若ノ鵬寿則

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若ノ鵬 寿則 相撲力士
Wakanoho 2008.jpg
若ノ鵬
基礎情報
四股名 若ノ鵬 寿則
本名 ガグロエフ・ソスラン・アレクサンドルヴィッチ(Сосла́н Алекса́ндрович Гагло́ев
愛称 ソス
生年月日 1988年7月8日(25歳)
出身 ロシア連邦北オセチア・アラニヤ共和国ウラジカフカス市
身長 195cm(現役)
体重 162kg(現役)
BMI 42.6(現役)
所属部屋 間垣部屋
得意技 右四つ・寄り
成績
現在の番付 解雇
最高位 西前頭筆頭
生涯戦歴 131勝81敗(21場所)
幕内戦歴 39勝36敗(5場所)
優勝 序二段優勝 1回
データ
初土俵 2005年3月場所
入幕 2007年11月場所
引退 2008年8月21日(解雇)
引退後 アメリカンフットボール選手
趣味 パソコン
備考
大麻事件で解雇
2010年1月8日現在

ガグロエフ・ソスラン・アレクサンドルヴィッチСосла́н Алекса́ндрович Гагло́ев, Soslan Aleksandrovich Gagloev, 1988年7月8日 - )は、ロシア連邦北オセチア共和国ウラジカフカス出身で間垣部屋所属の元大相撲力士。アマチュアアメフト選手。大相撲力士時代の四股名は、若ノ鵬寿則(わかのほう としのり)。身長195cm、体重162kg。得意は右四つ・寄り。最高位は西前頭筆頭(2008年7月場所)、血液型はO型、愛称はソス。従兄弟は元関脇阿覧。四股名は露鵬の先代師匠にあたる大鵬が由来で、下の名前の“寿則”は師匠の現役時代の四股名の一つである“若三杉 人”(新字体の“寿”)と本名“下山 勝”から一文字ずつ取った(下の名前の命名方式は琴欧洲と同じ)。恵まれた体格と若年での出世から将来性を評価されていたが相撲の基本から外れた破天荒な取り口と粗暴な言動故に批判も多く受け、前相撲から三役寸前まで昇進しながら最終的には刑事事件を直因としてわずか3年半の土俵生活に幕を閉じた。

人物[編集]

露鵬、白露山兄弟と同じロシア・北オセチア共和国出身で、露鵬の父親にレスリングを習い、ロシア国内のジュニア王者になる。その能力を露鵬が高く評価し、彼の誘いに応じて2004年(平成16年)9月に来日し、大嶽部屋に住み込みで日本の相撲部屋の生活を経験する。外国人は1部屋に1人までの入門制限のため同じ二所ノ関一門に所属する間垣部屋に入門し、2005年(平成17年)3月場所で初土俵を踏んだ。同期生には高安大道旭日松飛翔富士らがいる。[1]

2005年9月場所は7戦全勝で序二段優勝、翌2006年(平成18年)1月場所では幕下で6勝1敗、7人による優勝決定戦に進出し、決勝で把瑠都に敗れたものの、その高い能力の一端を示した。その後も勝ち越しを続け、同年11月場所では東幕下筆頭で4勝3敗と勝ち越し、初土俵から負け越しなし、所要11場所での十両昇進を果たした。18歳5カ月での十両昇進は史上8位タイの年少記録で、外国出身力士では白鵬の18歳9カ月を更新し最年少である。しかし本人は、「17歳で上がりたかった」と悔しがった。

関取として初めて土俵に上がった2007年の1月場所は、相撲の型がまだ固まっていないこともあって苦労し、5勝10敗とふるわず初の負け越しを経験した。翌3月場所は東幕下2枚目で5勝2敗と好成績を残し、西2枚目で同成績だった境澤を退け1場所で再十両を果たした。西2枚目から東3枚目だったことが大きな決め手となった。その後も十両で勝ち越しを続け、2007年9月場所には十両筆頭で10勝5敗と大勝ち。11月場所で新入幕を果たした。19歳3ヶ月での新入幕は史上6位タイの年少記録だが、外国出身力士では白鵬(19歳1ヶ月)の後塵を拝している。

欧州出身の力士が20歳前後で入門する例が多い中、16歳で初土俵を踏んだ。四股の所作にぎこちなさがあったように、下半身にやや脆さがあり、取り口も未熟で課題を抱えていたが、素質は申し分ない逸材とされた。しかし立ち合いの変化が多く、親方をはじめ現役力士からも「恵まれた体格があるのに勿体無い」と苦言を呈されていた。

