ミネソタ・ティンバーウルブズ
| ミネソタ・ティンバーウルブズ | |||
|---|---|---|---|
| 原語表記 | Minnesota Timberwolves | ||
| チームカラー | 黒、青、白、緑、灰色 | ||
| チームロゴ | 緑の森を乗り越えるように狼の頭部が突き出ている。下に小さめの文字でMINNESOTA、そして大きめの文字でTIMBERWOLVESと綴られている。 | ||
| 所属リーグ | |||
| 地区 | ウェスタン・カンファレンス | ||
| ディビジョン | ノースウェスト・ディビジョン | ||
| 創設 | 1989年 | ||
| チーム史 | ミネソタ・ティンバーウルブズ (1989 - ) |
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| 本拠 | ミネソタ州ミネアポリス | ||
| アリーナ | ターゲット・センター | ||
| オーナー | グレン・テイラー | ||
| ヘッドコーチ | カート・ランビス | ||
| 優勝歴 | 0回 | ||
| ファイナル進出 | 0回 | ||
| 地区優勝 | 2004年 | ||
| ユニフォーム | |||
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ミネソタ・ティンバーウルブズ(Minnesota Timberwolves)は、アメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス市に本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。ウェスタン・カンファレンス、ノースウェスト・ディビジョン所属。チーム名の「ティンバーウルフ(シンリンオオカミ)」はミネソタ州などに生息するオオカミの一種。「ティンバーウルブズ」を略して「ウルブズ」と呼ぶこともある。
目次 |
歴史 [編集]
初期 [編集]
1989年にミネソタ・ティンバーウルブズ(ウルブズ)がNBAに加わる以前、ミネソタ州ミネアポリスを拠点としたチームがいくつかあった。ミネアポリス・レイカーズはNBA初期の1950年代を代表する強豪であり、ジョージ・マイカンを中心に5度の優勝を果たしたが、1960年にロサンゼルスへ移転した。1960年代末にはABAのミネソタ・マスキーズとミネソタ・パイパーズがそれぞれ1年間存在したが、以降ミネソタ州にプロバスケットボールチームはなかった。
1980年代に入って以降NBAは好調に業績を伸ばし、リーグ拡張の気運が生まれていた。その結果80年代末には4チームがNBAに加入し、ウルブズもその一つだった。
この時期、かつてミネアポリス・レイカーズで活躍したジョージ・マイカンを中心とした団体が、当時売却される可能性があったNBAのいくつかのチームにミネアポリス移転を働きかけたが実現しなかった。一方で地元の実業家らがミネアポリス地区にプロバスケットボールチームを設立する動きを見せ始めた。両者の協力により1988年にはミネソタ・ティンバーウルブズ結成の運びとなり、翌年よりNBAのチームとして活動を開始した。「ティンバーウルブズ」の名は投票により選ばれた。
初期のウルブズではトニー・キャンベル、タイロン・コービン、アイザイア・ライダー、クリスチャン・レイトナーなどが活躍したが、1990年代末まで勝率が5割に達せずほとんどのシーズンで30勝以下であり、20勝に満たないシーズンも二度あった。
ガーネットの時代 [編集]
1994年に地元出身のケビン・マクヘイルがフロント入りし、翌年実質的なジェネラルマネージャーの職に就いた。マクヘイルは1995年にドラフトでケビン・ガーネットを指名し、フリップ・サンダースをHCに据えた。高卒選手だったガーネットは徐々に成長し、リーグを代表する選手になった。1995年にドニエル・マーシャルと交換でトム・ググリオッタを獲得し、1996年にはステフォン・マーブリーが入団、ガーネットとともにチームを牽引したが、1998年にググリオッタがフリーエージェントとなりチームを離れると、ガーネットがチームと結んだ高額年俸の影響もあり、1999年にはマーベリーもトレードでチームを去った。
以降のウルブズはテレル・ブランドン、ウォーリー・ザービアックなどの好選手を迎えたが、ガーネットの年俸が高額なためにスター選手を集められないという批判が続いた。また2000年には、1999年夏にジョー・スミスと結んだ契約がサラリーキャップ規定に反していたことが発覚し、5年間ドラフト1巡目指名権を剥奪と350万ドルの罰金処分を受けた(2003年と2005年は獲得が認められた)、マリック・シーリーが交通事故で他界するという不幸があった。
1997年にウルブズは初めてプレーオフに出場したが、以降7シーズンに渡りプレーオフ1回戦で敗退を続けた。2004年、ブランドン、ジョー・スミスらを放出し、サム・キャセール、ラトレル・スプリーウェルらをトレードで獲得。地区首位の58勝24敗と躍進しガーネットはMVPを受賞、初めてプレーオフ1回戦を突破、地区決勝まで進出したが、そこでロサンゼルス・レイカーズに敗れた。翌シーズン以降のウルブズはレギュラーシーズン成績も低下し、プレーオフ出場を逃している。
ガーネット退団以後 [編集]
低迷が続いたウルブズは2007年についにガーネットをトレードに出し、チーム再編の時期に入った。しかし、ガーネットの後継者としてアル・ジェファーソンに期待が掛かっていたが、2009-10シーズン後にユタ・ジャズへとトレードで去ったため、新たなチーム再編を強いられていた。
シーズンごとの成績 [編集]
Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率
| シーズン | 勝 | 敗 | % | プレーオフ | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| ミネソタ・ティンバーウルブズ | |||||
| 1989-90 | 22 | 60 | .268 | ||
| 1990-91 | 29 | 53 | .354 | ||
| 1991-92 | 15 | 67 | .183 | ||
| 1992-93 | 19 | 63 | .232 | ||
| 1993-94 | 20 | 62 | .244 | ||
| 1994-95 | 21 | 61 | .256 | ||
