豪栄道豪太郎

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豪栄道豪太郎 Sumo pictogram.svg
Goeido Gotaro 2008.jpg
咳き込む豪栄道
基礎情報
四股名 澤井 豪太郎→豪栄道 豪太郎
本名 澤井 豪太郎
愛称 ゴウタロウ、豪ちゃん、GAD、ガッド
生年月日 1986年4月6日(28歳)
出身 大阪府寝屋川市
身長 183cm
体重 156kg
BMI 46.58
所属部屋 境川部屋
得意技 右四つ・寄り・出し投げ・切り返し・外掛け
成績
現在の番付 西大関2
最高位 西大関2
生涯戦歴 436勝299敗25休(57場所)
幕内戦歴 327勝248敗25休(40場所)
優勝 幕下優勝2回
三段目優勝1回
序ノ口優勝1回
殊勲賞5回
敢闘賞3回
技能賞3回
データ
初土俵 2005年1月場所
入幕 2007年9月場所
趣味 格闘技テレビ観戦、漫画読み
備考
金星1個(朝青龍1個)[1]
2014年9月1日現在

豪栄道 豪太郎(ごうえいどう ごうたろう、1986年4月6日 - )は、大阪府寝屋川市出身で境川部屋所属の現役大相撲力士。本名は澤井豪太郎(さわい ごうたろう)、愛称はゴウタロウ、豪ちゃん。身長183cm、体重156kg、血液型はB型。得意手は右四つ・寄り・出し投げ・切り返し・外掛け。趣味は格闘技テレビ観戦、漫画雑誌を読むこと。好きな食べ物は牛肉、嫌いな食べ物は生魚、納豆漬け物。最高位は西大関2枚目(2014年9月場所)。締め込みの色は2014年9月現在、黒色。

来歴[編集]

入門前[編集]

明和小学校1年生の時に相撲を始める。当時の豪栄道が同級生の中で偉そうにしていたため、家族が「相撲大会で大きい子にやっつけてもらおう」と市の大会に出場させたところ優勝してしまい、それ以来相撲の虜になったという。

小学校3年生からアマチュア相撲では高名である交野市の古市道場(元十両・古市の実家)に京阪電気鉄道で通った[2]。5年生の時にはわんぱく横綱に輝くなど小学校時代は活躍していたが寝屋川四中時代には3年生の時点で80kgしかない軽量のために低迷してしまい相撲に対する興味が薄れたという[3]。名門埼玉栄高相撲部に勧誘された際は中学時代の不振を理由に躊躇ったが声を掛けてくれた監督の心意気に動かされて埼玉栄への進学を決意した。中学3年の夏ごろから埼玉栄への入学が決まった10月までの半年足らずの間に体重が30kg増え、入学後に稽古熱心さが増したことで高校相撲では1年生の頃からインターハイや全国大会で活躍を見せ[3]高校横綱世界ジュニア相撲選手権大会無差別級優勝など11個の個人タイトルを獲得し、全日本相撲選手権大会でも高校生として史上4人目となる3位入賞を果たした。全日本選手権の大会前には「高卒の幕下付出」も期待されていたほどであった。[4]

入門から新入幕まで[編集]

その後、埼玉栄高相撲部の山田道紀監督の先輩である境川親方(元小結・両国)が師匠を務める境川部屋に入門し、高校卒業式を待たずに2005年1月場所に初土俵を踏んだが、埼玉栄高校は卒業している。

同期である春日野部屋栃煌山は自他共に認めるライバルである。序ノ口から三段目までをそれぞれ1場所で通過し、幕下2場所目となる2005年11月場所では7戦全勝の成績を挙げて初の幕下優勝を果たした。2006年1月場所では西幕下2枚目の位置まで番付を上げたものの、3勝4敗と入門して初の負け越しを経験した。翌3月場所も3勝4敗と連続して負け越した澤井は「勝ちたい気持ちが強すぎて、固くなって自分の相撲が取れなくなった」と立合いで変化して相手を小手先で捌く相撲を痛感し、以降関取昇進まで立合いでは殆どまともに当たるようになったことで攻めのスピードも上がった。[5]新十両昇進では栃煌山に先を越されたものの、2006年9月場所において西幕下6枚目の位置で7戦全勝の成績を挙げて2回目の幕下優勝を果たして、翌11月場所において新十両へ昇進し、同時に四股名を本名の「澤井」から「豪栄道」へと改名した。"豪"は本名の豪太郎と師匠の境川豪章の名前から、"栄"は埼玉栄高から、"道"は相撲道と埼玉栄高相撲部監督の山田道紀の名前から1字ずつ採り、「力強く栄え相撲道に精進する」意を込めた。[6][5]

