イスラエル国防軍

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イスラエル国防軍
Israel Defense Forces(IDF)
צבא הגנה לישראל
Flag of the Israel Defence Forces.svg
軍旗
創設 1948年5月26日
本部 テルアビブ地区テルアビブ
指揮官
司令官
総人員
徴兵制度
財政
予算 87億ドル
軍費/GDP 9.4%
産業
国内供給者
国外供給者
関連項目
歴史
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イスラエル国防軍(イスラエルこくぼうぐん、英語: Israel Defense Forces, "IDF"ヘブライ語: צבא הגנה לישראל‎, He-Israeli Defense Forces.ogg Tsva HaHagana LeYisrael[ヘルプ/ファイル])は、イスラエル国軍隊である。3軍により構成される。イスラエル国内では一般的に頭文字をとって「ツァハル」(”צה"ל”)と呼ばれる。


概要[編集]

1948年に設立されたIDFは5度にわたる大規模な戦争を経験しており、世界で最も練度の高い軍隊の一つだと評価されている。2004年8月時点では10万7千500人の徴集兵を含む16万8千人の人員を有しており、陸軍は12万5千人、海軍は8千人、空軍は3万5千人で構成されている。この他に40万8千人の予備役がおり、総動員時の兵力は57万6千人に達する。

歴史[編集]

イスラエル国防軍は第一次中東戦争最中の1948年5月26日に設立された。独立前からユダヤ人コミュニティの防衛を担っていた自主防衛組織ハガナー、特にその常備部隊パルマッハが基盤となった。さらに、第二次世界大戦を英国指揮下で戦ったユダヤ旅団の出身者の多くも参加している。地下組織エツェルおよびレヒは国防軍との協力を約束したが、自身の独立性は1948年の第一次中東戦争終結まで保持していた。戦後にこれらの地下組織の構成員は国防軍に参加している。1949年から1956年にかけてイスラエル国防軍はアラブ諸国との戦争をとおして近代化と効率化を押し進めた。

その後の十年間は少数精鋭主義の職業軍化を目指すとともに、核兵器開発にも力を入れた。1970年代後半に行われた第四次中東戦争以後は大規模な戦争を経験していないが、周辺諸国との対立により散発的な紛争を経験している。

同国民は非ユダヤ教徒など一部を除いて男女問わず兵役が義務付けられているが、近年は国家基盤の安定化と共にかつての様な「敗戦=国家消滅」といった逼迫感が薄れている事、レバノン侵攻や入植地での軍事行動に対する国際的非難などから、徴兵拒否を行う者が増加しており、大きな問題となっている。

構成[編集]

地方司令部[編集]

  • 北部司令部
  • 中央司令部
  • 南部司令部
  • 本部司令部

三軍[編集]

準軍事組織[編集]

  • 国境警察隊
  • 沿岸警備隊

装備および軍事技術[編集]

メルカバ
クフィル
ガリル

現在イスラエル国防軍は世界でも有数の戦争遂行能力を保持していると評価されている。装備品にはM4カービン銃F-15戦闘機F-16戦闘機AH-64攻撃ヘリコプターなどアメリカ合衆国から供与、購入した製品が多く使用される。イスラエルはアメリカ合衆国から毎年20億ドル相当の軍事援助を受けており、その多くはアメリカ製の軍事装備を購入することに費やされる。兵器の実戦モニターとしても知られており、F-15やF-16など同軍で初陣を経験、改良に生かされた物も多い。

これらとは別にイスラエル独自に開発および製造した兵器も多く存在する。初国産にもかかわらず独特の設計コンセプトで優秀さを示した主力戦車メルカバシリーズが有名である他、クフィル戦闘機ガリル アサルトライフルUZI サブマシンガンなどは輸出の上でも成功をおさめた。またタングステン合金単体弾頭のAPFSDS戦車砲弾やOWS (Overhead Weapon Station) など、世界に先駆けて実用化された軍事技術も多い。

また、さほど人口が多いわけではないイスラエルでは、人的資源の損耗を防ぐために無人兵器を積極的に研究している[1]

兵器開発[編集]

イスラエル軍が持つ兵器の中で有名なものは、小火器、戦車およびAPC、戦闘機などである。その他にはアメリカと共同で開発した対弾道ミサイル防衛システム、偵察衛星なども保有している。核兵器をはじめとする大量破壊兵器の開発および保有が報道されているが、政府が公式にこれを認めたことはない(#核兵器の保有について参照)。

