千代の国憲輝

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千代の国憲輝 Sumo pictogram.svg
Chiyonokuni2 2012 Jan.JPG
基礎情報
四股名 澤田 → 千代の国
本名 澤田 憲輝
愛称 トシキ、九重三羽烏[1]、日の丸[2]
生年月日 1990年7月10日(24歳)
出身 三重県伊賀市
身長 182cm
体重 142kg
BMI 42.87
所属部屋 九重部屋
得意技 突き、押し
成績
現在の番付 東幕下8枚目
最高位 東前頭8枚目
生涯戦歴 243勝183敗84休(51場所)
幕内戦歴 35勝45敗40休(8場所)
優勝 十両優勝1回
序二段優勝1回
データ
初土俵 2006年5月場所
入幕 2012年1月場所
備考
2014年11月23日現在

千代の国 憲輝(ちよのくに としき、1990年7月10日 - )は、三重県伊賀市出身で九重部屋所属の現役大相撲力士身長182cm、体重142kg。本名は澤田憲輝。得意技は突き・押し。兄は同じく九重部屋に在籍し、2012年9月場所後に引退した元・大相撲力士の千代の眞。最高位は東前頭8枚目(2012年3月場所)。

来歴[編集]

寺院の息子として生まれ、幼少時から空手を習うなど大の格闘技好きだった。小学4年生の時点で既に「将来は力士になる」と決めていたという[3]。名張市立北中学校では柔道部に所属し主将を務め、全国大会ではベスト16という成績を残した。卒業後の2006年に九重部屋に入門、同年5月場所に本名の澤田で初土俵を踏む。両肩の脱臼癖があり序二段三段目でやや苦労したが、2010年3月場所に7戦全勝の成績で序二段優勝を果たした。その後は着実に番付を伸ばし、2010年11月場所では東幕下58枚目で6勝1敗の成績を挙げて幕下優勝決定戦まで進出したが、敗れて優勝はならなかった。2011年5月技量審査場所は東幕下9枚目で5勝2敗の成績を挙げ、本来ならば十両へ上がれる位置と成績ではないが、大相撲八百長問題にて大量の引退・解雇力士が出たため、翌7月場所において20歳で新十両への昇進を果たした。その場所では8勝7敗と勝ち越しを決めた。

自身が所属する九重部屋では兄弟子であった千代白鵬が大相撲八百長問題に関係し引退しており、複雑な心境であったようであり、記者会見では「まだ正直実感が湧かない。自分が十両になるのかという不思議な気持ち」と語った [4]2012年1月場所に入幕するも2場所連続で右肩の脱臼で途中休場した。5月場所は場所前の稽古中に再発した脱臼が治らず全休、7月場所では十両へ降格した。その場所では8日目の政風戦で左手靱帯を断裂する大怪我(全治4週間)を負ったが、10日目で勝ち越しを決めるとその後も勝ち星を伸ばし、最終的に11勝4敗の成績で十両優勝となった。場所後に行われた夏巡業は怪我が治らず休場した。翌9月場所は東十両3枚目まで番付を戻し、後半まで優勝争いに残り10勝5敗の好成績を残した。翌11月場所から2013年3月場所まで交互に幕内と十両に在位し、3月場所から7月場所までは連続して幕内の土俵へ上がったものの、7月場所5日目の碧山戦ではほぼ水平に開脚して残すという無理が祟って左足付け根を痛め[5]、「左太もも二頭筋損傷などで約15日間の通院加療が必要と診断」されて6日目から休場となった。[6]翌場所以降は怪我が完治したと言い切れない状態で出場し、11月場所12日目の肥後ノ城戦を勝利した後に「右踵骨(しょうこつ)骨挫傷などで約4週間の安静加療が必要」と診断される怪我を負い、結局7勝5敗で勝ち越し目前ながら13日目から途中休場。[7][8]2014年3月場所は9勝6敗の成績を残し、これが自身5場所ぶりの勝ち越しとなった。翌5月場所は運良く再入幕を果たし、西前頭16枚目の地位を得た。ところがこの場所の初日に新入幕で幕尻(東前頭17枚目)の佐田の海に送り出された際に負傷した結果、日本相撲協会に「右踵骨骨折で約1週間の安静を要する」との診断書を提出し、休場する事態に陥った。[9]西十両13枚目まで地位を落としたことで関取維持を懸ける状況に置かれた9月場所は7日目まで3勝4敗とした末に「両ひざ半月板損傷で約1カ月の安静加療が必要」と診断された中日から途中休場。これにより新十両昇進から連続して20場所務めた関取の座から離れるに至った。[10]

