フリーメイソン

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フリーメイソンリー
種類 友愛団体秘密結社非公開団体
目的 会員相互の特性と人格の向上をはかり、よき人々をさらに良くする
本部 各地域の各ロッジ
事実上の総本部イングランドグランド・ロッジ
イギリスの旗 イギリスイングランドの旗 イングランドロンドン
ウェブサイト 事実上の総本部(イングランドのグランド・ロッジ)
United Grand Lodge of England UGLE (英語)
会員同士の親睦を目的とした友愛団体であり秘密結社
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フリーメイソンのシンボルマークの一つ。定規コンパスは石工職人のギルドだったことの名残。 上向き三角形(コンパス)と下向き三角形(直角定規)の結合はダビデの星を形成し、男と女、陽と陰、天と地、精神と物質など世界の二元性の融和を表現している。中央の「G」は至高存在を意味し、(GOD)と幾何学(geometry)を意味する。フリーメイソンにおいて個々の建築道具は人間の美徳と対応し、直角定規は道徳、コンパスは真理、こては結束と友愛、槌は知識や知恵を象徴している。
フリーメイソンが用いるシンボルの一つ、プロビデンスの目
18世紀の備品。壁にプロビデンスの目。
エプロン、コルドン(たすき掛けの装飾品)、外衣など。
米国エドモンズのロッジ。
オーストラリアメルボルンアボッツフォードのロッジ内部。

フリーメイソン: Freemason)は、16世紀後半から17世紀初頭に、判然としない起源から起きた友愛結社。現在多様な形で全世界に存在し、その会員数は600万人に上り、うち15万人はスコットランドグランドロッジならびにアイルランド・グランドロッジの管区下に、25万人は英連邦グランドロッジに[1]、200万人は米国のグランドロッジに所属している[2]。「フリーメイソン」は厳密には各個人会員の事を指しており、団体名としては: Freemasonry(フリーメイソンリー)、: Franc-maçonnerie(フランマソヌリ)、: Massoneria(マッソネリア)、: Freimaurerei(フライマウレライ)、: Масонство(マソンストヴォ)である。以下、英語的な発音である「フリーメイソンリー」と記載する。なお本項目は「フリーメイソン」と表記しているが、日本グランド・ロッジは「フリーメイスン」と表記している[3]。こうした友愛組合は、管轄上、独立したグランドロッジもしくは一部が東方社(オリエント、大東社系)の形で組織され、それぞれが下部組織(下位のロッジ)から成る自身の管区を管轄している。これらの多様なグランドロッジは、それぞれが認め合い、あるいは拒否したりして、境界を形成する[4]。また、フリーメーソンリーの主要な支部には、関連した付属団体が存在するが、それらはそれぞれが独立した組織である。フリーメイソンリーは秘密結社[5]または「semi-secret」(半分秘密の)[6][7]団体と表現する場合があるが、いかなる団体であれ団体内部の秘密というものがあり、そうした視点においてフリーメイソンリーは広く知られた公開結社なのであるというフリーメイソンリー側の意見もある[8]

目次

沿革 [編集]

総説 [編集]

起源とフリーメイソンリーについては対外的な資料が少ないため、諸説存在する。レギウス・マニュスクリプトとして知られるある詩人は、およそ1390年頃と疑われる、としており、これは諸説あるメイソン起源説の中では、もっとも早くに上るものである。[9] 16世紀には、スコットランドにメイソンのロッジMasonic Lodge)が存在していた、とする証拠もある。[10] 例えば、スコットランドのキルウィーニングのロッジには、16世紀後半の記録があり、それは1599年にあった第二シュワー法に言及している。[11] イングランドにおいては、17世紀中盤にはロッジが存在していたことを示す明白な書証がある。[12] 最初のグランドロッジである英国グランドロッジ(GLE、グランドロッジ・オブ・イングランド)は1717年6月24日に設立され、この日に、4つの既存のロンドンのロッジが合同で晩餐をしている。 こうして統括機関は素早く拡張され、殆どの英国のロッジが結合した。 しかし、少数のロッジは、GLEが企図した例えば第三位階の創設のような幾つかの近代化に憤然として、1751年7月17日にこれに対抗したグランドロッジを形成し、彼らはそれを古代英国グランドロッジと称した。[13] この「近代」(GLE)と「古代」の二つのグランドロッジは、1813年9月25日に英連邦グランドロッジ(UGLE)に統合されるまで、互いに覇を競った。 アイルランド・グランドロッジとスコットランド・グランドロッジは、それぞれ1725年1736年に形成された。 フリーメイソンリーは、1730年代までには古代、近代共に北米の英植民地に進出し[14]、多様な州グランドロッジを組織した。 独立戦争後、米国のグランドロッジは独立し、それぞれの州に根を下ろした。 何人かは、ジョージ・ワシントンを初代グランドマスター英語版として、これらを股にかけた合衆国グランドロッジの組織を構想したが、多くのグランドロッジが統合によって、自分達の権威が低下するのを望まなかったため、このアイディアは短命に終わった。[15]

古代であれ近代であれ、ロッジを運営するにあたって行なっているメイソンリーとしての活動内容に差はなかったのだが、こうした部門はF.& A.M.(Free and Accepted Masons)だったり、A.F.& A.M.(Antient Free and Accepted Masons)だったりと、そのネーミングに名残を見出し得た。

ヨーロッパの最も古い管区であるフランス大東社(GOdF)は、1733年に設立された。 しかしながら、大東社は至高の存在(メイソンでは、複数の宗教の会員がいることから各員が神と信じるものを最大公約数をとってこう表現する)への尊崇義務を会員規定から撤廃し、英語圏メイソンとの確執を引き起こし、両社は1877年頃、公式の関係を断絶した[16]。 こうした中で、グランドロッジ・ナショナーレ・フランセーズ(GLNF)が、一般に英連邦メイソンとの友好関係を保ち、世界と調和した唯一のグランドロッジとなった。 こうした経緯故に、しばしばフリーメイソンリーは相互に親善関係にない二つの系統から構成されるといわれている。

  • 英連邦メーソンとそれに連なる管区(グランドロッジと呼ばれる)の伝統、そして
  • 欧州大陸系の大東社とそれに連なる管区の伝統(グランドオリエントと呼ばれる)である。

ラテン系の地域においては、一説によると大東社系スタイルの大陸型メイソンが優勢を占めていたとされるが、英連邦メイソンと友好関係にあるグランドロッジも存在し、それは英メイソンと友愛関係を仲良く分かち合っている。 世界の他の地域においては、マイナーなバリエーションも存在するが、フリーメイソンリーの大部分は、英連邦メイソンのスタイルに近似の傾向にある。

通説 [編集]

1789年のフランス人権宣言。絵の上部に三角形プロビデンスの目が描かれている。
仏国メイソンリーから米国メイソンリーに贈られたニューヨーク湾リバティ島の自由の女神像。

石工組合としての実務的メーソンリーが前身として中世に存在した、とする説もある。こうした職人団体としてのフリーメイソンリーは近代になって衰えたが、イギリスでは建築に関係のない貴族紳士知識人がフリーメイソンリーに加入し始めた(思索的メイソンリー。「思弁的-」とも)。それと共に、フリーメイソンリーは職人団体から、友愛団体に変貌したとするのである。

または、実務的メイソンリーとの直接の関係はなく、その組織を参考に、貴族たちが別個に作ったのが、思索的メイソンリーであるともいう。中世ヨーロッパでは、建築はあらゆる分野の技術に精通する必要がある「王者の技術」とされ、建築学や職人の社会的地位は高かった。また、技術の伝承についても厳しい掟が設けられた。その神秘性から、実務的メイソンリーが貴族などに注目され、薔薇十字団の正体ではないかと期待する者もあった。もっとも、これについては実務的メイソンリーはあくまでも石工団体であり、期待は裏切られた結果に終わったようである。

石工団体を元にした名残りとして、石工の道具であった直角定規コンパスSquare and Compasses)がシンボルマークとして描かれ、内部の階位制度には「徒弟(Entered Apprentice)、職人(Fellow Craft)、親方棟梁とも訳す。Master Mason)」の呼称が残っており、集会においては、元は石工の作業着であるエプロンを着用する。なお、ピラミッドに目の「プロビデンスの目」をシンボルとするのはフリーメイソンだけではなく、かつて啓蒙思想の者が好んで使用し、ヨーロッパで流行したシンボルであった。

友愛団体に変貌したフリーメイソンリーは、イギリスから、商業や文化のネットワークを介して、ヨーロッパ諸国、ロシアアメリカ大陸、さらには西欧諸国従属下にあるアフリカやアジアの植民地にまで広まった[17]。民間人を対象とする国際的な互助組織がない時代だったので、会員であれば相互に助け合うというフリーメイソンリーは、困難を抱えた人間にとって非常にありがたかった。ウィーンのロッジに加入していたモーツァルトは、同じロッジのフリーメイソンに借金の無心をした記録が残っている。 フリーメイソンリーが広まった時期は、絶対王政から啓蒙君主、市民革命へと政治的な激動が続く時代でもあり、特定の宗教を持たずに理性や自由博愛の思想を掲げるヨーロッパ系フリーメイソンリーは、特定の宗教を否定することから、自由思想としてカトリック教会などの宗教権力からは敵視された。とりわけフランス革命の当事者たちの多くがフリーメイソンであったため、しばしば旧体制側から体制を転覆するための陰謀組織とみなされた。ナチス・ドイツの時代にはマルクス主義自由主義とともに民族の統一を阻む抹殺されるべき教説[18]として扱われ、弾圧を受けた。独立戦争にかかわった多くの会員がいたアメリカにおいても白眼視される傾向があった。ちなみにニューヨークの自由の女神像はフランス系フリーメイソンリーとアメリカ系フリーメイソンリーの間に交わされた贈り物という側面もあり、台座の銘板にはその経緯とメイソンリーの定規・コンパス・Gの紋章がきざまれている[19]

フリーメイソンリーの入会儀式は秘密とされたが、そのために、かえってさまざまな好奇心をかきたてた。トルストイの『戦争と平和』では1810年代のロシアのフリーメイソンの会合が描写されている。またモーツァルトの『魔笛』にフリーメイソンリーの入会儀式の影響を指摘する意見もある。

宗教団体とフリーメイソンリーの関係 [編集]

カトリックとの対立関係は長く、1738年に時のローマ教皇クレメンス12世がフリーメイソンの破門を教書で宣告した(ただし、直接対立したのは前述のフランス大東社系が中心)。もっとも、カトリックの影響力低下もあり、もとよりイギリスなどプロテスタント(あるいはイギリス国教会)諸国では破門の影響はほとんどなかった。一方カトリックの少なくないフランスでは、両者の対立はカトリックによる一方的な圧力に留まらず、逆に政教分離を主張したフリーメイソンリーなどの影響で、公立学校から聖職者が追放される事態も起こった。1983年に破門は一応解除されたが、カトリックは公的にフリーメイソンを危険視する姿勢を崩していない。しかし、カトリック信徒でフリーメイソンリーに入会する者は少なくないという。