2007年1月場所では5勝中3勝が立ち合いの変化、1勝が不戦勝であった。特に相手の背中に乗りかかるような体勢ではたき込む動作は「跳び箱」と呼ばれ、新聞など各メディアで格好のネタにされた。ただしこれは悪い癖と認めており、2008年1月場所で岩木山に変化(跳び箱)を読まれ敗れた事を機に「もうやらない」と語っている。しかし同年5月場所14日目には琴奨菊に同じような八艘飛びで白星を挙げている。

また2008年1月場所9日目の市原戦では右手を握ったまま張り差しを繰り出し、市原の顔に拳を叩き込んだ(取組は寄り切りで若ノ鵬が勝利)。禁手反則の「握り拳(こぶし)で殴ること」[2]に触れる恐れがあったが、審判長の三保ヶ関は「手首が返っていない」として不問にした。

2008年5月場所5日目の鶴竜戦、鶴竜の変化にバランスを崩し手を付いたにもかかわらず相撲の流れが若ノ鵬にあったために行司、審判は見逃し、取組は続行され寄り切りで勝利した。NHK大相撲中継には手をついた場面がはっきりと捉えられており、アナウンサーも誤審と明言。相撲協会には抗議電話が殺到した。この場所は最終的に8勝7敗と勝ち越したが、もしこれが見逃されていなければ負け越しだった。

また、8日目には安馬に豪快なうっちゃりで敗れた後、悔しさの余り部屋の風呂場の壁を叩き割り風呂桶を壊すなどしたため、厳重注意を受け、間垣親方(元横綱若乃花)は北の湖理事長に謝罪した。本人も謝罪したが、その一方で「負けたら悔しい」「皿とか壊したくなる」などとの発言も見られた。また「安馬が朝青龍に見えた」などと横綱を呼び捨てにするなどの発言もあった。

2008年7月場所は上位陣に歯が立たず、8連敗で入幕後初の負け越しとなったが、9日目に連敗を止めた。奇しくも相手は先場所敗北した安馬、それも立ち会いにジャンプしたところ、結果的にこれが相手のもろ手突きを止めることになり押しつぶしたという形であった。

2008年8月19日大麻所持で検挙され、相撲協会から解雇された。そのため、2008年9月場所の東前頭8枚目は空位となり、番付け発表翌日には検挙に伴う大麻の簡易検査を実施した(この検査で同じロシア出身の露鵬と白露山が解雇)。この解雇について、角界復帰を望んで協会を相手取り処分撤回を求める仮処分申請および訴訟を東京地方裁判所に起こした。仮処分申請は2008年10月30日に却下された。若ノ鵬は2009年1月24日までに訴訟を取り下げて解雇が確定し[3]、1月29日に退職金に当たる約580万円の養老金が支払われた。[4]

2009年2月1日に東京都内のホテルで個人的に断髪式を行ったが、角界関係者は誰も参加しなかった[5]その後、2月13日ロシアに帰国した。[6]

解雇後[編集]

格闘技転向も取り沙汰されたが、アメリカンフットボールのプロ選手となることを目指し、2010年、米国フロリダ州ウェバー国際大学英語版カレッジフットボールの選手となった[7][8]。ウェバー国際大学で2年間プレーした後、2012年は南フロリダ大学英語版のフットボールチーム(サウス・フロリダ・ブルズ英語版)に移籍したが[9][10]、2013年のチームメンバーからは外れている[11]。2013年9月にはUS Sumo Openというアメリカのアマチュア相撲大会に出場し、重量級でウラムバヤル・ビャンブジャブ(元幕下力士の大翔地健太)に次いで2位に入賞した[12]

大麻所持事件[編集]

2008年8月19日、財布の中に大麻入りのたばこを所持していたとして大麻取締法違反で逮捕された[13]。現役幕内力士の逮捕は史上初の出来事であった。その後8月21日日本相撲協会は緊急理事会を開き、同日付での解雇が決定された[14]。20歳1ヶ月での引退は関取経験者では実力本位で番付が掲載されるようになった明治以降では最年少。9月12日、初犯であったことや解雇によって社会的な制裁を受けたことが考慮され起訴猶予処分となった。[15]

八百長証言問題[編集]

2008年9月29日、記者会見を開き、会見で自身が入幕後八百長を強いられたことを八百長裁判(週刊現代の大相撲八百長告発記事をめぐり相撲協会が講談社を名誉毀損で訴えた裁判。詳細は武田頼政を参照)で週刊現代側の証人として証言する意向を示した。会見および週刊現代に掲載されたインタビューで、現役大関らの実名を挙げ「幕内に上がった直後に八百長を強要された」「断ったらかわいがりをすると脅された」などと証言した。