新十両となった2006年11月場所と翌2007年1月場所を連続して勝ち越し、ライバルである栃煌山が新入幕を果たした翌3月場所では、初日から7連勝して里山と十両優勝を争い、千秋楽には里山に敗れて十両優勝はならなかったものの、11勝4敗の好成績を挙げた。東十両3枚目へと番付を上げた翌5月場所では6勝9敗と負け越したが、翌7月場所では西十両5枚目の位置で12勝3敗の好成績を挙げて優勝決定戦まで進出し、岩木山旭天鵬との巴戦となった優勝決定戦では敗れてしまい十両優勝は逃したものの、翌9月場所において新入幕を果たした。

幕内昇進から三役定着まで[編集]

新入幕となった2007年9月場所では、2日目に栃煌山に敗れる以外は白星を重ね、11日目の時点で10勝1敗の成績を挙げて、新入幕ながら優勝争いに加わり、11日目に横綱・白鵬が2敗目を喫したために優勝争いの単独トップに躍り出た。そのため12日目から上位との対戦が組まれたが、12日目に安馬(のちの横綱・日馬富士)、13日目に大関・千代大海、14日目には白鵬に敗れた。新入幕力士と横綱との対戦は、1995年7月場所2日目の土佐ノ海と横綱・貴乃花との対戦以来のこととなった。優勝争いからは脱落したものの、最終的にこの9月場所では11勝4敗の好成績を挙げて初の敢闘賞を受賞した。続く11月場所でも2日目から6連勝し、後半に負けが込んだものの8勝7敗と勝ち越しを決めた。東前頭3枚目の位置まで番付を上げた翌2008年1月場所では、3日目に大関・琴光喜を破って大関戦初勝利を挙げたものの、結果的には5勝10敗と、自身の入幕後において初めての負け越しを経験した。西前頭5枚目の位置で迎えた同年9月場所では10日目の時点で9勝1敗と好調ぶりを示し、横綱・大関陣には不戦勝の朝青龍を除いて1勝もできなかったものの、10勝5敗という好成績を挙げて2回目の敢闘賞を受賞し、翌11月場所において新三役となる東小結へと昇進した。その11月場所では5勝10敗と大敗したものの、平幕へ陥落した翌2009年1月場所で10勝5敗の好成績を挙げて初の技能賞を受賞し、翌3月場所で小結へ復帰した。その3月場所では白鵬と朝青龍の両横綱には敗れたものの、千代大海・琴光喜・琴欧洲の3大関と把瑠都稀勢の里の両関脇を破り9勝6敗と勝ち越しを決め、翌5月場所に西関脇に昇進した。2010年1月場所では対横綱戦初勝利となる金星を朝青龍から挙げたが、この場所後に朝青龍は自身の問題行動によって突如引退を表明したため、結果的に豪栄道は朝青龍にとって最後の金星配給の相手となった。

2010年に発覚した大相撲野球賭博問題では野球賭博に関与したという理由により、特別調査委員会から謹慎休場を勧告され[7]、そのため同年7月場所を全休し、翌9月場所では十両へと陥落した。なお、大相撲野球賭博問題に関しては、本人は2011年3月3日に賭博開帳図利容疑書類送検されている。[8]

東十両筆頭の位置で迎えた2010年9月場所では、12勝3敗の好成績を挙げて十両力士との実力差を示し、1場所での幕内復帰を果たした翌11月場所でも12勝3敗という好成績を挙げた。続く2011年1月場所でも11勝4敗と大勝し、翌5月技量審査場所でも3場所連続しての二桁勝利となる11勝4敗の好成績を挙げて[9]2回目の技能賞を受賞した。翌7月場所では再び東小結へ昇進したものの、その7月場所では5勝10敗と大敗した。2012年3月場所では西前頭6枚目の位置で12勝3敗という好成績を挙げて3回目の敢闘賞を受賞。[10]

14場所連続関脇在位を経て大関昇進[編集]

