追手風部屋
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追手風部屋(おいてかぜべや)は、日本相撲協会所属で立浪一門の相撲部屋。
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[編集] 沿革
1995年(平成7年)11月場所限りで引退した立浪部屋(関脇・羽黒山)所属の元前頭・大翔山は、年寄・中川を襲名して立浪部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていた。その後、1997年(平成9年)8月には義父の追手風親方(前6・追風山)とともに友綱部屋に移籍、1998年(平成10年)2月に義父と名跡交換して年寄・追手風となり、同年10月1日付で2人の内弟子を連れて友綱部屋から分家独立して追手風部屋を33年ぶりに再興した。 学生相撲出身者や東欧出身者をスカウト・育成し、創設10年弱で三役2人を含む4人の関取を輩出したが、宇映、大翔勇(引退)ら若手有望株が伸び悩み、2005年7月場所以降関取は黒海1人のみという状況が続いていたが、2008年11月場所で大翔湖が2003年5月場所の黒海以来5年半ぶりとなる十両昇進を果たした。
[編集] 所在地
[編集] 師匠
- 11代:追手風直樹(おいてかぜ なおき、前2・大翔山、石川)
[編集] 力士
[編集] 現役の幕内経験力士
[編集] 幕内
- 関脇
- 小結
- 黒海太(グルジア)
- 平幕
- 濵錦竜郎(熊本)
[編集] 十両
[編集] 所属年寄
- 中川憲治(なかがわ けんじ、前14・旭里、大阪
[編集] 旧追手風部屋
かつての追手風部屋は、1937年(昭和12年)5月場所限りで引退した二十山部屋(小結・小錦)所属の元大関・清水川が、年寄・追手風を襲名して1938年(昭和13年)1月に3人の内弟子を連れて二十山部屋から分家独立して追手風部屋を創設した。
小結・清水川、幕内・追手山(10代追手風→13代中川)、起雲山などの関取を育てたが、1965年(昭和40年)1月、部屋別総当たり制実施と自身の停年退職も重なり、弟子を立浪部屋に譲り、部屋を閉じた。
なお分家として、小結・清水川が引退後に興した旧間垣部屋があるが、同部屋も1975年(昭和50年)に消滅している。
同部屋の出身者には、前記の関取以外にプロレスラーのミスター林、上田馬之助(後に旧間垣部屋に移籍)がいる。
[編集] 師匠
- 8代:追手風元吉(おいてかぜ もときち、大関・清水川、青森)
[編集] 外部リンク
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