講談社側が 10月20日に第一次・第三次提訴における元若ノ鵬の陳述書を提出したが、21日東京地裁は証人申請を却下した。[16]日刊スポーツは却下の理由を、記事の対象となった2006年11月場所・ 2007年1月場所より、若ノ鵬の新入幕(2007年11月場所)が後で、対象と異なる時期だったためと推測している[17]。また、元若ノ鵬が週刊現代の記事内で八百長を強いられた、と話した春日錦琴欧洲千代大海、魁皇の四人を講談社側は第一次・第三次提訴で尋問申請したが、東京地裁は10月 23日までに却下した。[18]

2008年11月27日、代理人の弁護士が、日本相撲協会に力士としての地位確認を求めた訴訟で、「週刊現代」での八百長告発が虚偽だとする内容の陳述書を提出したと公表。これに対し週刊現代編集部は「本人に確認をとったら、陳述書提出について知らないと否定した」と反論した。[19]

翌28日には弁護士と会見を開き、「週刊現代の取材を仲介したある男(「X氏」とした)に『虚偽の告発をすれば相撲界に戻れる』と騙された」と発言した。また、魁皇ら実名で告発した力士のみならず、週刊現代編集部に対しても謝罪した。元若ノ鵬によれば、自分が「週刊現代」誌上で発言したことは全てX氏の創作で、「週刊現代」には虚偽の告発で迷惑をかけてしまったという。仲介人の素性については明かせないとした。[20][21]会見前日に編集部と接触したことを認めた上で、編集部に告発内容が虚偽だったと報告した、と明言した。[22]元若ノ鵬の会見に対し、週刊現代編集部は「支離滅裂で、事実とは考えられない」とコメントした。[21]以後は弁護士側と週刊現代側がそれぞれの正当性を主張し続けている。また、週刊現代側は闇の勢力による圧力で証言撤回を余儀なくされた・黒幕の人物は架空であるという説も主張している。[23]

なお、第三次提訴では八百長に関与したとされる豊ノ島が、元若ノ鵬のインタビューとされた記事では無関係であるとされ[24]、武田の記事内容と違いがみられる。さらに後の号[25]では、「以前の連載で豊ノ島がガチンコ力士であると報じ、元若ノ鵬の証言もそれを裏付けている」と記述し、武田の署名連載時(豊ノ島がガチンコ力士とは一度も書いてない)と明確に矛盾している。

八百長証言問題 2011年度〜[編集]

2011年2月に八百長が発覚し春日錦が八百長を認め、再び注目を浴びた。民放のインタビューで、相撲協会から八百長証言を撤回しないと退職金を支払わないと言われ、撤回したら翌日に700万円振り込まれていたと発言した。[26]
さらに若ノ鵬は恵那司から「琴欧洲のように、すごく早く大関に上げてやる。オレがプロモーターになるから、大関になったら300万くれよな」と大関昇進のための八百長工作を打診されたという。[27] さらに同月21日発売の週刊現代で力士21人の実名を挙げて八百長を告白したが相撲協会の特別調査委は関心を示さなかった。[28]
その後も週刊現代に八百長告発記事が掲載されたが、3月11日の東日本大震災以降週刊現代から相撲関連の記事が激減したため続報はなく、この件に関する現在の動向は不明である。

略歴[編集]

エピソード[編集]

  • 幕内土俵入りで客の方を向いて笑顔を見せる仕草が当時の中継映像からも確認されるが、「相撲のしきたりとに反する」と批判されたこともある。
  • 支度部屋では普段よりイヤホンから音が漏れる大音量で音楽を聴いていた。[29]

主な成績[編集]

  • 通算成績:131勝81敗(21場所)
  • 幕内成績:39勝36敗(5場所)
  • 十両成績:33勝27敗(4場所)
  • 序二段優勝:1回(2005年9月場所)

場所別成績[編集]

若ノ鵬寿則[30]
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2005年
(平成17年)
x (前相撲) 東 序ノ口 #18
6–1
 