フリーメイソンに関する歴史やテンプル騎士団との関係については、M.ベイジェント、R.リー『テンプル騎士団とフリーメーソン』(林和彦訳、三交社刊)に詳説されている。

元フリーメイソンであった創始者による新宗教も多く、モルモン教の創始者ジョセフ・スミスならびに二代目大管長ブリガム・ヤング(加入はブリガム・ヤングが先)、エホバの証人ものみの塔聖書冊子協会)の創始者チャールズ・テイズ・ラッセルクリスチャンサイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディらがいる。

社会奉仕団体とフリーメイソンリーの関係 [編集]

概要 [編集]

ロータリークラブ創設者P・P・ハリス。フリーメイソンである。
ライオンズクラブ創設者メルビン・ジョーンズの彫像。メルビン・ジョーンズはフリーメイソンである。

日本グランドロッジのグランドセクレタリー[20]であり2002年にグランドマスターを務めた[21][22]フィリップ・A・アンブローズによるとボーイスカウトロータリークラブライオンズクラブなどはフリーメイソンリーからの派生であるという[23]。フリーメイソンに関する書籍を著している皆神龍太郎(『トンデモフリーメイソン伝説の真相』『検証 陰謀論はどこまで真実か』等)によると、「フリーメイソンは何をしているのか」という問いはロータリークラブやライオンズクラブが何をしているのかという問いと同様であり、ボーイスカウトを思い浮かべてもよく、ボランティア活動も一生懸命で、フリーメイソンはロッジ内で商売や政治の話はできないので陰謀を巡らせるような組織でもないそうである[24]

ロータリークラブの創始者であるポール・P・ハリスはフリーメイソンであったが、社会奉仕と慈善活動に専念する公開結社として、ロータリークラブを設立したといわれている。愛知県江南市のロータリークラブの話では、フリーメイソンリーからロータリークラブになった経緯としては、ポール・ハリスはフリーメイソンリーのように閉鎖的な秘密結社より開かれた組織を求めたのであろうということであり、ロータリークラブ側(RIA)は組織としてのフリーメイソンリーとの関わりは否定しているということである[25]。フリーメイソンの高須克弥(高須クリニック院長)の話ではフリーメイソンリーがロータリークラブと同様の組織であるかというと、全く違うようである[26]

ライオンズクラブでは、ライオンズクラブ国際協会の創設者メルビン・ジョーンズ[27]はフリーメイソンである[28]

ボーイスカウト [編集]

初期ボーイスカウトの指導者たち。中央: ロバート・ベーデン=パウエル(メイソンではない)、左: アーネスト・トンプソン・シートンコネチカットグランドロッジではメイソン特有の「ブラザー」ではなく「Mr.」になっている[29])、右: ダニエル・カーター・ビアード(メイソンである)。
ボーイスカウトの創設者ロバート・ベーデン=パウエル [編集]

ボーイスカウトとフリーメイソンリーの関係において、ボーイスカウト創設者の英国陸軍少将ロバート・ベーデン=パウエルは妻オレブによるとフリーメイソンではなく、ロバート・ベーデン=パウエルの弟デビッドはフリーメイソンであった[30]。ボーイスカウトたちによって作られたロバート・ベーデン=パウエルにちなんだフリーメイソンリーのロッジもある[30]

米国ボーイスカウト設立発起人ウィリアム・ディクソン・ボイス(メイソンである)。英国ボーイスカウト少年がウィリアム・ディクソン・ボイスに実践した善行により米国ボーイスカウトは設立された。
アメリカ合衆国のボーイスカウト [編集]
設立の由来

1907年に英国で発足したボーイスカウトが米国に設立されたのは1910年である。アメリカのボーイスカウトBSA)設立は英国のあるボーイスカウト少年の善行に由来する[31]。BSA設立発起人(incorporator)となる米国人ウィリアム・ディクソン・ボイス1909年に英国ロンドンに滞在中、濃霧で道に迷ってしまい、ある少年がボイスを助けた[32][33]。その少年はボーイスカウトであり、ボイスがお礼のチップを用意しても、少年は人に親切にすることはスカウトの義務であると説明しチップを受け取らなかった[32][33]。少年に感激したボイスは、ロバート・ベーデン=パウエルに会い米国にボーイスカウトを設立することを提案し、アーネスト・トンプソン・シートンダニエル・カーター・ビアード(ダンおじさん)、ジェームス・E・ウェストの3人の協力のもと、1910年2月8日にBSAを設立した[33][34]。ロバート・ベーデン=パウエルと彼ら4人の設立者のうち(BSA設立前または設立後に)フリーメイソンであったことが確認されているのはウィリアム・ディクソン・ボイス[29][35]、ダニエル・カーター・ビアード[29][36][37]、ジェームス・E・ウェスト[29]の3人である。BSAの設立発起人となったボイスの他3人は設立時の役員に就任した。またダニエル・カーター・ビアードが組織していたSons of Daniel Boone(後にBoy Pioneers of America)は、BSAが設立されるとBSAに合併した[32][37]。ボイスが1915年に設立したLone Scouts of America1924年にBSAに合併した[32]

ダニエル・カーター・ビアード

ボーイスカウトにより「ダンおじさん」(Uncle Dan)として親しまれるダニエル・カーター・ビアードはフリーメイソンリーとボーイスカウトとの関係を最初に築いたフリーメイソンであるという[38][39][40][41]。またBSAへの貢献によりメソニック・ロッジの会員にメダルが贈られる「ダニエル・カーター・ビアード・メソニック・スカウター・アワード」があり、これはフリーメイソンリーによる栄誉としてBSAの承認を得て創設された賞である[38]

ホワイトハウスオーバルオフィスにてボーイスカウトから敬礼を受けるフリーメイソンのハリー・トルーマン大統領。BSA設立時における大統領の役割としてはウィリアム・タフト(メイソン)が現職大統領、セオドア・ルーズベルト(メイソン)が前大統領としてBSA役員に就任した。
BSA初期役員等

BSA設立発起人ウィリアム・ディクソン・ボイスの他、BSA設立時の14人の役員[32]のうち(BSA設立前または設立後に)フリーメイソンであったことが確認されているのは、名誉会長のウィリアム・タフト[42][43]、名誉副会長兼チーフスカウト市民のセオドア・ルーズベルト[43][44][45]、副会長のミルトン・A・マクレー[46]、同じく副会長のベンジャミン・L・デュラニー(Benjamin L. Dulaney、1857年生)[47]、ナショナルスカウトコミッショナーのダニエル・カーター・ビアード(ダンおじさん)、チーフスカウトエグゼクティブのジェームス・E・ウェストなど。その他、チャールズ・イーストマングリフィス・オグデン・エリスらフリーメイソンと確認されている人物[37][48]が設立に関与した。

日本のボーイスカウト [編集]

第二次世界大戦後の日本においてボーイスカウトは日本のフリーメイソンリー復興に大きな役割を果たし、またフリーメイソンリー側では米国のメイソンたちが日本のボーイスカウトを支援する約束をした[49]1947年連合国軍占領下の日本におけるボーイスカウト活動再開を許可した連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーはフリーメイソンであった[49]。戦後のボーイスカウト復興に取り組んだボーイスカウトの幹部村山有三島通陽は後にフリーメイソンリーに入会した[49]

日本のフリーメイソンリー [編集]

江戸時代のロッジ設立 [編集]

日本に黒船で来航したフリーメイソンのマシュー・ペリー[47]

フリーメイソンが最初に日本に訪れたのは江戸幕府による鎖国政策の時代であり、1779年長崎港出島オランダ商館商館長として駐在したオランダ東インド会社イサーク・ティチングが初訪日のフリーメイソンであると考えられている[50]。ティチングがフリーメイソンリーに入会したのは1772年オランダ領東インドバタヴィアインドネシアジャカルタ)でのことである[50]。日本国内にメイソンリーのロッジ設立が始まったのはそれよりさらに後になってからである。

江戸末期の1853年開国開港)を日本に迫ったマシュー・ペリーはメイソンであった[51]。ペリーは1819年ニューヨークのホーランド・ロッジでメイソンリーに加入した[52]。ペリーを日本に遣わせたミラード・フィルモア米大統領は、フリーメイソンの集まりに参加した記録はあるが[47]、フリーメイソンではない[53][54]

1860年2月26日安政7年2月5日)、横浜攘夷派によってオランダ人船長W・デ・フォスと、商人N・デッケルが暗殺された(オランダ人船長殺害事件)。外国人達は攘夷派への示威行動の意味もあり、できるだけ盛大に二人の葬儀を行おうとした。この時、殺された二人はフリーメイソンであると言われており、外国人のメイソン達は、儀式用の正装であるエプロン着用で葬儀に臨んだ。これが日本におけるフリーメイソンの最初の記録という(ただし、二人が会員であった証拠は見つかっていない)。二人は横浜の外国人墓地に埋葬され、その墓は現存している[55]

1864年元治元年)、イギリスは居留民保護のため英国第20(イースト・デヴォンシャー)歩兵連隊(後のランカシャー・フュージリアーズ)を香港から横浜に移動させた。同隊の軍隊ロッジ「スフィンクス」は、隊員のためのロッジであるが、在日イギリス人のためのロッジとしても機能し、また恒久的な民間ロッジ設立のための手助けをした。1865年1月、スフィンクス・ロッジは横浜在住のフリーメイソンから家を借り、これをロッジとして日本初の集会を行った。スフィンクス・ロッジは1866年慶応2年)3月に離日したが、改めて民間ロッジとしてイングランド・グランド・ロッジの承認を受け、6月26日、「横浜ロッジ」が恒久的な民間ロッジとして設けられた。このロッジは度々移転しているものの現存しており、日本国内最古の現役ロッジといえる。続いて登場したのが1870年明治3年)発足のロッジ・兵庫・大阪(神戸)である。

トーマス・グラバー。

英国商人グラバーとフリーメイソンリー [編集]

土佐藩坂本龍馬海援隊へ武器を仲介したり薩摩藩士や長州五傑の世話をしたイギリス人武器商人トーマス・ブレーク・グラバーがフリーメイソンだったとする主張もあるが、彼がフリーメイソンだった証拠はない。しかし父のトーマス・ベリー・グラバーが沿岸警備隊の1等航海士だったこと(当時、海軍では出世するためにメイソンに入会することが必須だったと言われている)がグラバー=メイソン説が言われる一因になっている。また彼が12歳の時に移り住んだスコットランドアバディーンはメイソン最古のロッジである「アバディーン・ロッジ」がある場所でもある。また1869年に横浜にオテントウサマ・ロッジが設立されるが、名前の「オテントウサマ」はグラバーが所有していたオテントウサマ号という船から取ったものである。また長崎にロッジが設立されたのは1885年である。

日本政府による活動制限 [編集]