| 1995-96 | 26 | 56 | .317 | ||
| 1996-97 | 40 | 42 | .488 | 1回戦敗退 | ロケッツ 3, ウルブズ 0 |
| 1997-98 | 45 | 37 | .549 | 1回戦敗退 | スーパーソニックス 3, ウルブズ 2 |
| 1998-99 | 25 | 25 | .500 | 1回戦敗退 | スパーズ 3, ウルブズ 1 |
| 1999-2000 | 50 | 32 | .610 | 1回戦敗退 | ブレイザーズ 3, ウルブズ 1 |
| 2000-01 | 47 | 35 | .573 | 1回戦敗退 | スパーズ 3, ウルブズ 1 |
| 2001-02 | 50 | 32 | .610 | 1回戦敗退 | マーベリックス 3, ウルブズ 0 |
| 2002-03 | 51 | 31 | .622 | 1回戦敗退 | レイカーズ 4, ウルブズ 2 |
| 2003-04 | 58 | 24 | .707 | 1回戦勝利 カンファレンス準決勝勝利 カンファレンス決勝敗退 |
ウルブズ 4, ナゲッツ 1 ウルブズ 4, キングス 3 レイカーズ 4, ウルブズ 2 |
| 2004-05 | 44 | 38 | .537 | ||
| 2005-06 | 33 | 49 | .402 | ||
| 2006-07 | 32 | 50 | .390 | ||
| 2007-08 | 22 | 60 | .268 | ||
| 2008-09 | 24 | 58 | .293 | ||
| 2009-10 | 15 | 67 | .183 | ||
| 2010-11 | 17 | 65 | .207 | ||
| 2011-12 | 26 | 40 | .394 | ||
| 通算勝敗 | 731 | 1107 | .398 | ||
| プレイオフ | 17 | 30 | .362 | ||
主な選手 [編集]
現役選手 [編集]
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ミネソタ・ティンバーウルブズ ロースター
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| 選手 | その他 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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更新日:2013-3-27 |
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年代別主要選手 [編集]
太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人
1990年代 (プレイオフ進出:3回)
- トニー・キャンベル (Tony Campbell) :1989-1992
- ダグ・ウェスト (Doug West) :1989-1998
- クリスチャン・レイトナー (Christian Laettner) :1992-1996
- チャック・パーソン(Chuck Person) :1992-1994
- アイザイア・ライダー (Isiah Rider) :1993-1996
- ケビン・ガーネット (Kevin Garnett) :1995-2007 (M)
- トム・ググリオッタ (Tom Gugliotta) :1995-1998
- サム・ミッチェル (Sam Mitchell) :1995-2002
- テリー・ポーター (Terry Porter) :1995-1998
- ステフォン・マーブリー (Stephon Marbury) :1996-1999
- マリック・シーリー (Malik Sealy) :1998-2000
- テレル・ブランドン (Terrell Brandon) :1999-2003
- ラドスラフ・ネステロビッチ (Radoslav Nesterovic) :1999-2003
- ウォーリー・ザービアック (Wally Szczerbiak) :1999-2006
2000年代 (プレイオフ進出:5回)
- チャンシー・ビラップス (Chauncey Billups) :2000-2002
- サム・キャセール (Sam Cassel) :2003-2005
- ラトレル・スプリーウェル (Latrell Sprewell) :2003-2005
- アル・ジェファーソン (Al Jefferson) :2007-
永久欠番 [編集]
- 2 マリック・シーリー (Malik Sealy)
コーチ、その他 [編集]
- ランディ・ウィットマン (Randy Wittman) ヘッドコーチ
- ケビン・マクヘイル (Kevin McHale) バイスプレジデント オブ バスケットボールオペレーション
殿堂入り [編集]
なし
歴代ヘッドコーチ [編集]
- ビル・マッセルマン (Bill Musselman) (1989-90/1990-91)
- ジミー・ロジャース (Jimmy Rodgers) (1991-92/1992-93)
- シドニー・ロウ (Sidney Lowe) (1992-93/1993-94)
- ビル・ブレアー (Bill Blair) (1994-95/1995-96)
- フリップ・サウンダース (Flip Saunders) (1995-96/2004-05)
- ケビン・マクヘイル (Kevin McHale) (2004-05)
- ドウェイン・ケイシー (Dwane Casey) (2005-06/2006-07)
- ランディ・ウィットマン (Randy Wittman) (2006-07/2007-08)
- ケビン・マクヘイル (2008-09)
- カート・ランビス (2009-10/現在)
日本での公式戦 [編集]
1999年11月に、サクラメント・キングスと共に来日し東京ドームで開幕2試合を行なった。この時ジェイソン・ウィリアムスを擁するキングスの方が人気があり、1試合ずつのホームゲーム扱いだったが2試合ともキングスを応援するファンの方が多かった。しかし、試合ではエースのガーネットが、第1戦で31得点17リバウンド、第2戦で34得点12リバウンドと活躍し(ともに試合最多)、1勝1敗のタイにした。