再び自己最高位となる西関脇へ昇進した翌5月場所では、8日目に横綱・白鵬に初めて勝利し、加えて把瑠都・琴奨菊・琴欧洲という3大関も破る活躍で8勝7敗と勝ち越しを決め、初の殊勲賞を受賞した。この5月場所の後、同年3月場所前から違和感があったという左肘を内視鏡手術し、遊離軟骨の除去を行っている[11]。自己最高位を更新する東関脇の位置で迎えた翌7月場所では、2日目に琴欧洲を破り、7日目に稀勢の里を破ったものの、その稀勢の里戦で左脇腹を痛めてしまい、その後も出場して勝ち越しを目前としていながら、13日目の栃ノ心戦において上手投げで敗れた際に負傷箇所を悪化させたために翌14日目から休場し、結果的には7勝7敗1休という成績となって負け越した。前場所で負け越したものの翌9月場所でも西関脇の位置に留まった。

翌11月場所では幕内では自身初となる初日からの8連勝で中日に勝ち越しを決めた。その後、9日目に横綱・日馬富士に敗れ[12][13]、12日目まで4連敗を喫して優勝争いからは脱落したものの、2009年9月場所における把瑠都以来となる5大関全員を破る活躍を見せて、11勝4敗の好成績を挙げて3回目の技能賞を受賞した。

2013年4月23日には、豪栄道の送迎を担当する個人運転手が同年2月20日に豪栄道の自宅に侵入し腕時計(300万円相当)を窃盗したとして、逮捕された。警視庁竹の塚警察署によると、容疑者は「夜中に車を使われるのが嫌だった。困らせてやりたかった」と供述した[14][15]

2013年5月場所は7勝8敗と5場所ぶりに負け越したが、翌7月場所は西関脇にとどまり、その場所では初日から3連敗したが、終盤に6連勝し8勝7敗と勝ち越した。2013年9月場所では9場所関脇連続在位となり、史上3位タイの記録となった[16] 。その場所では10日目に横綱・白鵬に唯一の黒星を付け、その他にも4日目に大関・琴奨菊、5日目に大関・琴欧洲、13日目に大関・稀勢の里を破る活躍を見せて11勝4敗の好成績を挙げ、2回目の殊勲賞を受賞した。翌11月場所は関脇連続在位が10場所となり、関脇連続在位は昭和以降では単独3位の記録となった。

翌2014年1月場所は関脇連続在位が11場所となり、関脇連続在位は昭和以降では琴光喜に並ぶ2位タイ記録となった。翌3月場所は関脇連続在位が12場所となった。関脇連続在位は昭和以降では単独2位(1位は魁皇の13場所連続)の記録となった。また、栃煌山が関脇に復帰したため、3関脇となった。3関脇は、2011年9月場所以来である[17]。その場所では、7日目に大関・琴奨菊、13日目に横綱・日馬富士、千秋楽に大関・稀勢の里を破る活躍を見せて12勝3敗の好成績を挙げ、3度目の殊勲賞を受賞した。

翌5月場所は関脇連続在位が13場所となり、昭和以降では魁皇と並び1位タイ。この場所は成績いかんで大関昇進にもなり得るが、10日目を終えて5勝5敗と不調であった。それでも11日目に横綱・白鵬を破る殊勲の星を上げ、千秋楽に大関・琴奨菊を下して8勝7敗と勝ち越しを決め、4回目の殊勲賞を受賞した。続く7月場所は関脇連続在位が14場所となり、昭和以降では単独1位の記録となった。この場所は14日目が終了した時点で「関脇で安定しているので大関になってもまだまだやれるだろう」と伊勢ヶ濱審判部長が関脇連続在位記録を評価し、理事会で千秋楽の琴奨菊戦で白星を挙げることを条件として大関昇進を認める方針が決定した[18]。千秋楽の取組では寄り切りで琴奨菊を下し、事前に示された条件を満たす形で大関昇進を決定づけた[19]。その後7月30日に愛知県体育館で開かれた日本相撲協会の番付編成会議と臨時理事会において、理事の満場一致を得て正式に大関昇進が決定した[20]。大阪府出身の大関誕生は1970年9月場所に新大関となった前の山太郎以来44年ぶりである[21]。協会は直ちに出来山理事と大鳴戸審判委員愛知県扶桑町の境川部屋宿舎に使者として派遣し、昇進を伝達。伝達式では、「謹んでお受けいたします。これからも大和魂を貫いて参ります」と口上を述べた[22]。7月場所12日目の日馬富士戦で左外側半月板損傷の重傷を負ったことを受けて直後の夏巡業を全休した[23]。新大関として迎えた9月場所には初日の高安戦でいきなり黒星を喫する。2日目の豊ノ島戦では不戦勝による大関初白星を得たが、昇進後の初白星が不戦勝というケースは昭和以降初めてである[24]。12日目には1敗を守り優勝争いをしていた新入幕の逸ノ城に破れた[25]。6勝6敗で迎えた13日目の白鵬戦では勝利を収める奮闘を見せ、千秋楽での勝利により8勝7敗の勝ち越しを果たした[26][27]

