阿武松部屋

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Onomatsu stable 2011.JPG

阿武松部屋(おうのまつべや)は、日本相撲協会所属で貴乃花グループ相撲部屋

歴史[編集]

1990年(平成2年)7月場所限りで現役を引退し、以降は押尾川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていた年寄・15代錣山(元関脇益荒雄)は、1992年(平成4年)9月に年寄名跡・阿武松を正式に取得して年寄・12代阿武松を襲名し、同時に押尾川部屋の師匠である17代押尾川親方(元大関大麒麟)に押尾川部屋からの分家独立を申し出たところ、17代押尾川の逆鱗に触れたために大鵬部屋へ移籍した。

その後、1994年(平成6年)10月に12代阿武松は大鵬部屋から分家独立して阿武松部屋を創設した。しばらくは一番弟子の大名(後の幕下・阿武若)しか弟子がおらず、2LDKのマンションで当時独身だった12代阿武松と弟子1人の2人暮らしと苦しい出発となったが、1995年4月に現在の千葉県習志野市鷺沼で部屋開きを行った。

2001年1月場所において小緑が新十両へ昇進し、部屋史上初となる関取が誕生した。2005年5月場所には片山が新入幕を果たした。学生相撲出身者を積極的にスカウトして、片山以降は専修大学出身の力士が多くなっている。所属力士の四股名には、主に「阿武」「松」「荒」「緑」(「緑」は横綱阿武松緑之助から)が付けられることが多い。

2010年1月に行われた日本相撲協会理事選挙において、貴乃花親方(元横綱・貴乃花)が二所ノ関一門内の事前調整を拒否して独自に立候補を表明し、12代阿武松は貴乃花親方に対する支援を表明して貴乃花親方へ投票したために、阿武松部屋はそれまで所属していた二所ノ関一門から事実上の破門扱いを受けた。その後はどの一門にも属さずに、貴乃花親方が率いる「貴乃花グループ」に参加して、グループでの合同稽古を行うなどの活動を行っている。

2010年に発覚した大相撲野球賭博問題において、警視庁の一連の捜査において阿武松部屋を中心に角界への野球賭博が広がったとみられることを理由として、同年7月7日に阿武松部屋は賭博容疑で警視庁の家宅捜索を受けた。大相撲野球賭博問題では関与した同部屋の力士9名が謹慎処分を受けると共に、力士数名と同部屋所属の床山日本相撲協会からの解雇処分および引退に追い込まれるという事態となり、2011年1月26日には力士らから賭け金を集めたとして、賭博開帳図利の容疑で元十両・古市とその母親と元幕下・松緑、同幇助の容疑で元幕下・梓弓の4名が逮捕された。同年3月17日には賭博罪で所属力士の十両・大道、幕下・大和富士、三段目・能登桜が東京簡易裁判所から略式起訴の処分を受けた。[1]

所在地[編集]

師匠[編集]

力士[編集]

現役の関取経験力士[編集]

幕内[編集]

前頭

十両[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 野球賭博で9人略式起訴…琴光喜ら30人不起訴 毎日jp 2011年3月17日

外部リンク[編集]