北勝力英樹
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|---|---|---|---|---|
| 基礎情報 | ||||
| 四股名 | 北勝力 英樹 | |||
| 本名 | 木村 英樹 | |||
| 愛称 | リキ | |||
| 生年月日 | 1977年10月31日(35歳) | |||
| 出身 | 栃木県大田原市 | |||
| 身長 | 182cm | |||
| 体重 | 136kg | |||
| BMI | 46.5 | |||
| 所属部屋 | 九重部屋→八角部屋 | |||
| 得意技 | 突き、押し | |||
| 成績 | ||||
| 現在の番付 | 引退 | |||
| 最高位 | 西関脇 | |||
| 生涯戦歴 | 573勝566敗54休(109場所) | |||
| 幕内戦歴 | 329勝383敗23休(49場所) | |||
| 優勝 | 三段目優勝1回 | |||
| 賞 | 殊勲賞1回 敢闘賞3回 |
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| データ | ||||
| 初土俵 | 1993年3月場所 | |||
| 入幕 | 2002年5月場所 | |||
| 引退 | 2011年5月14日 | |||
| 引退後 | 年寄谷川 | |||
| 趣味 | 音楽鑑賞 | |||
| 備考 | ||||
| 金星1個(朝青龍1個) | ||||
| 2011年5月15日現在 | ||||
北勝力英樹(ほくとうりき ひでき 1977年10月31日 - )は、栃木県那須郡黒羽町(現在の大田原市)出身(出生地は東京都大田区)で八角部屋(入門時は九重部屋)所属の元大相撲力士。本名は木村英樹(きむら ひでき)[1]、愛称はリキ。 身長182cm、体重136kg、趣味は音楽鑑賞。得意技は突き、押し。最高位は西関脇(2004年7月場所)。引退後は年寄谷川。
目次 |
来歴[編集]
タクシー運転手の次男。東京都大田区に生まれ育ったが、両親の出身地である栃木県那須郡黒羽町(現在の大田原市)を出身地としている[2]。
小学校低学年からソフトボールを始め、高学年は野球部に所属していた。中学では野球部に所属する傍ら、父親の勧めで中学2年から柔道もしていた。それまで相撲の経験はなかったが、銭湯で九重部屋の関係者にスカウトされたことがきっかけで入門した。1993年3月場所、初土俵。同期には皇牙、旭南海、琴春日、琉鵬、若天狼、若兎馬らがいる。
部屋付の当時・北勝海親方(現八角)の内弟子として北勝力の四股名をもらい、八角部屋を創設すると他の内弟子たちと共に移籍した。
2002年1月場所、潮丸(現東関)と共に十両昇進。十両昇進後の1月・3月場所共に二桁勝利を収め、僅か2場所で5月場所に新入幕。2004年7月場所に新関脇に昇進。三役はこの1場所のみで小結は経験しなかった。好不調の波が激しい力士で、大勝と大敗を繰り返し大きく番付を動くことが多い。2006年は特にその傾向が顕著であった。2007年1月場所には十両落ちも経験した(同年5月場所に幕内に復帰)。2009年3月13日付で年寄名跡・谷川を取得した。2009年7月場所に2度目の十両陥落となる。2010年9月場所の12日目の前頭5枚目高見盛戦の立合いの際に、対戦相手の肩に顔面を強打し、土俵の真ん中で脳震盪を起こして倒れてしまう。すぐに意識は戻ったが、その場所の残り3日間と、翌場所と、翌々場所を休場する羽目になってしまった。この連続休場により2011年5月技量審査場所では幕下に陥落した。
2011年5月14日、痛めていた首の状態や、医師から相撲をやめた方がいいとの進言もあり、引退、年寄谷川を襲名した[3]。
同年7月場所9日目、NHK大相撲中継に向正面解説として初登場した。朝青龍の土俵入りでは、後ろで横綱の筋肉のつき方や動きを凝視していたことや、高見盛とは親しい友人だったが、高見盛の優しい性格を知りすぎてしまうと取り組みで自分の力を出し切れなくなると思い、あえて距離を置いたなど、現役時代の無口なイメージを払拭するようかのようにエピソードを披露。話の組み立ても上手であり分かりやすい解説を行った。実況担当の刈屋富士雄アナウンサーもその研究熱心さに驚いていた。
素質・取り口[編集]
立合いから諸手で突いて、のど輪(特に右が強い)からそのまま一気に押して出る怪力型の取り口。ツボにはまれば電車道で勝負を決める豪快な相撲を見せた。その一方で、四つ相撲は不得手であり、一度組まれると為す術がなく負けてしまう場合が殆どであった。また、腰が硬く胴が短い体型の為腰高な仕切りになり、また自分の呼吸で立とうとするため突っ掛けることが非常に多く、立合いは酷評されていた。立合いの不成立を繰り返し、審判からの注意や観客からのブーイングを受けることも少なくなかった。土俵上では感情を顔に出さないポーカーフェイス。「目標は横綱」「いつも15戦全勝するつもりで取っている」「この世界に入った時から(幕内最高)優勝を目標にやってきた」と強気に公言していた。
