豪風旭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
豪風旭 Sumo pictogram.svg
Takekaze 08 Sep.jpg
基礎情報
四股名 豪風 旭
本名 成田 旭
愛称 アキラ
生年月日 1979年6月21日(32歳)
出身 秋田県北秋田郡森吉町
(現在の北秋田市
身長 172cm
体重 148kg
所属部屋 尾車部屋
得意技 突き、押し
成績
現在の番付 前頭3枚目
最高位 西小結
生涯戦歴 397勝386敗41休 (56場所)
幕内戦歴 326勝353敗26休 (47場所)
優勝 十両優勝1回
敢闘賞2回
データ
初土俵 2002年5月場所
入幕 2003年3月場所
備考
2011年9月27日現在
テンプレートを表示

豪風 旭(たけかぜ あきら、1979年6月21日 - )は、秋田県北秋田郡森吉町(現在の北秋田市)出身で尾車部屋所属の現役大相撲力士。本名は成田旭(なりた あきら)、愛称はアキラ。身長172cm、体重148kg、血液型はAB型、星座は双子座。得意技は突き、押し。最高位は西小結2008年3月場所)。

几帳面で我慢強い性格。趣味はサイクリング。好物は生肉に近い状態の焼肉。「ライオンだって、闘犬だって強い動物はみんな生肉を食べてるでしょう。もし下痢でもしたら、下痢した時点でそいつの負けですよ」が本人の弁。2006年8月に結婚した。

目次

[編集] 来歴

秋田県立金足農業高等学校中央大学出身。大学4年生の時に全国学生相撲選手権大会で優勝して学生横綱を獲得した。「たった1回の人生だから自分の好きな相撲をやろう」と角界入りを決意し、家族の反対を押し切って尾車部屋に入門した。

2002年5月に、本名の成田を四股名として幕下15枚目格付出で初土俵を踏んだ。その初土俵の場所は、2日目の1番相撲で安馬(のちの日馬富士)を破って大相撲での初白星を挙げた。その後も連勝を続け、6勝0敗で迎えた13日目の7番相撲では同じく6連勝の豊桜との取組が組まれたがこれに敗れた。この相撲に勝てば幕下優勝が決まり、また新十両の可能性が残るところだったが、いずれも果たせなかった。それでも翌7月場所も勝ち越して、幕下在位僅か2場所で9月場所に新十両に昇進した。この時に四股名を豪風に改めたが、これは「豪快な相撲で豪華な風が吹くように」との願いを込めて師匠の尾車が命名したものである。十両の土俵でも勝ち越しを続けて3場所で通過し、結局一度も負け越しを経験しないまま2003年3月場所に新入幕を果たした。

ところが、新入幕の場所は初日から連敗を喫し、3日目には栃乃花に対し土俵際で突き落としを辛くも決めて幕内初白星を挙げたが、その際に右膝と右足首を痛めて休場した。結局1勝3敗11休に終わり十両に転落した。9月場所に十両優勝を果たし、翌場所に幕内に復帰した。その後も大勝ちはなく、ぶどう膜炎を患って十両に落ちるなど一進一退を続けたが、2006年1月場所に東前頭3枚目に番付を上げ、初めて横綱大関と総当たりする位置についた。そして千代大海魁皇の2大関を破る活躍を見せたが、最終的には4勝11敗で負け越してしまった。それでも、その後は前頭上位から中位あたりで定着するようになった。そして、2008年1月場所では、自己最高となる12勝をあげて、初めての三賞となる敢闘賞を受賞した。翌3月場所には小結に昇進し、初めての三役を務めたが、大きく負け越して三役を滑った。2010年9月場所にも再び12勝という好成績を挙げ、2回目の敢闘賞を受賞した。

2010年8月、19代押尾川親方が退職したことに伴い、年寄名跡押尾川」を取得した。

[編集] 取り口

低い身長と広い肩幅を生かした重心の低い押し相撲が持ち味。立合いぶちかましは強烈。その後、おっつけ、モロハズを駆使して一気に攻めきるのが理想。しかし脇が甘く体の小さい豪風には致命的ともいえる欠点である。土俵際では首投げ突き落としで逆転することも目立つ。

