オーランド・マジック

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オーランド・マジック
創設 1989年
チーム史 オーランド・マジック
(1989年 - )
アリーナ アムウェイ・アリーナ
本拠 フロリダ州オーランド
チームカラー 青、白、銀、黒
チームロゴ 青の大文字でORLANDO MAGICと描かれたロゴ。
ヘッドコーチ スタン・ヴァン・ガンディ
オーナー リッチ・デヴォス
優勝歴 0回
ファイナル進出 1回(1995年)
地区優勝 2回(1995年, 1996年)
  

オーランド・マジックOrlando Magic)は、アメリカ合衆国フロリダ州オーランドに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、サウスイースト・ディビジョン所属。チーム名の「マジック」は、オーランドに本拠を置くテーマパークディズニーワールドのキャッチコピー「魔法の世界へようこそ」に因んでいる。

目次

[編集] 歴史

[編集] 初期

  • NBAの好調な業績に後押しされ、1980年代末に二つの新興チームが設立された。1989年創設のオーランド・マジックはその一つだった。
  • 1989-90シーズン(最初のシーズン)、スコット・スカイルズ、ドラフト全体11番目に指名したニック・アンダーソンなどがプレイ、11月4日、ニュージャージー・ネッツとの試合がチーム最初の試合で、その2日後のニューヨーク・ニックス戦で初勝利をあげて、最終的に18勝64敗に終わった。
  • 1990-91シーズンはドラフト全体4番目で指名したシューターデニス・スコットが加入、31勝51敗だった。
  • 1991-92シーズン、この年はけが人も多く、17連敗を記録するなど、21勝61敗とファンを失望させた。

[編集] シャックの時代

  • 苦境にある新興チームの光明となったのが、1992年にドラフト全体1位で獲得したシャキール・オニールだった。オニールは1年目から23.4得点13.9リバウンドと大物ぶりを発揮し、オールスターの先発、そして新人王を受賞した。
  • 92-93シーズンのチーム成績は41勝41敗だったが、勝敗で並んでいたインディアナ・ペイサーズがイースタン8位となり惜しくもプレイオフ進出を逃した。プレイオフに進出できなかったチームの中で最も勝率が良かったものの、シーズンオフのドラフトでは2年連続でドラフトの1位指名権を獲得するという幸運に恵まれ、指名したクリス・ウェバーをただちにトレードし、アンファニー・ハーダウェイを獲得した。オニールとハーダウェイのコンビは若いチームマジックをリーグの強豪へと成長させていった。
  • 1993-94シーズンからブライアン・ヒル監督に率いられたマジックは50勝32敗の好成績でレギュラーシーズンを終え、初めてプレイオフに第3シードで進出したが1回戦でインディアナ・ペイサーズに3連敗で敗れた。。
  • 93-94シーズンはシカゴ・ブルズからリバウンドの取れるホーレス・グラントをフリーエージェントで獲得してベストの布陣を築き上げ、57勝25敗でイースタン1位となった。プレイオフでは、セルティックス、マイケル・ジョーダンが復帰したばかりのブルズ、そしてペイサーズを破り、チーム設立5年目でNBAファイナルに進出した。ヒューストン・ロケッツとのファイナルは、見どころとしてアキーム・オラジュワンとオニールのセンター対決に加え、お互いにいいシューターが揃っていた点で「3ポイントシュートの雨あられが降るだろう。」と言われた。レギュラーシーズンをウェスタン6位ながら2年連続ファイナルに進出したヒューストン・ロケッツと比べて、若さや勢い、チーム戦力などから、下馬評ではオーランド・マジック優位との声が強かった。しかし、戦いが始まってみると経験豊富なヒューストン・ロケッツの前にリードしては逆転されるという試合展開が続き、大方の予想とは異なり4連敗で敗れ去った。シリーズ第2戦では、後にオニールと共にロサンゼルス・レイカーズでNBAファイナル優勝を果たしたロバート・オーリーにファイナル新記録の7スティールを喫した。
  • 1995-96シーズン、マジックは60勝22敗だったが第2シードとなり、プレイオフではデトロイト・ピストンズアトランタ・ホークスを破ったが、シーズン72勝10敗という記録を作った最強のシカゴ・ブルズに4連敗で敗れ、前年の雪辱を果たされた。シーズン終了後、オニールは「ブライアン・ヒルのもとでは優勝できない」という言葉を吐き、ロサンゼルス・レイカーズに移った。