エピソード[編集]

  • 2011年9月場所2日目(2011年9月12日)、準備運動において息を止めて頭に血を上らせることで取組に向けての気合いを高めていたところ、逆に息を止め過ぎて気を失って倒れてしまい、顔を床に打ち付けて流血してしまった。応急処置を受けた後で佐田の海との対戦に臨み勝利したが、それから病院へ直行し、結果的には右目の上を8針縫うという重傷となった。翌3日目は負傷箇所に絆創膏を貼って強行出場し、高見盛との対戦にも勝利したが、対戦の際に傷口が開いてしまい再び流血した。本人は「(息止めは)もう怖いのでやっていません。深呼吸をしています」と語った[11]
  • 四股名に因んで日の丸があしらわれた化粧廻しを贈られている。[12]本人曰く「世界で最も簡素なデザインの化粧廻し」。真偽の程は不明だが、このような簡素なデザインの化粧廻しが贈られた背景には十両昇進の経緯(先述)が関係しており、後援会曰く「大慌てで用意した」とのことである。他方では「イス席からでもはっきりと分かるデザインだから」という本人の観客に対する配慮が反映されているという説もある。
  • 三段目のころ出稽古で高見盛との申し合いで何番も勝った後、悔しがった高見盛から土俵でいきなりラリアットとキックを見舞われたという体験をしている。[13]
  • 伊賀市出身であることから地元の自治体関係者が「千代忍」(ちよしのぶ)という四股名を打診したが「忍者は自分で正体バラしちゃいけなんですよ」と返して断ったという。
  • 2014年5月場所を途中休場に追い込んだ踵の骨折は本来もっと重傷であったが、中日までに再出場できれば場所後に部屋で主催されるハワイ旅行への参加が認められるということで医者に頼み実際より軽傷の診断を下してもらったという。しかし場所中のNHK中継で九重が再出場を認めない方針を明かしたため結局千秋楽まで休場し、場所後は部屋で留守番していたとのことである。

主な成績[編集]

2014年11月場所終了現在

  • 通算成績:243勝183敗84休(51場所)
  • 幕内成績:35勝45敗40休(8場所)
  • 十両成績:96勝75敗9休(12場所)
  • 各段優勝
    • 十両優勝1回(2012年7月場所)
    • 序二段優勝1回(2009年3月場所)

場所別成績[編集]

                                                                                                  

千代の国 憲輝
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2006年
(平成18年)
x x (前相撲) 西 序ノ口 #38
6–1
 
序二段 #76
休場
0–0–7
東 序ノ口 #26
5–2
 
2007年
(平成19年)
西 序二段 #97
4–3
 
東 序二段 #71
6–1
 
東 序二段 #1
3–4
 
西 序二段 #16
休場
0–0–7
西 序二段 #87
5–2
 
東 序二段 #47
4–3
 
2008年
(平成20年)
東 序二段 #21
4–3
 
東 三段目 #100
4–3
 
西 三段目 #81
5–2
 
西 三段目 #51
5–2
 
東 三段目 #22
3–4
 
西 三段目 #34
休場
0–0–7
2009年
(平成21年)
西 三段目 #94
休場
0–0–7
西 序二段 #55
優勝
7–0
東 三段目 #55
4–3
 
