高須克弥

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たかす かつや
高須 克弥
高須クリニック広報より提供された肖像写真[1]
生誕 1945年1月22日(69歳)
日本の旗 愛知県
国籍 日本の旗 日本
出身校 昭和大学医学部卒業
昭和大学大学院
医学研究科博士課程修了
職業 高須クリニック院長
配偶者 高須シヅ)(満65歳没)
子供 高須力弥長男
高須久弥次男
高須幹弥三男

高須 克弥(たかす かつや、1945年昭和20年〉1月22日 - )は、日本医師美容外科)。学位医学博士昭和大学1973年)。高須クリニック院長、昭和大学医学部客員教授、高須病院理事長。

テレビなどのメディアを使って美容整形を一般に認知させた立役者であり、女流棋士林葉直子豊胸手術野村沙知代の若返り手術をマスコミに公開したことでも話題を集めた。テレビCMでも「Yes、高須クリニック」のキャッチフレーズを発しながら顔を出すことでも知られている。また、格闘技K-1リングドクターとしても活動した。

経歴[編集]

愛知県一色町(現在の西尾市)に生まれる。生家は江戸時代から続く医師の家系であった。東海高校を経て、昭和大学医学部に入学。1969年に同大学を卒業した[2]。同大学院医学研究科博士課程修了し、1973年昭和48年)に医学博士を取得した[2]。大学院在学中からイタリアドイツなどに研修に行き、最新の美容外科技術を学び、その後「脂肪吸引手術」を日本に紹介した。当時は美容形成に対する根強い偏見が日本にはあり、バッシングと戦いながら美容形成の必要性を説き普及に努めるとともに、技術水準向上に尽力した。2011年平成23年)1月11日、昭和大学にて医学部の形成外科学(美容外科学部門)客員教授に就任した[2][3]東日本大震災被災地の復興や世の中の平和を祈願し、2011年(平成23年)11月7日京都東本願寺得度を受けた。

活動[編集]

自身の整形[編集]

「患者さんに施術する前に必ず自分自身の体を使って手術や薬剤の安全性を試す」のがポリシーであり、実年齢より若く見えるようにするため、自分の顔に二度施術を行った。皺取りの手術は顔の皮膚を部分的に切り取り、後方に引っ張って弛みを無くして固定するものであり、通常であれば全身麻酔で行う手術であるが、納得のいく仕上がりを目指す高須は担当医に指示を出すため部分麻酔で手術を行った。手術の様子をカメラマンに撮影させたものが、雑誌フォーカス(発行 新潮社:平成12年5月3・10日発行)に掲載された。また世界12カ国以上の形成外科学会や美容外科学会で「私自身の若返り」・「高須の若返り」として講演している。一方、その整形手術の結果について漫画家西原理恵子からは、「高須先生の顔は世界最高水準の医療を使って数十億円かけたのに、浅香光代みたいになった」と評された[要出典]

新しい美容技術の開発と普及活動[編集]

新しい美容技術の開発にも熱心で、現在下記の16件が特許出願され、6件が商標登録されている。

日本

  • 特開2007-330593 形成外科用手術糸及び皮膚の引張付与方法
  • 特開2006-320618 皮膚の引伸し用糸部材
  • 特開2002-028164 二重瞼形成用糸
  • 特開平07-000477 耳ツボ突刺針およびピアス
  • 特開平04-352968 コラーゲン採取装置
  • 特開平04-322658 脂肪吸引装置およびその器具
  • 特開平04-150847 わきが手術装置およびその手術用チップ
  • 特開平04-013700 コラーゲンの分離方法
  • 特開平03-287598 コラーゲンの分離方法
  • 特開平03-279399 コラーゲンの分離方法
  • 登録商標 第4687026号 ロシアンリフト
  • 登録商標 第4744926号 ゴールデンリフト
  • 登録商標 第4975514号 イタリアンリフト
  • 登録商標 第4826653号 リポレーザー
  • 登録商標 第5119333号 マンマリーヒアル
  • 登録商標 第4744927号 ゴールドリフト

米国

  • 特許No.5190518 わきが手術装置及びその手術用チップ (1993/8/17)
  • 特許No.5236414 脂肪吸引装置及びその器具 (1993/9/14)
  • 特許No.5244458 コラーゲン採取装置 (1993/9/14)
  • 特許No.5465593 耳ツボ突刺針およびピアス【痩身ピアス】(1995/11/14)

台湾

  • 特許No.050728 わきが手術装置及びその手術用チップ (1991/12/24)
  • 特許No.060024 脂肪吸引装置及びその器具 (1993/4/15)

