名駅
名駅(めいえき)は、名古屋市中村区と西区にある地名である。現行行政地名は中村区名駅一丁目 - 五丁目および西区名駅一丁目 - 三丁目(いずれも住居表示実施済み区域)。中村区と西区とで同じ町名は隣接している。他に中村区には名駅南一丁目 - 五丁目がある。
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[編集] 概要
公称地名としての「名駅」は名古屋駅の東一帯を指すが、駅の西側の椿町、太閤や則武、広小路通を挟んで南に位置する名駅南や北東に位置する那古野(なごの)、北西の牛島町といった町も名駅地区とされる場合もある。周辺は栄に次ぐ、名古屋の代表的ビジネス街及び繁華街である。近年、老朽化したビル等の再開発が盛んになっている。
「名駅」という町名は1977年10月に当地区で住居表示が実施された際に命名された。 かつては堀内町などの地名であった。
[編集] 歴史
国鉄名古屋駅は、1886年(明治19年)5月に設置された当初は、当時の名古屋市街の西端にあたる、現在の笹島交差点付近にあった。ここから、名古屋市街に向けて、1898年(明治31年)に、現在の名古屋鉄道の前身の一つである名古屋電気鉄道(名電)により、路面電車(後の名古屋市電)が開業すると、当地区は交通結節点として、発展を始めた。その後、1913年(大正2年)、名電の郊外向けのターミナルが、当地区の東端の柳橋駅に設置された。
昭和になって、1937年(昭和12年)名古屋駅が現在地に移転すると、桜通が整備されたほか、1940年(昭和15年)は関急名古屋駅(現在の近鉄名古屋駅)、1941年(昭和16年)は新名古屋駅(現在の名鉄名古屋駅)が相次いで開業し、名駅地区は交通の集積地として発展するようになった。
戦後には、名鉄百貨店、近鉄百貨店、松坂屋が出店し、1957年(昭和32年)には、名古屋で最初の地下鉄である東山線が栄町まで開業すると、商業地区としての大きな発展を見せたが、それでも、名駅地区は名古屋駅と名古屋市街への乗換えで通過する町という側面が強かった。
しかし、1999年(平成11年)、JR名古屋駅がオフィス、ホテルや商業施設から成る超高層ビル(JRセントラルタワーズ)に建て替えられ、高島屋が進出してくると、名駅にも人の流れが出来るようになった。2005年には中部国際空港が開港し、名鉄特急で空港まで30分以内で乗り換えなしで行ける立地に目を付けた企業が名駅にオフィスを構えるようになった。
また、JRセントラルタワーズの開業を皮切りに、ミッドランドスクエア、ルーセントタワー、スパイラルタワーズ、アクアタウン納屋橋や名古屋プライムセントラルタワーなどの超高層ビルの建設が相次ぎ、更に2013年以降にターミナルビル、名古屋中央郵便局名古屋駅前分室や大名古屋ビルヂングなどを超高層ビルとして建て替える計画が公表されるなど、国内屈指の超高層ビル街への変貌を遂げており、栄と並ぶ名古屋圏を代表するビジネス街としての拠点性が高まっている。
[編集] 地理
中村区の東と西区の南に、東西約1.1km、南北約1.1kmの町域を成し、東端の丸の内との町界沿いには堀川が流れる。
南北に町を貫く名駅通と江川線、東西を走る広小路通や錦通、桜通の大通りを軸に町が構成されており、これらの沿道にはビルが林立している。
また、日本初の地下街であるサンロードをはじめ、メイチカ、新名フード、ダイナード、ミヤコ地下街、テルミナ地下街、ユニモール、エスカ地下街など、駅の東側、西側ともに広大な地下街が複雑に広がっている。
[編集] 名古屋駅東
名古屋駅の東側の地区は名古屋市有数の繁華街となっている。
鉄道駅が集中する名駅通沿いには百貨店などの商業施設が集中し、人通りが多い。ここ近年の再開発も名駅通の沿線を中心に行われている。桜通や錦通沿いはオフィスビルなどが林立している。
また、名駅北東の那古野には円頓寺商店街があり、下町風情の残る地域となっている。
[編集] 名古屋駅西
名古屋駅の西側は、「駅西」または「駅裏」と呼ばれている。
駅西は、名古屋駅開業以後も、西側の中村地区の発展とは対照的に、市街地としての発展が遅れていた。
戦後には、闇市やバラックが立ち並び雑然としていたが、東海道新幹線の開通と機を同じくして、大規模な土地区画整理が行なわれた。しかし、その後は、ビジネスホテルや予備校、専門学校のほか、小さな商店や風俗店などが雑然と立ち並ぶ地区となった。
[編集] 外部リンク
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