琴奨菊和弘

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
琴奨菊和弘 Sumo pictogram.svg
Kotoshogiku 08 Sep.jpg
入場する琴奨菊
基礎情報
四股名 琴奨菊 和弘
本名 菊次 一弘
愛称 キク
生年月日 1984年1月30日(29歳)
出身 福岡県柳川市
身長 178cm
体重 177kg
BMI 54.6
所属部屋 佐渡ヶ嶽部屋
得意技 左四つ、がぶり寄り
成績
現在の番付 大関2
最高位 西大関
生涯戦歴 499勝366敗13休(67場所)
幕内戦歴 390勝317敗13休(48場所)
優勝 十両優勝1回
殊勲賞3回
技能賞4回
データ
初土俵 2002年1月場所
入幕 2005年1月場所
趣味 釣り
備考
2013年3月24日現在

琴奨菊 和弘(ことしょうぎく かずひろ 1984年1月30日 - )は、福岡県柳川市出身で佐渡ヶ嶽部屋所属の現役大相撲力士。本名は、菊次 一弘(きくつぎ かずひろ)。身長178cm、体重177kg、血液型はO型。得意手は左四つ、がぶり寄り。最高位は西大関(2012年1月場所)。愛称はキク。

目次

人物 [編集]

大相撲入門前 [編集]

建設会社の三男として生まれる。ソフトボールで4番打者を務めた経験もある。幼少時に、地元に巡業で訪れた貴花田(後の横綱・貴乃花)の膝に乗せられて記念写真を撮ったことが相撲を続ける上での大きな励みになったという。高知県明徳義塾中学校に相撲留学し、3年生となった1998年には全国中学校相撲選手権大会で優勝して中学横綱となり、その後、明徳義塾高校に進学して活躍した。小学生のころから佐渡ヶ嶽親方の知遇を得ており、初心通りに佐渡ヶ嶽部屋へ入門した。

大相撲入門後~大関昇進前 [編集]

2002年1月場所に琴菊次(こときくつぎ)の四股名初土俵を踏んだが、当初は誤って「こときくじ」と読まれることが多かったという。順調に出世し、2004年7月場所に新十両へ昇進し、2005年1月場所に新入幕を果たした。新入幕となった1月場所では5勝10敗と大きく負け越して、翌3月場所には十両へ陥落したが、その3月場所で13勝2敗の成績を挙げて初の十両優勝を果たし、同年5月場所に再入幕を果たすと、その後は幕内上位に定着した。三役昇進が期待された2006年7月場所では3勝12敗の大敗に終わるが、同年11月場所では10勝5敗の好成績を挙げて初の技能賞を受賞した。東前頭筆頭に据え置かれた2007年1月場所では栃東(現・玉ノ井)と魁皇(現・浅香山)の2大関を破る活躍を見せて9勝6敗と勝ち越し、翌3月場所では一気に西関脇へ昇進した。その3月場所では7勝8敗と負け越し、西小結へ下がった同年5月場所でも千秋楽に出島に敗れて7勝8敗と負け越し、翌5月場所では平幕へ陥落した。小結へ復帰した2007年11月場所では初日に横綱白鵬に初めて勝利して、9勝6敗と勝ち越しを果たして2回目の技能賞を受賞した。翌2008年1月場所では9日目から途中休場したものの、12日目から再出場して9勝4敗2休の成績を挙げた。西関脇へ復帰した翌3月場所では12日目に横綱・朝青龍に初めて勝利し、8勝7敗と勝ち越しを決めて初の殊勲賞を受賞した。翌5月場所でも8勝7敗と勝ち越したものの、翌7月場所では6勝9敗と負け越して5場所連続して務めた三役から陥落した。以降は大関昇進を期待されながらも、2008年9月場所から2009年5月場所にかけては5場所連続で平幕に留まるなど、三役には定着しきれない日々が続いた。

西関脇の位置で迎えた2011年1月場所では11勝4敗という好成績を挙げて、三役では初めてとなる二桁勝利を挙げて3回目の技能賞を受賞した。稀勢の里と入れ代わる形で、自身初となる東関脇の位置で迎えた続く5月技量審査場所では、終盤に失速したものの関脇の位置で2場所連続しての二桁勝利となる10勝5敗の成績を挙げた。

