マット・バーンズ

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マット・バーンズ
Matt Barnes
ロサンゼルス・クリッパーズ  No.22
Matt Barnes Lakers.jpg
名前
本名 Matt Kelly Barnes
ラテン文字 Matt Barnes
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1980年3月9日(34歳)
出身地 カリフォルニア州サンタクララ
身長 201cm
体重 102.5kg
選手情報
ポジション スモールフォワード
背番号 22
ドラフト 2002年 2巡目46位
経歴
2002-2003
2004
2004-2005
2005
2005
2005-2006
2006-2008
2008-2009
2009-2010
2010-2012
2012-
フェイエットビル・ペイトリオッツ
ロサンゼルス・クリッパーズ
サクラメント・キングス
フィラデルフィア・セブンティシクサーズ
ニューヨーク・ニックス
フィラデルフィア・セブンティシクサーズ
ゴールデンステート・ウォリアーズ
フェニックス・サンズ
オーランド・マジック
ロサンゼルス・レイカーズ
ロサンゼルス・クリッパーズ

マット・バーンズMatt Kelly Barnes, 1980年3月9日 - )はアメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ出身のバスケットボール選手。NBAロサンゼルス・クリッパーズに所属している。ポジションはスモールフォワード。201cm、102kg。目下、10回の移籍を経験しているジャーニーマンである。

経歴[編集]

高校時代はバスケットと同時にアメリカンフットボールの選手としても活躍した。デルカンポ高校卒業後、UCLAに進学。4年間のプレイで通算得点は1066点となり、同校で通算1000得点を突破した4人目の選手となった。

流浪の日々[編集]

大学卒業後、2002年のNBAドラフトにエントリーし、メンフィス・グリズリーズから2巡目全体46位指名を受け、その後トレードでクリーブランド・キャバリアーズに契約した。しかしシーズン開幕直前となった10月にロースターから外されてしまい、夢のNBAデビューは叶わなかった。2002-03シーズンをバーンズはマイナーリーグ(Dリーグ)のフェイエットビル・ペイトリオッツで過ごした。2003年の夏にはシアトル・スーパーソニックスにてNBAデビューへの足がかりを見出すも、やはり開幕ロスターに残ることはできず、再びマイナーリーグ(独立リーグABA)に戻り、ロングビーチ・ジャムと契約した。

NBA[編集]

ジャムで過ごした03-04シーズン中の1月、バーンズはロサンゼルス・クリッパーズとの10日間契約を結ぶことに成功した。そして1月19日サクラメント・キングス戦で初めてNBAのコートを踏んだ。契約は延長され、バーンズはシーズン終了までをクリッパーズで過ごし、4.5得点4リバウンドの成績を残した。このオフにはサクラメント・キングスとの契約に成功し、04-05シーズンの開幕をNBA選手として迎えた。層の厚いキングスではあまり多くの出場機会を得られず、シーズン中の2月にはスター選手クリス・ウェバーのトレードに組み込まれる形で、フィラデルフィア・セブンティシクサーズに移籍した。移籍後すぐに故障者リスト入りしてしまい、結局シクサーズでは1分もプレイすることなくシーズンを終えた。オフにFAとなったバーンズはニューヨーク・ニックスと契約。しかし開幕僅か6試合で解雇された。12月には再びシクサーズに戻ることができ、この05-06シーズンは終了までシクサーズで過ごした。シクサーズでも多くの出場機会を得られることはできず、出場時間の1試合平均は僅か10.8分だった。シーズン終了後、バーンズはゴールデンステート・ウォーリアーズと契約した。

06-07シーズンのウォーリアーズは実に13シーズンぶりにプレイオフに進出し、1回戦でレギュラーシーズン最高勝率を収めたダラス・マーベリックスを破るという快挙を達成した。大きく飛躍したチームの中で、バーンズもまた大きくステップアップを果たすシーズンとなった。出場時間はシクサーズ時代の倍以上に増え、シーズン中盤には故障者の発生や大型トレードによるメンバーの入れ替えもあり、一時的ながらも先発に起用された。またシューターとしての才能も開花し、これまでのクリッパーズ時代からシクサーズ時代までの通算スリーポイント成功数7本を大幅に上回る、106本のスリーポイントを成功させた。12月26日のシクサーズ戦ではフランチャイズ記録タイとなる7本のスリーポイントシュートを成功、その僅か11日後のメンフィス・グリズリーズ戦でも同数のスリーポイントシュートを成功し、さらにキャリアハイとなる36得点をあげた。このシーズンの成績は9.8得点4.6リバウンド、プレイオフでも活躍し、チームの念願のプレイオフ進出とプレイオフでの歴史的なアップセットに大きく貢献した。

08-09シーズンフェニックス・サンズに移籍。シーズン中には先発SGのラジャ・ベルが移籍するため、バーンズは先発の座を射止め、キャリア初の平均二桁となる10.2得点5.5リバウンドを記録する。ディフェンダー不足に悩まされていたサンズにおいてはバーンズのディフェンス力も重宝がられ、時にはダーク・ノビツキーなど自身よりも遥かに大きい選手とのマッチアップも任された。

09-10シーズンにはオーランド・マジックに移籍。これまで常に単年契約を結ばされてきたバーンズにとっては念願の2年契約を結んでいる。

2010年6月23日にFAでロサンゼルス・レイカーズへ移籍。

2012年、ロサンゼルス・クリッパーズへ移籍。

プレイスタイル[編集]

タフなディフェンスが売りのエースストッパーとして知られる。決して身長や身体能力に優れるわけではないが、リバウンドにも果敢に跳びこむ。怪我の多さが欠点。

外部リンク[編集]