平壌

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座標: 北緯39度01分55秒 東経125度45分14秒 / 北緯39.031859度 東経125.753765度 / 39.031859; 125.753765

平壌直轄市
略称: 평양,平壤
平壌市、主体思想塔、錦繍山太陽宮殿、平壌凱旋門、祖国統一三大憲章記念塔、東明王陵、地下鉄復興駅
位置
Pyongyang North Korea.png
各種表記
チョソングル: 평양직할시
漢字: 平壤直轄市
日本語読み仮名: へいじょうちょっかつし
片仮名転写: ピョンヤンジカルシ
ローマ字転写 (RR): Pyeongyang Jikhalsi
ローマ字転写 (MR): P'yŏngyang Chikhalsi
統計(2008年
面積: 2629.4 km²
総人口: 3,255,388 人
人口密度: 1,238 人/km²
行政
国: 朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国
下位行政区画: 18区域2郡
ISO 3166-2: KP-01

平壌(ピョンヤン)は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の首都直轄市であり、最大の都市

朝鮮八道では平安道十三道制では平安南道に属するが、同国の行政区画においては、道に属さず平壌直轄市として道級の直轄市となっている。

日本語読みでは「へいじょう」(歴史的仮名遣で「ヘイぜう、へいじやう」)と呼ぶ。日本統治時代の行政区分は平壌府(へいじょうふ)。

概要[編集]

平壌市(衛星画像)

平壌準平原に位置し、北と東と西は平安南道、南は黄海北道に接する。北朝鮮の政治経済の中心地であり、軽工業、重工業など工業が盛んである。

427年以降高句麗の首都となった。市の中心には大同江が流れている。中心部に金日成広場があり、その付近に主体思想塔がそびえており、平壌のシンボルまたはランドマークとなっている。

平壌は北朝鮮の建国時から事実上の首都としての役割を持っていたが、憲法で正式に平壌が首都となったのは1972年からで、それ以前の平壌は「祖国統一を成し遂げるまでの暫定首都(臨時首都)」という位置づけで、ソウルを正式な首都と定めていた。これは、建国以来現在に至るまで憲法上は朝鮮半島全域を領土としているためである(なお、韓国も憲法上は朝鮮半島〔韓国名:韓半島〕全域を領土としている)。

平壌高麗ホテル(左)前の市街地 
平壌の通りの市場 
牡丹峰より望む凱旋門(左)と柳京ホテル(右) 

「公民登録法」の規定で、17歳以上の北朝鮮国民は「公民証」が政府から発給されているが、1997年以後、平壌市民については公民証が「平壌市民証」に切り替えられ、他地域住民と明確に区別されるようになった。この区別による特に大きな影響として、旅行に対する待遇が挙げられる。

北朝鮮国民は、国内(北朝鮮各地)の旅行でも、逐一政府に旅行証明書を申請し旅行許可を得る必要があるが、この「平壌市民証」を所有していると、旅行証明書なしで北朝鮮各地を自由に行き来できると言われている。

市内のインフラは老朽化が進んでいる。2002年頃から街路樹の植樹、歩道のタイルの張替え、ビルの改装など市内中心部の再開発を進めている。現在は、故金日成生誕100年に当たる2012年を目前に控え、学徒も動員しての高層住宅を中心とした建設ラッシュの様相を呈している。

気候[編集]

気候亜寒帯冬季少雨気候で寒暖が激しく冬は雨が少ない。冬から春には三寒四温の気候である。

平壌(1981〜2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
日平均気温 °C (°F) −5.9
(21.4)
−2.7
(27.1)
3.3
(37.9)
10.9
(51.6)
16.7
(62.1)
21.3
(70.3)
24.0
(75.2)
24.5
(76.1)
19.3
(66.7)
12.4
(54.3)
4.5
(40.1)
−2.9
(26.8)
10.45
(50.8)
降水量 mm (inch) 11.7
(0.461)
14.7
(0.579)
25.9
(1.02)
58.3
(2.295)
83.6
(3.291)
95.4
(3.756)
310.4
(12.22)
226.5
(8.917)
122.4
(4.819)
46.8
(1.843)
39.2
(1.543)
14.4
(0.567)
1,049.3
(41.311)
出典: 気象庁[1]

