西原理恵子

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西原 理恵子(さいばら りえこ、1964年11月1日 - )は日本漫画家高知県出身。ギャンブルや、旅行体験レポートなど、実体験に基づいた大人向けギャグ漫画作品が多い。カメラマン鴨志田穣(故人)との間に一男一女[1]

目次

[編集] 経歴

母の実家である漁師の家で長女として生まれる。兄弟は兄がひとり。3歳の時にアルコール依存症の実父と死に別れる。その後母は再婚を繰り返し、西原の作品を読む限り2人義父がいたようである(「毎日かあさん」のなかに「物心付く前だったので顔は覚えていないが、粉を練って菓子を作ってくれた養父」の描写があり、「恨ミシュラン下巻」には「小学校に上がる前に母親が再婚したときの養父」の描写がある)が、その双方に溺愛されて育つ。「それじゃあね」と西原に言い残し(「毎日かあさん」より)、義父はギャンブル依存症で西原の大学受験当日に自殺する。

私立土佐女子高等学校在学中に飲酒によって退学処分を受け、その処分を巡り学校側を訴える(本人曰く「おこづかいを前借りして訴訟に踏み切った(自分は)いけいけどんどん派」)。その訴訟の際に、取材に来たフリーライター保坂展人(現社民党衆院議員)と知り合う。

その後大検に合格、1年間立川美術予備校に通った後、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科に入学し1989年3月同校卒業(本人曰く「しょもない美大に無事受かってしまった」)。大学在学中から飲食店での皿洗いやミニスカパブでホステスアルバイトをしながら成人雑誌のカットを描いていたが、カットを目にした小学館の編集者八巻和弘にスカウトされ1988年『ちくろ幼稚園』(『週刊ヤングサンデー』)でデビュー。

以後はパチンコ雑誌、麻雀漫画誌、漫画週刊誌などに連載を持ち、『週刊朝日』連載のグルメレポ漫画『恨ミシュラン』で一躍人気を博す。ギャンブルマンガを描くには、ギャンブルを知らないといけないということで、ギャンブルに手を出してギャンブル依存症となり、デビューから10年で約5000万円を失う。西原曰く「私が負ければ負けるほど読者の受けがいい」

1996年に旅行体験レポ漫画『鳥頭紀行』で知り合ったフォトジャーナリスト鴨志田穣と結婚。2児をもうけるも、鴨志田のアルコール依存症や西原の多忙によるすれ違いなどが原因で2003年に離婚。ただその後も絶縁したわけではなく頻繁に会っており、西原のサポートの元、鴨志田はアルコール依存症を克服、『毎日かあさん』(毎日新聞紙上の連載)2006年8月掲載分にて復縁を匂わせ、婚姻届を出さない事実婚の形で同居を再開した。西原は、これら2人の過程を『毎日かあさん』の中に物語として組み込んでいたが、同居再開の時点で鴨志田は末期の腎臓がんであり、同居再開の半年後の2007年3月20日に逝去。葬儀では西原は元妻として喪主を務めた。現在、西原はテレビ番組などで夫と過ごした闘病生活に関してコメントしている。

1997年に『ぼくんち』で文藝春秋漫画賞を受賞する。同作品は観月ありさ主演で映画化されている。2005年に『毎日かあさん(カニ母編)』で文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞を、『毎日かあさん』『上京ものがたり』で手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

2007年3月の鴨志田の逝去から3ヶ月間活動を休止していたが、親友であるゲッツ板谷原作の映画『ワルボロ』の宣伝用イラスト制作を機に、『毎日かあさん』などの連載を再開している。

2007年5月9日放送の、フジテレビ系テレビ番組『ザ・ベストハウス123』の中で、「最も泣ける本」の第一位として「いけちゃんとぼく」が挙げられた。

2009年には「いけちゃんとぼく」、「女の子ものがたり」が実写映画化され、いずれもに「言わんでもええ意地悪な一言を言う親戚のおばはん」役で出演しており、本人いわく「山村美紗作品における山村紅葉的ポジションを得た」らしい。また4月より『毎日かあさん』がテレビアニメ化されている。

[編集] 作風

作風は、『まあじゃんほうろうき』『恨ミシュラン』『できるかな』などのエッセイ的な作品における西原自身の破天荒な生き方を綴った部分が「無頼派」と評される一方で、『ゆんぼくん』『ぼくんち』などで見せる叙情的な描写の二面性があるとされる。この「無頼」と「叙情」の絶妙のバランスを見せる作風である。

浜口乃理子倉田真由美など女流漫画家フォロワー(追随者)を生み出すが、いしかわじゅんは「女の無頼は西原理恵子一人で充分」と評している。これについては西原自身も同様に考えているようで、フォロワーであるにも関わらず敵意を示した倉田には「あなたが進んでいる道の先に、私はいない」という意味のアドバイスをしている。(ただし女流エッセイ漫画というジャンルは西原以前に成立しており、一概に西原だけの影響下にあるともいいきれない)