オランダのライデンで入会した西周。
西と同時期にメイソンに入会した津田真道。

日本人のフリーメイソンは、1864年、留学先のオランダで入会した西周津田真道が最初という[56]。しかし、第二次世界大戦以前の日本では、日本人の会員はほとんどいなかった。明治政府は結社の自由集会の自由を厳しく制限しており、1887年(明治20年)、事前届け出がなく、あるいは警察官の立ち会いのない集会を禁じる保安条例を発令した。直接的には自由民権運動弾圧するものであったが、同法は秘密結社を禁止しており、フリーメイソンリーにとっても保安条例が適用されれば、最低でも集会に警察官の立ち入りを要求されるのは明らかであった。この時期、不平等条約によって外国人は治外法権に置かれていたが、不平等条約が是正されれば、フリーメイソンリーに官憲の手が及ぶのは時間の問題と思われた。

そこで、フリーメイソンで、お雇い外国人として日本政府の通信技術顧問であったW・H・ストーンを代表として、日本政府と協議した。フリーメイソンリーは日本政府と対立する意志はなかったので、ストーンはフリーメイソンリーの非政治・非宗教性を説き、欧米各国で政府に承認・支持されていると強調した。その結果、フリーメイソンリーは保安条例の対象外とする代わり、日本人を入会させないこと、日本社会への接触・宣伝をしないという「紳士協定」を交わしたという。この協定は口頭によるもので、日本側の書類としては発見されていない。ただ、フリーメイソンリー側には、協定遵守を申し合わせた記録が残っているという[57]

日本人の母親を持つフリーメイソンのR・クーデンホーフ=カレルギー[58]。彼の国際汎ヨーロッパ連合はナチスに禁止され、ナチスを逃れる彼を助けた日本人が彼から渡された本は[59]鳩山一郎が「友愛」を提唱する契機となった[60]

保安条例の廃止後も、治安警察法によって結社は届出制内務大臣権限によりいつでも禁止可能)とされ、秘密結社の禁止は続いた。フリーメイソンリーは日本人への働きかけを自粛し、日本人から隔絶した存在であり続けた。戦前にフリーメイソンリーに入会した日本人は、海外のロッジでの入会者に限られていた。 しかし、そのために「外国人だけが入会するスパイ団体」「日本人はのけものにされ、入会はおろか見学さえもさせぬ反日・反国体的人種差別団体」という非難にさらされることになった。

昭和期、日独伊三国同盟が成立すると、ナチス・ドイツの影響でフリーメイソン陰謀論、ユダヤ陰謀論が広まった。既に大正時代、今井時郎樋口艶之助は、フリーメイソンリーの自由主義・民主主義的理念を共産主義の発生源と非難していた。昭和に入ると、陸軍中将四王天延孝は、ナチスの影響を否定しつつ、ユダヤ・フリーメイソン陰謀論を流布した。四王天は、『シオン賢者の議定書』という偽の文書を陰謀の物証とした。1943年毎日新聞社主催、情報局が後援をし、銀座の松屋で「米英を操る黒幕の正体をえぐり出し、国際謀略の思想に構えんとす」というキャッチコピーの下、「国際秘密力とフリーメーソンリー展」という催しが行われた。

1941年(昭和16年)、日本がアメリカに宣戦布告すると(太平洋戦争)、ロッジはことごとく憲兵・特別高等警察によって閉鎖に追い込まれ、書類・備品は全て押収された。

第二次世界大戦後のロッジ再建 [編集]

フリーメイソンのダグラス・マッカーサーと、旧友の吉田茂。吉田はフリーメイソンであると言われている[61]
R・クーデンホーフ=カレルギーの影響を受け「友愛」を提唱したマスターメイソン鳩山一郎。

1945年、日本の敗戦で第二次世界大戦が終わると、1946年よりロッジの再建が始まった。そして、1950年1月5日佐藤尚武(外交官・政治家)、植原悦二郎(政治家)、三島通陽(作家・政治家)、高橋龍太郎(実業家・政治家)、芝均平(ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ編集局長)らが、初めての日本における日本人会員となった[62]。この時点で日本のロッジはフィリピン・グランド・ロッジの傘下にあり、フィリピンの対日感情は最悪だった。4月8日フィリピン代表のマウロ・バラディが来日し、「世界平和のために、日本人を兄弟として握手しようと決心し、過去の罪を許してメイソンとして迎えるべく決意した」と演説した。星島二郎はこれに応え、国会にフィリピンに対する謝罪決議を提出し、全会一致で可決させたという[63]。1950年は国会議員5人他、合計7人の日本人が入会した[23]

自身も会員であったダグラス・マッカーサーは、対日政策の一環として、皇族を皮切りに日本の指導者層を入会させ、最後は昭和天皇を入会させる腹づもりであったという(フリーメイソンリーは直接的な勧誘はしないことになっているので、それとなく興味を持たせるようにした)。フリーメイソンリーは、米国にとっては冷戦下の反共の砦としても期待されていた[64]。昭和天皇の入会は実現しなかったが、はるか後年の1995年にも、リチャード・クライプ元グランド・マスターが取材に「日本でも天皇陛下がメンバーだったら、偏見がなくなり、もっともっと簡単にメンバーを集めることができるでしょう。もし、天皇陛下に入っていただければ、私は名誉グランド・マスターにしてさしあげたい(笑)。」[65]と答えており、現在でも天皇の入会を期待しているものと思われる。

1951年に入会した鳩山一郎[66]、第1階級(エンタード・アプレンティス)を経て[49]1955年に第2階級(フェロークラフト)[49][67]、さらに第3階級(マスターメイソン)に昇級した[49][68]。彼のマスターメイソン昇級は1955年当時に報道されている[69]

フランス革命と同様に日本でもフリーメイソンの影響がみられる[要出典]日本国憲法第21条集会の自由結社の自由言論の自由とフリーメイソンの理想が並んでいる[25]。フランス革命の自由、平等、友愛(自由、平等、博愛)もフリーメイソンの理念である。

1957年には会員数が2500人を超え、独立したグランド・ロッジを構えるべきという気運が高まり、3月に東京グランド・ロッジを設立した。初代グランド・マスターは、ベネズエラ外交官カルロス・ロドリゲス=ヒメネスであった[70]。また、主に米軍基地内にフィリピン系ロッジ、黒人系ロッジが別途存在する。これらは日本Grand Lodgeとの直接的な関わりはなく、各ロッジは個別のGrand Lodgeに属している。

組織 [編集]

ロンドンのグレート・クイーン・ロードにある「フリーメイソンズ・ホール」。1933年に竣工し、イングランドのグランド・ロッジが入っている。また一般向けの博物館も併設している。

活動内容 [編集]

フリーメイソン日本グランド・ロッジの公式ホームページによれば、「会員相互の特性と人格の向上をはかり、よき人々をさらに良くしようとする団体」であるとされているが、具体的な活動内容は非公開である。対外的には学校設営や、慈善団体への資金援助などのチャリティ活動を行っており、日本では5月に子ども祭り、8月にバーベキューが催され、これには会員以外の一般人も参加可能であるという。

会員同士の親睦を深め合うことも活動の一環であり、集会後の食事会も正式な活動である。初期のロッジは、レストランパブ居酒屋宿泊施設が多かった。

特徴 [編集]

フリーメイソン特有の握手。フリーメイソンは口外してはいけない秘密の握手がある[71]。秘密の握手は種類がいくつかある[72]

フリーメイソンリーは、原則として国や州を単位とする、グランド・ロッジGrand Lodge(英語版))と呼ばれる本部があるものの、全体を統制する総本部はない。ただし、最初にグランド・ロッジの成立した、イングランドのグランド・ロッジによる認証が本流であるとする認識から、これを「正規派」「正統派」と称し、同グランド・ロッジが認証しないロッジは非正規な存在と見なされることが多い。以下の「#会員数」「#入会条件」も、正規派とされるフリーメイソンリーの例である。

グランド・ロッジはプロビンシャル・グランド・ロッジ(Provincial Grand Lodge)やディストリクトグランドロッジ(District Grand Lodge)と呼ばれる県・地域支部、および直轄に管理されるロッジで構成され、県・地域支部はロッジと呼ばれる支部から構成される。ただし、活動規模の小さい国や地域では、グランドロッジは県・地域支部を置かず、ロッジを直接管理している場合もある。日本においては一般財団法人日本メイスン財団(公益法人制度改革に伴い、厚生労働省所管の公益法人であった財団法人「東京メソニック協会」から2012年4月1日改組)と任意団体「日本グランド・ロッジ」傘下のロッジ群の2形態で構成され、日本メイスン財団所有の建物に日本グランド・ロッジが入居し、各ロッジの福祉関連事業は財団の事業予算で支援されている。また、イングランド系、スコットランド系、フィリピン系、アメリカマサチューセッツ州の系統、アメリカ・ワシントン州のプリンス・ホール系(黒人系)ロッジが日本グランド・ロッジとは別系統で存在する。それらの殆どは在日米軍基地内にある軍事ロッジ(軍人により設営されるロッジ)である。

ロッジは他のロッジから認証されることで、フリーメイソンのネットワークに加入できる。あるロッジの振る舞いがフリーメイソンリーとして不適切であった場合、他のロッジはそのロッジへの認証を取り消すことで排除する。正式名称が Free and Accepted(承認された) Masons であるのはそのためである。

会員は"Brother"(兄弟)と互いに呼びあう。会員は秘密の符牒(ふちょう)や握手法で「兄弟」かどうかを見分け、「兄弟」はいざという時は助け合うことになっている。欧米には有力者の会員も多いため、さまざまな場面で有利に働くことがあるという(人脈が出来る)。ただし、ロッジには外の問題を持ち込まない決まりになっているとされる。また、符牒や握手法は秘密の建前ながら、現実には暴露本などで有名になりすぎたため、欧米ではむやみに使いたがる非会員も少なからず存在する。そのため、実際に会員を見分ける必要がある時は会員証を提示させるか、それができない状況ならば、さらに込み入った質問(test question、検分質問)を行っているという[73]

また、ヨーロッパのフリーメイソンには準会員に相当する存在として、"serving brother"(奉仕する兄弟)が設けられている。これは、初期にレストランなどを利用してロッジの会合を開いていたことに端を発する。店主や給仕などにも守秘義務を課す必要があったため、必要最小限の参入儀礼を執り行い、準会員相当の資格を与えた上で、実務的な内容の誓約を取り交わすことにしたのである。専用のロッジが一般的になると、今度は門外門衛(門番)に有給で「奉仕する兄弟」を雇用する事例が増えた。門外門衛は職務上儀式に参加できないため不人気であり、会員のみでは人手不足になりがちだからである。また、貴族を会員に迎え入れた場合、その従者を徒弟か、あるいは「奉仕する兄弟」にしたり、軍事ロッジで雑務を行う下級兵士を「奉仕する兄弟」にした例もある。アメリカでは準会員の制度は無いが、施設の維持管理などは、信頼の置ける非会員を有給で雇う例が少なくない[74]

会員数 [編集]

会員数については上述したが、非公開的な結社である為、異説もあり、日本グランド・ロッジによれば、世界に上述の半数の約300万人とされている。また、2011年に『ウォール・ストリート・ジャーナル』が報じたところによると、2000年代半ばに200万人を切り、現在は140万人になっている[71]。『朝日新聞』に明らかにしたところによれば、日本での会員数は約2000人で、多くは在日米軍関係者。日本人は300人程度という[5]。その為海外からの日本グランド・ロッジに対する認識はいわゆる「軍事ロッジ(または「ミリタリー・ロッジ」)」であるという。日本人における会員第一号は、西周(にし あまね)。米軍関係者は国外への異動も多くその実数は変動する。また、日本国内には、フィリピン系ライジングサン、黒人系プリンスホール等のロッジ、及び会員も別途存在する為、正確な会員数は不明。日本のロッジでは英語と日本語、またはそのいずれか一方が使用されている[75]