歴史[編集]

牡丹台と永明寺
平壌中心部(1945年以前)
東明王陵にある定陵寺1
東明王陵にある定陵寺2

古くは衛氏朝鮮の王険城で、紀元前108年にこれを征服した武帝楽浪郡治を置いた。これ以後4世紀後半に百済が領有するまで中国人による現地支配の拠点となる。

高句麗長寿王427年鴨緑江流域の集安から平壌に遷都し、高句麗王国の都となった。当初は現在の平壌市街から北東へ8kmほど離れたところにある大城山に都があり、現在も山をとりまく城壁や、王宮であった安鶴宮の跡などが残る。552年から586年にかけて、現在の平壌市街の場所に都城が築かれ大都市となったが、668年に滅ぼされた。唐は平壌を含む南満州から半島北部を管轄する安東都護府を設置して当該地方の直接支配を図るが、新羅の反乱によって遼東より南を失った。

10世紀高麗が起こると平壌を副都・西京とした。12世紀には妙清という仏教僧が西京への遷都を主張し、西京遷都運動という仏教儒教の争いが起きた。妙清は、風水説の混合した高麗仏教に基づき、高句麗の首都であり風水も良い西京に首都を遷し、高句麗の旧領土(満州)の回復の拠点とすることを掲げたが、儒家の反発で葬られ王の支持が得られなかった。1135年、妙清はついに反乱(妙清の乱)を起こしたが、金富軾ら儒家の文官らの率いる軍により翌年鎮圧された。

1269年には西京を治めていた崔坦らが反乱を起こし、西京を含めた北界54城と西海道の慈悲嶺以北の6城を率いてに帰依する事件が起きた。元は西京を遼陽行省に属する「東寧府」と改名して領土に編入した。東寧府は同じく元領となった双城総管府とともに高麗と分立したが、元の直接支配強化により1290年(至元27年)に東寧府は高麗行省(征東行省)と統合され共に元の直接支配地域となった。東寧府は元末期に再び設置されたという記録もある。

李氏朝鮮時代には平壌は平安道の首邑となった。文禄の役では日本軍が平壌にまで達している。18世紀には、冊封体制下のとの往来の中で、北京にいたキリスト教宣教師からキリスト教が朝鮮の官僚に伝わり、平安道はキリスト教徒が増加した。しかし、18世紀末には大規模なキリスト教徒弾圧が起こった。また外国勢力が朝鮮周囲に現れ、平壌では大同江を遡ってきた米国船を官民が焼き討ちするジェネラル・シャーマン号事件が起こっている。

日清戦争では平壌城は平壌の戦いの舞台となった。李朝末期の1896年に平安道が分割されて、平安南道の首邑となっている。日本統治時代には、1910年に平壌郡は平壌府となり[3]平安南道の道庁所在地となった。この頃路面電車の軌道などが整備された。また平壌神学校などキリスト教の神学校教会が設立され、キリスト教徒の人口に対する割合も増加した平壌は、宣教師ら[誰?]から「東洋エルサレム」と呼ばれる朝鮮のキリスト教布教の中心地となった[要出典]。現在の韓国のキリスト教徒には、朝鮮戦争の前後に韓国側へ移住した平壌出身者もいる。1931年には朝鮮排華事件が起き平壌で最も多くの中国人犠牲者がでた。

主体思想塔から見た金日成広場と平壌中心部

1945年ソビエト連邦軍赤軍)が北緯38度線以北を占領するとソ連軍政の中心地となり、1948年の朝鮮民主主義人民共和国成立により北朝鮮の事実上の首都となった。しかし1950年に勃発した朝鮮戦争で街は破壊され、アメリカ軍を中心とする国連軍に占領されたこともあった他、国連軍の激しい空爆を受けた。