大関獲りへの挑戦となった翌7月場所では、初日に豊ノ島に敗れたものの、以降は9日目に日馬富士に敗れる以外は白星を重ね、11日目には横綱・白鵬も破り、大関獲りが実現する雰囲気が一気に高まったものの、13日目に平幕の隠岐の海に敗れ、続く14日目にも平幕の若の里に敗れてしまい、最終的には11勝4敗の成績となり、2回目の殊勲賞は受賞したものの、大関獲りは次場所への持ち越しとなった。

再び大関獲りへの挑戦となった翌9月場所では、初日から7連勝した。途中で2敗したものの、13日目にはその時点で1敗だった白鵬を2場所連続で破る活躍を見せ、千秋楽まで白鵬と共に優勝を争っていた。千秋楽では把瑠都に上手投げで敗れて12勝3敗の成績となり優勝は逃したものの、3回目の殊勲賞と4回目の技能賞を受賞した。また、この場所を終えた時点で大関昇進の目安とみなされている直近3場所合計33勝に達したため、場所後に行われた理事会で満場一致による大関昇進が決定した[1]。日本出身の大関誕生は、2007年9月場所に新大関昇進を果たしたかつての兄弟子である琴光喜(2010年5月場所後に解雇処分)以来4年ぶりのこととなった。昇進伝達式では「大関の地位を汚さぬよう『万理一空』の境地を求めて、日々努力精進致します」と口上した。[2]

大関昇進後 [編集]

新大関の場所となった2011年11月場所は、白鵬と共に初日から9連勝と好調だったものの、10日目で把瑠都に初黒星を喫してから4連敗し、最終的には11勝4敗の成績で終えた。翌2012年1月場所では初日に豪風に黒星を喫し、以降も調子が上がらずに7勝7敗の成績で千秋楽を迎え、千秋楽の日馬富士戦に勝利して8勝7敗と勝ち越した。翌3月場所では終盤に崩れて9勝6敗の成績に終わった。翌5月場所と7月場所でも終盤に失速したが共に10勝5敗の成績を挙げた。

翌9月場所では、3日目の豊真将戦において上手出し投げで敗れた際に左膝を痛め、左膝内側側副靱帯損傷により全治1週間という診断(同場所10日目にさらに3週間加療の診断書が提出された)を受けて、翌4日目より休場した。本人の途中休場は、2008年1月場所以来2回目のこととなった(他大関陣は同4日目に把瑠都、6日目に琴欧洲も途中休場)。次の11月場所は自身初の大関角番となった。この場所はやや苦戦し、14日目に旭天鵬を破ってなんとか勝ち越し、角番を脱出した。 2013年1月場所は初日から3連勝したが、中盤から終盤にかけて苦戦し、千秋楽にようやく勝ち越しの8勝7敗にとどまった。同年、年寄名跡秀ノ山を取得した[3]

取り口・エピソード [編集]

  • 左四つの型を持ち、左を差し右上手を取り、がぶり寄りで相手を一気に寄り切るのを得意とする。上手が取れなくても右からのおっつけや右で抱えて相手の左差しを封じながら寄ることもできる。一方、立ち合いで頭を下げて突っ込むことが多いため、立ち合いの変化にあっさりと屈してしまうことがある。
  • 青色の廻しを非常にきつく締めていることで知られる。
  • 時津風部屋豊ノ島とは同期。中学時代からの良きライバルにして親友でもある。また、稀勢の里日馬富士をライバルとして、同年代力士同士としての対抗心も強く持っている。この3人には相性が良く、豊ノ島には24勝6敗、稀勢の里には25勝17敗、日馬富士には26勝16敗(2013年3月場所現在)と、対戦成績では大きく勝ち越している。
  • 時天空を苦手としており、6勝16敗(2013年3月場所現在)と大きく負け越している。(ただし、大関昇進後の対戦では圧倒している。)
  • 下戸で酒は飲めない。趣味は釣り。アナログ人間を自称していたが、2008年より「琴奨菊物語」と題されたブログを開始し、同年6月にはテレビで紹介されてアクセス数が急増し好評を博していた。ブログは2009年8月を最後に更新されなくなり、同年12月7日の記事で更新終了を宣言した。その後ブログは閉鎖され、2011年2月に再開する予定だったものの大相撲八百長問題の影響などもあり延期され、同年9月場所後の自身の大関昇進を機にブログを再開した。また2008年5月号から2009年12月号まで雑誌『相撲』にブログとタイアップした企画「月刊ガブの部屋」を連載していた。
  • 左利きであり、塩撒きも左手で行っている。
  • 大関へ昇進してからは、最後の仕切りのときに上体を大きく反らして深呼吸をするようになっている。客席からもそのたびに歓声が上がる。
  • 日本テレビのバラエティ番組ぐるぐるナインティナインの名物コーナーグルメチキンレース・ゴチになります!のパート12の最終戦に出場し1位通過のニアピンという記録を残した。(ニアピン賞の賞金は千円だった)