西 序二段 #64
5–2
 
西 序二段 #26
優勝
7–0
東 三段目 #30
6–1
 
2006年
(平成18年)
西 幕下 #49
6–1
 
西 幕下 #21
5–2
 
西 幕下 #12
5–2
 
東 幕下 #7
4–3
 
東 幕下 #6
6–1
 
東 幕下 #1
4–3
 
2007年
(平成19年)
西 十両 #12
5–10
 
東 幕下 #2
5–2
 
東 十両 #13
10–5
 
東 十両 #4
8–7
 
西 十両 #1
10–6
 
西 前頭 #13
9–6
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #10
10–5
 
東 前頭 #4
8–7
 
西 前頭 #2
8–7
 
西 前頭 #1
4–11
 

解雇
––[31]
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ いずれも若ノ鵬が解雇されてからの関取昇進。
  2. ^ 決まり手一覧 - 禁手反則(日本相撲協会公式サイト)”. 2008年1月22日閲覧。
  3. ^ 元若ノ鵬が訴え取り下げ=地位確認訴訟-東京地裁 時事通信 2009年1月30日
  4. ^ 元若ノ鵬への養老金支払いを報告/大相撲 - スポーツ - SANSPO.COM 2009年1月30日
  5. ^ 「大相撲:元若ノ鵬・大麻所持 都内で「断髪式」」 - 毎日新聞2009年2月2日 東京朝刊
  6. ^ 「元若ノ鵬が母国ロシアへ帰国」日刊スポーツ2009年2月14日紙面
  7. ^ John Gunning (2010年11月11日). “Turning over a new leaf / Expelled Russian rikishi resurfaces on Fla. gridiron with lofty goal”. The Daily Yomiuri. 2012年5月3日閲覧。
  8. ^ 2011 Football Roster: #98 Soslan Gagloev”. Webber International University. 2012年5月3日閲覧。
  9. ^ Yes, Russian sumo wrestler on USF football team”. Tampa Bay Times. 2013年3月5日閲覧。
  10. ^ Soslan Gagloev Bio”. Official Site of The University of South Florida Athletics. 2013年3月5日閲覧。
  11. ^ Football - 2013 Roster”. Official Site of The University of South Florida Athletics. 2013年10月6日閲覧。
  12. ^ 2013 US SUMO OPEN - 13th Annual”. USASUMO.com. 2013年10月6日閲覧。
  13. ^ 大相撲・若ノ鵬容疑者を逮捕=大麻所持認める-吸引パイプも押収・警視庁 時事通信 2008年9月20日
  14. ^ 若ノ鵬を解雇=間垣親方は理事辞任-大麻事件で相撲協会 時事通信 2008年9月20日
  15. ^ 元若ノ鵬を起訴猶予=大麻所持事件-東京地検 時事通信 2008年9月20日
  16. ^ 大相撲:八百長疑惑報道訴訟 元若ノ鵬の証人申請却下毎日新聞2008年10月22日東京朝刊
  17. ^ 元若ノ鵬の出廷却下、対象記事は入幕前日刊スポーツ 2008年10月22日紙面から
  18. ^ 4力士への尋問 東京地裁が却下 スポーツニッポン 2008年10月24日配信
  19. ^ 大相撲:元若ノ鵬・地位確認訴訟 一転「八百長ウソ」東京地裁に陳述書 毎日新聞2008年11月28日東京朝刊
  20. ^ 元若ノ鵬ウソ告発代250万円発言撤回で涙の謝罪会見 中日スポーツ2008年11月29日紙面から
  21. ^ a b 大相撲:週刊現代報道 「仲介男性が虚偽創作」元若ノ鵬会見、取材後250万円受領 毎日新聞2008年11月29日東京朝刊
  22. ^ 【元若ノ鵬会見詳報】(2完)八百長報道『モンゴル人力士も出して』 MSN産経ニュース2008年11月28日配信
  23. ^ 週刊現代2008年12月13日号、「若ノ鵬証言を葬る闇の力」
  24. ^ 週刊現代2008年10月18日号
  25. ^ 週刊現代2008年12月6日号、武田等の署名はない。
  26. ^ 八百長「過去はなかった」協会の主張に「説得力」ナシ Jcast2011/2/ 7 19:22
  27. ^ 夕刊フジ 2月21日(月)
  28. ^ 元若ノ鵬が週刊誌で告発も伊藤座長「関心ない」スポーツニッポン 2011年2月22日配信
  29. ^ 指導不足また露呈 協会、乏しい防止策 朝日新聞DIGITAL 2008年8月22日10時59分
  30. ^ 若ノ鵬 寿則 力士情報”. sumodb. 2012年4月7日閲覧。
  31. ^ 大麻問題により秋場所前の8月21日に解雇。東前頭8枚目に掲載される予定だったが、若ノ鵬の名前が番付から削除されその地位は空欄となる。

外部リンク[編集]