高須克弥

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たかす かつや
高須 克弥
生誕 1945年1月22日(67歳)
愛知県
職業 美容外科医
配偶者 高須シヅ(医師)
子供 高須力弥(長男・医師)
高須久弥(次男・歯科医師)
高須幹弥(三男・医師)
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高須 克弥(たかす かつや、1945年昭和20年〉1月22日 - )は、日本美容外科医である。美容外科「高須クリニック」院長。昭和大学医学部形成外科学(美容外科学部門)客員教授。

目次

[編集] 人物

テレビなどのメディアを使って美容整形を一般に認知させた立役者であり、女流棋士林葉直子豊胸手術野村沙知代の若返り手術をマスコミに公開したことでも話題を集めた。テレビCMでも「Yes、高須クリニック」のキャッチフレーズを発しながら顔を出すことでも知られている。

人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。西原理恵子の漫画にしばしば登場しており、『毎日かあさん』でも「主治医」として登場するほか、TVアニメ版のメインスポンサーを務めている。TOKYO MXの夕方帯番組『5時に夢中!』では、親交の深い漫画家西原理恵子とともに番組出演を果たすことが多い。現在では同番組において、漫画家西原理恵子ファッションモデルジョナサン・シガーとともに、それぞれの頭文字を取って「TSJお稽古クラブ」と題したコーナーに毎週木曜日に出演を果たしている。しかし、TSJお稽古クラブでは、毎回奇妙な言動が目立ち、西原理恵子からは「何かを作らせると異常にヘタ」、ジョナサン・シガーからは「品格がゼロ」と言われている。また、高須は格闘技K-1リングドクターとしても活動した。

被災地の復興や世の中の平和を祈願し2011年(平成23年)11月7日京都東本願寺得度を受けた。

[編集] 経歴

愛知県一色町(現在の西尾市)に生まれる。生家は江戸時代から続く医師の家系であった。東海高校を経て、昭和大学医学部卒業。同大学院医学研究科博士課程修了し、1973年昭和48年)に医学博士を取得。大学院在学中からイタリアドイツなどに研修に行き、最新の美容外科技術を学び、その後「脂肪吸引手術」を日本に紹介した。当時は美容形成に対する根強い偏見が日本にはあり、バッシングと戦いながら美容形成の必要性を説き普及に努めるとともに、技術水準向上に尽力した。2011年平成23年)1月11日、昭和大学医学部形成外科学(美容外科学部門)客員教授に就任。

[編集] 自身の整形

「患者さんに施術する前に必ず自分自身の体を使って手術や薬剤の安全性を試す」のがポリシーであり、実年齢より若く見えるようにするため、自分の顔に二度施術を行った。皺取りの手術は顔の皮膚を部分的に切り取り、後方に引っ張って弛みを無くして固定するものであり、通常であれば全身麻酔で行う手術であるが、納得のいく仕上がりを目指す高須は担当医に指示を出すため部分麻酔で手術を行った。手術の様子をカメラマンに撮影させたものが、雑誌GONに掲載され反響を呼んだ。また世界12カ国以上の形成外科学会や美容外科学会で「私自身の若返り」・「高須の若返り」として講演されている。一方、その整形手術の結果について漫画家・西原理恵子からは、「高須先生の顔は世界最高水準の医療を使って数十億円かけたのに、浅香光代みたいになった」と評された。