ちなみに『ぼくんち』の題名は人気漫画であったけらえいこの『あたしンち』から取られている。

『たぬきランド』『アジアパー伝』などの共著作品におけるもう片方の作者への徹底的ないじりも芸風の一つ。とはいえ、共著者、登場人物に対する愛情がにじみ出ていると見る人も多いが、辻仁成中山秀征といった苦手な人物を極端な表現でネタにすることも多い。

絵柄は作品にも左右されるが基本的に非常にラフで、特にギャグ・ドタバタ作品のときは描き殴ったような印象を受ける。自ら「ヘタ」「上達ではなく下達するタイプ」と称しており、実際に『人生一年生』内の企画で、西原と同様いわゆるヘタウマな作風に分類されるしりあがり寿とどちらがヘタか、様々な絵を書き比べたりしている。また、しりあがり寿に対しては、「文化人受けする漫画家」同士としてライバル意識があることを対談などで語っており、自らが「無頼派」ではあるものの華やかな受賞歴を持つ「文化人受けする無頼派」という安全な立場にあることを自覚している。

作品の性質上、西原と親交のある人物が実名で登場することも多く、またそれらの人物に仕事を斡旋することがあり、元夫の鴨志田穣や友人の金角(後に、ゲッツ板谷に改名)・銀角らがライターとしてデビューしたのも西原がきっかけであるとされている。

[編集] 評価

『毎日かあさん』アニメ化など2009年には「サイバラ・ブーム」が注目されている。過去のファミリーアニメと異なり、仕事を持つ母親・シングルマザーでありながら、一見理解不能な子供の行動を「そういうもの」と受け止める懐の深さが、セレブなどとは異なり駄目な側面をも含む母親像の理想として受け止められている。また『いけちゃんとぼく』にある「弱さを見せてもいい」というメッセージが男性にも支持されたと分析されている。作品が特定の出版社に偏っていない事も奏功し、作家25周年記念博覧会では複数の出版社が協賛に連名しているなど、評判の幅広さを物語っている。[1]

