大道健二

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Daido 2010 May.JPG
基礎情報
四股名 大道 健二
本名 中西 健二
愛称 ケンちゃん
生年月日 1982年8月21日(32歳)
出身 東京都葛飾区
身長 187cm
体重 175kg
BMI 50.04
所属部屋 阿武松部屋
得意技 右四つ、上手投げ
成績
現在の番付 東十両12枚目
最高位 東前頭8枚目
生涯戦歴 296勝267敗22休(56場所)
幕内戦歴 87勝108敗(13場所)
優勝 序二段優勝1回、序ノ口優勝1回
データ
初土俵 2005年3月場所
入幕 2011年7月場所
趣味 DVD鑑賞
備考
2014年9月1日現在

大道 健二(だいどう けんじ、1982年8月21日 - )は、東京都葛飾区出身で阿武松部屋所属の現役大相撲力士。本名は中西健二(なかにし けんじ)、愛称はケンちゃん。身長187cm、体重175kg、血液型A型。得意手は右四つ、上手投げ。最高位は東前頭8枚目(2012年9月場所)。

来歴[編集]

姉の勧めで小学校4年生の時から葛飾区白鳥相撲教室で相撲を始め、目黒学院高校ではインターハイに出場、専修大学では東日本体重別無差別級優勝という実績を残した。なお、大学1年時に母が菌感染により左足の膝下を切断し、2年時にがんで死去するという苦難を経験している。[1]大学卒業後は阿武松部屋に入門し、2005年3月場所に初土俵を踏んだ。

2005年5月場所に7戦全勝で序ノ口優勝、翌7月場所には再び7戦全勝で序二段優勝と華々しい成績を挙げて幕下までは順調に出世したが、その後は長く足踏みが続いた。西幕下5枚目まで番付を上げた2009年3月場所では場所前に顎を骨折して全休。この怪我により10日間を流動食のみで過ごし、一時は平常より体重が15kg減ってしまった。[1]翌5月場所から勝ち越しを続けて再び幕下上位まで番付を戻した。西幕下3枚目の位置で迎えた2010年1月場所では4勝3敗と勝ち越し、場所後の番付編成会議で翌3月場所における新十両への昇進が決定し、同時に四股名を本名の「中西」から「大道」と改めた。「大道」という四股名は、本人が「自分の相撲の原点」と語る、出身校の大道中学校に由来して付けられたものである。[2]同じ阿武松部屋の益荒海と同時の新十両昇進となり、同部屋から同時に新十両への昇進を果たすのは2008年1月場所での春日野部屋木村山栃ノ心)以来のこととなった。専修大相撲部出身者からは武双山片山に続く3人目の関取力士となった。

新十両の場所となった2010年3月場所では9勝6敗と勝ち越し、続く5月場所でも10勝5敗という好成績を収めたものの、2010年に発覚した大相撲野球賭博問題において野球賭博に関与したという理由により特別調査委員会から同年7月場所における謹慎休場を勧告されたため[3]、翌7月場所を全休し、続く9月場所において幕下へと陥落した。なお、大相撲野球賭博問題に関しては、本人は2011年3月3日に賭博開帳図利書類送検され、同年3月17日には賭博罪で起訴されている[4]

謹慎処分の結果として幕下へ陥落した2010年9月場所では西幕下筆頭の位置で4勝3敗と勝ち越し、翌11月場所において1場所での十両復帰を果たすと、その11月場所と続く2011年1月場所と2場所連続して9勝6敗の成績を挙げて勝ち越し、大相撲八百長問題による翌3月場所の中止を挟んで、同年5月技量審査場所においても東十両4枚目の位置で8勝7敗と勝ち越しを決めて、翌7月場所において新入幕を果たした。2012年7月場所では初日から7連勝と非常に好調で、給金相撲で3連敗するなど後半はやや失速したものの、11日目に勝ち越しを決めて最終的に10勝5敗という好成績を収めた。[5]2013年7月場所は初日から14連敗を喫する絶不振ぶりであったが、千秋楽の富士東戦でやっと白星を上げ、幕内皆勤全敗を免れた。[6] その次の9月場所でも6勝9敗と負け越したが翌11月場所は番付運に恵まれ東十両9枚目からわずか1枚半減の西十両10枚目の地位で土俵に上がり、正念場となるこの場所は14日目に勝ち越しを決めて最終的に9勝6敗で終えた。2014年3月場所は東十両5枚目の番付で、7勝7敗の成績で千秋楽を迎え、この日の取組に十両全勝優勝の快挙がかかっていた豊真将に勝つ殊勲の星で勝ち越した。

