北桜英敏
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| 北桜英敏 | |
|---|---|
北桜
|
|
| 四股名 | 向→北桜→向→北桜 |
| 本名 | 向英俊 |
| 愛称 | 熱い男北桜 |
| 生年月日 | 1971年12月15日 (37歳) |
| 出身 | 広島県広島市安佐北区 |
| 身長 | 190cm |
| 体重 | 164kg |
| BMI | 45.4 |
| 所属部屋 | 北の湖部屋 |
| 得意技 | 右四つ・寄り |
| 成績 | |
| 現在の番付 | 西幕下筆頭 |
| 最高位 | 西前頭9枚目 |
| 生涯戦歴 | 694勝680敗15休(132場所) |
| 幕内戦歴 | 70勝110敗(12場所) |
| データ | |
| 初土俵 | 1987年3月場所 |
| 入幕 | 2001年7月場所 |
| 趣味 | ビーズ編み |
| 備考 | |
| 2009年4月30日現在 | |
北桜 英敏(きたざくら ひでとし、1971年12月15日 - )は、広島市安佐北区出身で北の湖部屋所属の現役大相撲力士。本名は向 英俊(むこう ひでとし)。身長190cm、体重164kg。得意技は右四つ、寄り。最高位は西前頭9枚目(2001年7月場所)。愛称は、「熱い男北桜」。
目次 |
[編集] 来歴
弟は陸奥部屋の豊桜で、父は元三段目力士の豊桜。実家は広島市安佐北区でちゃんこ店「角力太郎」を経営している。1987年3月場所で初土俵を踏み、長身の恵まれた体格で入門当初から将来を嘱望されていた。1991年1月場所には幕下に昇進したが、強引に組み墓穴を掘る相撲が多かったため幕下中位で低迷した。
1997年11月場所に西幕下60枚目で7戦全勝優勝を果たすと、その勢いで勝ち越しを続け1998年7月場所で十両に昇進した。しかし新十両の場所は5月場所の7番相撲で怪我をしたため公傷休場、翌9月場所には弟・豊桜も十両に昇進したため、事実上の兄弟同時関取を果たした。北桜(北の湖部屋)・豊桜(陸奥部屋)の兄弟同時関取は、別々の部屋に入門した兄弟が同時に関取として番付に載った、初めての事例である。露鵬(大嶽部屋)・白露山(二十山部屋→北の湖部屋)が2例目となる。
以降、幕下と十両を往復する生活が続いていたが2001年1月場所に5度目の再十両を果たすと、それまでの右四つ以外にも積極的に前に出る相撲を取るようになり十両に定着。同年7月場所には新入幕を果たした。2004年9月場所には、兄弟同時幕内を果たした。2005年11月場所では西十両2枚目で8勝7敗と勝ち越し2004年9月場所以来8場所ぶりの幕内復帰、弟・豊桜も西十両筆頭で10勝5敗と勝ち越し2場所ぶりの幕内復帰を果たし、兄弟同時幕内昇進を果たした。これは史上初の快挙である。
2006年1月場所は東前頭17枚目で一時は優勝争いにも絡み、9勝6敗と勝ち越した。同年9月場所に十両に陥落したが、弟の豊桜とともに二桁勝利を記録し、翌11月場所は幕内復帰を果たした。だが4勝11敗といい所がなく(4勝のうち1勝は旭鷲山が引退したことに因る不戦勝)、一場所で再び陥落した。
また2006年3月場所10日目の対高見盛戦では、勝ち名乗りの後支度部屋に戻るまでに観客とハイタッチを交わしたり、子供との写真撮影に応じるなどサービス精神も旺盛なところも見せた[1]。同3月場所では勝敗にかかわらず連日花道の観客とハイタッチを交わし、たとえ敗れたときでも、「明日は勝つぞ、北桜!」と声援を受ける。千秋楽は無念の負け越しとなったがハイタッチをしてもらったファンからは「来場所の活躍を祈念して」万歳三唱が送られた。
特に子供のファンには、「子供の良心を信じて」自らの携帯電話の番号を教え、友達になって相撲をより知ってもらおうと、相撲普及にも腐心している。そんな自身を例えて、「ディズニーのミッキー」「相撲伝道師」との言葉も。今や角界で1、2を争う笑いが取れる力士であり、とりわけ高見盛や片山との対戦は盛り上がる。
そして何よりも闘志を前面にむき出した年齢を感じさせない相撲で、観客を沸かせている(インタビューでは、自称「永遠の24歳」として若々しさをアピールするのが恒例である)。2006年5月場所4日目の対把瑠都戦では、剛力で鳴らす把瑠都に上手を取られるもひるまず攻める相撲で白熱した戦いを制し、また平幕同士の対戦にも関わらず取組後インタビュールームに呼ばれ、熱い言葉を語る様子は夜の全国ニュース番組でも報じられた。
このようなファンとの交流や、後述する取組時のパフォーマンス、そして熱い相撲で、人気が高い力士である。
