安美錦竜児

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安美錦竜児 Sumo pictogram.svg
Aminishiki 2008.jpg
基礎情報
四股名 安美錦 竜児
本名 杉野森 竜児
愛称 リュウジ
生年月日 1978年10月3日(33歳)
出身 青森県西津軽郡深浦町
身長 185cm
体重 154kg
所属部屋 安治川部屋伊勢ヶ濱部屋
得意技 右四つ、寄り
成績
現在の番付 西前頭3枚目
最高位 関脇
生涯戦歴 535勝504敗10休(80場所)
幕内戦歴 414勝431敗10休(57場所)
優勝 なし
殊勲賞4回
敢闘賞1回
技能賞5回
データ
初土俵 1997年1月場所
入幕 2000年1月場所
趣味 テレビゲーム
備考
金星7個
貴乃花1個、武蔵丸1個、朝青龍4個、白鵬1個)
2011年1月23日現在
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安美錦 竜児(あみにしき りゅうじ、1978年10月3日 - )は、青森県西津軽郡深浦町出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は安治川部屋)所属の現役大相撲力士。本名は杉野森竜児(すぎのもり りゅうじ)、愛称は「リュウジ」(本名から)、インターネット上では「あみたん」とも呼ばれる。身長185cm、体重154kg、血液型はA型、星座は天秤座。得意手は、右四つからの寄り、出し投げ、力も強く独特の間合いをとり変化も使う。四股名は、「故郷に錦を飾る」との意味を込めて師匠の伊勢ヶ濱親方(当時の安治川親方)が命名した。趣味はテレビゲーム。最高位は東関脇2007年9月場所 - 2008年1月場所)。

目次

[編集] 来歴

師匠の伊勢ヶ濱親方(横綱旭富士)は父のいとこ、安壮富士は兄で、大相撲史上16組目の兄弟関取である。祖父は土地相撲でも活躍した元出羽海部屋の力士。杉野森旅館の二男で、修道小学校1年生で相撲クラブに入って3年生から本格的に相撲を始め、大戸瀬中学校や鰺ヶ沢高校では相撲部で活躍した(兄の安治川部屋入門時「彼よりもっと強い弟がいる。」と関係者に言われたほどだった)。子供の時から力士を志していたので、卒業すると兄も既に入門していて父の従弟が師匠である安治川部屋に入門した。海鵬は小学校から高校の5年先輩で憧れの存在だった。

2003年1月場所8日目には、平成の大横綱と言われた貴乃花に初挑戦ながらも送り出しで下して完勝、自身初の金星を飾る。その翌日に横綱貴乃花は、この安美錦に敗れた相撲を最後に現役引退を表明したため、当時大きな話題となった。その後も安美錦は同年7月場所に武蔵丸2005年9月・2007年5月・2008年9月場所・2009年5月場所に朝青龍、2008年3月場所には白鵬とそれぞれ横綱に勝利を果たし、合計7個の金星を獲得している。

2006年11月場所には小結に昇進し(新入幕から所要38場所のスロー出世)、兄である安壮富士も幕内に昇進して兄弟幕内となった(しかし、安壮富士は2場所で十両に陥落している)。2007年5月場所では、初の殊勲賞を獲得した(横綱に勝った場所で勝ち越したのは初めてだった)。7月場所にも2場所連続で殊勲賞を獲得し、9月場所で新入幕から所要43場所のスロー出世で関脇昇進を果たした。新関脇で臨んだ2007年9月場所は、大鵬千代の富士琴欧州に続き史上4人目となる新関脇の8連勝での勝ち越しを達成した。新関脇で8連勝した力士は過去、琴錦以外全員大関以上に昇進しているが、「オレは確実に期待を裏切るね」と記者たちをはぐらかした。その後5連敗し、10勝5敗だった。11月場所も勝ち越したが、2008年は、1月場所、3月場所と連続で負け越した。5月場所では、優勝した琴欧洲に唯一の黒星をつけ、3度目の殊勲賞を獲得した。西小結で迎えた11月場所では1横綱2大関を倒し4度目の殊勲賞を獲得。2009年1月場所は中日の対朝青龍戦で古傷の右ひざを負傷し、途中休場となってしまった。

2007年5月場所の対朝青龍戦で勝利し、国技館内の座布団が沢山舞う中で、安美錦は勝ち名乗りを受けて懸賞金を受け取る時、心なしか一瞬だけ正面アナウンス席を見上げていた。この日の幕内以降のNHK実況アナウンサー白崎義彦で、安美錦自身も白崎が実況をする時は、朝青龍が負ける時が多いと言うジンクスを認識していたものと考えられる。

