友綱部屋

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Tomozuna Beya. 2011.JPG

友綱部屋(ともづなべや)は、日本相撲協会に所属する伊勢ヶ濱一門相撲部屋

概要[編集]

もともとは現役時には玉垣部屋に所属していた年寄・6代友綱(元幕内・海山)が明治時代に創設した部屋で、明治から大正時代にかけては横綱・太刀山を擁して一大勢力を有していた。しかし、役員選挙のもつれで7代東関(元横綱・太刀山)が内弟子を高砂部屋に譲って廃業してしまってからは徐々に衰退し、1921年5月に6代友綱が廃業して7代友綱(元小結・矢筈山)が友綱部屋を継承してからは、昭和初期に宝川天城山といった平幕力士を輩出するに過ぎなかった。

1911年(明治41年)1月には5代二所ノ関(元関脇・海山)が友綱部屋から分家独立して二所ノ関部屋を創設した。また、現役時の1939年に7代友綱の養女と結婚して高嶋部屋から友綱部屋へ移籍し、1940年5月場所に現役を引退して以降は友綱部屋の部屋付き親方を務めていた14代玉垣(元小結・巴潟)が、1941年1月に友綱部屋から分家独立する形で玉垣部屋を創設した。しかし、本家である友綱部屋は1946年限りで閉鎖され、7代友綱は立浪部屋へ移籍した。

玉垣部屋の師匠を務めていた14代玉垣は、1942年5月に年寄・安治川に名跡変更して初代安治川を襲名し、同時に部屋の名称を安治川部屋と改称したものの、1951年1月に高嶋部屋の当時の師匠である8代高嶋(元幕内・八甲山)が死去すると、初代安治川は9代高嶋を襲名して高嶋部屋を継承した。その後、1961年1月に9代高嶋の岳父である7代友綱が定年退職を迎えると、同年5月に7代友綱の娘婿である9代高嶋が名跡変更して8代友綱を襲名し、同時に8代友綱は部屋名を高嶋部屋から改称する形で友綱部屋を再興した。

1976年3月に8代友綱は定年退職し、それに伴い、8代友綱の夫人の妹と結婚した2代安治川(元十両一錦)が9代友綱を襲名して友綱部屋を継承した。9代友綱は先代からの弟子である関脇・魁輝などといった関取を育て上げた。

1989年5月に9代友綱は定年退職を迎えたため、それに伴い、9代友綱の娘婿で友綱部屋の部屋付き親方である12代高島(元関脇・魁輝)が10代友綱を襲名して友綱部屋を継承した。現在までに、10代友綱は大関・魁皇や幕内・魁聖などといった関取を育てている。

1997年8月には立浪部屋から10代追手風(元幕内・追風山)と12代中川(元幕内・大翔山)が移籍してきたが、2人は1998年2月に互いの年寄名跡を交換した後、同年10月に追風海ら内弟子2人を連れて友綱部屋から分家独立する形で追手風部屋を再興している。2012年4月には師匠の定年退職によって閉鎖された大島部屋から旭天鵬を始めとする力士・行司らを引き取った。2014年2月には友綱部屋の部屋付き親方である15代浅香山(元大関・魁皇)が内弟子2人を連れて友綱部屋から分家独立して浅香山部屋を創設した。

近年では「魁」の1字を四股名に持つ力士が多い。

所在地[編集]

師匠[編集]

  • 6代:友綱貞太郎(ともづな さだたろう、幕内・海山、高知)
  • 7代:友綱亀乃助(ともづな かめのすけ、小結・矢筈山、高知)
  • 8代:友綱誠一(ともづな せいいち、小結・巴潟、北海道)
  • 9代:友綱隆登(ともづな たかのり、十両・一錦、青森)
  • 10代:友綱隆登(ともづな たかのり、関脇・魁輝、青森)

力士[編集]

2014年7月場所現在

(※は大島部屋からの移籍組)

現役の関取経験力士[編集]

横綱・大関[編集]

横綱
大関

幕内[編集]

関脇
小結
前頭

十両[編集]

幕下以下[編集]

  • 魁将龍邦昭(下6・東京)10代弟子
  • 追風海英飛人(下7・青森)10代弟子 - 1998年10月の追手風部屋移籍後に関脇
  • 大翔山豪志(三35・東京)10代弟子 - 1998年10月の追手風部屋移籍後に十1

所属年寄[編集]

  • 玉垣伸哉(たまがき しんや、小結・智乃花、熊本)

外部リンク[編集]