福岡県繋がり [編集]

地元が福岡県ということで、福岡県内では引退した魁皇と共に人気がある。本人は大関昇進後の会見において魁皇を目標とする力士として挙げており、逆に魁皇も自身の後継者として期待を寄せている。

  • 地元の柳川市では琴奨菊が勝利した場合に花火が打ち上げられている。番付上位者に対して勝利した場合には2発、それ以外では1発が地元有志によって打ち上げられる。
  • 柳川市は「川下り」が有名であるが、「川下りでは縁起が悪い」として、大関昇進の際にはわざと川を遡る「川上り」パレードが実施された。
  • プロ野球福岡ソフトバンクホークスの大ファンであり、本多雄一などのホークスの選手とは友人である。2011年にホークスがパシフィック・リーグ優勝を決めた際には、地元メディアのインタビューに互いの健闘を誓うメッセージを寄せ、その年の九州場所の前の稽古期間中には地元テレビ局の企画で福岡Yahoo!JAPANドームでのクライマックスシリーズファイナルステージ第3戦(対埼玉西武ライオンズ)を観戦し、8年ぶりの日本シリーズ進出の瞬間を見届けた。

略歴 [編集]

  • 初土俵:2002年1月場所
  • 新十両:2004年7月場所
  • 新入幕:2005年1月場所
  • 新関脇:2007年3月場所
  • 新大関:2011年11月場所

主な成績 [編集]

2013年3月場所終了現在

通算成績 [編集]

  • 通算成績:499勝366敗13休(67場所)
  • 幕内成績:390勝317敗13休(48場所)
  • 大関成績:74勝50敗11休(9場所)
  • 幕内在位:48場所
  • 大関在位:9場所
  • 三役在位:16場所(関脇10場所、小結6場所)

各段優勝 [編集]

  • 十両優勝:1回(2005年3月場所)

三賞 [編集]

  • 三賞:7回
    • 殊勲賞:3回(2008年3月場所、2011年7月場所、2011年9月場所)
    • 技能賞:4回(2006年11月場所、2007年11月場所、2011年1月場所、2011年9月場所)

場所別成績 [編集]

                                                                                                                                                          

琴奨菊和弘[4]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2002年
(平成14年)
(前相撲) 東 序ノ口 #32
6–1
 
東 序二段 #61
7–0
 
西 三段目 #59
5–2
 
西 三段目 #29
6–1
 
東 幕下 #46
6–1
 
2003年
(平成15年)
東 幕下 #20
3–4
 
東 幕下 #30
4–3
 
西 幕下 #24
4–3
 
東 幕下 #19
5–2
 
西 幕下 #10
3–4
 
西 幕下 #17
3–4
 
2004年
(平成16年)
東 幕下 #22
6–1
 
西 幕下 #6
4–3
 
西 幕下 #5
5–2
 
東 十両 #13
10–5
 
西 十両 #5
9–6
 
西 十両 #3
10–5
 
2005年
(平成17年)
東 前頭 #16
5–10
 
東 十両 #4
優勝
13–2
東 前頭 #14
10–5
 
東 前頭 #9
8–7
 
東 前頭 #6
7–8
 
東 前頭 #7
6–9
 
2006年
(平成18年)
西 前頭 #10
8–7
 
東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #3
9–6
 
東 前頭 #1
3–12
 
西 前頭 #7
10–5
 
東 前頭 #2
10–5
2007年
(平成19年)
東 前頭 #1
9–6
 
西 関脇
7–8
 
西 小結
7–8
 
東 前頭 #1
5–10
 
西 前頭 #3
10–5
 
西 小結
9–6
2008年
(平成20年)
東 小結
9–4–2[5]
 
