白露山佑太
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| 基礎情報 | ||||
| 四股名 | 白露山 佑太 | |||
| 本名 | Батраз Феликсович Борадзов バトラズ・フェーリクソヴィッチ・ボラーゾフ |
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| 愛称 | バトラズ | |||
| 生年月日 | 1982年2月6日(31歳) | |||
| 出身 | ロシア連邦北オセチア・アラニヤ共和国ウラジカフカス市 | |||
| 身長 | 188cm | |||
| 体重 | 137kg | |||
| BMI | 38.2 | |||
| 所属部屋 | 二十山部屋→北の湖部屋 | |||
| 得意技 | 右四つ、寄り、投げ | |||
| 成績 | ||||
| 現在の番付 | 解雇 | |||
| 最高位 | 東前頭2枚目 | |||
| 生涯戦歴 | 233勝218敗(38場所) | |||
| 幕内戦歴 | 97勝128敗(15場所) | |||
| データ | ||||
| 初土俵 | 2002年5月場所 | |||
| 入幕 | 2005年7月場所 | |||
| 引退 | 2008年9月8日(解雇) | |||
| 趣味 | クラシック音楽鑑賞・パソコン | |||
| 備考 | ||||
| 2010年4月19日現在 | ||||
白露山 佑太(はくろざん ゆうた、1982年2月6日 - )は、ロシア連邦北オセチア・アラニヤ共和国ウラジカフカス市出身で北の湖部屋(入門時は二十山部屋)所属の元大相撲力士。本名はバトラズ・フェーリクソヴィッチ・ボラーゾフ(Батраз Феликсович Борадзов)、愛称はバトラズ。兄は大嶽部屋所属の元大相撲力士・露鵬。現役時代の体格は身長188cm、体重137kg、血液型はO型、趣味はクラシック音楽鑑賞、パチンコ。得意技は右四つ、寄り、投げ。土俵入りでは光る電飾化粧回しを使用していた。最高位は東前頭2枚目(2006年7月場所)。
目次 |
[編集] 来歴
ロシア連邦北オセチア共和国ウラジカフカスに生まれる。14歳のときアマチュアレスリングを始め、16歳で世界ジュニア選手権大会で優勝を果たす。18歳から相撲にも取り組み、モスクワ大会の100kg超級で優勝するなどの実績を残した。2002年2月に兄の露鵬とともに来日。兄と同じ部屋に入門する予定だったが、外国出身者は一部屋に1人という規則があったため、兄は大鵬部屋、自身は二十山部屋に入門することとなった。四股名の由来は、ロシアの「露」と二十山の「山」、それに師匠の現役時代の四股名(北天佑)から「佑」の一字をとったものなどを合わせた。
2002年5月場所に初土俵を踏む。2004年9月場所に新十両、2005年7月場所に新入幕を果たすなど、順調に番付を上げる。同年11月場所では兄の露鵬とともに10勝5敗で二桁勝利を挙げた。2006年3月場所から同年5月場所にかけては、自身初となる2場所連続勝ち越しを達成した。2006年6月23日、師匠の二十山親方(大関・北天佑)が死去したため、親方の兄弟子である北の湖理事長(当時)の北の湖部屋に移籍した。
2006年7月場所では初めて番付で兄よりも上となる東前頭2枚目となるが、初日に大関・琴欧州に勝ったものの、足の怪我もあり5日目から11連敗で2勝13敗と大きく負け越し、三役昇進を逃した。同年9月場所、11月場所も負け越したが、11月場所では西前頭14枚目で初日から8連敗し、その後7連勝という珍しい記録を残した(ただし7勝中4勝は十両力士との対戦によるものであった)。翌場所は同地位に据え置かれたが、前頭が1枚増加したため番付は実質1枚上昇となった。
2007年1月場所は8勝7敗の成績で元師匠の二十山親方が死去してから初の勝ち越しとなった。しかし翌3月場所では東前頭13枚目で5勝10敗と大きく負け越し、十両に転落。その後も伸び悩み、幕内下位と十両の往復を繰り返した。最後の場所となった2008年7月場所は西十両4枚目で7勝8敗の成績に終わった。