入会条件 [編集]

1800年頃の入会儀式の一部。

入会資格として何らかの真摯(しんし)な信仰を要求しており、ユダヤ教キリスト教イスラム教(以上アブラハムの宗教)の信徒はもちろん、仏教[76]などであっても入会できる。無神論者は入会できない(例えば日本のあるロッジではそのようである[77]。しかしながらメキシコの大統領プルタルコ・エリアス・カリェスのように無神論者で共産主義者のフリーメイソン[47]もいるようである。#フランス大東社とフランスでの動向も参照。)。たとえ信仰する宗教があったとしても、社会的地位の確立していない宗教(例として新宗教各派)である場合は入会できない。ただし、特定の宗教を信仰していなくても、神(あるいはそれに類する創造者)の存在を信じるものであれば、入会資格はある[77]。これらの信仰を総称して、「至高の存在への尊崇と信仰」と呼ぶ。

マスターメイソンの子息のための"Loweton"の儀式。

そのほかの入会資格として、成年男子[77]、世間での評判が良く、高い道徳的品性の持ち主であり、健全な心に恵まれ、定職と一定の収入があり[77]、家族がいるならばきちんと養っていること[77](独身者も入会できる[78])、身体障害者でないことが求められる。ただし、二度の世界大戦で傷痍軍人が激増し、社会活動する身体障害者は珍しくなくなった。そのため、現在は身体障害者排除の規定は廃止されていないが、ロッジの裁量で入会を認めることができるようになっている[79]国立ロッジNo. 3の入会条件からも、各国・各ロッジごとに差異があることが伺われる[77]

ロッジ会員の投票で全会一致の承認を得た上で、さらに身辺調査を行い最終的に決定する。また、入会時には4万円から6万円程度の一時金が必要である。この他、年会費として6千円前後。アメリカでは、入会金450ドル、年会費300ドル[71]。そしていざ入会する際には儀式の暗記と宣誓の暗唱が求められる。そのため事前にコーチが付いてレクチャーも行われる(なお、昇級においても儀式の暗記と宣誓の暗唱が求められる)。入会を拒否された場合でも、一定期間を置いて再申請は可能。 儀式の中にはソロモン神殿の築家棟梁ヒラム・アビフの伝承等をメイソンの理念に絡めた演劇を行うものが存在する。

日本グランド・ロッジでは、月に1度無料説明会を行っている[80]。1970年代には会員数が5000人規模[23]に達したが、その後減り続け、2000人規模まで落ち込んだ。2006年、『ダ・ヴィンチ・コード』が映画化され、これを観た入会志望者が増加。無料説明会を開くようになった。しかし、2008年に広報担当の渡辺一弘北村安忠が朝日新聞の取材に応じた際の渡辺の説明によると、「人脈作りを期待したり、秘密結社という想像を膨らませたりして入って、期待と違うとやめていく人が多い」ということであった[5]

アメリカでは、会員数減少に歯止めを掛けるため、説明会の広告を出し、集団儀式を主催して数百人単位での新規入会を行うようになった。しかし、クリストファー・ホダップによると、「高齢団員による絶望的なグループ」、「請求書の支払いやまずい食事、誰がユニフォームにアイロンをかけるか、といったことに関する長時間の会議」などを目の当たりにして、新人の多くは2度と姿を見せなかった。ただし、こうした努力の結果、会員数減少に歯止めは掛かっているという[71]

また、メイソンの食事会・集会・ロッジにおける政治活動も禁じられており、宗教や政治問題を持ち込んではならないとしている(中立性を保つこと、差別の排除、全人類の兄弟愛の実現等のため)[77]

自分が会員であることを隠す必要はなく、会員であることを公言している人もいる。ただし、自分以外の会員について、その者が存命中に会員であることを公表することは禁じられている。入会勧誘は内規で禁じており、公募はしていない(実際には、前出のように無料説明会も開いているのだが、直接の勧誘はしない建前)。入会には2人の推薦者(保証人)が必要とされる。推薦者となる2人のフリーメイソンの友人・知人がいない者は、ロッジを訪問し、多くの会員たちと交流する中で推薦人を見つけることもできるようである[77]。入会の前に多数のメイソンリー会員と知り合うことは重要なことのようである[81]

外部の取材については、かつては厳しく制限していたが、近年は「フリーメイソンズ・ホール」に「The Library and Museum of Freemasonry」を併設して、蔵書を閲覧できるようにしたり所蔵品を紹介するツアーを実施している。また定期的にグランドマスターの就任式を公開したり、テレビカメラの前で会員が儀式劇を再現するなど少しずつ情報公開に方向転換している[65][71]。ちなみに、日本グランド・ロッジの儀式見学を許された初めての取材者は赤間剛である[82]。これはあくまで外部取材についての話で、ジャーナリストの会員はこれ以前から少なからず存在する。

女性は入会することができないが、外郭団体として第3階級マスター・メイソン(親方。#階級参照)の妻、母、姉妹だけが入会できるイースタン・スター(東方の星の結社)(The International Order of Easten Star)が存在する。こうした外郭団体は、女性を対象とするものでも会員(もちろん男性)がお目付役兼サポーターとして付けられている[83]。また、一部のロッジでは、女性のフリーメイソンリー会員を認めているところもあるが、多くのロッジでは伝統などを理由にこれを認めておらず、排除している。ちなみに女性会員の場合でも呼び方は「シスター」ではなく「ブラザー」である。

子供から入会できる外郭団体としては、男子はディモレー結社(デモレー)、女子は国際ヨブの娘たち少女のための虹の国際結社(虹の少女たち)などがあり、ボーイスカウトガールスカウトに類似する活動を行っている。ディモレー結社や虹の少女たちは、親が非会員でも入会できる[84]

日本のロッジ [編集]

東京タワー手前左下にある屋上が緑色の地上12階建ての建物はメソニック38MTビル、その手前にある同じく地上12階建ての建物がメソニック39MTビル。日本グランドロッジ、他4つのロッジ、またさらに日本メイスン財団(旧・東京メソニック協会)の住所となっている[85][86][87]低層の東京メソニックビルディング(東京メソニックセンター)はメソニック38MTビルとメソニック39MTビル左の街路樹の所にある。

現在、日本グランド・ロッジがある「東京メソニックビル」(masonic=メイソンの)は、戦前は日本海軍のOB団体である水交社の本部ビルであった。しかし終戦後のGHQの解散命令により水交社は解散し、本部は空きビルとなり、その空きビルを米軍関係者がサロンとして使用し始めた。そこからフリーメイソンのロッジとして使用されるようになり、会員であるマッカーサーの尽力などにより、このビルに日本グランド・ロッジが創設された。後に復活した水交社から返還を要求する訴訟が起こされたが和解が成立し現在に至っている。現在は建て替えられたが、一室には水交社の応接室が再現されている。ちなみにこのビルは東京タワーの側にあることでも有名であり、それにまつわる陰謀論も存在する。また、東京メソニック協会はこの周辺にいくつかのビルを所有している。日本グランドロッジは世間において時として「フリーメイソン日本支部」「フリーメイソン日本本部」等の表現が用いられている。

メソニック38MTビル(1981年竣工)とメソニック39MTビル(1983年竣工)は森トラストのオフィス物件であり[88][89]、日本メイスン財団のウェブサイトにメソニックMTビルが沿革として紹介されている[90]。メソニック38MTビルにはかつてイトーヨーカ堂グループ本社や富士通エフサスが入っていた。メソニック39MTビルにはウォルト・ディズニー・テレビジョン・インターナショナル・ジャパンが入り、ビル下層階の窓に「Disney channel」のロゴやミッキーマウスが描かれている(ウォルト・ディズニーデモレーインターナショナル DeMolay International のメンバーであったもののメイソンではなかったようである[91])。

日本グランドロッジ管轄のロッジ一覧 [編集]

2013年現在の現行のロッジの一覧。

例えば京都では新たなロッジ「京都御門ロッジNo.23」(Kyoto Mikado Lodge No.23)が開設される以前には、京都市東山区夷町(えびすちょう)三条通沿道に日本グランドロッジ管轄の「京都メソニック・ロッジNo. 5」(Kyoto Masonic Lodge No.5)がある[92][93][94]。京都メソニック・ロッジNo.5は2011年の日本グランドロッジ管轄ロッジのリストから除外されている[95]

日本グランドロッジ管轄のロッジ一覧[96][95]
場所 名称 ロッジNo. (#) ウェブサイト
青森県三沢市 青森ロッジ
Aomori Lodge
10 http://aomori10-freemasons.org (旧サイトのアーカイブ)
東京都港区 日本グランド・ロッジ
Grand Lodge of Japan
http://www.grandlodgeofjapan.org
東京都港区 東京メソニック・ロッジ
Tokyo Masonic Lodge
2
東京都港区 東京友愛ロッジ
Tokyo Yuai Lodge
11
東京都港区 デモレーランド・ロッジ
DeMolay-Land Lodge
22
東京都港区 日本リサーチ・ロッジ
Research Lodge of Japan
東京都国立市 スクエア・アンド・コンパス・ロッジ
Square and Compass Lodge
3 http://number-3.net/jp/index.html
東京都福生市 国際ロッジ
Kokusai Lodge
15 http://www.kokusailodge.yolasite.com
神奈川県横浜市 ファーイースト・ロッジ
Far East Lodge
1 http://www2.gol.com/users/lodge1/index-j.html
神奈川県横須賀市 横須賀ロッジ
Yokosuka Lodge
20 http://www.yokosukalodge20.com
神奈川県相模原市 相模原メソニック・ロッジ
Sagamihara Masonic Lodge
13
愛知県名古屋市 鳥居メソニック・ロッジ
Torii Masonic Lodge
6
京都府 京都御門ロッジ
Kyoto Mikado Lodge
23
山口県岩国市 錦帯ロッジ
Kintai Lodge
16 http://iwakunimastermason.com
福岡県 卑弥呼ロッジ
Himiko Lodge
24
長崎県佐世保市 日本ロッジ
Nippon Lodge
9 http://nipponlodge9.synthasite.com
沖縄県中頭郡 帝国ロッジ
Teikoku Lodge
19 http://www.teikoku19.com

その他の管轄ロッジ一覧 [編集]