[編集] 新しい美容技術の開発と普及活動

新しい美容技術の開発にも熱心で、現在下記の10件が日本で特許登録され、6件が商標登録されている。

  • 特開2007-330593 形成外科用手術糸及び皮膚の引張付与方法
  • 特開2006-320618 皮膚の引伸し用糸部材
  • 特開2002-028164 二重瞼形成用糸
  • 特開平07-000477 耳ツボ突刺針およびピアス
  • 特開平04-352968 コラーゲン採取装置
  • 特開平04-322658 脂肪吸引装置およびその器具
  • 特開平04-150847 わきが手術装置およびその手術用チップ
  • 特開平04-013700 コラーゲンの分離方法
  • 特開平03-287598 コラーゲンの分離方法
  • 特開平03-279399 コラーゲンの分離方法
  • 登録商標 第4687026号 ロシアンリフト
  • 登録商標 第4744926号 ゴールデンリフト
  • 登録商標 第4975514号 イタリアンリフト
  • 登録商標 第4826653号 リポレーザー
  • 登録商標 第5119333号 マンマリーヒアル
  • 登録商標 第4744927号 ゴールドリフト

また各国の美容関連学会で招待講演を依頼されたり、デモ手術を行っている[1]

[編集] 経済的成功

「年収は50億」とも言われ、またアメリカン・エクスプレスのセンチュリオンカード(通称ブラックカード)を所有している。一時、国内に札幌、仙台、横浜、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の8箇所のクリニック、マニラ、香港の提携クリニック、ハワイ高須クリニックなど多数の拠点を有した。現在は赤坂、横浜、名古屋、大阪の4拠点がある。

[編集] レース

過去には高須クリニックレーシングチームとして、自動車レースのスポンサーなどもしていた。

  • 1991年 ル・マン24時間レースでクラージュポルシェをスポンサード[2]
  • 1992年 スポンサーをしていたF3チームが、マカオグランプリで優勝。ドライバーは、リカルド・リデル。マシンは現在もマカオグランプリ博物館に展示されている[3]

[編集] 慈善活動

篤志家としても知られ、数々の寄付の善行に対し紺綬褒章が複数回授与されている。阪神淡路大震災のとき罹災者の治療を一年間完全無料で実施した。また東日本大震災においても西原理恵子とともに私財を車に詰め、宮城県石巻市等で救援活動を行った。宮城県東松島市には仮設風呂を3台設置している。また自らパプアニューギニアに行き、小学校を建設するなどの社会奉仕活動を行っている。

2011年(平成23年)8月9日に私財を基金として高須克弥記念財団を設立。東日本大震災の義援活動や高須クリニック赤坂院において被災された方の治療を1年間無料で行うなど社会貢献活動を行っている。

[編集] 仏教活動

仏教にも造詣が深く、2011年(平成23年)6月5日碧南市松江町専興寺で一般市民対象の法話の講師をするなどしている。2011年11月7日には得度式の参加し僧侶として登録され、出家した。

[編集] ギネスへ挑戦

2011年(平成23年)8月2日、12時間でプレイしたホール数(カート使用可)の種目で、ギネスブックの世界新記録を打ち立てた。アマチュアゴルファーの石田弘二と共に、愛知県豊田市にある京和カントリー倶楽部にて、12時間で261ホールをプレイ。過去のギネス記録(Jason Casserly and Chris Woods (オーストラリア) が2009年の達成した189ホール)を大幅に更新した。

この模様は8月11日放送の「5時に夢中!」でも放送されたが、「出来るかなぁって不安に思ってたんだけど、意外と簡単に達成できちゃった。」と、VTRが流れる前に発言してしまい、さらに、ギネスをとったその日に、自身のブログでギネスを獲得したことと、西原理恵子とジョナサン・シガーの二人が高須の私物の高級車を賭けてゴルフを行い、高級車を獲得したことを綴ってしまった。

[編集] TV出演

他、「11PM」や「2時のワイドショー」にも複数回出演。

[編集] 著書

など、一般向け著書だけで30冊以上を出版している。

[編集] 所属学会

[編集] 関連項目

[編集] 索引

  1. ^ その様子は西原理恵子の漫画でも度々紹介される他、医院のホームページ公開されている多数の動画で確認できる
  2. ^ 三栄書房 Racing On №102
  3. ^ マンダリン・オリエンタル・マカオ・ニュース 第3号

[編集] 外部リンク

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