また各国の美容関連学会で招待講演を依頼されたり、デモ手術を行っている。その様子は西原理恵子の漫画でも度々紹介される他、医院のホームページ公開されている多数の動画で確認できる。

経済的成功[編集]

「年収は50億」とも言われ、またアメリカン・エキスプレスのセンチュリオンカード(通称ブラックカード)を所有している。一時、国内に札幌、仙台、横浜、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の8箇所のクリニック、マニラ、香港の提携クリニック、ハワイ高須クリニックなど多数の拠点を有した。現在は赤坂、横浜、名古屋、大阪の4拠点がある。

人物[編集]

西原理恵子との交際[編集]

漫画家西原理恵子の漫画にしばしば登場しており、『毎日かあさん』でも「主治医」として登場するほか、TVアニメ版のメインスポンサーを務めている。TOKYO MXの夕方帯番組『5時に夢中!』では、西原理恵子とともに番組出演を果たすことが多い。現在では同番組において、西原理恵子、ファッションモデルジョナサン・シガーとともに、それぞれの頭文字を取って「TSJお稽古クラブ」と題したコーナーに毎週木曜日に出演を果たしている。しかし、TSJお稽古クラブでは、毎回奇妙な言動が目立ち、西原理恵子からは「何かを作らせると異常にヘタ」、ジョナサン・シガーからは「品格がゼロ」と言われている。西原が同番組を降板させられた際には、「MXテレビスポンサーやめることにした」[4]と宣言し、抗議の意を込めスポンサー契約を解消する考えを明らかにした[5]。2012年10月11日発売の『女性セブン』では西原理恵子との対談で、前妻の死去後2年間にわたる「交際」を認めた(知り合ったのは10年前という)。なお西原は、高須の私財を基に2011年に設立された「高須克弥記念財団」の理事長を務めている[6]

レース[編集]

過去には高須クリニックレーシングチームとして、自動車レースのスポンサーなどもしていた。

  • 1991年 ル・マン24時間レースでクラージュポルシェをスポンサード[7]
  • 1992年 スポンサーをしていたF3チームが、マカオグランプリで優勝。ドライバーは、リカルド・リデル。マシンは現在もマカオグランプリ博物館に展示されている[8]

慈善活動[編集]

篤志家としても知られ、数々の寄付の善行に対し紺綬褒章が複数回授与されている。阪神・淡路大震災のとき罹災者の治療を一年間完全無料で実施した。また東日本大震災においても西原理恵子とともに私財を車に詰め、宮城県石巻市等で救援活動を行った。宮城県東松島市には仮設風呂を3台設置している。また自らパプアニューギニアに行き、小学校を建設するなどの社会奉仕活動を行っている。

2011年(平成23年)8月9日に私財を基金として高須克弥記念財団を設立。東日本大震災の義援活動や高須クリニック赤坂院において被災された方の治療を1年間無料で行うなど社会貢献活動を行っている。

韓国で美貌への執着から、自ら油などを注射し醜い顔になった「扇風機おばさん」ことハン・ヘギョンに対し、2012年(平成24年)1月より、昭和大学美容外科チームと協力しボランティアで再生プロジェクトを行っている。

2014年 番組スポンサー全社がCMを見合わせる事態となった日本テレビ系ドラマ「明日、ママがいない」の新スポンサーに名乗りをあげて話題となった。2月3日に建物明け渡しの強制執行を受けた名古屋の寄席・大須演芸場の支援に乗り出している。

仏教活動[編集]

仏教にも造詣が深く、2011年(平成23年)6月5日碧南市松江町の専興寺(真宗大谷派)で一般市民対象の法話の講師をするなどしている。2011年11月7日には得度式に参加し僧侶として登録され、出家した。

フリーメイソン[編集]

自身のツイッター上でフリーメイソンである事を明かしている[9]。また2013年5月12日京都でフリーメイソンの階級を昇進した[10][11]

ギネスへ挑戦[編集]

2011年(平成23年)8月2日、12時間でプレイしたホール数(カート使用可)の種目で、ギネスブックの世界新記録を打ち立てた。アマチュアゴルファーの石田弘二と共に、愛知県豊田市にある京和カントリー倶楽部にて、12時間で261ホールをプレイ。過去のギネス記録(Jason Casserly and Chris Woods(オーストラリア)が2009年の達成した189ホール)を大幅に更新した。

この模様は8月11日放送の「5時に夢中!」でも放送されたが、「出来るかなぁって不安に思ってたんだけど、意外と簡単に達成できちゃった。」と、VTRが流れる前に発言してしまい、さらに、ギネスをとったその日に、自身のブログでギネスを獲得したことと、西原理恵子とジョナサン・シガーの二人が高須の私物の高級車を賭けてゴルフを行い、高級車を獲得したことを綴ってしまった。