主な成績[編集]

2014年7月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:296勝267敗22休(56場所)
  • 幕内成績:87勝108敗(13場所)

各段優勝[編集]

  • 序二段優勝:1回(2005年7月場所)
  • 序ノ口優勝:1回(2005年5月場所)

場所別成績[編集]

                                       

大道 健二
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2005年
(平成17年)
x (前相撲) 西 序ノ口 #14
優勝
7–0
東 序二段 #21
優勝
7–0
東 三段目 #27
4–3
 
西 三段目 #15
2–5
 
2006年
(平成18年)
東 三段目 #39
6–1
 
東 幕下 #54
6–1
 
西 幕下 #24
5–2
 
東 幕下 #14
4–3
 
西 幕下 #10
3–4
 
東 幕下 #16
2–5
 
2007年
(平成19年)
東 幕下 #33
4–3
 
西 幕下 #26
5–2
 
西 幕下 #15
5–2
 
東 幕下 #7
3–4
 
東 幕下 #10
4–3
 
西 幕下 #6
3–4
 
2008年
(平成20年)
東 幕下 #11
3–4
 
東 幕下 #16
3–4
 
西 幕下 #21
3–4
 
東 幕下 #28
5–2
 
西 幕下 #18
4–3
 
東 幕下 #11
4–3
 
2009年
(平成21年)
西 幕下 #7
4–3
 
西 幕下 #5
0–0–7
 
西 幕下 #45
5–2
 
西 幕下 #27
6–1
 
西 幕下 #9
5–2
 
東 幕下 #5
4–3
 
2010年
(平成22年)
西 幕下 #3
4–3
 
西 十両 #14
9–6
 
東 十両 #8
10–5
 
西 十両 #2
出場停止
0–0–15
西 幕下 #1
4–3
 
西 十両 #12
9–6
 
2011年
(平成23年)
西 十両 #8
9–6
 
八百長問題
により中止
東 十両 #4
8–7
 
東 前頭 #12
6–9
 
東 前頭 #15
8–7
 
東 前頭 #12
8–7
 
2012年
(平成24年)
西 前頭 #9
6–9
 
東 前頭 #12
7–8
 
西 前頭 #12
7–8
 
東 前頭 #13
10–5
 
東 前頭 #8
7–8
 
西 前頭 #8
5–10
 
2013年
(平成25年)
東 前頭 #13
6–9
 
東 前頭 #15
8–7
 
東 前頭 #13
8–7
 
東 前頭 #11
1–14
 
東 十両 #9
6–9
 
西 十両 #10
9–6
 
2014年
(平成26年)
西 十両 #6
8–7
 
東 十両 #5
8–7
 
西 十両 #1
3–12
 
東 十両 #10
6–9
 
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 中西 健二(なかにし けんじ)2005年3月場所 - 2010年1月場所
  • 大道 健二(だいどう - )2010年3月場所 -

脚注[編集]

  1. ^ a b 賭博謹慎から2年大道6連勝/名古屋場所 nikkansports.com  2012年7月14日9時21分 紙面から
  2. ^ 最初は後援者から「プロ野球の方の大道と間違われるから」と指摘され、別の四股名として「益荒浜」を提示されたという逸話がある。
  3. ^ 朝日新聞 2010年6月29日
  4. ^ 野球賭博:現役力士など9人 単純賭博罪で略式起訴 毎日新聞(毎日jp) 2011年3月17日
  5. ^ 『相撲』2012年8月号63頁の記事には「今までの勝ち越しと全然違う。いつもは叩きばかりだったけど、今場所は叩きもないので本当に勝ち越したんだなと思う。」と自身が会心の相撲ぶりを喜んでいた様子が報告されていた。
  6. ^ 大道 泥沼の14連敗…22年ぶり全敗に“王手”スポニチアネックス 7月21日(日)7時22分配信

外部リンク[編集]

関連項目[編集]