2009年1月場所14日目、当時幕下筆頭の福岡(現・隠岐の海)に敗れて4勝10敗となったことで幕下陥落が決定的になったが、本人は現役続行を発表。3月場所では2003年5月場所以来の幕下となった。この場所では幕下西2枚目で4勝3敗と勝ち越したものの、幕下上位の好成績者が多く関取復帰はならなかった。
西幕下筆頭で迎えた同年5月場所、5番取った時点で4勝1敗と勝ち越すも、残る2番を連敗。特に千秋楽では、負ければ幕下降格が濃厚となる十両の琴国との対戦で敗れてしまい、昇格順位では西2枚目で7戦全勝優勝した徳瀬川に次ぐ2番目となっていたが、十両から降格する成績の力士が他に2人いたこともあり、5月27日の番付編成会議で、7月場所からの再十両昇格が決定された。37歳5か月での再十両は、大潮(現式秀親方)の39歳5か月に次ぐ戦後2番目の高齢再十両となる[2]。
[編集] エピソード
[編集] 土俵上のパフォーマンス
制限時間一杯のとき大量の塩を撒くパフォーマンスで有名である。そのパフォーマンスが始まったきっかけは、2000年7月場所14日目の対水戸泉戦で、初対戦時に負けていたため気迫で負けぬようにと対抗して多くの塩を撒いて勝った一番から始めた。翌9月場所限りで引退した水戸泉は北桜を「ソルトシェーカー」の後継に指名、観客に喜ばれる塩撒き法を伝授した。一時は負けが混んで自粛したこともあった。また塩を撒く前にはゆっくりと大きな深呼吸、塩を撒いた後には雲竜型のポーズをとって土俵内に入る事も知られている。土俵上では気合いを前面に出し、勝って勝ち名乗りを受けたあとポーズをとった。なお、光法との取り組みでは、光法も北桜並みに大量の塩を撒いている。
しかしこのような塩撒きで有名な一方、時間前でも呼吸が合えば立っていく積極性を持っている。特に、十両で琉鵬と対戦した際には、2007年1月から3場所続けて時間前に立った(全て北桜の勝ち)。3月場所の取り組み後には、「やつも武士だなあ。」と自分の立会いに応じてくれた琉鵬を称えていた。また2007年5月場所14日目に白乃波と対戦した際にも時間前に立ったが、敗北。しかし、2008年3月場所9日目の対戦でも時間前に立ち、勝利。雪辱を果たした。
また、勝ち名乗りを受け土俵を降りる際に「押忍」のポーズを取り観客を沸かせる。また、惜しい負け方をした際には悔しさを露わにする。本来相撲にあっては好ましくないことではあるが、見苦しさがなく、師匠の北の湖からも黙認されている。
[編集] 趣味のビーズ編み
2006年3月場所5日目のNHK大相撲中継の番組中、中入りの時間に「熱い男が行く!北桜」と題した特集が組まれ、北桜の趣味のひとつであるビーズ編みをする様子が紹介された。自ら手芸店に赴いてビーズを選び、テグスを使って編んでいく繊細な一面を見せた。きっかけは、お金がなかった時代に現夫人にアクセサリーをプレゼントするためだったそうで、曰く「小さなビーズの穴にテグスを通すことで、立ち合いの一瞬にかける集中力が養える」という。
2007年2月25日のNHK「おしゃれ工房」の特集「ビーズにこめる一粒入魂」に出演し、自らの四股名にちなんで桜の花をモチーフにしたビーズの指輪や携帯ストラップなどの作品を自ら紹介している。
[編集] 河内家菊水丸との親交
河内家菊水丸(タレント・新聞〔しんもん〕詠み河内音頭家元)とは、菊水丸がパーソナリティを務める毎日放送(MBSラジオ)のラジオ番組「さてはトコトン菊水丸」で対談を行って以来、親交が深まった。菊水丸は北桜の関西地区応援団長を務めている。
[編集] 取組に関するエピソード
- 2003年7月場所4日目、増健との対戦で十両以上では初となるつきひざで勝利を収めた。
- 東十両2枚目だった2007年5月場所では、7日目の対嘉風戦で、後ろもたれという珍しい決まり手で勝利を収めた。また、12日目では幕内の玉春日に勝利した際、懸賞金を取らず土俵を降りてしまうという珍事を演じた。
- 2007年の夏巡業においては、横綱の朝青龍の不在の影響を懸念してのテレビを通じてのファンサービスをという各局の企画なのか、連日のように、熱気と歓声に包まれる巡業風景や力士たちやその家族にインタビューする様子が、テレビ朝日やフジテレビの夕方のニュース番組で放送されている。
[編集] 幕内での場所別成績
| 一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001年 (平成13年) |
x | x | x | 西 前頭 #9 6–9 |
東 前頭 #13 8–7 |
西 前頭 #11 5–10 |