軍用車輌[編集]

イスラエル国防軍の機甲師団の歴史は、各国から中古やスクラップで入手したM4シャーマン戦車の再生・改良に始っており(スーパーシャーマン参照)、そうした経緯からか、同軍の軍用車輌の改良や使い回しの上手さはつとに知られている。海外から導入した車輌にも必ず周辺地域での戦闘に特化した独自の改良や装備が施され、既に二線級となった戦車のアップグレード、退役した戦車の装甲兵員輸送車や支援車輌への転用、アラブ側から捕獲した車輌の改良・転用など、多くの成功例がある。また限られた戦力を有効活用するため、メンテナンスや点検を頻繁に行い稼働率を上げる努力が払われており、長距離移動にはトランスポーターや乗員輸送バスなどが活用されている。

同軍は「敵戦車の射程外からの遠距離射撃による撃破」を主な戦術として採用しており、以前はそれを反映して戦車砲の威力や射撃能力の向上に対して装甲防御力を軽視する傾向が見られたが、第四次中東戦争にてエジプト・シリア軍の対戦車ミサイルRPG-7により甚大な被害を受けて以降は一転して装甲防御力の強化が図られる事となり、乗員の生存性を第一に考えた独自の設計で知られる国産戦車メルカバや、爆発反応装甲(ERA)や中空装甲(スペースドアーマー)、アクティブ防護システム(APS)などの開発・導入が積極的に進められている。

車体は原則として「シナイグレイ」と呼ばれる単色塗装で、当初はやや黄土色かかったグレーだったが、1970年頃からはオリーブドラブに近い色に切り替えられている。全ての車体には固有の車輌番号が記されており、近年は番号をプレスしたプレートにする事で、撃破炎上した車輌でも確認可能な様に配慮されている。

武器体系[編集]

小火器
装甲車両
全地形対応車など
ロケットおよびミサイル
その他
国産航空機
艦船


核兵器の保有について[編集]

世界のメディアの多くはイスラエルが核兵器を保有していることを有力視している。核兵器は1960年代からネガフ核開発センターにおいて開発が開始され、最初の実戦配備は第三次中東戦争中に当時の首相レヴィ・エシュコルの命令により行われたと報道されている。1973年の第四次中東戦争においては、開戦当初の劣勢を懸念して13個の20キロトン級核爆弾が配備されたとされるが、この当時は投射手段が無く、核地雷として自国領土内で侵攻側機甲部隊を目標に使用される予定であったという。

イスラエルはNPTへの加盟を拒否し続けているが、周囲のアラブ諸国すべてが加盟しているNPT体制の崩壊は望んでいない。人口が圧倒的に少ないイスラエルにとって、核兵器はアラブ陣営との全面対決においては切り札となるが、その一方で保有を認めた場合にはアラブ諸国の核兵器開発、あるいはNPT脱退の理由となってしまう。そのために曖昧戦略と呼ばれる「保有を認めも否定もしない」方針を採っている。

現在イスラエル国防軍が保有する核兵器の種類およびその数については複数の説が存在する。FASでは100から200個の核弾頭が存在し、航空機(A-4スカイホークF-4ファントムII)および弾道ミサイル(ランス、ジェリコー・ミサイル)によって運用されるとしている。 ジェリコーIIミサイルは1,500から4,000 kmの射程を有しており、ロシアの一部、イラン、リビアを射程におさめている。

更にイスラエル海軍の保有する3隻のドルフィン級潜水艦が、魚雷発射管から発射される方式の核装備巡航ミサイルを搭載しているとの憶測が飛び交った。このミサイルは1,500kmの射程を持つとされ、2000年5月にスリランカ沖で発射テストが行われたと言われている。これは同潜水艦が異常に大口径の魚雷発射管(既知の西側諸国のいかなる魚雷よりも大きい)を持つ事から生じた憶測であると思われるが、一部の軍事アナリストは潜水艦のロジックからしてそうした運用は不可能であると否定しており、前述の発射テストの具体的な証拠も示されていない。

