5世紀

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千年紀: 1千年紀
世紀: 4世紀 - 5世紀 - 6世紀
10年紀: 400年代 410年代 420年代 430年代 440年代
450年代 460年代 470年代 480年代 490年代
5世紀頃に築造された大仙古墳。全長は486メートルの最大級の前方後円墳で、伝承では仁徳天皇陵とされている。
フン族アッティラの侵入は東西ローマ帝国を驚倒させた。画像はラファエロレオ1世とアッティラの会見」。
ラヴェンナガッラ・プラキディア廟堂。ガッラ・プラキディアは西ローマ皇帝ヴァレンティニアヌス3世の母。初期キリスト教美術を代表するモザイク壁画が残されている。
雲崗石窟北魏時代に都の平城大同市)から西方約20キロに位置する雲崗で造営された石窟寺院。
アジャンター石窟寺院の壁画。インドではこの時代にグプタ様式と呼ばれる表現が発達した。図はパドマパーニ(蓮華手(観世音)菩薩)の像。


5世紀(ごせいき)は、西暦401年から西暦500年までの100年間を指す。日本では古墳時代にあたる。

できごと[編集]

  • 401年 - クチャの仏僧である鳩摩羅什が長安に来訪。
  • 402年 - 柔然社崙が初めて可汗を称する。
  • 403年 - 桓玄が東晋の安帝から帝位を簒奪( - 404年)。
  • 404年 - 倭軍がもとの帯方郡の地域に出兵し、高句麗軍に撃退される。(広開土王碑
  • この頃、大王クラスの大形前方後円墳奈良盆地から大阪平野に移り、更に巨大化する。人物埴輪が現れる。
  • 410年 - 西ゴート人アラリックローマ市を占領・掠奪。西ローマ帝国の衰亡が決定的になる。
  • 410年 - 西ローマ帝国のブリタンニア支配の終わり。
  • 413年 - 東晋で劉裕による「義煕土断」が行われる。
  • 413年 - 倭国東晋に朝貢する。(東晋・義煕9、『晋書』安帝紀、『太平御覧』)
  • 414年 - 西ゴート人がイベリア半島に侵入。
  • 414年 - 高句麗の広開土王(好太王)碑建つ。
  • 415年 - ワリア王がトロサ(トゥールーズ)に遷都し西ゴート王国が成立する。
  • 420年 - 劉裕が東晋から政権を奪って、宋 (南朝)を建国(宋の武帝)。
  • 421年(宋・永初2年)- 倭王の讃、宋に朝貢し、宋の武帝から、除綬の詔うける。(おそらく安東将軍倭国王)(『宋書』倭国伝)
  • 425年(宋・元嘉2年)- 倭王の讃、司馬の曹達を遣わし、宋の文帝に貢物を献ずる。(『宋書』倭国伝)
  • 425年 - エフタルバクトリア地方に侵入
  • 427年 - 高句麗が平壌に遷都する。
  • 427年 - 陶淵明没。
  • 429年 - ガイセリック率いるゲルマン人ヴァンダル族が北アフリカにヴァンダル王国をたてる。
  • 430年 (宋・元嘉7年)- 倭国王、宋に使いを遣わし、貢物を献ずる。(おそらく讃)(『宋書』文帝紀)
  • この頃、各地に巨大古墳出現する。馬具や甲冑、刀などの武器が副葬されるようになる。
  • 431年 - エフェソス公会議ネストリウス派(のちの景教)が異端宣告される。
  • 434年 - アッティラフン族の王となる。
  • 437年 - 西ローマ帝国将軍アエティウスがフン族を派遣し第一ブルグント王国を滅ぼす(叙事詩『ニーベルンゲンの歌』のもととなる)。
  • 438年(宋・元嘉15年)- これより先、倭王讃没し、弟珍立つ。この年、珍宋に朝貢し、自ら「使持節都督・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事安東太将軍倭国王」と称し、正式の任命を求める。(『倭国』倭国伝)4月、宋の文帝、珍を安東将軍倭国王とする。(『宋書』文帝紀)珍はまた倭隋ら13人を平西・征虜・冠軍・輔国将軍にされんことを求め、許される。(『宋書』倭国伝)
  • 439年 - 北魏太武帝が華北を統一、中国は南北朝時代となる。
  • 440-450年 - 千葉県市原市養老川下流域の北岸台地上の稲荷台1号墳で出土した「王賜銘」鉄剣が房総の王に授けられる。
  • 442年 - 且渠氏により高昌国が成立。
  • 443年(宋・元嘉20年)- 倭国王の済、宋に朝貢して、安東将軍倭国王とされる。
  • 443年 - スイス・フランス東南部に第二ブルグント王国が成立。
  • 446年 - 北魏の太武帝が廃仏の詔を出す。
  • 449年 - エフェソス強盗会議が開かれる。
  • 450年 - 北魏で国史の獄が起こり、崔浩らが処刑される。
  • 450年ごろ - アングロ・サクソン族がブリテン島に移住。
  • 451年 - カタラウヌムの戦いで西ローマ・ゴート連合軍がフン族のアッティラ王を破る。