エピソード[編集]

  • 2003年2月に師匠は年寄名跡を「中立」から「境川」に変更。その際に姓名判断の先生から「数年後に『豪』という字に縁のある人間と出会う」と言われ、下の名前も「豪章(ひであき)」に改名(本名は小林秀昭)した。その2年後、澤井が入門を志願(下の名前は豪太郎)した。境川はこの出来事に対して「スカウトもしてないのに、あいつから入りたいと言ってきた時はぞっとした」と述懐している。[28]
  • 野球賭博問題の際には自責に駆られ引退の可能性を口にしていたようであったと母から証言されており、名古屋場所中は宿舎からの外出を一切禁じられる苦痛を受けた。思い悩んだ謹慎時に一緒に泣いてくれた師匠の元で相撲に精進した[28]。何度も大関取りを逃しては関脇で停滞を繰り返したことで一時期は「弱いから去年と同じ地位にいるんです」と自嘲するのが癖になっていたが[29]、2014年からは大関昇進を公言して自らを奮い立たせようとした[30]
  • 小学6年時のわんぱく相撲では前年度のわんぱく横綱として土俵入りを披露し、その際には太刀持ちとして東口(現幕内・勢)を引き連れていた。
  • 元幕下・大翔勇ことお笑い芸人のマービンJr.は埼玉栄の後輩である縁から豪栄道ネタを十八番としている。
  • 2013年10月1日付で初代寝屋川市ふるさと大使に就任。因みに寝屋川市役所には豪栄道の寄贈品がところどころに展示されている。[31]
  • 母は大関昇進が確実となった豪栄道について「ガキ大将がそのまま大人になった」と語っている[32]

取り口[編集]

廻しを取ると力と技の両方が活きて強い。根は右四つではあるが、右でも左でも前褌を引けば、引きつけの強さを生かして吊り寄り気味に前に出る。出し投げや切り返しなどで崩しつつ寄るテクニックもある。力を頼りに思い切った投げにいくこともある。気風の良さも技のキレに良い影響を与えているという評価があり、NHK大相撲解説者の北の富士は「豪栄道は自分の判断に沿って死ねる覚悟を持っている」と表現している[33]

技術や判断力の反面両手から払い落とすような引き技が多く重圧がかかる場面では取りこぼしを恐れて引き癖を露呈しがちである。差し身や前捌きが上手くない部類に入る力士でもあり、日本体育大学相撲部監督の齋藤一雄は大関昇進に時間がかかった要因としてそれを指摘している。[34]2009年9月場所12日目の『どすこいFM』では解説を務めていた錣山(元関脇・寺尾)が「豪栄道という力士は本当に差し負けますね」と辛口の評を下しした一方で「あそこまで差せないのに相撲が取れちゃうのは、相撲勘がいいんでしょうね」と返し、前述したような引き技の精度を絶賛した[33]

また前に落ちる場面も目立つ。2011年までのそれほど大柄でなかった時期も含め、元来出足が鈍いことも弱点である。2013年3月場所まで廻しにこだわり過ぎて密着され上体が起き上がり、張り手を受けて出足が止まって離れたところで落とされる傾向もあったが、翌5月場所からはおっつけを多用しておりこの2つを幾分か克服している。[35]寄りながら不意に外掛けを打つことがある。

合い口[編集]