[編集] シャック退団後

  • 1996-97シーズン、マジックはハーダウェイやダレル・アームストロング、新しくフリーエージェントで加入したロニー・サイカリーを軸に戦って45勝37敗の成績を残した。このシーズンの開幕2連戦で、オーランド・マジックは日本を訪れ、ニュージャージー・ネッツと対戦した。プレイオフではマイアミ・ヒートと1回戦で対戦、最初の2ゲームで連敗したが、第5戦までもつれこませることができた。
  • 1997-98シーズン、マジックは監督にチャック・デイリー、フロントにはジュリアス・アービングを迎え、新たな体制を整えた。しかしハーダウェイの怪我もあり、ニック・アンダーソン、新しく加入したボー・アウトローを中心に戦ったが41勝41敗と苦戦してプレイオフには進出できずに終わった。シーズン途中にサイカリーをニュージャージー・ネッツにトレードして複数の選手や将来のドラフト指名権と交換した。
  • 1998-99シーズンはハーダウェイが復帰、それにドミニク・ウィルキンス、ジェラルド・ウィルキンス兄弟の獲得などをして33勝17敗でイースタン1位タイ(この年はロックアウトのためシーズン短縮)と躍進したがプレイオフでは1回戦でアレン・アイバーソン率いるフィラデルフィア・セブンティシクサーズに敗退した。シーズン終了後、ハーダウェイはフェニックス・サンズダニー・マニング(マジックではプレイしなかった)、パット・ギャリティなどとトレードされ、アンダーソン、ホーレス・グラントもトレードでチームを去った。
  • 1999-2000シーズン、スター選手がいない中で、アームストロング、アウトロー、そして若き日のベン・ウォレスの活躍で41勝41敗と踏みとどまり、新たにコーチに就任していたドック・リバースはコーチ・オブ・ザ・イヤーを受賞した。2000年のオフシーズン、前シーズンに節約した選手年俸でティム・ダンカントレーシー・マグレディグラント・ヒルといった大物選手の獲得を狙った。ダンカンはスパーズに残留したが、マグレディとグラント・ヒルを獲得した。
  • 2000-01シーズン、チームはドラフトで獲得したマイク・ミラーは新人王を受賞した。しかしグラント・ヒルは怪我で4試合しか出られずに43勝39敗と平凡に終わった。しかしマグレディがこの年開花してトップスコアラーの仲間入りをした。
  • 2001-02シーズンはパトリック・ユーイング、ホーレス・グラントを獲得したが、グラント・ヒルは故障がちで、マグレディ、アームストロング、マイク・ミラー中心の戦いを強いられ44勝38敗、プレイオフではバロン・デイビス率いるシャーロット・ホーネッツ(現ニューオリンズ・ホーネッツ)に1勝3敗で敗れた。
  • 続く2002-03シーズンはショーン・ケンプを獲得したが浮上のきっかけを掴めず、マイク・ミラーはトレードされ42勝40敗、プレイオフではデトロイト・ピストンズを後一歩のところまで追い詰めたが、初戦で敗退した。次のシーズンも、マグレディは2年連続で得点王を獲得するなど孤軍奮闘したが、マジックはさらに苦しみ19連敗を含む21勝61敗の結果に終った。