スポーツ[編集]

大学時代には空手アイスホッケーに没頭していた時期がある。特にアイスホッケーについては「経験者が少ないスポーツでなら、一番が狙えるのではないか」との考えから大学にアイスホッケー部を新設させ、自ら初代主将に就任したほど[12]。この縁からアイスホッケー女子日本代表(スマイルジャパン)のスポンサーに名乗りを上げたこともあるが[13]、「他のスポンサーに示しがつかない」として日本アイスホッケー連盟に断られたため[14][15]、連盟に助成金を贈る形に転換している[16]

韓国に対する発言[編集]

2014年韓国に関連するインタビューに対して、「朴槿恵大統領は日本との摩擦を作って国内を固めたい」、「極端なことを言っちゃえば、竹島くらい日本が制圧しちゃえばいいんだよ。」「戦争とまではいかないにしても、国交断絶くらいはありそうな雰囲気で、圧力をかけてもいい」「日本も『韓国からの輸入なんて必要ありません!』って開き直ればいいのに。」といった発言をしている[17]

千原ジュニア[編集]

ジュニアは2001年にバイク事故を起こし、顔面を強打するという大怪我を負った。ジュニアによると、事故で顔は「グッチャグチャ」だったそうで、その状態から今の顔にしてくれたのが高須クリニックの高須克弥院長だったという。ジュニアは「俺を作りあげたのは、最終的には高須院長なんです」と話すと、「オカンにあんなことを言われて、形成した部分。おとんにああいう風に言われて形成した部分。せいじを見習い、反面教師にしたり、色んな意見をもらって形成した部分。小学校の先生、中学の先生、色んな方によって作り上げられ、最終的、一番最後に手を加えて頂いたのは高須克弥院長なんですよ」と高須院長の尽力が大きかったことを明かした。[18]


TV出演[編集]

他、「11PM」や「2時のワイドショー」「ザ・ベストハウス123」にも複数回出演。 また映画「カンナさん大成功です!」で整形外科医役の吹き替えも担当した。

著書[編集]

など、一般向け著書だけで30冊以上を出版している。

所属学会[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「プロフィール」『ドクター・スタッフのご紹介-高須克弥院長 : 美容整形の高須クリニック(東京赤坂・横浜・名古屋・大阪)』高須クリニック。
  2. ^ a b c 「経歴」『ドクター・スタッフのご紹介-高須克弥院長 : 美容整形の高須クリニック(東京赤坂・横浜・名古屋・大阪)』高須クリニック。
  3. ^ 「資格」『ドクター・スタッフのご紹介-高須克弥院長 : 美容整形の高須クリニック(東京赤坂・横浜・名古屋・大阪)』高須クリニック。
  4. ^ 高須克弥「生で放送禁止用語」『生で放送禁止用語|高須克弥オフィシャルブログ「YES高須クリニック! 」Powered by Amebaサイバーエージェント2012年3月24日
  5. ^ 「西原理恵子がMX『5時に夢中!』クビ――高須クリニックが激怒、スポンサー降りた」『西原理恵子がMX「5時に夢中!」クビ 高須クリニックが激怒、スポンサー降りた (1/2) : J-CASTニュースジェイ・キャスト2012年3月24日
  6. ^ 高須克弥記念財団が毎日希望奨学金に寄付をしました。 - 高須克弥記念財団・2011年12月8日
  7. ^ 三栄書房 Racing On No.102
  8. ^ マンダリン・オリエンタル・マカオ・ニュース 第3号
  9. ^ katsuyatakasuのツイート (294104138961276930)
  10. ^ 高須克弥 (2013年5月12日). “高須 克弥さんの写真アルバム”. facebook. 2013年5月20日閲覧。
  11. ^ 西原理恵子 (2013年5月12日). “京都”. Ameba BLOG. 2013年5月20日閲覧。
  12. ^ 空手、アイスホッケー、山の診療所。毎日が新たな体験の日々だった。 - 高須克弥記念財団
  13. ^ 強化に1億円!太っ腹…イエス!!高須クリニック - スポーツニッポン・2013年2月13日
  14. ^ 女子アイスホッケーが高須氏の1億円小切手断ったワケ - 東京スポーツ・2013年3月30日
  15. ^ スマイルジャパン支援は「1億円寄付」から「個人献金」へ - 東京スポーツ・2013年6月22日
  16. ^ 高須克弥記念財団より助成金 - 日本アイスホッケー連盟・2013年6月19日
  17. ^ 高須院長 韓国にひと言「国交断絶で輸入なくなってもいい」- ポストセブン2014年1月4日
  18. ^ 千原Jr、高須院長の手術受けた

関連項目[編集]

外部リンク[編集]