臨時首都

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臨時首都(りんじしゅと)とは、国家において一時的に本来とは別に首都と定められる都市のこと。戦乱などさまざまな事由により、憲法などで定められた「首都であるべき都市」を支配していない場合や、正式な首都が未定である場合に定められる。暫定首都とも。また、首都機能が一時的に移転された場合もこのように表現される。

現在の臨時首都[編集]

台北市(中華民国、1949年 - )
国共内戦以後の臨時首都。国共内戦によって1949年4月に首都南京を失陥した中華民国は、広州、重慶、成都と政府を移動させたのち、1949年12月7日に台北に政府を移転した。現行の中華民国憲法(1947年制定)等で首都の明文規定はないものの、「公式な首都」は南京とされ、台北は臨時首都あるいは中央政府所在地とされている。中華民国#首都参照。
ブレイズ(モントセラト、1988年 - )
カリブ海に位置するイギリスの海外領土モントセラトでは、1988年の火山活動によって首都プリマスが大きな被害を受けたために放棄され、政府機能がブレイズに移転した。

近代以降の臨時首都の例[編集]

広島市(大日本帝国、1894年)
日本大日本帝国)では、日清戦争中の1894年に大本営が広島市に設置され(広島大本営)、これを指揮するために明治天皇が移り、帝国議会(第7回帝国議会)も広島臨時仮議事堂で開催された。このため「広島市が臨時首都の様相を呈した」[1]といった形容が用いられる。
釜山広域市(大韓民国、1950年 - 1953年)
朝鮮戦争時の臨時首都(朝鮮語: 임시수도)。1950年6月に首都ソウルを失陥した大韓民国は、政府を大田大邱に後退させ、8月には釜山市を臨時首都とした。以後、ソウルを韓国が奪回した一時期を除き、1953年7月まで臨時首都として機能した。釜山市には当時の臨時大統領官邸が「臨時首都紀念館」(임시수도기념관)となっている。
平壌市(朝鮮民主主義人民共和国、1948年 - 1972年)
1948年に建国された朝鮮民主主義人民共和国は、憲法において首都をソウルと定めており、平壌は臨時首都であった。1972年に制定された朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法により、憲法上の首都も平壌となった。
重慶市(中華民国、1937年 - 1945年)
日中戦争中の臨時首都。首都南京を失陥した南京国民政府(蒋介石政権)は、政府を武漢、ついで重慶に移した。
ボン(ドイツ連邦共和国、1949年 - 1990年)
冷戦時代のドイツ連邦共和国西ドイツ)は、1949年制定のドイツ連邦共和国基本法第22条において連邦首都(Bundeshauptstadt)をベルリンと定めており、ボンは暫定首都とされていた。1990年のドイツ再統一後、ドイツ連邦共和国の首都はベルリンに移転した。ベルリンに首都が移転したのち、ボンは連邦市(Bundesstadt)と位置付けられ、一部省庁が置かれている。
カウナス(リトアニア、1920年 - 1940年)
両大戦間期リトアニア共和国の臨時首都。本来の首都であったヴィリニュスが、ポーランド・リトアニア戦争中の1920年にポーランド(ポーランド第二共和国)に占領され、中部リトアニア共和国(1920年 - 1922年)が建国された後にポーランド共和国に併合されたため、リトアニア共和国はカウナスを臨時首都とした。
モンゴメリー(アメリカ連合国、1861年)
1861年2月4日、アメリカ合衆国からの離脱を宣言したアメリカ連合国は、アラバマ州モンゴメリーアメリカ連合国臨時議会を召集。同年5月29日にバージニア州リッチモンドが新たに首都として定められるまで、モンゴメリーが首都としての機能を果たした。なお、南北戦争末期の1865年4月3日にリッチモンドが陥落すると、政府はバージニア州ダンビルに移転し、この地が1週間の間「首都」となった。アメリカ連合国#首都参照。
メルボルン(オーストラリア連邦、1901年 - 1927年)
1901年、イギリスがオーストラリアに持つ6つの植民地が独立し、オーストラリア連邦が建国された。大陸の2大都市シドニーとメルボルンの間では、独立後の首都をどちらに置くかについて長い争いがあったため、両者と別個に新首都を建設することとなった。独立直後はメルボルンに政府機能が置かれたが、首都 (capital) の語は用いられず、暫定首都(temporary seat of government, 政府臨時所在地)とされた。新首都予定地として1908年にキャンベラが選定され、都市建設の後、1927年に正式に首都が移転した。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]