オーランド・マジック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
オーランド・マジック
創設 1989年
チーム史 オーランド・マジック
(1989年 - )
アリーナ アムウェイ・センター
本拠 フロリダ州オーランド
チームカラー 青、白、銀、黒
チームロゴ 青の大文字でORLANDO MAGICと描かれたロゴ。
ヘッドコーチ スタン・ヴァン・ガンディ
オーナー リッチ・デヴォス
優勝歴 0回
ファイナル進出 2回(1995年, 2009年)
地区優勝 4回(1995年,1996年,2009年,2010年)
ジャージ
Kit body orlandom1.png
ホームジャージ
チームカラー
ホーム
Kit body orlandom2.png
アウェイジャージ
チームカラー
アウェイ
テンプレートを表示

オーランド・マジックOrlando Magic)は、アメリカ合衆国フロリダ州オーランドに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、サウスイースト・ディビジョン所属。チーム名の「マジック」は、オーランドに本拠を置くテーマパークディズニーワールドのキャッチコピー「魔法の世界へようこそ」に因んでいる。

目次

[編集] 歴史

[編集] 初期

NBAの好調な業績に後押しされ、1980年代末に二つの新興チームが設立された。1989年創設のオーランド・マジックはその一つだった。

1989-90シーズン(最初のシーズン)、スコット・スカイルズ、ドラフト全体11番目に指名したニック・アンダーソンなどがプレイ、11月4日、ニュージャージー・ネッツとの試合がチーム最初の試合で、その2日後のニューヨーク・ニックス戦で初勝利をあげて、最終的に18勝64敗に終わった。

1990-91シーズンドラフト全体4番目で指名したシューターデニス・スコットが加入、31勝51敗だった。

1991-92シーズン、この年はけが人も多く、17連敗を記録するなど、21勝61敗とファンを失望させた。

[編集] シャックの時代

苦境にある新興チームの光明となったのが、1992年のドラフト全体1位で獲得したシャキール・オニールだった。オニールは1年目から23.4得点13.9リバウンドと大物ぶりを発揮し、オールスターの先発、そして新人王を受賞した。この1992-93シーズンのチーム成績は41勝41敗だったが、勝敗で並んでいたインディアナ・ペイサーズがイースタン8位となり惜しくもプレイオフ進出を逃した。プレイオフに進出できなかったチームの中で最も勝率が良かったものの1993年のドラフトでは2年連続で全体1位指名権を獲得するという幸運に恵まれ、指名したクリス・ウェバーをただちにゴールデンステート・ウォリアーズの指名を受けたアンファニー・ハーダウェイとトレードした。オニールとハーダウェイのコンビは若いチームマジックをリーグの強豪へと成長させていった。

1993-94シーズンからブライアン・ヒル監督に率いられたマジックは50勝32敗の好成績でレギュラーシーズンを終え、第4シードで初のプレイオフに進出したが1回戦でインディアナ・ペイサーズに3連敗で敗れた。

1994-95シーズンはシカゴ・ブルズからリバウンドの取れるホーレス・グラントをフリーエージェントで獲得してベストの布陣を築き上げ、57勝25敗でイースタン1位でシーズンを終えた。プレイオフでは、セルティックスマイケル・ジョーダンが復帰したばかりのブルズ、そしてペイサーズを破り、チーム設立5年目でNBAファイナルに進出した。ヒューストン・ロケッツとのファイナルはアキーム・オラジュワンとオニールのセンター対決に加え、お互いにいいシューターが揃っていた点で「3ポイントシュートの雨あられが降るだろう。」と言われた。レギュラーシーズンをウェスタン6位と苦しみながら2年連続ファイナルに進出したヒューストン・ロケッツと比べて、若さや勢い、チーム戦力などから、下馬評ではオーランド・マジック優位との声が強かった。しかし、戦いが始まってみると経験豊富なヒューストン・ロケッツの前にリードしては逆転されるという試合展開が続き、大方の予想とは異なり4連敗で敗れ去った。シリーズ第2戦では、後にオニールと共にロサンゼルス・レイカーズでNBAファイナル優勝を果たしたロバート・オーリーにファイナル新記録の7スティールを喫した。