日本グランドロッジ以外のグランドロッジの管轄で2013年現在の現行のロッジの一覧。

その他の管轄ロッジ一覧[97]
管轄グランドロッジ 場所 名称 ロッジNo. (#) ウェブサイト
フィリピン 神奈川県キャンプ座間 ライジングサン・ロッジ
Rising Sun Lodge
151 http://www.risingsunlodge151.com/1.html
沖縄県中頭郡 沖縄ロッジ
Okinawa Lodge
118
イングランド 兵庫県神戸市 ライジングサン・ロッジ
Rising Sun Lodge
1401
スコットランド 神奈川県横浜市 ロッジ・スター・イン・ザ・イースト
Lodge Star in the East
640 http://www2.gol.com/users/lodge640
兵庫県神戸市 ロッジ兵庫アンド大阪
Lodge Hiogo and Osaka
498 http://www.skirret.com/kobe/hiogo
マサチューセッツ 東京都港区 シニム・ロッジ
Sinim Lodge
プリンスホールワシントン・ アンド・ジュリスディクション ディストリクトNo. 6[98]
Prince Hall Washington and Jurisdiction District No. 6
青森県三沢飛行場 オミサワ・ロッジ
O'Misawa Lodge
54 http://omisawa54.org
東京都横田飛行場 チェリーブラッサム・ロッジ
Cherry Blossom Lodge
42
神奈川県キャンプ座間 プライド・オブ・ジ・オリエント・ロッジ
Pride of the Orient Lodge
55 http://prideoftheorientlodge55.webs.com
神奈川県横須賀海軍施設 リベレーション・ロッジ
Revelation Lodge
97
神奈川県厚木海軍飛行場 トーション・ロッジ
Touchon Lodge
106
山口県岩国飛行場 ジェネシス・ロッジ
Genesis Lodge
89 http://genesislodge89.org
友達ロッジ(準備中)
Tomodachi Lodge

日本グランドロッジの歴代グランドマスター [編集]

日本グランドロッジの歴代グランドマスター(Past Grand Masters; PGM)の一覧。

  • 1957年: Carlos Rodriguez-Jimenez[22][99]カルロス・ロドリゲス=ヒメネス) - 1899年ベネズエラ生まれ。ベネズエラの外交官。
  • 1958年: Carlos Rodriguez-Jimenez[22][99](カルロス・ロドリゲス=ヒメネス)
  • 1959年: Horiuchi, Sadaichi[22][99](ホリウチ サダイチ)
  • 1960年: Togasaki, Kiyoshi[22][99](トガサキ キヨシ)
  • 1961年: Carl T. Nakamura[22][99](カール・T・ナカムラ)
  • 1962年: Nohea O. A. Peck[22][99](ノヘア・O・A・ペック)
  • 1963年: George B. Morgulis[22][99](ジョージ・B・モーギュリス)
  • 1964年: George H. Booth[22][99](ジョージ・H・ブース)
  • 1965年: Saburo L. Kitamura[22][99](サブロウ・L・キタムラ)
  • 1966年: Norman Cohen[22][99](ノーマン・コーエン)
  • 1967年: Matsumoto, Masaji[22][99](マツモト マサジ)
  • 1968年: Chester O. Neilsen[22][99](チェスター・O・ニールセン)
  • 1969年: Floyd J. Robertson[22][99](フロイド・J・ロバートソン)
  • 1970年: Yamada, Yoshio[22][99](ヤマダ ヨシオ)
  • 1971年: Floren L. Quick[22][99](フローレン・L・クイック)
  • 1972年: Frederick S. Kashiwagi[22][99](フレデリック・S・カシワギ)
  • 1973年: Charles P. Weatherman[22][99](チャールズ・P・ウェザーマン)
  • 1974年: Yamada, Tsune[22][99](ヤマダ ツネ)
  • 1975年: Leo N. Parlavecchio[22][99](レオ・N・パーラヴェッキオ)
  • 1976年: Nishiyama, Shigeru[22][99](ニシヤマ シゲル)
  • 1977年: Roy Baker[22][99](ロイ・ベイカー)
  • 1978年: Ronald E. Napier[22][99](ロナルド・ネピア)
  • 1979年: Howard M. Voss, Jr.[22][99](ハワード・M・ヴォスJr.)
  • 1980年: Kitamura, Yasutada[22][99](キタムラ ヤスタダ)
  • 1981年: Takano, Kiyoshi[22][99](タカノ キヨシ)
  • 1982年: Ohnishi, Hayao[22][99](オオニシ ハヤオ)
  • 1983年: James L. Johnston[22][99][100][101][102][103](ジェームズ・L・ジョンストン)
  • 1984年: Paul E. Newman[22][99](ポール・E・ニューマン)
  • 1985年: Carl L. Potts[22][99](カール・N・ポッツ)
  • 1986年: Chester L. Ditto[22][99](チェスター・L・ディット)
  • 1987年: Chester L. Ditto[22][99](チェスター・L・ディット)
  • 1988年: Fujino, Toshio[22][99](フジノ トシオ)
  • 1989年: Kobayashi, Hideo[22][99](コバヤシ ヒデオ)
  • 1990年: Washizu, Yoshio[22][99][104](ワシズ ヨシオ)
  • 1991年: Kobayashi, Hideo[22][99](コバヤシ ヒデオ)
  • 1992年: Richard A. Cripe, Jr.[22][99]リチャード・A・クライプJr.) - 別冊宝島233『陰謀がいっぱい!』(宝島社、1995年)の取材に応じた。
  • 1993年: R. David Pogue, Sr.[22][99](R・デイヴィッド・ポーグSr.)
  • 1994年: Allen L. Robinson[22][99](アレン・L・ロビンソン)
  • 1995年: Yamaya, Akira[22][99](ヤマヤ アキラ) - 山屋明は『日本のフリーメイスン』(あさま童風社、1996年4月)を著している。
  • 1996年: William D. Patterson[22][99](ウィリアム・D・パターソン)
  • 1997年: Iwahama, Kazutoshi[22][99](イワハマ カズトシ)
  • 1998年: William M. Heath[22][99](ウィリアム・M・ヒース)
  • 1999年: Frederic R. Collins[22][99](フレデリック・R・コリンズ)
  • 2000年: Watanabe, Kazuhiro[22][99](ワタナベ カズヒロ)
  • 2001年: Inae, Eiichi[22][99](イナエ エイイチ)
  • 2002年: Philip A. Ambrose[22][99]フィリップ・A・アンブローズ) - 2011年に朝日新聞による日本グランドロッジの取材に応じた[23]
  • 2003年: Jack C. Miller[22][99](ジャック・C・ミラー)
  • 2004年: Katagiri, Saburo[22][99][105](カタギリ サブロウ) - 片桐三郎は『入門 フリーメイスン全史――偏見と真実――』(アムアソシエイツ、2006年11月)を著している。
  • 2005年: Robert D. Target[22][99](ロバート・D・ターゲット)
  • 2006年: Ishii, Mitsuru[22][99](イシイ ミツル)
  • 2007年: Joedie J. Poole[22][99](ジョディ・J・ポール)
  • 2008年: Michael D. Setzer[22][99](マイケル・D・セッツァー)
  • 2009年: Robert H. Koole[22][99](ロバート・H・クール)
  • 2010年: Washikita, Akira[22](ワシキタ アキラ)
  • 2011年: Donald K. Smith[21][22](ドナルド・K・スミス)
  • 2012年: Mabuchi, Kazufumi[106](マブチ カズフミ)
  • 2013年: Shimokawa, Yoshiharu[107](シモカワ ヨシハル)

「非正規」なロッジについて [編集]

イングランドのロッジが認証していない「非正規」ロッジと、フリーメイソン以外の秘密結社の区別は、しばしばあいまいである。

フランス大東社とフランスでの動向 [編集]

双頭の鷲。「フランス大東社におけるスコティッシュ・ライトの最高評議会の第33階級と最終階級の最も偉大な監察官」の装飾品。
フランス共和国政府の公式ロゴ。フランス大東社はフランス共和国の原則として最大に具現化されている「自由、平等、友愛」(Liberté, Égalité, Fraternité)の原則を大切に守っている[108]

「非正規」派のグランド・ロッジとして有力なのは、フランスの「フランス大東社」(GODF)である。ただし、当初は英米系と相互承認関係にあった。同ロッジは従来のフランス・グランド・ロッジから独立した勢力を統合し、1773年10月22日発足した。仏大東社は、英米系のロッジと違い、組織として政治活動に加わる者も少なくなかった(フランス革命では、フリーメイソン思想のかかわりが指摘される反面、関係者が多数処刑されている。また、ロッジとしてはむしろアンシャン・レジームの立場で、革命は彼等の予想外の出来事だったとする研究もある[109]。従って、政治活動に加わっていても、組織だって革命に与したかどうかは議論がある)。

フランスでフリーメイソンリーが政治的影響を強めるのは19世紀後半、第三共和制期に入ってからである。政治活動を禁じた「正規派」と異なり、仏大東社は圧力団体としても機能した。

1877年9月13日、仏大東社は憲章を改訂して「至高の存在への尊崇と信仰」の義務規定を撤廃し、「良心の自由と人間性の確立」を新たな基本理念と定めた。これを基本理念の逸脱と見なした英系ロッジは、仏大東社の認証を取り消した。ただし、「正規派」メイソンの片桐三郎によれば、1867年、仏大東社がアメリカ・ルイジアナ州に設立したスコティッシュ・ライト評議会(上位階級授与のための組織、後述)が、同州のグランド・ロッジに管轄権を要求したため、米国系ロッジはこれを不服とするルイジアナ州のグランド・ロッジの要請に基づき、仏大東社の認証を取り消した事件があった。片桐によれば、英米系との対立はこの事件がきっかけであり、憲章改訂はだめ押しに過ぎなかったとしている[110]。その結果、仏大東社は「無神論者」のレッテルを貼られたが、これは信仰しない自由を認めたものであり、信仰そのものの否定ではない。さらに、その後共産主義者の入会も認め、Arthur GroussierFred Zellerなどグランドマスターになった者もいる。

また、フランスのロッジに女性会員(仏大東社自体は認めていない[111])やアフリカ系黒人系)会員を認めたことも、「正規派」による非難の理由とされた。すなわち、当時の「正規派」が人種差別思想を多分に持っていたことを意味する。

現在でも、フランスでは仏大東社系のフリーメイソンリーが最大勢力である[112]。政治的には、19世紀末から20世紀初めに、カトリックとの対立の所産でもある政教分離推進に強い影響力を持った。そのため、1904年にはフランスはローマ教皇庁との国交断絶に至った(現在は国交回復)。その後影響力を低下させたが、1936年の総選挙で人民戦線が勝利した背景にも、仏大東社の仲介があったという。戦後も、民族自決の立場からフランス植民地だったアルジェリア独立を支持するなど、仏大東社は政治的発言を行っている(特定の支持政党はないが、おおむね社会党に近いとされる)。

仏大東社は、ベルギー大東社などとCLIPSAS英語版を設立している。「正規派」に比べて少数ではあるが、欧州や中南米を中心に約8万人がこれに属しているという。なお、「大東社」を名乗っているロッジがすべて仏大東社系ではない。「正規派」で大東社を称するロッジも多いのである。

プリンス・ホール(黒人ロッジ) [編集]