2007年11月30日、安治川親方が伊勢ヶ濱に名跡変更したのに伴い、「安治川」を取得した。2009年1月場所中日の朝青龍戦で押し倒しで敗れた際に古傷の膝の怪我が悪化し、三役では勝ち越しが厳しい状況である。膝の怪我さえなければ三役でも十分な成績を残せる力士である。

[編集] 略歴

  • 1997年1月場所 - 初土俵
  • 2000年1月場所 - 新十両
  • 2000年7月場所 - 新入幕
  • 2006年11月場所 - 新小結
  • 2007年9月場所 - 新関脇

[編集] 取組に関するエピソード

  • 基本的に前褌や四つを狙う相撲をとるが、押し相撲や足を掛けるなど多彩な相撲を取るため、様々な決まり手が生まれる事が多い。2001年3月場所の濱錦戦では、「裾取り」という珍しい決まり手で濱錦を破った。
  • 俗に言う上位キラーであり、横綱・大関戦で活躍を見せ、関脇~幕内上位に位置する時に、場所序盤に横綱・大関を倒す事がしばしばある。特に琴欧洲には不戦勝も含め6連勝したこともあった。連勝が止まってからも琴欧洲には相性が良く15勝11敗と勝ち越している。また朝青龍から金星を4個獲得しているが、これは朝青龍が個人あたりに配給した金星では最多であった。足癖、引き技など多彩な技で上位を苦しめる為、好角家にはしばしばゼニの取れる相撲が取れる力士と評される。
  • 同じ青森県出身の高見盛に非常に相性がいい(しかも実家が共に五能線沿線にあり比較的近い場所にある)。初対戦のときに安美錦が負けたあとは安美錦の11連勝中であったが2007年5月場所の中日での対戦では、ついに高見盛に敗れた。なお、2005年11月場所中日の高見盛戦では、高見盛を大逆手という珍しい決まり手で破った。この決まり手は、2001年1月に技が追加されてから幕内で初の快挙である。
  • 逆に千代大海には6勝18敗ととても苦手にしており、2007年11月場所までで15戦全敗と1度も勝利していなかった。しかし、2008年1月場所、千代大海の怪我の影響もあってか初めて勝利したほか、2008年9月場所、さらに11月場所では変化して破り2連勝したが、2009年1月場所は変化を読まれて敗れた。その後は千代大海の衰えもあり初勝利を挙げてからは5勝3敗と相性が良かった。ほかにも、元大関琴光喜を苦手にしており、対戦成績は8勝19敗と大きく負け越していた。
  • 最近は四つにこだわらず、立ち合いからのど輪で一気に攻める相撲も多い。特に琴欧洲戦に顕著に表れる。
  • 2001年3月から2001年11月場所まで、5場所連続で7勝7敗で千秋楽を迎えた。(千秋楽の成績)
2001年3月場所 東前頭15枚目 ○
2001年5月場所 西前頭10枚目 ●
2001年7月場所 西前頭12枚目 ●
2001年9月場所 西前頭13枚目 ●
2001年11月場所 西前頭14枚目 ○

[編集] 人柄

  • さんまのSUPERからくりTVでのコーナー「からくりビデオレター」に、安美錦の両親が2度も出演している。1度目は入門当初で、2度目は入幕したときだった。しかも2度目の入幕時には、父親が「横綱貴乃花を最後に倒して引退させた」ことを、さんまに自慢するという内容のものであった。2度目のときは兄弟もそろって出演している。
  • インタビュールームでは冗談を言う事も多い。横綱を負かし座布団が大量に舞った事を指して「座布団なくなるんじゃないかな」と言ったほか、二日続けてインタビューを受けた際に両日とも担当が三瓶宏志アナウンサーだった事から「(勝利の秘訣は)三瓶さんですね」などと言って笑わせた。
  • 2008年秋の巡業では、ちびっこ大相撲にてちびっこ力士の後ろまわしを掴むなり、客席に向かって人差し指を回してみせてからジャイアントスイング、その後自らが目を回して転がってしまうパフォーマンスをした。その後も千鳥足で仕切りをしたり、立合い前にペットボトルのミネラルウォーターを飲んでみせるなど、観客を沸かせた。

[編集] 主な成績

2011年1月場所終了現在

[編集] 通算成績

  • 通算成績:568勝544敗12休(85場所)
  • 幕内成績:437勝471敗12休
  • 幕内在位:62場所
  • 三役在位:10場所(関脇5場所、小結5場所)