2008年9月2日、日本相撲協会が十両以上の力士を対象に実施した簡易キットによる抜き打ち尿検査にて、露鵬と白露山の兄弟から大麻の陽性反応が出たことを発表[1]。兄弟は警視庁から任意で事情聴取を受けたが、大麻使用を否認。警視庁は家宅捜索も行ったが、両人が大麻を所持していた証拠は発見されなかった。しかし専門機関での精密検査でも陽性反応が出たため、協会は9月8日に行なわれた理事会で露鵬とともに解雇することを決定した[2](詳細は大相撲力士大麻問題を参照)。
[編集] 略歴
- 2002年(平成14年)2月 - 来日、二十山部屋に入門
- 2002年(平成14年)5月場所 - 初土俵
- 2004年(平成16年)9月場所 - 新十両
- 2005年(平成17年)7月場所 - 新入幕
- 2006年(平成18年)11月場所 - 兄の露鵬と共に2桁勝利を挙げる活躍。(2人とも10勝5敗)
- 2006年(平成18年)6月 - 二十山親方の死去に伴い、北の湖部屋に移籍。
- 2006年(平成18年)7月場所 - 初めて兄の露鵬よりも番付が上になる。(露鵬:東前頭3枚目、白露山:東前頭2枚目)
- 2008年(平成20年)9月 - 抜き打ち検査で大麻の陽性反応、精密検査も陽性反応だったため解雇処分。
[編集] 人物像
- 非常に穏和な性格。露鵬が千代大海と小競り合いを起こした時も風呂場で兄を宥めていた。また、二十山親方の告別式では人目を憚らずに涙を見せた。
[編集] エピソード
- 20代前半から髪が薄くなってしまった。
[編集] 主な成績
[編集] 通算成績
- 通算成績:233勝218敗(38場所)
- 幕内成績:97勝128敗
- 幕内在位:15場所
[編集] 場所別成績
| 一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 2002年 (平成14年) |
x | x | (前相撲) | 東 序ノ口 #41 6–1 |
東 序二段 #70 5–2 |
西 序二段 #28 6–1 |
| 2003年 (平成15年) |
西 三段目 #64 6–1 |
西 三段目 #9 5–2 |
西 幕下 #49 5–2 |
東 幕下 #32 3–4 |
西 幕下 #40 4–3 |
西 幕下 #33 3–4 |
| 2004年 (平成16年) |
西 幕下 #37 4–3 |
西 幕下 #28 4–3 |
東 幕下 #23 6–1 |
西 幕下 #5 5–2 |
東 十両 #14 8–7 |
西 十両 #12 8–7 |
| 2005年 (平成17年) |
東 十両 #7 10–5 |
西 十両 #1 6–9 |
西 十両 #3 10–5 |
西 前頭 #14 8–7 |
東 前頭 #12 7–8 |
東 前頭 #13 10–5 |
| 2006年 (平成18年) |
東 前頭 #4 4–11 |
東 前頭 #12 9–6 |
西 前頭 #8 10–5 |
東 前頭 #2 2–13 |
西 前頭 #10 5–10 |
西 前頭 #14 7–8 |
| 2007年 (平成19年) |
西 前頭 #14 8–7 |
東 前頭 #13 5–10 |
西 十両 #2 9–6 |
東 前頭 #12 6–9 |
東 前頭 #15 9–6 |
西 前頭 #12 3–12 |
| 2008年 (平成20年) |
西 十両 #3 8–7 |
東 十両 #2 8–7 |
東 前頭 #15 4–11 |
西 十両 #4 7–8 |
東 十両 #6 解雇[3] –– |
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| 各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 十両・幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
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