ベツレヘム
| ベツレヘム بيت لحم |
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|---|---|
ベツレヘム市街 |
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| 座標 : 北緯31度42分11秒 東経35度11分44秒 / 北緯31.70306度 東経35.19556度 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 地区 | ヨルダン川西岸地区 |
| 県 | ベツレヘム県 |
| 市 | ベツレヘム |
| 市長 | ヴィクトル・バタルセ |
| 人口 | |
| 人口 | (2007年現在) |
| 市域 | 25,266人 |
| 公式ウェブサイト : www.bethlehem-city.org | |
ベツレヘム(アラビア語: بَيْت لَحْم (Bayt Laḥm バイト・ラハム(標準語)、ベート・レヘム(口語)、「肉の家」の意)、ヘブライ語: בֵּית לֶחֶם (Bēth Leḥem ベース・レヘム、現代音 Beyt Leḥem ベイト・レヘム、「パンの家」の意))は、パレスチナ自治区ベツレヘム県に位置する都市である。
日本では正教会等において「ビフレーム」とも表記される(ロシア語: Вифлее́м(Vifl'eyém ヴィフリイェーム)<ギリシア語: Βηθλεέμ(中世音 Vithleém ヴィスレエム)<ヘブライ語)。
目次 |
概要 [編集]
『旧約聖書』に記されたユダの町で、『新約聖書』の「マタイによる福音書」「ルカによる福音書」によるとイエス・キリストの誕生地。これにちなんで、クリスマスツリーの頂点につけられる星を「ベツレヘムの星」と呼ぶ。旧約時代、ダビデの家族がここに住み、ペリシテ人が駐留の際にはダビデの三勇士が危険を冒してここの井戸の水を汲んだ。聖書にはその他いくつかの箇所でその名が記されている。
歴史 [編集]
1099年、第1回十字軍によりベツレヘムは占領された。砦が築かれ、生誕教会の北側に新しい修道院が建設された。ギリシア正教の牧師が移り住んだ。この時まで、この地区に住む正式なキリスト教徒は、ギリシア正教徒であった。クリスマスの日にボードゥアン1世がエルサレム王国の最初の王となり、この地で戴冠され、同年にキリスト教の司教座も街に創設された。 1187年、エジプトとシリアのスルタンであるサラディン率いるイスラム軍が、十字軍から街を奪還した。キリスト教徒は立ち退かざるをえず、逆に正教徒は帰還が許された。しかし、ヨーロッパからの巡礼者数がめっきり減って、巡礼者を対象とする商売が成り立たなくなった。
1995年以降、パレスチナ自治区に属する。人口は約3万で、キリスト教徒は約3割。2012年現在、キリスト教徒は1%以下。2000年からの6年間で、1万人が海外に移住したという。イエス・キリスト生誕の地に建てられたといわれる「生誕教会」はローマ・カトリック教会、正教会、アルメニア使徒教会の共同管理下にある。イスラエルの入植地と、2005年より建築を始めた分離壁によって土地を奪われ(市域の15%とも6割以上ともいう)、またエルサレムへはイスラエルの検問を経由しなければならない。
パレスチナ自治区の常として、たびたびイスラエルの攻撃に晒されており、2002年には生誕教会でも、匿われたパレスチナ人とイスラエル軍の銃撃戦となった。
また、その最中に日本人のカップル旅行者が新聞を読まずに観光に訪れたというニュースが、BBCやCNNで世界中に報じられた[1]。
地理 [編集]
気候 [編集]
政治 [編集]
産業 [編集]
2006年現在、市長によると失業率は65%に達しているという(「Bethlehem mayor appeals the world not to forget the Birthplace of Jesus Christ」、英語)。
交通 [編集]
エルサレムのバスターミナル(北緯31度46分59.78秒 東経35度13分53.50秒 / 北緯31.7832722度 東経35.2315278度)からバスで約40分。
観光 [編集]
教育 [編集]
スポーツ [編集]
姉妹都市 [編集]
脚注 [編集]
- ^ 「緊迫の聖誕教会に日本人旅行者『長旅で戦闘知らず』」、朝日新聞、2002年4月18日付。(PDFファイル)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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