ザザ・パチュリア
| ザザ・パチュリア Zaza Pachulia アトランタ・ホークス No.27 |
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|---|---|
| 名前 | |
| 本名 | ザウル・パチュリア |
| 愛称 | "バルボア(Balboa)","ザザ(Zaza)" |
| ラテン文字 | Zaza Pachulia |
| グルジア語 | ზაზა ფაჩულია |
| 基本情報 | |
| 国 | |
| 誕生日 | 1984年2月10日(29歳) |
| 出身地 | ソビエト連邦グルジア トビリシ |
| 身長 | 211cm |
| 体重 | 125kg |
| 選手情報 | |
| ポジション | C/PF |
| 背番号 | 27 |
| ドラフト | 2003年 42位 |
| 代表歴 | |
| キャップ | |
| 経歴 | |
| 2000-2003 2003-2004 2004-2005 2005-現在 |
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ザザ・パチューリア(英語: Zaza Pachulia,グルジア語: ზაზა ფაჩულია)ことザウル・パチュリア(Zaur Pachulia、1984年2月10日 - )はソビエト連邦グルジア共和国トビリシ出身のプロバスケットボール選手である。NBAのアトランタ・ホークスに所属している。ポジションはセンター、パワーフォワード。身長211cm、体重125kg。
目次 |
経歴 [編集]
欧州時代 [編集]
パチュリアは若い年齢からグルジアでは非常に優れたバスケットボール選手として知られていた。13歳の時、既に204cmという長身だったことからも伺える。トルコのプロチームが偵察に訪れることもあったという。また若くしてグルジア代表としてプレイし、東ヨーロッパ諸国のライバル国を打ち負かすことがしばしばあった。そして、パチュリアは国民の注目を集める存在になったのである。そしてトルコリーグのフェネルバフチェ・ユルケルでプレイした後、NBAの指名を受けることになった。
NBA [編集]
2003年のNBAドラフトで、オーランド・マジックから2巡目(全体42位)指名を受けてNBAに進出した。1年目の03-04シーズンは59試合の出場だったが、平均11分間の出場に留まった。シーズンオフになるとシャーロット・ボブキャッツの新加入によるエクスパンション・ドラフトが開催され、マジックはパチュリアをプロテクト(保持)することなく、ボブキャッツは彼を指名した。しかし、そのまま入団することなく、ボブキャッツは指名権と引き換えにパチュリアをミルウォーキー・バックスにトレードした。
2年目となる04-05シーズンは、シーズンを通して出場したが、なかなかヨーロッパでの前評判を決定付けるようなインパクトは残せなかった。しかし、堅実な働きでチームに貢献。オフにFAになると、かねてから有能な若手選手に注目していたアトランタ・ホークスと契約した。
パチュリアが才能を開花させ、インサイドの要として、チームにとって欠かせない存在になったのが3年目となる05-06シーズンである。出場した78試合全てで先発出場を果たした。ダブル・ダブルも多く記録。
近年はベンチからの出場が多く。07-08シーズンは、わずか5試合の先発出場に止まり十分なプレイタイムが与えられなかった。自身初のプレーオフでは、ボストン・セルティックスのケビン・ガーネット相手に睨み合いをするなどした。
その他 [編集]
- 母親のマリナも70年代に活躍したグルジアの元バスケットボール選手である。
外部リンク [編集]
- オフィシャルサイト (英語)
- NBA.com-ザザ・パチュリア- (英語)
- basketball-reference.com-ザザ・パチュリア- (英語)
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