プロでの初白星を挙げた相手である日馬富士とは、現在では非常に相性が悪く、対戦成績は豪風の2勝14敗。逆に豊ノ島には相性が良く、対戦成績は豪風の11勝4敗。ちなみに豊ノ島も日馬富士と相性が悪く、対戦成績は豊ノ島の4勝18敗。また、日馬富士は琴奨菊と非常に相性が悪く、対戦成績は日馬富士の12勝24敗と大きく負け越しているが、豪風は琴奨菊に11勝9敗と対戦成績で勝ち越している。

[編集] 主な成績

2012年1月場所終了時点

[編集] 通算成績

  • 通算成績:411勝402敗41休 (58場所)
  • 幕内成績:340勝369敗26休
  • 幕内在位:49場所
  • 三役在位:1場所(小結1場所)

[編集] 各段優勝

  • 十両優勝:1回(2003年9月場所)

[編集] 三賞・金星

  • 三賞:2回
    • 敢闘賞:2回(2008年1月場所、2010年9月場所)
  • 金星:なし

[編集] 場所別成績

                                                                                                                                              

豪風旭[1]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2002年
(平成14年)
x x 幕下付出 #15
6–1
 
西 幕下 #3
4–3
 
西 十両 #12
8–7
 
東 十両 #10
10–5
 
2003年
(平成15年)
西 十両 #3
10–5
 
西 前頭 #13
1–3–11[Basho 1]
 
東 十両 #8
休場
0–0–15
東 十両 #8
9–6
 
東 十両 #5
13–2
 
西 前頭 #11
9–6
 
2004年
(平成16年)
西 前頭 #6
4–11
 
西 前頭 #11
9–6
 
東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #7
8–7
 
西 前頭 #6
6–9
 
2005年
(平成17年)
西 前頭 #8
休場
0–0–15
東 十両 #3
11–4
 
東 前頭 #15
9–6
 
東 前頭 #11
8–7
 
東 前頭 #9
7–8
 
西 前頭 #9
9–6
 
2006年
(平成18年)
東 前頭 #3
4–11
 
西 前頭 #9
9–6
 
西 前頭 #4
2–13
 
西 前頭 #13
9–6
 
東 前頭 #10
10–5
 
東 前頭 #4
6–9
 
2007年
(平成19年)
西 前頭 #8
8–7
 
西 前頭 #4
7–8
 
東 前頭 #5
8–7
 
東 前頭 #3
4–11
 
東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #5
6–9
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #7
12–3
西 小結
3–12
 
西 前頭 #8
6–9
 
東 前頭 #12
7–8
 
東 前頭 #14
9–6
 
東 前頭 #8
9–6
 
2009年
(平成21年)
東 前頭 #3
7–8
 
東 前頭 #4
8–7
 
東 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #9
8–7
 
西 前頭 #5
9–6
 
東 前頭 #1
6–9
 
2010年
(平成22年)
西 前頭 #4
6–9
 
西 前頭 #8
5–10
 
東 前頭 #12
8–7
 
東 前頭 #11
6–9
 
西 前頭 #12
12–3
西 前頭 #4
6–9
 
2011年
(平成23年)
東 前頭 #7
8–7
 
八百長問題
により中止
西 前頭 #4
7–8
 
西 前頭 #4
8–7
 
東 前頭 #3
5–10
 
西 前頭 #7
10–5
 
2012年
(平成24年)
東 前頭 #1
4–11
 
x x x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)


[編集]

  1. ^ 2003年三月場所は右膝内障及び右足関節捻挫により5日目から途中休場

[編集] 改名歴

  • 成田 旭(なりた あきら)2002年5月場所-2002年7月場所
  • 豪風 旭(たけかぜ -)2002年9月場所-

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ Rikishi in Juryo and Makunouchi” (English). szumo.hu. 2007年9月24日閲覧。

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語