いずれも2014年7月場所終了現在。
  • 横綱・白鵬には4勝23敗。初顔合わせから2012年1月場所まで13連敗していたが、2012年5月場所で初勝利を挙げた。その後もなかなか勝てなかったが、2014年5月場所は押し出しで4場所ぶりに白星を挙げ、翌7月場所は浴びせ倒しで連勝した。
  • 横綱・日馬富士には8勝21敗。日馬富士の横綱昇進後は2勝8敗。最近では2014年3月場所で寄り倒しで勝利している。
  • 横綱・鶴竜には9勝17敗(不戦敗による1敗を含む)とあまり相性は良くないが、2012年11月場所から2013年3月場所まで3連勝したことがあった。
  • 大関・琴奨菊には17勝11敗と勝ち越しており、琴奨菊の大関昇進後も9勝5敗と勝ち越すなど相性が良い。最近では2014年7月場所で寄り切りで勝利している。
  • 大関・稀勢の里には10勝15敗であるが、稀勢の里の大関昇進後は8勝7敗と勝ち越している。最近では2014年7月場所で寄り倒しで勝利している。
  • 元大関・琴欧洲には10勝14敗(不戦敗による1敗を含む)。琴欧洲の大関時代は9勝14敗(不戦敗による1敗を含む)と負け越しているが、2012年5月場所から2013年1月場所まで5連勝したことがあった。
  • 元大関・把瑠都には8勝10敗(不戦勝による1勝を含む)であったが、把瑠都の大関時代は4勝3敗(不戦勝による1勝を含む)と勝ち越していた。
  • 若手の中でも高安を苦手としており、3勝6敗と負け越している。2011年9月場所の初顔から6連敗していたが2013年7月場所にようやく初勝利を挙げた。
  • 同世代の豊ノ島との合口はかなり悪く、9勝15敗と大きく負け越している。

略歴[編集]

  • 2005年1月場所 - 初土俵
  • 2005年3月場所 - 序ノ口優勝(7戦全勝)
  • 2005年7月場所 - 三段目優勝(7戦全勝)
  • 2005年11月場所 - 幕下優勝(7戦全勝)
  • 2006年9月場所 - 2度目の幕下優勝(7戦全勝)
  • 2006年11月場所 - 新十両、四股名を豪栄道と改名
  • 2007年9月場所 - 新入幕
  • 2008年11月場所 - 新小結
  • 2009年5月場所 - 新関脇
  • 2010年1月場所 - 初金星
  • 2010年2月7日 - 第34回日本大相撲トーナメント優勝
  • 2014年9月場所 - 新大関

主な成績[編集]

2014年7月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:436勝299敗25休(57場所)
  • 通算勝率:.593
  • 幕内成績:327勝248敗25休(40場所)
  • 幕内勝率:.569
  • 三役在位:19場所(関脇15場所、小結4場所)
  • 十両成績:57勝33敗

各段優勝[編集]

  • 幕下優勝:2回(2005年11月場所、2006年9月場所)
  • 三段目優勝:1回(2005年7月場所)
  • 序ノ口優勝:1回(2005年3月場所)

三賞・金星[編集]

  • 三賞:11回
    • 殊勲賞:5回(2012年5月場所、2013年9月場所、2014年3月場所、2014年5月場所、2014年7月場所)
    • 敢闘賞:3回(2007年9月場所、2008年9月場所、2012年3月場所)
    • 技能賞:3回(2009年1月場所、2011年5月技量審査場所、2012年11月場所)
  • 金星:1個

場所別成績[編集]

豪栄道豪太郎 [36]


一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2005年
(平成17年)
(前相撲) 西 序ノ口 #31
優勝
7–0
西 序二段 #25
6–1
 
西 三段目 #61
優勝
7–0
西 幕下 #37
4–3
 
西 幕下 #32
優勝
7–0
2006年
(平成18年)
西 幕下 #2
3–4
 
西 幕下 #5
3–4
 
西 幕下 #9
4–3
 
西 幕下 #7
4–3
 
西 幕下 #6
優勝
7–0
西 十両 #11
8–7
 
2007年
(平成19年)
西 十両 #10
8–7
 
西 十両 #9
11–4
 
東 十両 #3
6–9
 
西 十両 #5
12–3
 
西 前頭 #14
11–4
西 前頭 #6
8–7
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #3
5–10
 
東 前頭 #8
8–7
 
西 前頭 #7
8–7
 
西 前頭 #4
7–8
 
西 前頭 #5
10–5
東 小結
5–10
 
2009年
(平成21年)
西 前頭 #3
10–5
東 小結
9–6
 
西 関脇
6–9
 
西 前頭 #1
5–10
 
東 前頭 #5
10–5
 
西 小結
7–8
 
2010年
(平成22年)
東 前頭 #2
7–8
東 前頭 #3
2–4–9[basho 1]
 
