豪風旭

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豪風旭 Sumo pictogram.svg
Takekaze 08 Sep.jpg
基礎情報
四股名 豪風 旭
本名 成田 旭
愛称 アキラ
生年月日 1979年6月21日(35歳)
出身 秋田県北秋田郡森吉町
(現在の北秋田市
身長 171cm
体重 150kg
BMI 51.30
所属部屋 尾車部屋
得意技 突き、押し
成績
現在の番付 小結
最高位 西関脇
生涯戦歴 526勝537敗46休(75場所)
幕内戦歴 455勝504敗31休(66場所)
優勝 十両優勝1回
敢闘賞2回
データ
初土俵 2002年5月場所
入幕 2003年3月場所
備考
 金星1個(日馬富士1個)
2014年11月23日現在

豪風 旭(たけかぜ あきら、1979年6月21日 - )は、秋田県北秋田郡森吉町(現在の北秋田市)出身で尾車部屋所属の現役大相撲力士。本名は成田旭(なりた あきら)、愛称はアキラ。身長171cm、体重150kg、血液型はAB型、星座は双子座。得意技は突き、押し。最高位は西関脇2014年9月場所)[1]

几帳面で我慢強い性格。趣味はサイクリング。好物は生肉に近い状態の焼肉。「ライオンだって、闘犬だって強い動物はみんな生肉を食べてるでしょう。もし下痢でもしたら、下痢した時点でそいつの負けですよ」が本人の弁。大変筋トレに凝っており、その甲斐あって腕周りは53cmを記録したことがある[2]2006年8月に結婚した。

来歴[編集]

中学時代まで柔道に打ち込んでいたが秋田県立金足農業高等学校時代に相撲に転向。高校時代のスパルタ指導によって柔道の癖を克服して相撲の基礎を磨いていった[3]中央大学出身。大学4年生の時に全国学生相撲選手権大会で優勝して学生横綱を獲得した。同じ中央大学出身の6年先輩である出島が大関昇進を果たした頃に「たった1回の人生だから自分の好きな相撲をやろう」と角界入りを決意し、家族の反対を押し切って尾車部屋に入門した。

2002年5月に、本名の成田を四股名として幕下15枚目格付出で初土俵を踏んだ。その初土俵の場所は、2日目の1番相撲で安馬(のちの日馬富士)を破って大相撲での初白星を挙げた。その後も連勝を続け、6戦全勝で迎えた13日目の7番相撲では同じく6戦全勝の豊桜との取組が組まれたがこれに敗れた。この相撲に勝てば幕下優勝が決まり、また新十両の可能性が残るところだったが、いずれも果たせなかった。それでも翌7月場所も勝ち越して、幕下在位僅か2場所で9月場所に新十両に昇進した。この時に四股名を豪風に改めたが、これは「豪快な相撲で豪華な風が吹くように」との願いを込めて師匠の尾車が命名したものである。十両の土俵でも勝ち越しを続けて3場所で通過し、結局一度も負け越しを経験しないまま2003年3月場所に新入幕を果たした。

ところが、新入幕の場所は初日から連敗を喫し、3日目には栃乃花に対し土俵際で突き落としを辛くも決めて幕内初白星を挙げたが、その際に右膝と右足首を痛めて休場した。結局1勝3敗11休に終わり十両に転落した。9月場所に13勝2敗の好成績で十両優勝を果たし、翌場所に幕内に復帰した。その後も大勝ちはなく、ぶどう膜炎を患って十両に落ちるなど一進一退を続けたが、2006年1月場所に東前頭3枚目に番付を上げ、初めて横綱大関と総当たりする位置についた。そして千代大海魁皇の2大関を破る活躍を見せたが、最終的には4勝11敗で負け越してしまった。それでも、その後は前頭上位から中位あたりに定着するようになった。そして、2008年1月場所では、自己最高となる12勝3敗の好成績をあげて、初めての三賞となる敢闘賞を受賞した。翌3月場所は新三役小結に昇進。秋田県からの新三役は、1992年7月場所の巴富士以来。その場所では、初日から5連敗を喫するなど3勝12敗と大きく負け越して1場所で陥落となった(なお初白星は大関・琴光喜から挙げた)。2010年9月場所にも再び12勝3敗という好成績を挙げ、2回目の敢闘賞を受賞した。現在は中下位で勝ち越し→上位で負け越しという場所が続いている。