[編集] ドワイト・ハワードの時代

[編集] シーズンごとの成績

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン  % プレーオフ 結果
オーランド・マジック
1989-90 18 64 .220
1990-91 31 51 .378
1991-92 21 61 .463
1992-93 41 41 .500
1993-94 50 32 .610 1回戦敗退 ペイサーズ 3, マジック 0
1994-95 57 25 .695 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
マジック 3, セルティックス 1
マジック 4, ブルズ 2
マジック 4, ペイサーズ 3
ロケッツ 4, マジック 0
1995-96 60 22 .732 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
マジック 3, ピストンズ 0
マジック 4, ホークス 1
ブルズ 4, マジック 0
1996-97 45 37 .549 1回戦敗退 ヒート 3, マジック 2
1997-98 41 41 .500
1998-99 33 17 .660 1回戦敗退 シクサーズ 3, マジック 1
1999-2000 41 41 .500
2000-01 43 39 .524 1回戦敗退 バックス 3, マジック 1
2001-02 44 38 .537 1回戦敗退 ホーネッツ 3, マジック 1
2002-03 42 40 .512 1回戦敗退 ピストンズ 4, マジック 3
2003-04 21 61 .256
2004-05 36 46 .439
2005-06 36 46 .439
2006-07 40 42 .488 1回戦敗退 ピストンズ 4, マジック 0
2007-08 52 30 .634 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
マジック 4, ラプターズ 1
ピストンズ 4, マジック 1
通算勝敗 752 774 .493
プレイオフ 31 43 .419

[編集] 主な選手

[編集] 現役選手

オーランド・マジック ロースター
選手 その他
Pos # Nat 名前 身長  体重
F/C 4 アメリカ合衆国の旗 トニー・バティー (Tony Battie) 2.11 m ( 6 ft 11 in) 109 kg (240 lb) 
SG 10 アメリカ合衆国の旗 キース・ボーガンス (Keith Bogans) 1.96 m ( 6 ft 5 in) 98 kg (215 lb) 
PF 34 アメリカ合衆国の旗 ブライアン・クック (Brian Cook) 2.06 m ( 6 ft 9 in) 113 kg (250 lb) 
C 31 セントビンセント・グレナディーンの旗 アドナル・フォイル (Adonal Foyle) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 122 kg (270 lb) 
F/C 13 ポーランドの旗 マルチン・ゴルタット (Marcin Gortat) 2.11 m ( 6 ft 11 in) 109 kg (240 lb) 
C 12 アメリカ合衆国の旗 ドワイト・ハワード (Dwight Howard(C) 2.11 m ( 6 ft 11 in) 120 kg (265 lb) 
PG 8 アメリカ合衆国の旗 アンソニー・ジョンソン (Anthony Johnson) 1.91 m ( 6 ft 3 in) 88 kg (195 lb) 
G 11 アメリカ合衆国の旗 コートニー・リー (Courtney Lee) 1.96 m ( 6 ft 5 in) 91 kg (200 lb) 
F 9 アメリカ合衆国の旗 ラシャード・ルイス (Rashard Lewis) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 104 kg (230 lb) 
PG 14 アメリカ合衆国の旗 ジャミーア・ネルソン (Jameer Nelson(C) 1.83 m ( 6 ft 0 in) 86 kg (190 lb) 
G/F 20 フランスの旗 ミカエル・ピートラス (Mickaël Piétrus) 1.98 m ( 6 ft 6 in) 98 kg (215 lb) 
SG 7 アメリカ合衆国の旗 J.J.レディック (J.J. Redick) 1.93 m ( 6 ft 4 in) 86 kg (190 lb) 
G/F 32 アメリカ合衆国の旗 ジェレミー・リチャードソン (Jeremy Richardson) 2.01 m ( 6 ft 7 in) 88 kg (195 lb) 
G/F 15 トルコの旗 ヒド・ターコルー (Hedo Türkoğlu) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 100 kg (220 lb) 
PG 29 アメリカ合衆国の旗 マイク・ウィルクス (Mike Wilks) * 1.78 m ( 5 ft 10 in) 82 kg (180 lb) 
ヘッドコーチ

アメリカ合衆国の旗 スタン・ヴァン・ガンディ (Stan Van Gundy)


記号説明
  • (C) キャプテン
  • (FA) フリーエージェント
  • * 故障者

外部リンク

更新日:2008-11-3


[編集] 年代別主要選手

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

1980年代

1990年代

2000年代

[編集] 永久欠番

なし

[編集] コーチ、その他

[編集] 歴代ヘッドコーチ

[編集] 殿堂入り

[編集] チーム記録

オーランド・マジックのチーム記録

[編集] 外部リンク