2004年5月場所[編集]
自己最高位タイの西前頭筆頭で迎えたこの場所は4日目まで大関戦3連破など連勝を重ねた。しかしその3番すべてで立合い突っ掛けてしまい審判部に呼び出され注意を受けた。好調は続き迎えた35連勝中の横綱朝青龍戦、2度の突っ掛けに横綱が精彩を欠いたか、引いたところを一気に出て押し倒す大金星を挙げ、両国国技館に座布団が舞った。その後四つに組まれた相撲で1敗を喫しさらには2度目の注意(厳重注意)を受けた。当時連勝街道をばく進していた朝青龍を止めた功績は大きかった。
千秋楽勝てば優勝の1番、この場所新入幕の前頭16枚目白鵬戦、相手がなかなか手をつこうとせず焦らされて低く立ったところを注文相撲で敗れ朝青龍との優勝決定戦にもつれ込んだ。諸手突きを止められもろ差しを許して万事休す。なお決定戦では呼出に誤って「千代…北勝力~」と呼び上げられてしまった。
7月場所、関脇に昇進したが、3勝12敗と大きく負け越し、前頭6枚目まで降格、9月場所でも5勝10敗と負け越し、前頭11枚目まで陥落し、2場所で12枚も番付を下げてしまった(次の場所では勝ち越し)。
引退会見でも思い出の一番としてこの場所の朝青龍戦を挙げた。
エピソード[編集]
- 八角部屋の力士が四股名に付ける「北勝」は、通常「ほくと」と読ませているが、彼だけは「ほくとう(りき)」とした。入門以来、師匠に理由を聞いても教えてもらえず、本人は「貴闘力にあやかって」と思い込んでいたが、2004年5月場所の活躍の折、師匠に『北勝海の「北勝」は「ほくとう」。だから一番弟子のお前の四股名は「ほくとう(りき)」と読ませた。』という旨を教えられたという。
- 相撲中継の実況担当・藤井康生アナウンサーにも「ほくとりき・・・あっ!ほくとうりき」と呼び間違えられた事がある。
- 関脇まで進んだ力士で唯一、序二段で7戦全敗を経験した力士でもある。
- 日本の一部のインターネット掲示板上では、「フニス」と呼ばれている。「不人気ワロス」の略で、北の富士からは、相手に合わせない立ち会いをする姿等を見て、「北勝力ってこんなに実力あるのにねぇ。人気がいまいちだよなぁ。もっと人気があってもおかしくないのに。」と言われ、ネット上で「不人気」と言われてしまった[4]。なおファンサービスは良い。
- 師匠(元・北勝海)の師匠にあたるNHK大相撲中継の解説者・北の富士勝昭からは、何故か取り組みのたびに酷評を受けていた(ただ、北の富士は千代大海(現佐ノ山)など他の弟子筋の力士にも総じて辛口の論評を下している)。
- 2003年の福祉大相撲のお楽しみ歌くらべでは、藤本美貴と共演している。師匠の八角から「美貴ちゃんと共演できるなんて羨ましい」というメッセージも届いていた。
主な成績[編集]
通算成績[編集]
- 通算成績:573勝566敗54休 勝率.503
- 幕内成績:329勝383敗23休 勝率.462
- 現役在位:109場所
- 幕内在位:49場所
- 三役在位:1場所(関脇1場所)
各段優勝[編集]
- 三段目優勝:1回(1998年7月場所)
三賞・金星[編集]
- 三賞:4回
- 殊勲賞:1回(2004年5月場所)
- 敢闘賞:3回(2002年5月場所、2004年5月場所、2006年1月場所)
- 金星:1個
- 朝青龍1個
場所別成績[編集]
| 一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 1993年 (平成5年) |
x | (前相撲) | 西 序ノ口 #47 4–3 |
西 序二段 #194 3–4 |
西 序ノ口 #17 3–4 |
東 序ノ口 #29 5–2 |
| 1994年 (平成6年) |
西 序二段 #156 3–4 |
西 序二段 #177 4–3 |
西 序二段 #138 5–2 |
西 序二段 #90 4–3 |
東 序二段 #66 3–4 |
西 序二段 #83 5–2 |
| 1995年 (平成7年) |
東 序二段 #36 4–3 |
東 序二段 #19 0–7 |
西 序二段 #74 4–3 |
東 序二段 #54 6–1 |
東 三段目 #92 3–4 |
西 序二段 #10 4–3 |
| 1996年 (平成8年) |
西 三段目 #90 6–1 |
東 三段目 #36 2–5 |
東 三段目 #68 4–3 |
西 三段目 #48 4–3 |
西 三段目 #30 5–2 |
東 三段目 #5 1–6 |
| 1997年 (平成9年) |
東 三段目 #40 4–3 |
東 三段目 #26 5–2 |
西 三段目 #1 5–2 |
西 幕下 #39 3–4 |
東 幕下 #49 5–2 |