東 三段目 #41
6–1
 
東 幕下 #54
2–5
 
東 三段目 #18
4–3
 
2010年
(平成22年)
東 三段目 #8
4–3
 
東 幕下 #58
6–1
 
東 幕下 #24
4–3
 
西 幕下 #20
2–5
 
東 幕下 #36
3–4
 
東 幕下 #41
6–1
 
2011年
(平成23年)
西 幕下 #17
5–2
 
八百長問題
により中止
東 幕下 #9
5–2
 
東 十両 #11
8–7
 
東 十両 #9
10–5
 
東 十両 #3
9–6
 
2012年
(平成24年)
東 前頭 #13
9–5–1[basho 1]
 
東 前頭 #8
3–10–2[basho 2]
 
西 前頭 #14
休場[basho 3]
0–0–15
東 十両 #11
優勝
11–4
東 十両 #3
10–5
 
西 前頭 #14
5–10
 
2013年
(平成25年)
東 十両 #2
9–6
 
東 前頭 #14
7–8
 
東 前頭 #15
9–6
 
西 前頭 #10
2–4–9[basho 4]
 
西 十両 #2
7–8
 
西 十両 #3
7–6–2[basho 5]
 
2014年
(平成26年)
東 十両 #5
7–8
 
東 十両 #6
9–6
 
西 前頭 #16
0–2–13[basho 6]
 
西 十両 #11
6–9
 
西 十両 #13
3–5–7[basho 7]
 
東 幕下 #8
休場
0–0–7
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)
  1. ^ 右肩関節脱臼のため14日目から途中休場
  2. ^ 右肩関節亜脱臼のため13日目から途中休場
  3. ^ 右肩関節脱臼のため初日から休場
  4. ^ 左太もも二頭筋損傷のため6日目から途中休場
  5. ^ 右踵骨挫傷などのため13日目から途中休場
  6. ^ 右踵骨骨折のため2日目から途中休場
  7. ^ 両膝半月板損傷のため中日から途中休場

改名歴[編集]

  • 澤田 憲輝(さわだ としき)2006年5月場所 - 2008年1月場所
  • 千代の国 憲輝(ちよのくに としき)2008年3月場所 -

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 【大相撲】和製スター候補の呼び声高い、九重部屋"三羽ガラス" 集英社スポルティーバ公式サイト 2011年9月14日
  2. ^ 後述の化粧廻しのエピソードの由来
  3. ^ 【大相撲】和製スター候補の呼び声高い、九重部屋"三羽ガラス" 集英社スポルティーバ公式サイト 2011年9月14日
  4. ^ 昇進の千代の国「実感ない。不思議な気持ち」 MSN産経ニュース 2011年5月25日
  5. ^ 千代の国 驚異的な粘り見せたが…左足の付け根痛める Sponichi Annex 2013年7月12日 06:00
  6. ^ 千代の国と栃ノ心が休場 大相撲名古屋場所 朝日新聞デジタル 2013年7月12日12時45分
  7. ^ 千代の国が9度目の休場 前日の取組で負傷 朝日新聞デジタル 2013年11月22日19時28分
  8. ^ しかもこの場所の九重部屋所属現役関取勢5人の中で幕内の千代大龍が11勝(技能賞)、十両の千代鳳、千代丸、千代皇がそれぞれ13勝(十両優勝)、11勝、10勝の2ケタ白星を上げており、5人中千代の国ただ1人が負け越し(それも終盤で途中休場)であった。
  9. ^ 幕内千代の国が休場 2014年5月12日(月)13時29分配信 共同通信
  10. ^ 十両・千代の国、ひざの故障で休場 大相撲秋場所 朝日新聞DIGITAL 2014年9月21日13時04分
  11. ^ 千代の国、傷をいとわぬ突進で連勝 デイリースポーツ 2011年9月14日
  12. ^ 『相撲』2012年1月号15頁
  13. ^ 酔って自販機と相撲/高見盛伝説 nikkansports.com 2013年1月28日8時34分 紙面から

外部リンク[編集]