トビリシ
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| トビリシ თბილისი |
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トビリシの風景 |
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| 位置 | |||
| 座標 : | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 行政区画 | トビリシ首都圏 | ||
| 市 | トビリシ | ||
| 市長 | Giorgi (Gigi) Ugulava | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 市域 | 726km2 | ||
| 標高 | 380-772m | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2005年現在) | ||
| 市域 | 1,093,000人 | ||
| 人口密度 | 1,505.5人/km2(3,899.3人/mi2) | ||
| 都市圏 | 1,345,293人 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | UTC+4 (UTC+4) | ||
| 夏時間 | UTC+5 (UTC+5) | ||
| 公式ウェブサイト : http://www.tbilisi.gov.ge/ | |||
トビリシ(グルジア語: თბილისი, Tbilisi)はグルジアの首都。ときにティフリス(Tiflis)とも呼ばれる。元史には梯弗里斯とも呼ばれる。人口は約120万人。
グルジア東部、クラ川の河畔に広がる。三方を山や小高い丘に囲まれている。気候は温暖で、年間の平均気温は13.2℃。年間降水量は505mm。
目次 |
[編集] 歴史
すでに4世紀のペルシア史料に、この地域に集落があったことが言及されている。今も市内に一部が残るナリカラ砦はこの頃に造られたものである。その後、5世紀のグルジア王ワフタング・ゴルガサリ(ワフタング1世)がここに町をつくり、それまでの首都であったムツヘタから遷都した。
7世紀にはアラブ人に征服される。また、9世紀から11世紀にかけて、ペルシアやセルジューク朝の侵攻を受けた。1122年に、ダヴィト4世(ダヴィト建設王)がトビリシをアラブ人の支配から解放してグルジアを統一した後、トビリシは再び首都となり繁栄したが、13世紀半ば以降はティムールやモンゴル人の来襲を受けて荒廃した。
1801年に帝政ロシアに編入された。トビリシには総督府が置かれ、カフカース支配の拠点となった。その間、都市は大きく発展し、1811年には8500人であった人口は、1825年には2万人になったという。
1918年にグルジアが独立した際、トビリシはグルジア民主主義共和国(1918年-1921年)の首都となる。以後、グルジア・ソビエト社会主義共和国(1921年 - 1922年、1936年 - 1991年)、ザカフカース・ソビエト連邦社会主義共和国(1922年 - 1936年)の首都。1991年にグルジアが再び独立を果たして以後、グルジアの首都である。
[編集] 文化
1918年に創設されたトビリシ国立大学など、多数の高等教育機関や、劇場、博物館、国立オペラ・バレエ劇場などがあり、学術・文化面でも重要な都市である。また、たくさんの古い教会があるほか、モスクやシナゴーグもある。2つの路線の地下鉄が走る。郊外にトビリシ国際空港がある。2004年には至聖三者大聖堂(ツミンダ・サメバ大聖堂)が竣工した。
[編集] トビリシ出身の人物
- ミヘイル・サアカシュヴィリ:政治家
- ズラブ・ジワニア:政治家
- ボリス・アクーニン:作家
- ゲオールギイ・ベリーエフ:航空機設計者
- ミハイル・イッポリトフ=イワノフ:作曲家
- アラム・ハチャトゥリアン:作曲家
- ケイティ・メルア:ミュージシャン
- テンギズ・アブラゼ:映画監督
- ゲオルギ・ダネリア:映画監督
- セルゲイ・パラジャーノフ:映画監督
- マイア・チブルダニゼ:チェス・プレイヤー
- ノナ・ガプリンダシヴィリ:チェス・プレイヤー
- チグラン・ワルタノビッチ・ペトロシアン:チェス・プレイヤー
- カハ・カラーゼ:サッカー選手
- イーゴリ・ゼレンスキー:バレエダンサー
- エレーネ・ゲデヴァニシヴィリ:女子フィギュアスケーター
- ザザ・パチュリア:プロバスケットボール選手(NBA・アトランタ・ホークス所属)
- ヴィクトル・サニキゼ:プロバスケットボール選手、グルジア代表
- 黒海太:力士(四股名:黒海)
- アレクサンドル・トラーゼ:ピアニスト
[編集] 姉妹都市
トビリシは以下の都市と姉妹都市の提携をしている:
[編集] 外部リンク
- トビリシ市公式サイト (グルジア語)(英語)