[編集] アシスタント

アシスタントは麓愛(ふもと あい)、通称「あいちゃん」。主にカラーを担当している。

[編集] 定番語録

複数の西原作品にまたがる定番・お約束的なフレーズおよび表現がいくつかある。

  • 「そらきた」  痛いところをつかれた時に使用される。漫画家であるにも関わらず画力に自信を持てず、事情を知らない人(息子や娘の友人、海外在住の日本人、など)に、「漫画家なんですよね? 漫画描いてみてください!」と言われたときなどにこのフレーズが出る。 
  • 「左脇えぐりこむように、打つべし、打つべし!」  あしたのジョーをネタに
  • 「商いは止まらない列車」
  • 「ゆう」「ゆった」  「言う」「言った」を必ずこう表現する。この件は共著の中で清水義範にも言及されている。
  • シンナー(吸引)の後遺症か?」  肝心なことを忘れてしまったり、一般常識を間違えて覚えていたときにこう言う。また、恐らくは冗談であろうが、「大学時代にはキャンパス内でシンナーを売りさばいて小遣い稼ぎをしていた」と何度か発言している。美術大学ではトリップ用ではなく実用としてシンナーを用いることがある。
  • 「真面目に解いてテストで0点取ったことがあるぞ、それも三択問題50問で」  小学校時代から、国語以外の勉強は全く意味がわからず、「授業中、いつも涙がびっと出た」。いわゆるヤンキー不良よりも成績が悪く、「全学年で2番目のバカ」ということで、視力が2.0にも関わらず常に教室の最前列に座らされた。特に高校時代の物理では、問題が50問教科書からそっくりそのまま出題され、全て三択であったにも関わらず、自分も含めクラスで0点獲得者が続出し、教師に「全部1にマル付けただけでも40点は取れるぞ! 全部答えて0点取る確率は何%だぁ!?」と呆れ罵られても、「それもさっぱりわからないわ」。また、この件に触れて女子高の物理教師ほど、やっててむなしい職業はないだろう」とも述べている。 (『アジア パー伝』『毎日かあさん』『おもしろくても理科』『いやでも楽しめる算数』『はじめてわかる国語』『人生1年生』などで繰り返し語られている)
  • 「(自分は)高校中退」  実際には大検を取得し大学を卒業しており、最終学歴は「高校中退」ではないのだが、自虐ネタとして度々こう述べている。「私は高校中退だから別によいが、かっちゃんキミは灘高出のワセダ卒……」(『鳥頭紀行』韓国編より)などとも言う。
  • 「武蔵野美術大学卒業」「新日を見るような優しい目で見てあげて」  自分の画力に自信がないことに対し、やはり自虐的にこう表現する。
  • 「内部進学のバカ」  慶應義塾高校から慶大に内部進学した人(同業者・編集者など)に対して常々こう罵っている。慶應高から慶大へは、医学部法学部などを除きほぼ自動的に内部進学が可能であり、「内部進学からバカ学部に進んだ奴には、(慶大でも)たまにとんでもないバカがいる」とも言っている。
  • 「高卒の方がまだマシの、名前出すだけで笑われる大学ってあるよな」  コンパ・カラオケなどに興じる大学生を非難してこう言う。
  • 「こいつは○○大学出なのに、どうしてこんなにバカなのか、サイバラには理解できない」  言い回しは多少異なるが、○○の中に名門大学の名を入れ、その卒業生を貶す。勝谷誠彦辺見庸早大)、新保信長・編集者花吉クン(東大)、穴吹史士京大)、神足裕司(慶大)などが主なターゲットである。逆に、「高卒のくせに」「やっぱり理美容(学校)卒だ」などと言うこともある。
  • 「白夜、竹は外道」  白夜書房竹書房を貶している。ただし「新装版 サイバラ式」「ゆんぼくん」など、両社から出版されている西原作品は多数存在する。またスターツ出版「白夜並(以下)」ということもあるが、同社からは「鳥頭紀行 ジャングル編」などが出版されている。
  • にさえ轢かれなければ(それでいい)」  子育ての極意をこのように語っている。自身の健康診断の結果が予想以上に良好だった際にも、「私は車にさえ轢かれなければ、100歳まで生きることが判明」と言っている。
  •  「さくらももこはそろそろ落っこちそうでないかい?」(『営業ものがたり』) 「でもおばさん、さくらももこより売れてるんだよ」(『人生1年生』)  初期からさくらももこを意識した発言・記述を作中で繰り返している(他にも『怒濤の虫』『できるかな』など)。生い立ちや作品の世界観は異なるが、ほぼ同世代(西原が1歳年上)であり、2人とも一般紙新聞連載を持っている、画風がいわゆるヘタウマである、など共通項が多い上に、作品のアニメ化がさくらが約20年早い、など、ライバル視する理由は十分とも思われる。西原は「毎日かあさん」アニメ化の際のインタビュー[1]でも、「私が広告代理店の人間でも、さくらももこと私だったら、さくらももこを取る(笑)」ちびまる子ちゃんみたいになってほしくない(笑い)、とか言いだすと、(アニメなんて)作れないでしょ?」と語っている。ただし、2009年現在さくらの方が西原について何かを語ったことはなく、2人の間に面識はないと思われる。

[編集] 自画像

作品内の自画像は度々変化している。初期の頃はおかっぱ頭に黄色のシャツと赤いスカート姿だったが、『まあじゃんほうろうき』では麻雀に負けると羽をむしられた鳥の姿に変身し、『鳥頭紀行ジャングル編』辺りからモンペを穿き手ぬぐいを首に巻いた土木作業員のような格好になり、『鳥頭紀行 くりくり編』にてミャンマーで出家して以降は坊主頭(髪は前髪の一房のみ)と修行衣姿になる(この姿は、本人によれば読者から「腐ったキューピー人形」と投書がくるほど不評だったらしい)。そして2児の母となった現在は、お団子頭を玉かんざしでまとめ割烹着にサンダル履きという「古き良き時代の庶民的おかん」というべき格好をしている(青島幸男扮する『意地悪ばあさん』の伊知割石と、ばってん荒川扮するお米ばあさんを、モデルにしているという)。髪の色は昔から一貫してオレンジ色であるが、西田考治との共作『むいむい』では黒い髪に赤いリボンを付けた腹話術人形を模した姿で描かれている。

また、2007年FXの情報サイトで特集で始まった体験日記「西原理恵子の太腕繁盛記FX」では、初期の頃の風貌の自画像に戻している。

[編集] 作品リスト

[編集] 無頼派(ギャンブル関係) 

  • まあじゃんほうろうき
  • パチンコにはちょっとひとこといわせてもらいたい
  • デカピンでポン!!(山崎一夫との共著)
  • どばくちさいゆうき(同)
  • サクサクさーくる(同)
  • カモネギ白書(同)
  • たぬきランド(1)-(3)(同)
  • たぬきランド・ネオ(同)
  • たぬきランド・ひふみ(同)
  • パチンコの王道(同)
  • 麻雀で食え(同)
  • 麻雀で食え!!おかわり(同)
  • たぬきの皮算用(同)
  • たぬきの皮算用2(同)
  • たぬきの明細票(同)
  • 高田馬場の三馬鹿物語(同)

[編集] 無頼派(体験記他)

[編集] 叙情派

[編集] 共著

[編集] その他

[編集] 関連項目

人物

[編集] 脚注

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  1. ^ a b “「サイバラ」メディア席巻”, 日経産業新聞: 4(, 2009年4月27日) 

[編集] 外部リンク