  • 451年 - カルケドン公会議単性論(非カルケドン派)が異端宣告される。
  • 452年 - アッティラ率いるフン族がイタリアに進攻。マントヴァにてアッティラと教皇レオ1世の会見。
  • 453年 - アッティラが急逝。フン族の後継者争いが起こり、息子のエラックが勝利する。
  • 454年 - ネダオ川の戦いで、フン族の王エラックがゲピド族長アルダリックに敗北し、フン族の国家は崩壊する。
  • 455年 - ヴァレンティニアヌス3世の暗殺による西ローマ帝国でのテオドシウス朝の断絶。
  • 455年 - ヴァンダル人のガイセリックがローマを占領。
  • 460年 - 北魏で雲崗石窟の工事始まる。
  • 468年 - バシリスクス司令官率いる東西ローマ帝国連合軍が北アフリカのボン岬でヴァンダル王国に大敗。
  • 471年 - 埼玉県行田市稲荷山古墳から出土した「辛亥年七月中」の干支銘を持つ金錯銘鉄剣が製作される。
  • 475年 - 高句麗が百済の首都を攻める。
  • 476年 - ゲルマン人傭兵隊長オドアケルによって最後の西ローマ皇帝が退位し、西ローマ帝国が滅亡。オドアケルはイタリアに君臨する。
  • 477年 - 倭国が宋に朝貢する。(『宋書』順帝紀)これより先、興没し、弟の武立つ。
  • 478年 - 倭王武が宋に入貢して上表する。「父祖の功績と父兄の志を述べ、高句麗の無道を糾弾し、自ら開府儀同三司と称し、正式の任命を求める。宋の順帝武を「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東太将軍倭王」とする。(『宋書』順帝紀、『宋書』倭国伝)
  • 479年 - 中国で南朝の宋に代わりが成立。
  • 481年 - クロヴィス1世メロヴィング朝フランク国王として即位。
  • 482年 - 東ローマ皇帝ゼノンが「ヘノティコン(統一令)」を発布。
  • 485年 - 北魏の孝文帝均田制を実施する。
  • 486年 - ソワソンの戦いで、クロヴィス1世がガリア北部を支配していた西ローマ系軍閥シアグリウスを破る。
  • 487年 - 高車が柔然の支配から脱してジュンガリアに建国。
  • 493年 - 東ゴート人の族長テオドリックがオドアケルを破ってイタリアに東ゴート王国を建国。
  • 494年 - 北魏が大同から洛陽に遷都する。
  • 496年 - トルビアックの戦いでフランク王国がアラマンニ族に勝利し、国王クロヴィス1世がカトリックに改宗する。
  • 498年 - トルファン地方に麹氏高昌国が興る。
  • 500年前後 - ベイドン山の戦いブリトン人アングロ・サクソン人を打ち破ったか。この事件がアーサー王伝説の起源となったか。
  • 日本各地で大型前方後円墳が築造される(古墳時代)。

文化[編集]

人物[編集]

地中海世界[編集]

フン族の帝国[編集]

ゲルマン諸王[編集]

西ローマ帝国[編集]

東ローマ帝国とその周辺[編集]

南アジア[編集]

東アジア[編集]

五胡十六国[編集]

東晋[編集]

南朝[編集]

北朝[編集]

柔然[編集]

満州[編集]

朝鮮半島[編集]

日本[編集]

10年紀と各年[編集]

400年代 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409
410年代 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419
420年代 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429
430年代 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439
440年代 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449
450年代 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459
460年代 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469
470年代 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479
480年代 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489
490年代 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499
500年代 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509