停戦実現後、ソ連の援助で街は急速に復興を始める。朝鮮建築家同盟創設メンバーのひとりで、戦前の日本にて建築学を学んだ経験を持つ金正煕(キム・ジョンヒ)が金日成に登用され、モスクワ建築アカデミー留学後、1951年に「平壌市復旧建設総合計画」をデザインし、1953年に正式採用とされ、巨大なパレードを行える「社会主義国」特有の広場整備や、北朝鮮風のアレンジが加えられたスターリン様式建築(その他、ブラジル人建築家オスカー・ニーマイヤーの影響を大きく受けたとされるモダン建築)と言った近代的でプロパガンダ色の濃い計画都市への変貌が始まる。[4]

1968年には平安南道の道庁機能を平城市に移して直轄市となり、1972年に正式に首都となった。1980年代以降、金日成主体思想を称える記念碑や建築物、競技場ホテルが多数建設された。

行政区域[編集]

主体思想塔から見た大同江東岸の市街地
凱旋門
平壌中心部(1989年撮影)

19「区域」と4郡に分けられる。ただし、2011年2月には食糧難により、勝湖区域江南郡祥原郡中和郡の4つの郡・区域を黄海北道に編入し、約2630平方キロメートルの市域面積を約半分にして市域人口も50万人ほど減らしたとされる[5]。平壌市民にはこれまで配給制度が保障されていたが、深刻化する食糧難のため市の規模を縮小せざるを得なかったとみられる[6]。しかし、江南郡は2011年に黄海北道から平壌直轄市に再び編入された。

区域部[編集]

  • 中区域 - 중구역【中區域】Jung-kuyŏk (チュン=グヨク)
  • 平川区域 - 평천구역【平川區域】Phyŏngchŏn-kuyŏk (ピョンチョン=グヨク)
  • 普通江区域 - 보통강구역【普通江區域】Pothongkang-kuyŏk (ポトンガン=グヨク)
  • 牡丹峰区域 - 모란봉구역【牡丹峰區域】Moranpong-kuyŏk (モランボン=グヨク)
  • 西城区域 - 서성구역【西城區域】Sŏsŏng-kuyŏk (ソソン=グヨク)
  • 船橋区域 - 선교구역【船橋區域】Sŏnkyo-kuyŏk (ソンギョ=グヨク)
  • 東大院区域 - 동대원구역【東大院區域】Tongdaewŏn-kuyŏk (トンデウォン=グヨク)
  • 大同江区域 - 대동강구역【大同江區域】Taetongkang-kuyŏk (テドンガン=グヨク)
  • 寺洞区域 - 사동구역【寺洞區域】Satong-kuyŏk (サドン=グヨク)
  • 大城区域 - 대성구역【大城區域】Taesŏng-kuyŏk (テソン=グヨク)
  • 万景台区域 - 만경대구역【萬景臺區域】Mankyŏngtae-kuyŏk (マンギョンデ=グヨク)
  • 兄弟山区域 - 형제산구역【兄弟山區域】Hyŏngjesan-kuyŏk (ヒョンジェサン=グヨク)
  • 龍城区域 - 룡성구역【龍城區域】Ryongsŏng-kuyŏk (リョンソン=グヨク)
  • 三石区域 - 삼석구역【三石區域】Samsŏk-kuyŏk (サムソク=クヨク)
  • 力浦区域 - 력포구역【力浦區域】Ryŏkpho-kuyŏk (リョクポ=グヨク)
  • 楽浪区域 - 락랑구역【樂浪區域】Rangrang-kuyŏk (ランラン=グヨク)
  • 順安区域 - 순안구역【順安區域】Sunan-kuyŏk (スナン=グヨク)
  • 恩情区域 - 은정구역【恩情區域】Ŭnjŏng-kuyŏk (ウンジョン=グヨク)