西 前頭 #9
9–6
 
東 前頭 #4
出場停止[basho 2]
0–0–15
東 十両 #1
12–3
 
東 前頭 #14
12–3
 
2011年
(平成23年)
東 前頭 #5
11–4
 
八百長問題
により中止
東 前頭 #1
11–4
東 小結
5–10
 
西 前頭 #5
10–5
 
西 前頭 #1
7–8
 
2012年
(平成24年)
西 前頭 #2
6–9
 
西 前頭 #6
12–3
西 関脇
8–7
東 関脇
7–7–1[basho 3]
 
西 関脇
8–7
 
西 関脇
11–4
2013年
(平成25年)
東 関脇
8–7
 
東 関脇
10–5
 
東 関脇
7–8
 
西 関脇
8–7
 
西 関脇
11–4
東 関脇
8–7
 
2014年
(平成26年)
東 関脇
8–7
 
東 関脇
12–3
東 関脇
8–7
東 関脇
12–3
西 大関 #2
8–7
 
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

幕内対戦成績[編集]

2014年7月場所終了現在

力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
碧山 9 0 朝青龍 2(1) 5 朝赤龍 5 0 安美錦 15 12
阿覧 5 4 5 1 遠藤 1 0 大砂嵐 1 0
隠岐の海 9 3 魁皇 6 5 魁聖 6 1 臥牙丸 2 2
垣添 5 1 鶴竜 9 17(1) 春日王 4 1 春日錦 1 0
稀勢の里 10 15 北桜 1 0 北太樹 5 0 旭天鵬 11 6
光龍 1 0 黒海 1 2 琴欧洲 11 14(1) 琴奨菊 17 11
琴光喜 6 5 霜鳳 2 0 翔天狼 1 1 松鳳山 8 4
蒼国来 1 0 高見盛 8 0 髙安 3 6 宝富士 2 0
豪風 12 6 玉春日 3 0 玉乃島 4 1 玉鷲 3 1
千代鳳 1 0 千代大海 3(1) 5 千代大龍 2 3 千代の国 1 0
出島 2 1 照ノ富士 1 0 時天空 11 1 德瀬川 2 1
土佐ノ海 1 1 土佐豊 4 0 栃煌山 10(1) 11 栃ノ心 7 3
栃乃洋 3 3 栃乃若 4 0 豊ノ島 9 15 白馬 0 1
白鵬 4 23 白露山 1 0 把瑠都 8(1) 10 日馬富士 8 21
富士東 1 0 武州山 2 0 普天王 6 1 豊真将 7 6
北勝力 5 4 雅山 8 1 猛虎浪 2 1 嘉風 5 5
龍皇 1 1 露鵬 2 3 若荒雄 5 1 若の里 6 2
若ノ鵬 0 1

(カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数、太文字は2014年7月場所終了現在、現役力士

[編集]

  1. ^ 2010年3月場所は左膝脛骨平面内側骨髄骨折のため6日目から途中休場
  2. ^ 2010年7月場所は大相撲野球賭博問題による謹慎休場。
  3. ^ 左第 8, 9肋軟骨骨折のため14日目から途中休場

改名歴[編集]