1995-96シーズン、マジックは60勝22敗の成績で第2シードとなり、プレイオフではデトロイト・ピストンズアトランタ・ホークスを破ったが、シーズン72勝10敗という記録を作った最強のシカゴ・ブルズに4連敗で敗れ、前年の雪辱を果たされた。シーズン終了後、オニールは「ブライアン・ヒルのもとでは優勝できない」という言葉を吐き、ロサンゼルス・レイカーズに移った。

[編集] シャック退団後

1996-97シーズン、マジックはハーダウェイやダレル・アームストロング、新しくフリーエージェントで加入したロニー・サイカリーを軸に戦って45勝37敗の成績を残した。このシーズンの開幕2連戦で、オーランド・マジックは日本を訪れ、ニュージャージー・ネッツと対戦した。プレイオフではマイアミ・ヒートと1回戦で対戦、最初の2ゲームで連敗したが、第5戦までもつれこませることができた。

1997-98シーズン、マジックは監督にチャック・デイリー、フロントにはジュリアス・アービングを迎え、新たな体制を整えた。しかしハーダウェイの怪我もあり、ニック・アンダーソン、新しく加入したボー・アウトローを中心に戦ったが41勝41敗と苦戦してプレイオフには進出できずに終わった。シーズン途中にサイカリーをニュージャージー・ネッツにトレードして複数の選手や将来のドラフト指名権と交換した。

1998-99シーズンはハーダウェイが故障から復帰、ドミニク・ウィルキンスジェラルド・ウィルキンス兄弟の獲得などをして33勝17敗でイースタン1位タイ(この年はロックアウトのためシーズン短縮)と躍進したがプレイオフでは1回戦でアレン・アイバーソン率いるフィラデルフィア・セブンティシクサーズに敗退した。シーズン終了後、ハーダウェイはフェニックス・サンズダニー・マニング(マジックではプレイしなかった)、パット・ギャリティなどとトレードされ、アンダーソン、ホーレス・グラントもトレードでチームを去った。

1999-2000シーズン、スター選手がいない中で、アームストロング、アウトロー、そして若き日のベン・ウォレスの活躍で41勝41敗と踏みとどまり、新ヘッドコーチのドック・リバースはコーチ・オブ・ザ・イヤーを受賞した。2000年のオフシーズン、前シーズンに節約した選手年俸ティム・ダンカントレーシー・マグレディグラント・ヒルといった大物選手の獲得を狙った。ダンカンはスパーズに残留したが、マグレディとグラント・ヒルを獲得した。

2000-01シーズン、マグレディがこの年開花してトップスコアラーの仲間入りをした。またドラフトで獲得したマイク・ミラーは新人王を受賞した。しかしグラント・ヒルは怪我で4試合しか出られずに43勝39敗と平凡に終わった。

2001-02シーズンパトリック・ユーイング、ホーレス・グラントを獲得したが、グラント・ヒルは故障がちで、マグレディ、アームストロング、マイク・ミラー中心の戦いを強いられ44勝38敗、プレイオフではバロン・デイビス率いるシャーロット・ホーネッツ)に1勝3敗で敗れた。

2002-03シーズンショーン・ケンプを獲得したが浮上のきっかけを掴めず、マイク・ミラーはトレードされ42勝40敗、プレイオフではデトロイト・ピストンズを後一歩のところまで追い詰めたが、初戦で敗退した。2003-04シーズンも、マグレディは2年連続で得点王を獲得するなど孤軍奮闘したが、マジックはさらに苦しみ19連敗を含む21勝61敗の結果に終った。

