分家独立して木瀬部屋を創設した。
伊勢ヶ濱部屋の後輩で娘婿の前頭9枚目・清の盛が1967年(昭和42年)5月場所限りで引退した時、年寄名跡・木瀬を清の盛に譲渡するとともに部屋経営を任せて、桂川は廃業して相撲練成道場の運営に戻りつつ、さらに居合道の道場を興した。10代木瀬親方(清の盛)は、小結・青葉山、十両・天剛山を育てた。この木瀬部屋は、10代木瀬親方が2000年(平成12年)4月に停年退職を迎えるため同年2月に部屋を閉じるとともに、所属力士は桐山部屋(小結・黒瀬川)へ移籍した。
[編集] 外部リンク
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