2010年8月、19代押尾川親方が退職したことに伴い、年寄名跡押尾川」を取得した。

東前頭11枚目だった2013年3月場所は9勝6敗と勝ち越し。翌5月場所も9勝6敗と勝ち越し、翌7月場所での再三役(小結)が確実だったが、東前頭5枚目で8勝7敗だった松鳳山が再三役(小結)となったため、翌7月場所は東前頭筆頭。その7月場所は右足関節靱帯損傷により10日目から休場し、現役2位だった幕内連続出場は729回で止まった[4]。休場明けとなる2013年9月場所を東前頭11枚目の地位で迎え9勝6敗で終えると翌11月場所は番付運に恵まれ7枚半増の西前頭3枚目まで地位を伸ばし、そこでは千秋楽に負け越したが7勝8敗と善戦した。2014年1月場所は7日目まで5勝2敗と好調であったものの一転して8日目から14日目まで7連敗を喫したことで9敗まで後退し、千秋楽に白星を上げるも6勝9敗に終わった。

2014年7月場所9日目の日馬富士戦で、初金星を獲得した。この時点で35歳1ヶ月0日となっており、年6場所制(1958年以降)における最年長初金星の記録が達成された。同部屋の嘉風が場所4日目に日馬富士に勝って樹立した32歳3ヶ月27日の記録に触発され、見事に嘉風の後に続いた形となった[5]。最終的には9勝6敗と勝ち越して、技能賞の候補にも入ったが三賞選考委員会の賛成が過半数に満たず受賞はお預けとなった[6]。翌9月場所は新関脇。戦後最年長での新関脇昇進というスロー出世記録を作った[7]。この昇進を受けた会見では尾車から「私は28歳で引退している。35歳でこれだけ勝てるのは、心から立派だと思う」と讃えられた[8]。秋田県からの新関脇は、1964年5月場所の開隆山以来。迎えた9月場所は、千秋楽に勝ち越しを懸けたが、7勝8敗に終わった[9]。東小結で迎えた11月場所は2日目に初日を出したものの3日目から12連敗と大崩れし、結局場所を2勝13敗の大敗で終えた。

取り口[編集]

低い身長と広い肩幅を生かした重心の低い押し相撲が持ち味。尾崎勇気(元関脇・隆乃若)曰く手首、足首、首という具合に「首」と付く部位が総じて短く、それ故低い重心が生まれるという[10]立合いぶちかましは強烈。その後、おっつけ、モロハズを駆使して一気に攻めきるのが理想。しかし脇が甘く体の小さい豪風には致命的ともいえる欠点である。土俵際では首投げ突き落としで逆転することも目立つ。2010年頃からは差し身が良くなり掬い投げや肩透かしもたびたび決まるようになった。師匠の尾車親方は豪風の押し相撲について「当たりが極端に強いわけではなく、弱いところを正確に突き放す」と評しており、本人も研究を重ねて相手の弱点を付く押し相撲を心掛けている。[1]テレビ朝日アナウンサー銅谷志朗は2014年11月場所前の座談会で「中村が尾車部屋に移籍してからは積極的に質問を行っている」と伝えており、35歳を迎えてからも進歩を遂げるところはこうした研究熱心さによるところが大きい。怪我に強いことでも知られており、同じく件の座談会での銅谷の証言によると「支度部屋で怪我をした豪風を見かけた際に様子を尋ねると『こんなの、怪我の内に入らない』と睨みつけられた」といい、銅谷は「それぐらい気持ちの強い力士」と評した。[11]

合い口[編集]

(いずれも2014年11月場所終了現在)

  • 横綱・白鵬には1勝20敗。白鵬の横綱昇進後は17戦全敗である。
  • 横綱・日馬富士には3勝21敗(幕下での対戦を含めると4勝21敗)と大きく負け越しているが、プロでの初白星を挙げた相手である(当時、日馬富士は「安馬」だった)。また、2014年7月場所では初金星を挙げた。
  • 横綱・鶴竜には19戦全敗と非常に相性が悪い。
  • 元関脇・玉乃島とは5勝13敗。2005年9月から2008年9月までは10連敗。
  • 小結・豊真将とは7勝14敗。初顔合わせとなった2006年7月場所から2007年3月場所にかけて3連敗、2010年3月場所から2012年3月場所にかけて6連敗。
  • 関脇・豊ノ島とは17勝8敗。初顔合わせとなった2005年5月場所から2007年9月場所までの7連勝を始めとして2009年9月場所までは11勝2敗、同年11月場所から2014年3月場所までは途中3連敗を2度挟み9勝6敗。
  • 関脇・若の里とは18勝7敗で、2010年7月場所から2013年9月場所にかけて10連勝。

主な成績[編集]

2014年11月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:526勝537敗46休(75場所)
  • 通算勝率:.495
  • 幕内成績:455勝504敗31休(66場所)
  • 幕内勝率:.474
  • 三役在位:3場所(関脇1場所、小結2場所)

各段優勝[編集]

  • 十両優勝:1回(2003年9月場所)

三賞・金星[編集]

  • 三賞:2回
    • 敢闘賞:2回(2008年1月場所、2010年9月場所)
  • 金星:1回(日馬富士1個)