  • 澤井 豪太郎(さわい ごうたろう)2005年1月場所 - 2006年9月場所
  • 豪栄道 豪太郎(ごうえいどう - )2006年11月場所 -

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 大相撲名鑑 - goo(2012年11月17日時点のアーカイブ
  2. ^ この道場には同学年のも通っていた。
  3. ^ a b 『大相撲ジャーナル』2013年10月号
  4. ^ 『相撲』2004年12月号 143頁天皇賜杯第53回全日本相撲選手権大会観戦のすすめ 高校生の幕下付け出しなるか
  5. ^ a b 雑誌『大相撲中継』 2006年九州場所展望号「新十両力士の素顔」
  6. ^ 四股名の最終候補まで残ったものは「豪栄道」と「富士の山」という名前だった。
  7. ^ 朝日新聞 2010年6月29日
  8. ^ 野球賭博:元琴光喜ら書類送検 捜査終結へ 毎日新聞(毎日jp) 2011年3月3日
  9. ^ 平幕で3場所連続2ケタ勝利は出羽錦、吉葉山、若秩父に続いて49年ぶりにして史上4人目の記録である。
  10. ^ 豪栄道 大阪出身力士初!吉本興業の懸賞金ゲット Sponichi Annex 2012年3月17日 06:00
    なお、この場所で大阪出身力士初として初めて吉本興業の懸賞金を獲得した。吉本興業は同じ大阪出身の幕内力士である勢にも懸賞を提供している。
  11. ^ 豪栄道、左肘の手術明かす MSN産経ニュース 2012年6月29日閲覧
  12. ^ この一番では豪栄道が日馬富士を土俵際まで寄った際に審判を務めていた湊川(元小結・大徹)が「日馬富士の足が出た」と挙手し、立行司39代式守伊之助(現・37代木村庄之助)は取組を止めさせた。協議の末に審判部長である鏡山親方(元関脇・多賀竜)は「向正面の審判が日馬富士の足が出たと勘違いし、手を挙げてしまいました。したがってもう一度、やり直しという形でやらせていただきます」と誤審を認める説明を行い、史上初の「やり直し」の裁定となった。やり直しの一番では日馬富士に敗れ、豪栄道は「負けは負けですから」と取組後に語った。
  13. ^ 大誤審「日馬の足出た」/九州場所 nikkansports.com 2012年11月20日9時47分 紙面から
    「やり直し」について協会広報部は「少なくとも戦後で同様の記録が残っていない。」と見解を示した。
  14. ^ 豪栄道の送迎担当 稽古中に自宅侵入、高級腕時計盗む Sponichi Annex 2013年4月24日 06:00
  15. ^ 豪栄道関の腕時計窃盗 警視庁、容疑の元運転手逮捕 :日本経済新聞
  16. ^ 豪栄道は昭和以降3位の9場所連続関脇 秋場所新番付 MSN産経west 2013年9月2日 13時00分配信
  17. ^ 鶴竜、初の綱とり=遠藤は東筆頭に躍進-大相撲春場所新番付 時事ドットコム
  18. ^ 豪栄道、きょうの千秋楽に勝てば大関昇進へ 朝日新聞DIGITAL 2014年7月27日14時39分
  19. ^ 白鵬、史上3人目の30度目V…豪栄道は大関昇進へ/名古屋場所 SANSPO.COM 2014.7.27 17:56
  20. ^ 豪栄道、大関に昇進  相撲協会臨時理事会が満場一致 京都新聞 2014年07月30日配信 同日閲覧
  21. ^ 豪栄道大関昇進へ 大阪出身44年ぶり DAILY SPORTS ONLINE 2014年7月27日
  22. ^ 大関豪栄道「これからも大和魂を貫く」 日刊スポーツ 2014年7月30日
  23. ^ 新大関の豪栄道、夏巡業を全休 左膝負傷で 日本経済新聞 2014/8/4 18:03
  24. ^ 豪栄道、棚ぼたの大関初白星 不戦勝、続く緊張感 朝日新聞 2014年9月15日19時45分
  25. ^ 逸ノ城、2日連続大関撃破…豪栄道を上手投げ YOMIURI ONRINE 2014年09月25日 19時37分
  26. ^ 豪栄道、白鵬戦3連勝 見せ場つくった nikkansports.com 2014年9月26日20時45分
  27. ^ 豪栄道、千秋楽勝ち越し「ホッとした」 nikkansports.com 2014年9月28日19時52分
  28. ^ a b 豪栄道“精進あるのみ”野球賭博で迷惑かけた親方に恩返しを Sponichi Annex 2014年7月29日 07:55
  29. ^ 豪栄道、挑み続けた大関昇進 千秋楽で勝負師の本領発揮:朝日新聞デジタル 朝日新聞 2014年7月28日10面
  30. ^ 秘めた思い「土俵に出ていた」 横綱審議委員長が評価 豪栄道大関昇進へ:朝日新聞デジタル 2014年7月29日20面
  31. ^ 豪栄道豪太郎関 寝屋川市
  32. ^ 豪栄道の母も感激「昇進にびっくり」 Daily Sports Online 2014年7月28日
  33. ^ a b 朝日新聞2013年11月16日付16面
  34. ^ 豪栄道が横綱になるために必要なものとは アスリートジャーナル 2014.7.29
  35. ^ 『相撲』2013年11月号『豪栄道は大関への足固めをすることができるのか!?』
  36. ^ Rikishi in Juryo and Makunouchi” (English). szumo.hu. 2007年8月28日閲覧。

外部リンク[編集]