[編集] 三賞・金星

  • 三賞:10回
    • 殊勲賞:4回(2007年5月場所、2007年7月場所、2008年5月場所、2008年11月場所)
    • 敢闘賞:1回(2000年7月場所)
    • 技能賞:5回(2002年3月場所、2003年5月場所、2006年9月場所、2009年7月場所、2010年1月場所)
  • 金星:7個
    • 貴乃花1個、武蔵丸1個、朝青龍4個、白鵬1個

[編集] 場所別成績

                                                                                                                                                                                                       

安美錦竜児[1]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1997年
(平成9年)
(前相撲) 西 序ノ口 #42
7–0
 
東 序二段 #46
6–1
 
東 三段目 #84
6–1
 
東 三段目 #31
5–2
 
西 三段目 #3
5–2
 
1998年
(平成10年)
西 幕下 #40
4–3
 
東 幕下 #29
6–1
 
東 幕下 #12
4–3
 
西 幕下 #9
2–5
 
東 幕下 #24
3–4
 
東 幕下 #32
5–2
 
1999年
(平成11年)
西 幕下 #17
5–2
 
東 幕下 #11
4–3
 
西 幕下 #8
4–3
 
東 幕下 #5
4–3
 
西 幕下 #2
4–3
 
西 幕下 #1
4–3
 
2000年
(平成12年)
西 十両 #13
8–7
 
東 十両 #8
9–6
 
西 十両 #2
8–7
 
西 前頭 #13
10–5
西 前頭 #9
7–8
 
西 前頭 #10
1–14
 
2001年
(平成13年)
東 十両 #6
9–6
 
東 前頭 #15
8–7
 
西 前頭 #10
7–8
 
西 前頭 #12
7–8
 
西 前頭 #13
7–8
 
西 前頭 #14
8–7
 
2002年
(平成14年)
東 前頭 #10
9–6
 
東 前頭 #6
10–5
東 前頭 #1
5–10
 
東 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #7
7–8
 
西 前頭 #8
9–6
 
2003年
(平成15年)
東 前頭 #4
4–11
東 前頭 #9
8–7
 
西 前頭 #7
11–4
西 前頭 #1
2–12–1[2]
西 前頭 #9
10–5
 
東 前頭 #3
5–10
 
2004年
(平成16年)
東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #4
3–12
 
東 前頭 #11
8–7
 
東 前頭 #9
4–8–3[3]
 
東 前頭 #16
6–9
 
東 十両 #2
9–6
 
2005年
(平成17年)
西 前頭 #16
7–8
 
西 前頭 #17
9–6
 
東 前頭 #11
8–7
 
西 前頭 #9
9–6
 
西 前頭 #5
7–8
東 前頭 #6
7–8
 
2006年
(平成18年)
東 前頭 #7
9–6
 
東 前頭 #3
7–8
 
西 前頭 #3
5–10
 
西 前頭 #7
8–7
 
西 前頭 #3
11–4
東 小結 #2
6–9
 
2007年
(平成19年)
西 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #9
9–6
 
東 前頭 #4
9–6
西 小結
8–7
東 関脇
10–5
 
東 関脇
8–7
 
2008年
(平成20年)
東 関脇
5–10
 
東 前頭 #2
6–9
西 前頭 #4
10–5
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #4
8–7
西 小結
8–7
2009年
(平成21年)
西 関脇
3–6–6[4]
 
西 前頭 #5
9–6
 
西 前頭 #1
5–10
東 前頭 #5
11–4
西 小結
7–8
 
西 前頭 #1
5–10
 
2010年
(平成22年)
西 前頭 #6
11–4
西 小結
8–7
 
西 関脇
5–10
 
西 前頭 #2
6–7–2[5]
 
西 前頭 #4
8–7
 
東 前頭 #2
8–7
 
2011年
(平成23年)
西 前頭 #1
6–9
 
八百長問題
により中止
西 前頭 #3
7–8
 
西 前頭 #3
2–13
 
東 前頭 #12
10–5
 
東 前頭 #6
9–6
 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

[編集] 脚注

  1. ^ Lédeczi, András; Faragó, Károly. “Rikishi in Juryo and Makunouchi” (English). 2007年9月23日閲覧。
  2. ^ 右足首関節捻挫により途中休場
  3. ^ 右膝半月板損傷により途中休場
  4. ^ 右膝外側半月板損傷により途中休場
  5. ^ 右膝内側側副靭帯損傷のため13日目より休場。

[編集] 改名歴

  • 杉野森 竜児(すぎのもり りゅうじ)1997年1月場所 - 1997年5月場所
  • 安美錦 -(あみにしき -)1997年7月場所 -

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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