[編集] ドワイト・ハワードの時代

2004年のオフシーズン、チームは大胆な再建に取りかかり、マグレディはスティーブ・フランシスらとトレードされ、フリーエージェントでヘド・ターコルーを獲得した。ドラフトでは1993年以来の全体1位指名権を獲得し、ドワイト・ハワードジャミーア・ネルソンを指名、時間を掛けて育成する方針を採ることになった。

2004-05シーズンは、健康になったグラント・ヒルがオールスターに出場する活躍を見せたものの、36勝46敗と負け越した。

2005-06シーズンは、ブライアン・ヒルがヘッドコーチに復帰、再びグラント・ヒルが故障したこともあり、序盤は大きく低迷した。チームはフランシスをニューヨーク・ニックスへ放出し、デトロイト・ピストンズよりカルロス・アロヨダーコ・ミリチッチを加えた。オールスター後、チームは快進撃を続け、前年と同じ36勝46敗まで持ち直しシーズンを終えた。

2006-07シーズン、前シーズン後半の勢いを続けイースタン首位を快走している。最終的になんとかプレーオフに進出するが、4年連続カンファレンスファイナル進出中のデトロイト・ピストンズを止めることができず4連敗し、ブライアン・ヒルは解任された。

2007-2008シーズン前、マジックは大きな動きを見せた。スタン・ヴァン・ガンディをヘッドコーチに招聘し、長年チームに在籍したグラント・ヒルはフェニックス・サンズに移籍、シアトル・スーパーソニックスからラシャード・ルイスを獲得した。前年29位という得点力の低さを改善する為で、この動きはとても注目された。そして迎えた開幕戦、ミルウォーキー・バックスに19点差をつけ快勝。その後同じく大型トレードで成功を収めていたボストン・セルティックスに初めて勝利し、8連勝を止めてみせた。特に大黒柱のドワイト・ハワードの活躍は目覚しく史上最年少でリバウンド王に輝き、またヘド・ターコルーはMIPを受賞、チームはシャック&ハーダウェイ時代以来の好成績となる52勝30敗でレギュラーシーズンを終えた。プレーオフでは1回戦でトロント・ラプターズを降し、カンファレンス準決勝まで進出するが、ピストンズの前に2年連続で敗退した。

2008-2009シーズン、チームはNBAファイナルに進出したがロサンゼルス・レイカーズに1勝4敗で敗れた。シーズン後、主力のターコルーがチームを離れ、ニュージャージー・ネッツからビンス・カーターを獲得した。2009-2010シーズンのプレイオフでは1回戦、2回戦を無傷の8連勝で勝ち上がったがカンファレンスファイナルでボストン・セルティックスに2勝4敗で敗れシーズンを終えた。

2010-2011シーズン12月、主力メンバーでルイスをワシントン・ウィザーズへ、カーター、マルチン・ゴルタットミカエル・ピートラスフェニックス・サンズへ放出した。代わりにウィザーズからギルバート・アリーナスを、サンズからジェイソン・リチャードソン、ターコルー、アール・クラークを獲得するビッグトレードを行った。

[編集] シーズンごとの成績

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン  % プレーオフ 結果
オーランド・マジック
1989-90 18 64 .220
1990-91 31 51 .378
1991-92 21 61 .463
1992-93 41 41 .500
1993-94 50 32 .610 1回戦敗退 ペイサーズ 3, マジック 0
1994-95 57 25 .695 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
マジック 3, セルティックス 1
マジック 4, ブルズ 2
マジック 4, ペイサーズ 3
ロケッツ 4, マジック 0
1995-96 60 22 .732 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
マジック 3, ピストンズ 0
マジック 4, ホークス 1
ブルズ 4, マジック 0
1996-97 45 37 .549 1回戦敗退 ヒート 3, マジック 2
1997-98 41 41 .500
1998-99 33 17 .660 1回戦敗退 シクサーズ 3, マジック 1
1999-2000 41 41 .500
2000-01 43 39 .524 1回戦敗退 バックス 3, マジック 1
2001-02 44 38 .537 1回戦敗退 ホーネッツ 3, マジック 1
2002-03 42 40 .512 1回戦敗退 ピストンズ 4, マジック 3
2003-04 21 61 .256
2004-05 36 46 .439
2005-06 36 46 .439
2006-07 40 42 .488 1回戦敗退 ピストンズ 4, マジック 0
2007-08 52 30 .634 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
マジック 4, ラプターズ 1
ピストンズ 4, マジック 1
2008-09 59 23 .720 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
マジック 4, シクサーズ 2
マジック 4, セルティックス 3
マジック 4, キャブス 2
レイカーズ 4, マジック 1
2009-10 59 23 .720 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
マジック 4, ボブキャッツ 0
マジック 4, ホークス 0
セルティックス 4, マジック 2
2010-11 52 30 .634 1回戦敗退 ホークス 4, マジック 2
通算勝敗 922 850 .520
プレイオフ 56 62 .474