フリーメイソンの正装を着たプリンス・ホール。

過去に「非正規」派として知られていたのが、アメリカの黒人メーソン、プリンス・ホール(Prince Hall)によるグランド・ロッジ、「アフリカ・ロッジ」である。1784年9月20日ボストンで設立された。こちらも1787年に一度イングランドのグランド・ロッジから承認を受けていた。しかし、活動が休眠状態となり、納付金滞納を理由に1813年に認証を取り消された。
1827年、活動を再開し納付金支払いを英グランド・ロッジに願い出たが、英側はこれを無視した。やむなく、同年6月28日、独自のグランド・ロッジ設立を宣言。仏大東社との大きな違いは、黒人によるロッジは、従来の英米系ロッジと全く変わることのない憲章を奉じていたことである。そのため、最初の納付金滞納はともかく、その後支払いを願い出ても相手にせず、英米系ロッジが黒人のグランド・ロッジを無視し続けたことは、英米系ロッジによる人種差別思想の表れといえた。

黒人によるロッジは独自に勢力を拡大し、米国とカナダを中心に、日本にもロッジを設けている。「正規派」が黒人によるロッジを再承認するようになったのは、1980年代も後半になってからである。1994年には、イングランド・グランド・ロッジとの相互承認を回復した[114]

フリーメイソンリーに対する批判 [編集]

反メイソンリー(あるいは反メーソンリーと呼ばれる者達)は、「フリーメイソンに対する対抗勢力(opposition to Freemasonry)」と定義されてきた。[117][118] しかしながら、こうした反メーソンの性向は必ずしも共通しているわけではない。反メイソンリーは、多様なメイソンに敵対的な集団による、幅広い様々な批判から成っており、多くの暴露や告発が、18世紀以来行われてきた。1826年以来起きた「モーガン批判」のような政治的な反駁は、一定期間にわたる反メーソン運動を生みだし、それは未だに使われることがある。[119]

宗教的見地での批判 [編集]

フリーメイソンリーは宗教に挑戦する信条を形成するとされることがあり、あるいはそれ自体が異端団体であり批判を招くこともある。[120]

キリスト教とフリーメイソンリー [編集]

多様な宗派の構成員達が批判説を唱えるが、とりわけクリスチャンの宗派はメーソンに対し高姿勢で接し、信者達に会員になることを禁止したり反対したりしてきた。

カトリック教会 [編集]

フリーメイソンリー批判において、最も歴史の長い宗派は、ローマ・カトリック教会である。教会の教理に真っ向から矛盾する自然主義的な理神論を唱えていることから、カトリック教会によるメイソン批判がなされてきた。[121]こうして、数名の教皇達の回勅が、フリーメイソンリーに反対して発布された。その最初のものは、教皇はクレメンス12世1738年4月28日の回勅であり、最後のものはレオ13世1890年10月15日の使徒的書簡である[122]1917年発布の教会法は、特にフリーメイソンリーに入会する者は必然的に破門になると明白に謳っている。また、同年の教会法ではメイソン的と思われる書籍が禁止されている。 1983年になると、教会は新しい教会法を発布した。それは、前の教会法のように、メイソンの団体を秘密結社であると名指しでは批判をしていないが、以下のように記している。 「反教会的な陰謀を持つ結社に参加する者は、即座に処罰を被る。そのような結社を助長したり、入会したりする者は、聖務禁止の罰を被る。」 ここでメイソンという表記がなくなっていることから、第二バチカン公会議によりリベラル化した教会においては、カトリック信者のメイソンリーへの参加禁止の態度が変化したのではないか、という考えを、カトリックの側でもまたメイソンの側でも引き起こすことになる。[123] しかしながら、ヨーゼフ・ラッツィンガー(後のベネディクト16世)は、枢機卿在任時に教理省長官として、メイソンの組織に対して公に以下のように宣言している。

「メイソン組織に対する教会の否定的な判決は、彼らが教会とは相容れない教義を持つようになって以来、変わることなく残っている。それゆえ、そこに参加する者達は、除外された状態であり続ける。メイソン組織に登録される信者は、大罪の状態にあり、聖体拝領に与ってはいけない。」

それゆえカトリックの考え方によると、メイソンのロッジへの参加はいまだに破門に該当する行為であり続けるということになる。一方、フリーメイソンリーはカトリックとの友好関係の構築に反対しているわけではない。英連邦グランドロッジとそれに連なるロッジ群は、教会の主張を否定して「フリーメイソンは宗教ではなく、宗教の代理でもない」としている。[124]

プロテスタント [編集]

カトリックの訴えとは対照的に、プロテスタントの側からの批判は、フリーメーソンが神秘主義オカルト主義、悪魔主義であるとする見地に根ざしているようである。[125]たとえば、メイソンの学者アルバート・パイクは、しばしばプロテスタントによって、メイソンの権威的な立場にいる者として扱われる[126]。しかし、パイクは博識ではあるが、公的な情報だけに依拠するなら、議論の対象になっているようなフリーメーソンリーのスポークスマンではなく、さらにはこうした批判は、19世紀の合衆国で孤立していた南部のフリーメーソンリーに対する姿勢と無理解に基づいているとフリーメーソンリーによって主張されている。[127] 自由メソジスト教会の創始者であるB.T.ロバーツは、フリーメイソンリーに対する19世紀中盤における反対者であった。ロバーツは道徳的見地から、この組織に反対し、言及している。 「ロッジの神は、聖書の神にあらず」 ロバーツはフリーメイソンリーを神秘主義か代替宗教(宗教にとってかわろうとするもの)とし、自分の教会において、フリーメイソンの大臣を支持することがないよう推奨した。秘密結社からの自由は、自由メソジスト教会の「自由」の由来の一つでもあった。[128]

聖公会 [編集]

フリーメイソンリーの創始以来、多くの英国国教会主教は、メイソンになってしまい、大主教ジオフリー・フィッシャーもそのような一人であった[129]。過去において、英国国教会では国教会の教えとメイソンの実践に矛盾が生まれるとする者は少数だった。しかしながら過去何十年かにおいては、特に教会の福音的勝利のために、国教会でフリーメイソンリーに対する議論が話題に上ることもあった。現カンタベリー大主教であるローワン・ウィリアムズ博士は、メイソンの儀式に対するいくつかの懸念を持っていることを明らかにし、一方で国教会での内や外でのメイソンの犯罪行為を耐え難いとしている。一方で、2003年には、英国のメイソンリーに対して、自身がモンマス主教であった時に、キリスト教とメイソンの信条は相容れないとし、自分の管区内における上級職へのメイソンの任用を妨げたことについて、謝罪の必要性を感じているという。[130]

正教会 [編集]

1933年ギリシャ正教会は、フリーメイソンであることは背教行為の構成要件となると声明し、したがってそのような者は、痛悔し、メイソンリーを抜けるまで領聖できないとした。これは正教会の終始不変の見解とされている。フリーメイソンリーに対する正教会の論評は、「フリーメイソンリーはそれが神秘主義や秘密主義、あるいは理神論を信奉する秘密結社である限りにおいて、キリスト教とあらゆる点において、共存することができない。」とするカトリック教会プロテスタントの従来の主張を支持している[131]。正規のフリーメイソンリーは、伝統としてこれらの主張に対して、しばしば英連邦グランドロッジに連なるロッジ群の「メイソンは宗教でなく、宗教に代わるものでもない」とする以上の反論はしていない[132]。近年では、しかしながら、こうした姿勢は変化しつつあり、多くのメイソンのウェブサイトや出版物が、これらの批判に反論している。

イスラム教とフリーメイソンリー [編集]

一部にメイソンをメシア僭称者とする批判もあるものの、多くのイスラム教徒の反メイソン議論は、反ユダヤ主義や反シオニズムとリンクしている。[133][134] 反メイソンのムスリムによると、メイソンは、全世界のユダヤ人の利益を促進し、エルサレムに黄金のドームを破壊してのソロモン神殿の再建を推し進めるものである。[135] また、聖書の28編からハマースは、メイソンやロータリークラブや他の近似のグループは、シオニズムの利益を図り、その指示に従っている[136]。 イスラム教徒が多数を占めている多くの国々では、管区を伴ってのメイソンリー設立は許されていないが、トルコモロッコのような国では、グランドロッジが設置されており[137]マレーシア[138]レバノン[139]のような国では、他国のグランドロッジ傘下の支部グランドロッジが存在する。

パキスタンにおいては、1972年に当時の首相ブットーがフリーメイソンリーを追放し、そのすべての印刷物を差し押さえている[140]イラクは、第一次大戦後、英国の委任信託統治領となり、その前後には英連邦メーソン(UGLE)も進出したが、1958年のイラク革命によって、関係は逆転し、立憲君主制は廃止され、アブドルカリーム・カーシムによって、共和政が宣言された。そして、ロッジにおける会合の許可証は廃止され、その後の法律ではさらに進んで、あらゆる形での会合の禁止が導入された。 その姿勢は、その後サッダーム・フセインの下で強化され、「フリーメイソンリーを含むシオニストの方針を推進する者や、シオニスト組織に関係する者」は誰であれ死刑が定められた。[141](ただし、ブットはその後クーデターで、フセインも米軍のイラクの自由作戦で共に拘束され、処刑されている。)

政治的見地からの批判 [編集]

ロベルト・カルヴィ。

英連邦系(UGLE)のフリーメイソンリーは会員の政治及び宗教に関する議論を禁じているが、有力者が会員として存在し、また世界的な組織である以上、国際政治に無縁な組織として活動を続けること難しいという意見もある。たとえば1981年には、すでにフリーメイソンのロッジとしての承認を取り消されていたイタリアのロッジ「P2」が、承認取り消し後にも元会長で極右政党幹部のリーチオ・ジェッリや、アンブロシアーノ銀行頭取ロベルト・カルヴィらの元メンバーがその後も「P2」として活動し、イタリア共産党を除く政財界やマフィアバチカンとの間を結び付けていた。そして、国際的に反共勢力の援助を行い、さらに国内ではクーデターを企図したことが明るみに出た事件があった(P2事件)。その結果、P2の関係者で、他のロッジのメンバーとなっていた者はフリーメイソンリーを追放された。

このように、有力者が会員として存在している以上、フリーメイソンの理念に反した形で、個々のロッジの次元を超えて政治的、社会的活動や陰謀を行うものの存在がないとはいえない。

過去には、第一次世界大戦中に「イングランド・グランド・ロッジ」は、敵国となったドイツ、オーストリアハンガリートルコ(オスマン帝国)出身者の会員すべてを追放し、戦後もしばらく解除されなかったことがあった。戦後、フランスとドイツのフリーメイソンリーが両者の親善を協議したものの、戦争犯罪については意見が折り合わなかった。このように、フランス系は元より、政治と距離を置く正規派(英米系)においても、政治の影響は避けられなかった。

起源 [編集]