東 幕下 #30 5–2 |
| 1998年 (平成10年) |
西 幕下 #17 1–6 |
東 幕下 #43 4–3 |
東 幕下 #35 1–6 |
西 三段目 #2 優勝 7–0 |
西 幕下 #9 3–4 |
西 幕下 #14 3–4 |
| 1999年 (平成11年) |
西 幕下 #22 2–5 |
西 幕下 #35 4–3 |
東 幕下 #27 3–4 |
東 幕下 #34 6–1 |
東 幕下 #14 4–3 |
東 幕下 #9 2–5 |
| 2000年 (平成12年) |
東 幕下 #25 5–2 |
東 幕下 #12 1–1–5 |
西 幕下 #32 0–0–7 |
西 幕下 #32 6–1 |
東 幕下 #13 5–2 |
東 幕下 #6 5–2 |
| 2001年 (平成13年) |
西 幕下 #3 2–5 |
東 幕下 #12 3–4 |
東 幕下 #18 6–1 |
西 幕下 #8 4–3 |
西 幕下 #6 6–1 |
東 幕下 #1 5–2 |
| 2002年 (平成14年) |
西 十両 #10 10–5 |
東 十両 #6 11–4 |
東 前頭 #14 11–4 敢 |
西 前頭 #5 7–8 |
東 前頭 #6 9–6 |
西 前頭 #2 5–10 |
| 2003年 (平成15年) |
東 前頭 #6 4–11 |
東 前頭 #11 10–5 |
西 前頭 #5 6–9 |
西 前頭 #7 10–5 |
西 前頭 #2 4–11 |
東 前頭 #7 10–5 |
| 2004年 (平成16年) |
西 前頭 #1 5–10 |
東 前頭 #6 9–6 |
西 前頭 #1 13–2[5] 敢殊★ |
西 関脇 3–12 |
東 前頭 #6 5–10 |
西 前頭 #11 8–7 |
| 2005年 (平成17年) |
東 前頭 #8 8–7 |
西 前頭 #5 7–8 |
西 前頭 #6 8–7 |
東 前頭 #5 6–9 |
東 前頭 #7 8–7 |
西 前頭 #1 2–13 |
| 2006年 (平成18年) |
東 前頭 #11 12–3 敢 |
西 前頭 #2 1–14 |
西 前頭 #13 10–5 |
東 前頭 #7 4–11 |
東 前頭 #13 10–5 |
東 前頭 #5 0–9–6[6] |
| 2007年 (平成19年) |
東 十両 #1 6–9 |
西 十両 #4 9–6 |
東 前頭 #16 9–6 |
西 前頭 #10 10–5 |
東 前頭 #3 3–12 |
東 前頭 #10 8–7 |
| 2008年 (平成20年) |
西 前頭 #6 7–8 |
西 前頭 #7 8–7 |
西 前頭 #6 10–5 |
西 前頭 #2 4–11 |
東 前頭 #9 8–7 |
西 前頭 #3 5–10 |
| 2009年 (平成21年) |
東 前頭 #7 9–6 |
東 前頭 #1 2–13 |
東 前頭 #13 4–11 |
東 十両 #4 11–4 |
西 前頭 #14 11–4 |
東 前頭 #4 8–7 |
| 2010年 (平成22年) |
東 前頭 #3 3–12 |
西 前頭 #11 6–9 |
西 前頭 #14 7–8 |
西 前頭 #15 8–7 |
東 前頭 #10 4–9–2[7] |
東 前頭 #17 休場 0–0–15 |
| 2011年 (平成23年) |
東 十両 #12 休場 0–0–15 |
八百長問題 により中止 |
西 幕下 #13 引退 0–0–4 |
x | x | x |
| 各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 十両・幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
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年寄変遷[編集]
- 谷川 英樹(たにがわ ひでき)2011年5月14日-
脚注[編集]
- ^ 幕内格行司の11代目式守勘太夫が初土俵の際に名乗っていた行司名と同じであった。
- ^ 浪漫探県隊 大相撲番外1 読売新聞栃木版
- ^ “元関脇北勝力が引退発表 年寄谷川を襲名”. デイリースポーツ. (2011年5月14日) 2011年5月20日閲覧。
- ^ NHK大相撲中継を100倍楽しむ!実況用語辞典
- ^ 朝青龍と優勝決定戦
- ^ 右足背挫傷のため10日目から途中休場
- ^ 頸椎ねんざ、頸髄振とうで2週間の安静加療を要するとの診断を受け休場
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 北勝力 英樹 - goo 大相撲
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