前述の通り、イスラエル政府は公式に核兵器保有を認めたことは無い。しかし1986年、同国の元核技術者モルデハイ・ヴァヌヌにより、イスラエルの核開発計画の詳細が英国にて公にされた。ヴァヌヌはその後イスラエル諜報特務庁(モサッド)に拘束され、イスラエルで反逆罪の有罪判決を受け服役、2004年に釈放された後イスラエルで監視下にありながら生存している。この暴露事件自体、非公式な形で核保有を公にして周辺アラブ諸国に対する核抑止力を発揮させる目的で、イスラエル当局が仕組んだ物であるとする意見もある。

2007年には、首相エフード・オルメルトがドイツのテレビ局とのインタビューにおいて核保有を一度認め、直後に撤回する椿事が起きている。また2008年5月、在任中にキャンプデービッド合意締結など同国とエジプトとの和平に尽力した元米大統領ジミー・カーターが、英国での記者会見でイスラエルの150発以上の核保有を認める発言を行ったと報じられている。核兵器廃絶路線に舵を切った米国のバラク・オバマ政権は国務省のローズ・ゴットミューラー次官補を通して2009年5月にイスラエルへ核拡散防止条約加盟を呼びかけたが、イスラエルはこの提案を拒否した。これは在職中の米国高官が公にイスラエルの核保有に言及した初めての例である[2][3]

戦歴[編集]

宗教との関わり[編集]

イスラエル国防軍は建軍当初から、宗教との分離を誇ってきた。しかし、英国BBCの取材リポートによると[4]、ここ近年はユダヤ教聖職者であるラビが、兵士たちに影響を与えているとイスラエル国内外で懸念されている。イスラエル国防軍の従軍ラビは、国防軍の新規則により、軍部隊の指揮官と連携して兵の士気を高める行為も担っている。従軍ラビは、軍の士官学校において軍事教練の他、ユダヤ人国家の兵士の精神を守ることを教えられ、いざとなれば一般の兵士と共に戦闘に参加する。これについて、聖職者であるラビと軍隊を一緒にすることに批判もある。

2008年末から始まったガザ戦争では、「この戦いは神のための戦いである」と書かれた冊子や旧約聖書が配られたと、ガザ戦争に従軍した退役将校ガル・エイナブが証言している。エイナブによれば、戦闘前には民間のラビと従軍ラビが同行し、まるで自分が十字軍の一員になったかのようで違和感を覚えたという。ガザ戦争では、従軍ラビは、数多くの宗教的な冊子を配った。冊子には「イスラエルは光の子供、パレスチナ人は暗黒の子供」などと記され、パレスチナ人をペリシテ人になぞらえるものもあった。

イスラエル軍は、冊子と軍のスタンスは関係は無く、従軍ラビも任務にのみ専念しているとしているが、冊子には軍のスタンプが押され、退役兵士のNPO団体「沈黙を破って」によれば、ガザ戦争中、従軍ラビは兵士に対して「残酷になれ。残酷になることは必ずしも悪いことではない」と説く者もいれば、今度の戦争の敵は、パレスチナ人だけではなく、イラン人やイスラエル国内に住むアラブ人も敵だと教える従軍ラビも居たと主張している。

こうしたラビの教えに影響を受けたイスラエル兵が、任務地であるヨルダン川西岸においてパレスチナ住民に対する人権侵害を行ったり、ガザ戦争における過剰な武力行使に繋がったとの見方もある。

イスラエル陸軍の元教育担当将校だったネヘミア・ダガンは、この事態を放置すれば、イスラエル国防軍が「神の軍隊」になってしまい、戦場にラビが行けば、その戦争はイスラーム過激派が掲げるジハードと同じになってしまうとしている。

また、ヨルダン川西岸やガザ地区を神から与えられた土地だと神学校で教えられているユダヤ教正統派の兵士たちが、もし政府が西岸入植地からの撤退を決断した際にその命令に従うのかという問題もある。

ガザ戦争でのイスラエル兵の士気向上に積極的な役割を果たしたのは当時従軍ラビ総長であったアビハイ・ロンツキである。ガザ戦争の折、ロンツキは戦時の合間に兵士や士官たちにトーラーを毎日学習させるための教科書をつくった。批判的な立場の人々からは前述のように「これではイスラム過激派が毎日クルアーンを暗記するほど熱心に学んで、ジハードを遂行していることとなんら違いがない」などの旨の指摘がある。

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]