郡部[編集]

  • 江東郡 - 강동군【江東郡】Kangtong-kun (カンドン=グン)
  • 江南郡 - 강남군【江南郡】Kangnam-kun (カンナム=グン)

世界遺産[編集]

観光名所[編集]

交通[編集]

空港[編集]

トロリーバス

鉄道[編集]

路線(朝鮮民主主義人民共和国の鉄道

バス[編集]

高速道路[編集]

政治機関等[編集]

マスメディア[編集]

教育機関[編集]

大同江沿いの風景、金日成広場ほか

施設[編集]

錦繍山太陽宮殿
祖国統一三大憲章記念塔

博物館[編集]

記念施設等[編集]

文化施設[編集]

スポーツ施設[編集]

羊角島の競技場と平壌国際映画会館
  • 金日成競技場 - 10万人収容、凱旋門付近
  • メーデースタジアム - アリラン祭典が開かれる世界ランク第2位の15万人の収容能力を誇る巨大競技場、綾羅(ルンラ)島
  • 羊角島(ヤンガクド)競技場 - 羊角島[7]
  • 平壌ボウリング館
  • 平壌ゴルフ練習場
  • 氷上館(アイススケートセンター)
  • 蒼光院(ヘルスセンター)
  • 柳京鄭周永体育館
  • 平壌体育館
他、市街地の西郊にあるニュータウン、青春通りにはソウルオリンピックと同時期に体操競技場やバスケットボール場などさまざまな体育施設が建設されたなど、市周辺には施設が多い。

娯楽施設[編集]

  • 万景台遊園地
  • 大城山遊園地
  • 普通江遊園地
  • 凱旋青年公園
  • 中央動物園
  • 中央植物園

主なホテル[編集]

平壌高麗ホテル

級は朝鮮民主主義人民共和国における格付け

  • 特級」のホテル
    • 平壌高麗ホテル - 中区域東興洞(蒼光通り)。45階建てのツインタワー。最上部は両タワーとも回転レストランになっている。500客室。
    • 羊角島国際ホテル - 中区域柳城洞(羊角島)。高さ178mの48階建てホテル。最上部は回転レストランになっている。1001客室。
  • 1級」のホテル
  • 2級」のホテル
  • 3級」のホテル
    • 解放山ホテル - 中区域解放山洞。83客室。
  • 柳京ホテル(リュギョンホテル)
105階建て330mの超高層豪華ホテルとして計画されたが予算不足のため建設途中で頓挫。設計ミスとの指摘もある。しばらく雨ざらし状態だったが、2008年4月に工事を再開し、2013年、部分開業を目指している。

商業施設[編集]

宗教施設[編集]

その他[編集]

姉妹都市[編集]

出身著名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 平年値データ ピョンヤン(平壌)”. 気象庁 (2013年4月). 2013年4月2日閲覧。
  2. ^ Pyongyang, North Korea Climate Normals 1961-1990”. World Climate Home. 2013年4月1日閲覧。
  3. ^ 明治43年10月1日朝鮮総督府令第7号による。『朝鮮総督府官報』第29号p. 14(明治43年10月1日)を参照。
  4. ^ 「写真と絵で見る 北朝鮮現代史」(著:金聖甫〈キム・ソンボ〉、キ・グァンソ、イ・シンチョル 監修:李泳采(イ・ヨンチェ) 出版:コモンズ
  5. ^ 北朝鮮、平壌市の規模を半分に縮小 食糧事情悪化で「革命の心臓部」の規模を縮小か 2011/02/15 09:19:28 朝鮮日報
  6. ^ 北朝鮮が平壌市の規模を半分にしたワケ 特別待遇を続けるのが困難に 2011/02/15 09:22:24 朝鮮日報
  7. ^ スタジアム世界ランキング

関連項目[編集]

外部リンク[編集]