  1. 中世イギリスの石工職人のロッジ
    1360年イギリスウィンザー宮殿の建造の際に徴用された568人の石工職人達が、数百年に渡るゴシック建築のプロジェクトを遂行しようとしたときに自分たちの権利・技術・知識が他の職人に渡らないようにロッジで暗号を使用したのが始まりとされる。成立の時期は諸説あるが、石工組合説が現在の通説である。なお、ロッジとギルドはしばしば混同されるが、厳密には別のものである。ギルドは自治都市を基盤としていたため、よそ者に排他的だった。しかし、石工は工事の状況に応じて雇用する必要があり、工事現場を渡り歩く職人も珍しくなかった。そのため、古くからロッジ間の交流があり、また他所のロッジに出向く時に同業者を見分ける手段として、暗号や符牒が発達したのである。もっとも、中にはギルドとロッジが同居している場合もあった。また、ロッジという形態を生んだのはスコットランド・イングランド・アイルランドだけで、さらに現在のフリーメイソンリーに発展したのは、直接的にはほぼスコットランドのみとされている。他の地方では、最後まで文字通りの石工のギルドとして存在した。
  2. テンプル騎士団説
    1118年、聖地エルサレムへの巡礼者の保護を目的としてフランスで結成されたテンプル騎士団の生き残りが建てた組織と言われている。元々の設立メンバーは9人の騎士だが、貿易や金融業で莫大な富と権力を有し、巨大組織となった。しかし14世紀、当時のフランス王フィリップ4世の奸計(かんけい)により壊滅状態に追い込まれ、スコットランドに逃げ延びた騎士たちがその地で新たに作った組織がフリーメイソンリーになったという説もある。スコティッシュ・ライトによる位階が広く用いられているのはそのためであるとされる。
  3. ソロモン神殿建築家説
        ヒラム#フリーメイソンのヒラム伝説」も参照
    ソロモン神殿の建築家を起源とする説はフリーメイソンリーの自称である。ソロモン神殿建築の際の建築家棟梁ヒラム・アビフが建築家集団を「親方」「職人」「徒弟」からなる集団に分け、それぞれに秘密の合言葉や符牒を定めて仕事に当たらせた。
  4. 近代設立説
    起源がどこにあるにせよ、現代のフリーメイソンリーの発足を1717年6月24日ロンドングランド・ロッジの結成とする説。これはこのロッジの結成を転機としてフリーメイソンリー自体の性格が大きく変貌を遂げるからである。そして1723年ジェームズ・アンダーソンにより「フリーメイソン憲章」が制定された。
  5. ピラミッド建設の際の石工集団説

階級 [編集]

第3階級の儀式。18世紀。
米国のメイソンの証明書。名前、階級履歴等の記入欄がある。第1階級を「initiated」、第2階級への昇級を「passed」、第3階級への昇級を「raised」と言っている。
フリーメイソンリーの階級
階級 名称 和訳名称[142] 区分1 区分2
1 Entered Apprentice 徒弟 Blue Lodge
(ブルー・ロッジ、青ロッジ)
2 Fellow Craft 職人
3 Master Mason 親方

フリーメイソンリーの階級はこれだけである。ただし、実務的メイソンリーの組織では「徒弟」「職人」の2階級のみで、親方は職人の代表者という位置付けであり、階級ではなかった。また、徒弟のさらに下に、ロッジに加入していない下働きの石工も存在した。親方が階級として分化したのは18世紀に入ってから、思索的メイソンリーによるものである。1717年のグランド・ロッジの成立から、遅くとも1730年には導入され、次第に定着していった[143]。これは、他の職業のギルドが、早くから3階級に分かれていた影響もあったといわれる。

実務的メイソンリーでは、徒弟から職人への進級は最低7年を必要とし、さらに技能試験に合格する必要があった[144]。しかし、現在の思索的メイソンリーでは、石工の実務を修行するわけではないため、親方への進級は3-4か月で可能である[145]

一般的にフリーメイソンリーの上位階級として知られているのは、関連組織のスコティッシュ・ライト(スコッチ儀礼)、ヨーク・ライト(ヨーク儀礼)が用意した階級[146]である。スコティッシュ・ライトは30階級、ヨーク・ライトは9階級の上位階級を用意している。かつてのオリエンタル・ライト・メンフィス(メンフィス東方儀礼)では、94もの上位階級を設けていた(後に30階級に削減)。
1737年3月21日、フランス・パリで、騎士のアンドリュー・M・ラムゼイがフリーメイソンリーの目標は世界を一大共和国となすことで、起源は石工組合ではなく十字軍であると主張した演説を行った。上位階級が記録されているのはこれ以降のことであり、ラムゼイの演説をきっかけに創設された可能性が高い。また、ラムゼイは暗にテンプル騎士団とのかかわりもほのめかしたという。なお、陰謀論でフリーメイソンリーが「ワン・ワールド」を目指す組織とされることがあるのは、ラムゼイのこの発言が原因と思われる。「ワン・ワールド」思想についてはフリーメイソンリー側も否定していないが、組織的に特定政府の転覆を図ることはないとしている[65]
この結果、一時は千を超す階級が乱立し、また基本階級のロッジに対する優位権を主張して対立するなど、混乱を引き起こした。さらに上位階級はパテントとして階級授与者が独自の判断で第三者に階級を授与する権利を与える方式だったので、基本階級を経ず、ロッジに足を踏み入れたことのない上位階級者さえ現れた。

現在では、上位階級の組織はフリーメイソンリーの上位団体ではなく、関連組織として位置付けられている。そして、上位階級の授与資格者を、親方階級を得た者に限っている。しかし、オカルト色の強い階級が多数あることも影響して、陰謀論ではしばしば闇の組織として取りざたされる。また、ロッジによっては、上位階級を用意していても、内容を秘密にしているところもあるという。上位階級の昇級の詳細については非公開だが、暴露本によって公開された内容は(少なくとも一部は)事実であることを認めている[65]。たとえば、ある階級の儀式には、バチカンの教皇の帽子とヨーロッパの王様の王冠を模した帽子を踏みつぶすというものがあり、教皇権王権との対立の歴史を物語っている(『陰謀がいっぱい!』では、メイソン側は独裁者に反対し、言論・思想の自由を奪うことに反対する意思表示であって、王権そのものの否定ではないと説明している[65])。

特殊な例として、スウェーデン儀礼の上位階級(9階級)がある。スウェーデンでは、最上位階級はスウェーデン国王専用(スウェーデン・グランド・ロッジは、国王が代々グランド・マスターに就任している[147])となっており、国権とフリーメイソンリーが一体化している。しかし、「正規派」ロッジとは相互承認関係にある。

基本の3階級は、「ブルー・ロッジ(青ロッジ)」と呼ばれる。単に「ロッジ」と呼ぶ場合は、この「ブルー・ロッジ」で構成された集会所を指すことが多い。これに対し、上位階級はさらにいくつかに分けられるが、総称して「レッド・ロッジ(赤ロッジ)」と呼ぶ(狭義には、赤をシンボルカラーに持つ「ロイヤル・アーチ」階級を含んだロッジを意味する)。

スコティッシュ・ライトの上位階級 [編集]

スコティッシュ・ライトの上位階級
階級 名称 和訳名称[142] 区分1 区分2 主題
4 Secret Master 秘密の親方 十全会 Lodge of Perfection
(完成のロッジ)
ハイラム伝承
5 Perfect Master 完璧な親方
6 Intimate Secretary 親密な秘書
7 Provost and Judge 主監と判事
8 Intendant of the Building 建物の管理者
9 Elected Master of Nine 選ばれた9人の親方
10 Illustrious Elect of Fifteen 選ばれた輝かしい15人
11 Sublime Elect of the Twelve, or Prince Ameth 選ばれた至高の12人またはアメス王子
12 Grand Master Architect 建築の大親方
13 Royal Arch of Enoch, or Royal Arch of Solomon エノクまたはソロモンのロイヤル・アーチ エノク伝承
14 Perfect Elu, Grand elect, Perfect, and Sublime Mason 完全なる被選抜者または完全にして崇高な石工 ソロモン伝承
15 Knight of the East 東方または剣の騎士 薔薇十字会 Council of the Princes of Jerusalem
エルサレムの王子の会議)
アポクリファ(外典
16 Prince of Jerusalem エルサレムの王子
17 Knight of the East and West 東西の騎士 Chapter of the Rose Croix
(薔薇十字の支部)
テンプル騎士団
18 Knight Rose Croix 薔薇十字の騎士 十字軍伝承
19 Grand Pontiff 大司教 Council of Kadosh
(神聖会)
王者の秘密の王子の法院 旧約聖書
20 Grand Master of All Symbolic Lodges 全ての象徴的ロッジの大親方 自由友愛理念
21 Noachite, or Prussian Knight ノアの末裔またはプロイセンの騎士 プロイセン騎士伝承
22 Knight of the Royal Axe, or Prince of Libanus 王者の斧の騎士またはレバノンの王子 ソロモン伝説
23 Chief of the Tabernacle 幕屋の長 モーゼ伝承
24 Prince of the Tabernacle 幕屋の王子
25 Knight of the Brazen Serpent 青銅の蛇の騎士
26 Prince of Mercy, or Scottish Trinitarian 恩寵の王子またはスコットランドの三位一体 初期キリスト教
27 Knight Commander of the Temple 殿堂の指揮官 十字軍伝承
28 Knight of the Sun, or Prince Adept 太陽の騎士または熟達した王子 哲理
29 Grand Scottish Knight of St. Andrew 聖アンドリューのスコットランド大騎士 テンプル騎士団伝承
30 Knight Kadosh カドシュの(聖なる)騎士
31 Grand Inquisitor Commander 大審問長官 Consistory
(法院会議)
古代エジプト伝承
32 Sublime Prince of the Royal Secret 王者の秘密の至高の王子 哲理
33 Grand Inspector General 最高大総監 Supreme Council(最高法院) 総合理念

英語版wikipediaのScottish Riteも参照。

片桐三郎(32階級)によれば、33階級(最高大総監)は功労者に与えられる名誉階級であるという[65]

基本階級は必ず正規の参入儀礼を必要とするが、上位階級は4、9、12-14、18、22、28-33階級は正規の参入儀礼で、それ以外は「通達」により昇級が行われるという[148]

33階級の上にさらに3階級を付け加えられているとする説もある[149]

ヨーク・ライトの上位階級 [編集]

ヨーク・ライトの上位階級
階級 名称 和訳名称[142] 区分
4 Mark Master 著名な親方 深奥儀礼
5 Past Master 巨匠の親方
6 Most Excellent Master 最優秀の親方
7 Royal Arch ロイヤル・アーチ
8 Royal Master 王者の親方 秘処儀礼
9 Select Master 選りすぐりの親方
10 Super Excellent Master 超越した親方
11 Illustrious Order of the Red Cross 赤十字の輝かしい騎士 騎士儀礼
12 Order of the Knights of Malta (or simply Order of Malta) マルタ騎士
13 Order of the Temple 聖堂騎士

英語版wikipediaのYork Riteも参照。

スウェーデン儀礼の上位階級 [編集]

スウェーデン儀礼の上位階級
階級 名称 和訳名称[142] 区分
4 Apprentice of St. Andrew 聖アンドリューの徒弟 アンドリューのロッジ (St. Andrew's degrees)
5 Companion of St. Andrew 聖アンドリューの仲間
6 Master of St. Andrew 聖アンドリューの親方
7 Very Illustrious Brother, Knight of the East 非常に高名な兄弟または東方の騎士 地方支部 (Chapter degrees)
8 Most Illustrious Brother, Knight of the West もっとも輝かしい兄弟または西方の騎士
9 Enlightened Brother of St. John's Lodge 聖ヨハネロッジの賢明な兄弟
10 Very Enlightened Brother of St. Andrew's Lodge 聖アンドリューロッジの非常に賢明な兄弟
11 Most Enlightened Brother, Knight Commander of the Red Cross 最も賢明な兄弟または赤十字の騎士司令官 大評議会の名誉学位 (Grand Council honorary degree)
12 Vicar of Solomon ソロモンの代理者[150]

