アリエル (イスラエル)
| アリエル אריאל |
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アリエル市街 |
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| 行政 | |
| 国 | |
| 行政区 | ユダヤ・サマリア地区 |
| 市 | アリエル |
| 市長 | ロン・ナフマン (リクード) |
| 地理 | |
| 面積 | |
| 市域 | 14.677km2 |
| 人口 | |
| 人口 | (2006年現在) |
| 市域 | 16,500人 |
| 備考 | 全国第73位 |
アリエル(ヘブライ語: אריאל、Ariel)は、ヨルダン川西岸に位置するイスラエルの都市で、1967年の第3次中東戦争後にイスラエルが建設を始めたユダヤ人入植地である。
目次 |
概要 [編集]
アリエルとはヘブライ語で「神のライオン」を意味する。市長はロン・ナフマン。
歴史 [編集]
アリエルの歴史は、古くは旧約聖書にまで遡る。同聖書のイザヤ書第29章に、ダビデが陣を置いた都エルサレムを暗示するものとしてその名が登場する。[1]
かつては40ほどの世帯がみすぼらしい掘っ立て小屋で生活する荒野でしかなかったアリエルだが、1978年にイスラエル政府の事実上の助成の下、再建・都市計画が開始される。同年に議会が発足、代議員選出のための選挙も行われている。翌1979年には現在の市長ロン・ナフマンを評議長に選出。1985年から現職。1982年には市にシナゴーグが建設された。発展が著しくなったのは1990年代前後で、冷戦構造が下火になり始めると、旧ソ連や東欧に住んでいたユダヤ人の帰還運動が盛んになる。現在のアリエルは入植地というよりも、さながらニュータウン・高級住宅地の様相を呈している。
現在、アリエルは1万7千人ほどの人口を数えるが、うち7000人ほどは旧ソ連・東欧からの移住者で占められている。ヨルダン川西岸の入植地の中ではマアレ・アドゥミームに次いで2番目の規模を誇る。そのため歴代政府も、この地を戦略的要衝と位置付け、最もパレスチナに融和的であったエフード・バラク首相の2000年のキャンプ・デービッドでの会談の際も、アリエルの存続に関しては譲らなかった。2004年4月14日に行われた「米・イスラエル首脳会談」では歴代の米政権で初めて、ジョージ・ブッシュ大統領がアリエルを含む6大入植地の存続を明言。そのためナフマンは、アリエル・シャロン首相(当時)が断行したガザ地区撤退計画の際も、終始静観の構えをとった。ナフマンはリクードの党員でもあり、シャロンの政治的盟友でもある。同計画でガザを追われた入植者500の救済にも乗り出している。また、ユダヤ・サマリア大学は同市に存在する。
地理 [編集]
気候 [編集]
政治 [編集]
産業 [編集]
交通 [編集]
観光 [編集]
教育 [編集]
スポーツ [編集]
友好都市 [編集]
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- Ariel アリエル市
- College of Judea & Samaria ユダヤ・サマリア大学
関連項目 [編集]
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