西 関脇
8–7
西 関脇
8–7
 
西 関脇
6–9
 
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #3
9–6
 
2009年
(平成21年)
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #2
6–9
 
東 前頭 #6
10–5
 
西 小結
8–7
 
西 関脇
6–9
 
東 前頭 #2
10–5
 
2010年
(平成22年)
東 小結
6–9
 
西 前頭 #3
10–5
 
東 小結
9–6
 
西 関脇
5–10
 
東 前頭 #3
9–6
 
西 前頭 #1
9–6
 
2011年
(平成23年)
西 関脇
11–4
八百長問題
により中止
東 関脇
10–5
 
東 関脇
11–4
東 関脇
12–3
西 大関 #2
11–4
 
2012年
(平成24年)
西 大関 #1
8–7
 
西 大関 #3
9–6
 
西 大関 #2
10–5
 
西 大関 #1
10–5
 
東 大関 #2
2–2–11[6]
 
東 大関 #2
8–7
 
2013年
(平成25年)
西 大関 #2
8–7
 
西 大関 #2
8–7
 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

幕内対戦成績 [編集]

2013年1月場所終了現在

力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
玉春日 2 1 時天空 6 16 春日王 1 3 朝赤龍 12 5
十文字 4 1 時津海 1 2 豊ノ島 24(1) 6 安美錦 22 14
霜鳳 1 1 稀勢の里 25 17 旭鷲山 1 5 追風海 0 1
片山 2 0 豪風 10 12 豊桜 1 3 隆乃若 2 0
日馬富士 26 16 高見盛 6 5 闘牙 1 0 海鵬 1 1
栃栄 2 0 岩木山 4 0 武雄山 1 0 玉飛鳥 1 1
出島 6 6 土佐ノ海 2 1 旭天鵬 12 10 北勝力 7 1
玉乃島 4 2 露鵬 4 3 朝青龍 1 15 千代大海 3 16
栃東 2 3 黒海 4 1 普天王 6 3 垣添 4 1
栃乃花 2 1 駿傑 1 0 嘉風 10 2 若の里 6 5
北桜 1 0 雅山 11 9(1) 魁皇 12(1) 16 白鵬 3 34
把瑠都 13 15 白露山 2 0 栃乃洋 4 2 豊真将 14 4
栃煌山 8 9 豊響 4 3 鶴竜 14 11 豪栄道 9 12
若ノ鵬 1 1 栃ノ心 12 4 玉鷲 3 1 阿覧 8 2
翔天狼 1 0 武州山 2 0 土佐豊 1 0 北太樹 5 1
白馬 2 1 德瀬川 0 1 隠岐の海 5 1 若荒雄 2 0
臥牙丸 4 1(1) 栃乃若 1 1 妙義龍 4 2 高安 3 0

(カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数、太文字は2013年3月場所終了現在、現役力士

改名歴 [編集]

  • 琴菊次 一弘(こときくつぎ かずひろ)2002年1月場所 - 2003年11月場所
  • 琴奨菊 一弘(ことしょうぎく -)2004年1月場所 - 2005年3月場所
  • 琴奨菊 和弘(- かずひろ)2005年5月場所 -

関連項目 [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ 琴奨菊 大関昇進決まる 4年ぶりの日本人 スポニチアネックス 2011年9月28日
  2. ^ 琴奨菊「万理一空(ばんりいっくう)」と口上 nikkansports.com 2011年9月28日
  3. ^ 琴奨菊、年寄「秀ノ山」取得 引退後の独立へ道開けた”. スポーツ報知 (2013年5月8日). 2013年5月8日閲覧。
  4. ^ Rikishi in Juryo and Makunouchi” (English). szumo.hu. 2007年7月24日閲覧。
  5. ^ 右膝内側側副靱帯損傷及び右足関節捻挫により9日目から11日目まで休場。
  6. ^ 左膝内側側副靱帯損傷により4日目から千秋楽まで休場。

外部リンク [編集]