英語版wikipediaのSwedish Riteも参照。4階級と5階級は、まとめて扱われているようである[151]

人物 [編集]

フリーメイソンの殿堂として建てられたジョージ・ワシントン・メソニック・ナショナルメモリアル。ワシントンの名が刻まれている。
フリーメイソンの服装を身に着け聖書を前に立つジョージ・ワシントン。この服装はマスターメイソンのものである。エプロンはラ・ファイエットの夫人が縫った。
米国通貨数種の肖像になっているジョージ・ワシントン。そのうちの1957年1ドル紙幣。裏面の図柄は米国の国璽
メイソンの服装のベンジャミン・フランクリン。
メイソンの服装のセオドア・ルーズベルト。
メイソンのエプロンを着け5人の士(姓名は不明[152])と並ぶハリー・トルーマン。
帽子を被り手を振るハリー・トルーマン。
この2枚の写真はジョージ・ワシントン・メソニック・ナショナルメモリアルにて1950年2月22日に撮影。

フリーメイソンであるとされる著名人のリストである(国籍別、生年順)。なお、このリストはあくまで参考文献にフリーメイソンであると記されていることを示すに留まり、各々の人物が本当にフリーメイソンであると断言するものではない。

フリーメイソンであるとされる人物にも、結社に所属していたという直接の証拠が残っている者(例:モーツァルト)もいれば、資料によってはフリーメイソンであったとされる者(例:ヴェルディ)もいる[153]。中にはジョージ・ワシントンのようにフリーメイソンの礼装姿の肖像画や写真が残っている者も存在する。

また、フリーメイソンであったか否か、文献間で争いがある者もいる。たとえばワーグナーは、ある本では1841年に加入したことになっているが[154]、別の本ではそのことには触れられておらず、代わりに、1872年に入団申し込みをしたが断られたエピソードが挙げられている[155]

会員数はアメリカが世界最大である。初期の移民は宗教闘争から逃れてきた者が多く、その中にフリーメイソンの会員が数多く含まれていたことに起因し、フリーメイソンの理念と集会はコロニーの人々をまとめる役割を持った。アメリカの建国にたずさわったベンジャミン・フランクリンやジョージ・ワシントンなど、「アメリカ建国の父」56人の内、53人が会員であった。歴代アメリカ合衆国大統領のうち、ワシントンを含めて14人が会員となっている(吉村正和『フリーメイソン』講談社)。吉村は、アメリカの本質を「道徳国家」ととらえ、フリーメイソンの理念との共通点を示唆している。フリーメイソンのアメリカ合衆国大統領は15人であったとする説もある[156]

日本では市販の書籍で陰謀論のみが目につくが、欧米では会員である事は一種のステータスでもある。元日本グランド・ロッジの大親方(Grand Master)であるリチャード・クライプは、10年前の米国のある雑誌の調査であるとして、全米トップビジネスマン1万5千人中、1万人が会員であり、英国でも男性王族は入会が伝統になっていると述べた[65]

インターネットの普及により世界各国フリーメイソンリーのグランドロッジ、個別のロッジ等のウェブサイトを訪問すると著名な会員名が公表されている場合がある。またWilliam R. Denslowとハリー・S・トルーマン第33代米国大統領のフリーメイソン2人による書籍『10,000 Famous Freemasons』はGoogleブックス等インターネット上で閲覧可能である。

日本 [編集]


皆神龍太郎(フリーメイソン関連の著作出版者)が聞いているところによると、2013年現在日本のロッジに所属する総計数百人の日本人会員の構成は、多くがサラリーマンまたは自営業、著名人は数名、国会議員等はいないようである[78]


アメリカ合衆国 [編集]

アポロ11号の搭乗員。左からアームストロングコリンズオルドリン。3人ともメイソンとして、ジョージ・ワシントン・メソニック・ナショナルメモリアル内に写真が飾られており、オルドリンの左手薬指の指輪はフリーメイソンの指輪がはめられている。
アポロ14号搭乗の宇宙飛行士エドガー・ミッチェル。彼もまたメイソンであり[170]、月面と地球との間でテレパシー実験を行った[171]
メンバーの中にフリーメイソンも多数いるとされる秘密結社スカル・アンド・ボーンズ。時計の向かって左にパパ・ブッシュ。彼が1990年9月11日に連邦議会スピーチで用いた「new world order」(新世界秩序)という言葉はフリーメイソンリーを想起させることとなった[91]。またパパ・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ)は大統領就任の宣誓ジョージ・ワシントンのメイソンの聖書(ブッシュ一家の聖書と併せて)を使用し[172][173]、息子のジョージ・W・ブッシュは2001年の就任時にジョージ・ワシントンのメイソンの聖書を希望したが天候不良により使用できなかったため一家の聖書を使用した[174]。これまでのところブッシュ父子はメイソンではない[172][175]。ブッシュ父子のメイソンリー入会を記録している正規ロッジはない[91]
ガットスン・ボーグラムはフリーメイソンになってからラシュモア山の頂きに4人の大統領の彫像を400人の作業員とともに作った。4人の大統領の彫像のうちジョージ・ワシントンとセオドア・ルーズベルトはメイソンであり、エイブラハム・リンカーンはメイソンではなく[176]トーマス・ジェファーソンはメイソンであるともないとも言われていた[47]
フリーメイソンによる楽曲
米国フリーメイソンのフランシス・スコット・キー作詞、英国フリーメイソンのジョン・スタフォード・スミス作曲。

米国フリーメイソンのジョン・フィリップ・スーザ作曲。

米国フリーメイソンのジョン・フィリップ・スーザ作曲。

これらの音声や映像がうまく視聴できない場合は、サウンド再生のヒントをご覧ください。
ハワイ

欧州 [編集]

フランス
ディドロとダランベールらによる『百科全書』。モンテスキュー、ヴォルテールも参加した。
ラ・ファイエット(左)とジョージ・ワシントン(右)の彫像。パリ16区のアメリカ合衆国広場。
ドイツ
「音楽の父」J.S.バッハ[205][206]
イルミナティ主宰者アダム・ヴァイスハウプト教授。
イタリア
児童文学『ピノッキオの冒険』の著者カルロ・コッローディが幼少期を過ごしたトスカーナ村落コッローディにあるピノッキオ公園
オーストリア
ハイドン(左)とモーツァルト(右)。
イングランド
アイザック・ニュートン[199]
イングランド出身のイギリス国王ジョージ6世(最前列中央)とスコットランドのメイソンたち。
『百科全書』に影響を与えた『サイクロペディア』。
ウェールズ
スコットランド
リプトンの紅茶。
北アイルランド
アイルランド
バチカン市国
  • ロザリオ・フランチェスコ・エスポジト(1921年生)[288] - 最初の著書は「フリーメーソンとイタリア」[289]
ベルギー
ポーランド
チェコ
  • アルフォンス・ミュシャ(1860年生)[293]-1898年パリでロッジに入り、1918年にはプラハのコメンスキー・ロッジ設立に協力した。その後にチェコスロヴァキア本部のグランド・マスター、後に同国第2ソヴリン・グランド・コマンダーになった。チェコスロヴァキアの支部のためにレターヘッドやメダル等のデザインを手掛けた。
  • エドヴァルド・ベネシュ(1884年生)[294]
プロイセン
ハンガリー
デンマーク
ユーゴスラビア
スイス
赤十字と赤新月の標章。赤十字社・赤新月社はアンリ・デュナンの構想により設立されている。
アンリ・デュナンの彫像。「FONDATEUR DE LA CROIX-ROUGE」(赤十字の創設者)。
フィンランド
スウェーデン
ロシア
革命家バクーニン。
小説家トルストイ。

その他 [編集]

香港
カナダ
フィリピン
ブラジル
チリ
ベネズエラ
インド
トルコ
オーストラリア
出生地不詳

関連団体 [編集]

ロッジP2 [編集]

ジェッリ逮捕後、彼のナポリの別荘を家宅捜索時に押収されたベルルスコーニのP2ロッジ入会時の会費の領収証。

ロッジP2イタリアに本拠を置いていた団体。メンバーはイタリアの政府や関係者、警察関係者内の反共産主義者を中心としていたが、南アメリカの軍事独裁政権との関係が深く、その活動内容がフリーメイソン内から非難され1976年に破門された。しかしその後も元代表のリーチオ・ジェッリらが極右組織と組んで活動し、1980年にはメンバーがボローニャ駅爆破テロ事件を引き起こした。元イタリア王国王太子ヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイアシルヴィオ・ベルルスコーニ首相バチカンの金融スキャンダルを引き起こし暗殺されたアンブロシアーノ銀行頭取ロベルト・カルヴィもメンバーであった。

デモレー [編集]

デモレーは、14世紀のテンプル騎士団の最後の総長であり、フリーメイソンリーのメンバーであったジャック・ド・モレー(Jacques DeMolay)の優れた騎士道精神にちなんで名づけられた団体。

デモレーは12歳から21歳の若者のための人格育成を目指している組織である。日本における現在の活動地域は東京のみ。場所は東京メソニック協会。

ウォルト・ディズニーはデモレーのメンバーでありフリーメイソンではなかった[91]。第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントンもまたデモレーのメンバーであり、これまでのところフリーメイソンではないようである[175][311]。ジョン・スタインベックはデモレーのメンバーであり[311]フリーメイソンでもあった[209]

フリーメイソン関連の作品 [編集]

Nuvola apps arts.svg 音楽・音声外部リンク
楽曲を試聴する
Nuvola apps arts.svg モーツァルト: フリーメーソンのための音楽全集 - オンライン音楽図書館 "Naxos Music Library"。
Nuvola apps arts.svg シベリウス: フリーメーソンの儀式音楽 Op. 113 (1927年原典版) - オンライン音楽図書館 "Naxos Music Library"。

メイソンのために書かれた楽曲 [編集]

フリーメイソンが登場する作品 [編集]

映画 [編集]

文芸 [編集]

テレビ番組 [編集]

  • 空飛ぶモンティ・パイソン1969年-1974年/イギリス 第2シリーズの第4話で登場人物が、コンペに参加した建築家の中からフリーメイソンを見分ける方法(秘密の握手)を伝授するというネタが用いられている。
  • イギリスBBCの自動車番組トップ・ギアでは、レクサスはフリーメイソンが乗る車だとネタにされており、モンティ・パイソンで登場した「秘密の握手」などをすることもある。

漫画 [編集]

フリーメイソンをモデルにしたと思われる組織が登場する作品 [編集]

アニメ [編集]

文芸 [編集]

  • 『秘密』 - ゲーテの長編詩。
  • 緋弾のアリア』 - 「リバティー・メイソン」という秘密結社が登場する。

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参考文献 [編集]

発展資料 [編集]

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]

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