[編集] 主な選手

[編集] 現役選手

オーランド・マジック ロースター
選手 その他
Pos # Nat 名前 身長  体重
F 33 アメリカ合衆国の旗 ライアン・アンダーソン (Ryan Anderson) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 109 kg (240 lb) 
F 55 アメリカ合衆国の旗 アール・クラーク (Earl Clark) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 102 kg (225 lb) 
PF 11 アメリカ合衆国の旗 グレン・デイビス (Glen Davis) 2.06 m ( 6 ft 9 in) 131 kg (289 lb) 
PG 25 アメリカ合衆国の旗 クリス・デュホン (Chris Duhon) 1.85 m ( 6 ft 1 in) 84 kg (185 lb) 
F 32 アメリカ合衆国の旗 ジャスティン・ハーパー (Justin Harper) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 102 kg (225 lb) 
C 12 アメリカ合衆国の旗 ドワイト・ハワード (Dwight Howard(C) 2.11 m ( 6 ft 11 in) 120 kg (265 lb) 
G 20 アメリカ合衆国の旗 ラリー・ヒューズ (Larry Hughes) 1.98 m ( 6 ft 6 in) 95 kg (209 lb) 
G 34 アメリカ合衆国の旗 デアンドレ・リギンス (DeAndre Liggins) 1.98 m ( 6 ft 6 in) 95 kg (210 lb) 
PG 14 アメリカ合衆国の旗 ジャミーア・ネルソン (Jameer Nelson(C) 1.83 m ( 6 ft 0 in) 86 kg (190 lb) 
F/C 21 アメリカ合衆国の旗 ダニエル・オートン (Daniel Orton) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 122 kg (269 lb) 
SG 7 アメリカ合衆国の旗 J.J.レディック (J.J. Redick) 1.93 m ( 6 ft 4 in) 86 kg (190 lb) 
G/F 23 アメリカ合衆国の旗 ジェイソン・リチャードソン (Jason Richardson) 1.98 m ( 6 ft 6 in) 102 kg (225 lb) 
G/F 5 アメリカ合衆国の旗 クエンティン・リチャードソン (Quentin Richardson) 1.98 m ( 6 ft 6 in) 103 kg (228 lb) 
F 15 トルコの旗 ヒド・ターコルー (Hedo Turkoglu) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 100 kg (220 lb) 
G/F 1 アメリカ合衆国の旗 ヴォン・ウェイファー (Von Wafer) 1.96 m ( 6 ft 5 in) 95 kg (209 lb) 
ヘッドコーチ

アメリカ合衆国の旗 スタン・ヴァン・ガンディ (Stan Van Gundy)


記号説明
  • (C) キャプテン
  • (FA) フリーエージェント
  • (DP) ドラフト未契約
  • (S) 出場停止
  • * 故障者

外部リンク

更新日:2011-12-28


[編集] 年代別主要選手

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

[編集] 永久欠番

なし

[編集] コーチ、その他

[編集] 歴代ヘッドコーチ

[編集] 殿堂入り

[編集] チーム記録

[編集] 外部リンク

4

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語