場所別成績[編集]

                                                                                                                                                          

豪風旭[12]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2002年
(平成14年)
x x 幕下付出 #15
6–1
 
西 幕下 #3
4–3
 
西 十両 #12
8–7
 
東 十両 #10
10–5
 
2003年
(平成15年)
西 十両 #3
10–5
 
西 前頭 #13
1–3–11[Basho 1]
 
東 十両 #8
休場
0–0–15
東 十両 #8
9–6
 
東 十両 #5
優勝
13–2
西 前頭 #11
9–6
 
2004年
(平成16年)
西 前頭 #6
4–11
 
西 前頭 #11
9–6
 
東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #7
8–7
 
西 前頭 #6
6–9
 
2005年
(平成17年)
西 前頭 #8
休場
0–0–15
東 十両 #3
11–4
 
東 前頭 #15
9–6
 
東 前頭 #11
8–7
 
東 前頭 #9
7–8
 
西 前頭 #9
9–6
 
2006年
(平成18年)
東 前頭 #3
4–11
 
西 前頭 #9
9–6
 
西 前頭 #4
2–13
 
西 前頭 #13
9–6
 
東 前頭 #10
10–5
 
東 前頭 #4
6–9
 
2007年
(平成19年)
西 前頭 #8
8–7
 
西 前頭 #4
7–8
 
東 前頭 #5
8–7
 
東 前頭 #3
4–11
 
東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #5
6–9
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #7
12–3
西 小結
3–12
 
西 前頭 #8
6–9
 
東 前頭 #12
7–8
 
東 前頭 #14
9–6
 
東 前頭 #8
9–6
 
2009年
(平成21年)
東 前頭 #3
7–8
 
東 前頭 #4
8–7
 
東 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #9
8–7
 
西 前頭 #5
9–6
 
東 前頭 #1
6–9
 
2010年
(平成22年)
西 前頭 #4
6–9
 
西 前頭 #8
5–10
 
東 前頭 #12
8–7
 
東 前頭 #11
6–9
 
西 前頭 #12
12–3
西 前頭 #4
6–9
 
2011年
(平成23年)
東 前頭 #7
8–7
 
八百長問題
により中止
西 前頭 #4
7–8
 
西 前頭 #4
8–7
 
東 前頭 #3
5–10
 
西 前頭 #7
10–5
 
2012年
(平成24年)
東 前頭 #1
4–11
 
西 前頭 #8
9–6
 
西 前頭 #3
7–8
 
西 前頭 #4
7–8
 
西 前頭 #5
8–7
 
西 前頭 #3
4–11
 
2013年
(平成25年)
西 前頭 #9
6–9
 
東 前頭 #11
9–6
 
西 前頭 #6
9–6
 
東 前頭 #1
1–9–5[Basho 2]
 
東 前頭 #11
9–6
 
西 前頭 #3
7–8
 
2014年
(平成26年)
西 前頭 #4
6–9
 
西 前頭 #6
9–6
 
西 前頭 #1
6–9
 
西 前頭 #4
9–6
西 関脇
7–8
 
東 小結
2–13
 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

[編集]

  1. ^ 2003年3月場所は右膝内障及び右足関節捻挫により4日目から途中休場
  2. ^ 2013年7月場所は右足関節靱帯損傷により10日目から途中休場

改名歴[編集]

  • 成田 旭(なりた あきら)2002年5月場所-2002年7月場所
  • 豪風 旭(たけかぜ -)2002年9月場所-

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 大相撲:最年長新関脇昇進へ35歳豪風「喜びよりも責任」 毎日新聞 2014年08月09日 11時49分
  2. ^ ジャイアントキリング』2012年7月1日放送分
  3. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年2月号61頁
  4. ^ 幕内豪風が休場 右足関節痛める
  5. ^ 35歳豪風、横綱日馬撃破!最年長金星 nikkansports.com 2014年7月21日20時49分
  6. ^ 【名古屋場所】殊勲賞に豪栄道、高安は敢闘賞 大砂嵐は勝ち越しで殊勲賞 2014年7月27日13時45分 スポーツ報知
  7. ^ 新大関豪栄道は西2番目=豪風が最年長新関脇-秋場所新番付 時事ドットコム 2014年9月1日(2014年9月1日閲覧)
  8. ^ 新関脇の豪風「重圧と責任感でいっぱい」 nikkansports.com 2014年9月1日13時8分
  9. ^ 支度部屋=大相撲秋場所千秋楽 時事ドットコム 2014/09/28-19:41
  10. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年4月号64頁
  11. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年10月号57頁
  12. ^ Rikishi in Juryo and Makunouchi” (English). szumo.hu. 2007年9月24日閲覧。

外部リンク[編集]