| 2002年 (平成14年) |
(十両) | (十両) | (十両) | (十両) | (十両) | (十両) |
| 2003年 (平成15年) |
(十両) | (十両) | (幕下) | (十両) | (十両) | (十両) |
| 2004年 (平成16年) |
東 前頭 #15 3–12 |
(十両) | (十両) | (十両) | 東 前頭 #17 6–9 |
(十両) |
| 2005年 (平成17年) |
(十両) | (十両) | (十両) | (十両) | (十両) | (十両) |
| 2006年 (平成18年) |
東 前頭 #17 9–6 |
西 前頭 #14 7–8 |
西 前頭 #15 7–8 |
東 前頭 #16 5–10 |
(十両) | 西 前頭 #11 4–11 |
| 2007年 (平成19年) |
(十両) | (十両) | (十両) | 西 前頭 #11 6–9 |
東 前頭 #14 4–11 |
(十両) |
| 2008年 (平成20年) |
(十両) | (十両) | (十両) | (十両) | (十両) | (十両) |
| 2009年 (平成21年) |
(十両) | (幕下) | (幕下) | (十両) | x | x |
| 各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 十両・幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 |
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[編集] 主な成績
2009年5月場所終了現在
- 通算成績:702勝686敗15休(134場所)
- 幕内成績:70勝110敗(12場所)
[編集] 各段優勝
[編集] 改名歴
- 向 英俊(むこう ひでとし)1987年3月場所-1987年9月場所
- 北桜 英俊(きたざくら -)1987年11月場所-1996年5月場所
- 向 英俊(むこう -)1996年7月場所-1997年9月場所
- 北桜 英敏(きたざくら -)1997年11月場所-
[編集] 脚注
- ^ 3月場所が開かれる大阪府立体育会館は、力士が土俵・花道から支度部屋に戻る際に一般客も行き来する通路を通らなければならないためこのような出来事が起こる。本場所が開かれる他会場(両国国技館、愛知県体育館、福岡国際センター)では力士と一般客の動線は分離されているため、館内で力士と接触できる機会はない。
- ^ 北桜が戦後2位の高年齢再十両 日刊スポーツ 2009年5月28日付
- ^ "Rikishi in Juryo and Makunouchi" (English). szumo.hu. 2007-07-02 閲覧。
[編集] 外部リンク
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|---|---|---|
| 東 | 番付 | 西 |
| 白鵬 | 横綱 | 朝青龍 |
| 三役 | ||
| 日馬富士 | 魁皇 | 千代大海 | 大関 | 琴欧洲 | 琴光喜 |
| 鶴竜 | 関脇 | 稀勢の里 |
| 旭天鵬 | 小結 | 琴奨菊 |
| 平幕 | ||
| 阿覧 | 栃煌山 | 岩木山 | 雅山 | 安美錦 | 武州山 | 豊ノ島 | 黒海 | 豪風 | 翔天狼 | 山本山 | 朝赤龍 | 普天王 | 霜鳳 | 豊真将 | 若荒雄 | 幕内前頭 | 豪栄道 | 豊響 | 把瑠都 | 高見盛 | 栃ノ心 | 玉乃島 | 猛虎浪 | 垣添 | 栃乃洋 | 時天空 | 玉鷲 | 嘉風 | 出島 | 土佐豊 | 春日王 |
| 十両 | ||
| 千代白鵬 | 光龍 | 将司 | 北勝力 | 白乃波 | 旭南海 | 琴春日 | 境澤 | 海鵬 | 十文字 | 若天狼 | 豊桜 | 保志光 | 琴国 | 十両 | 玉飛鳥 | 土佐ノ海 | 白馬 | 安壮富士 | 木村山 | 若の里 | 春日錦 | 霧の若 | 德瀬川 | 北太樹 | 清瀬海 | 大翔湖 | 北桜 | 琴禮 |
| 関取経験がある幕下以下の現役力士 | ||
| 磋牙司 | 福岡 | 芳東 | 四ツ車 | 北勝国 | 寶智山 | 里山 | 大勇武 | 鳥羽の山 | 上林 | 琉鵬 | 大翔山 | 玉力道 | 大雷童 | 出羽鳳 | 濵錦 | 大真鶴 | 龍皇 | 柳川 | 栃不動 | 古市 | 豊乃國 | 北勝岩 | 出羽の郷 | 栃天晃 | ||

