中華民国国軍
| 中華民国国軍 中華民國國軍 |
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|---|---|
| 派生組織 | 中華民国空軍 中華民国憲兵 |
| 指揮官 | |
| 最高司令官 | 中華民国総統 |
中華民国国軍(ちゅうかみんこくこくぐん)は、中華民国の軍隊。日本や中華人民共和国では台湾軍と呼称される。徴兵制を採用しており下士官、兵は主に徴兵、将校は志願により構成されている。また戦時には海岸巡防署(各国の沿岸警備隊に相当)が国軍に編入される。
目次 |
[編集] 概要
中華民国軍は中華民国憲法第36条に規定されており、中華民国総統が陸海空軍の統帥権を持つ。第20条の規定により、徴兵制が敷かれていて、満19歳以上の男子は、12カ月間の兵役義務(2003年までは22カ月、現在は12ヶ月)を課せられていたが、2012年に停止された。なお、4ヶ月の軍事教練期間は残す予定である。国軍である中華民国軍は、正規軍で陸軍約20万人、海軍約4万人(海軍陸戦隊約1万5000人)、空軍約5万5000人、憲兵隊約1万2000人、予備役で約165万人の兵力を擁している。主力戦車926両以上、駆逐艦・フリゲート艦26隻、潜水艦4隻、作戦機約477機となっている。
1949年以降の中華人民共和国との軍事的対立を背景として、中華民国の軍事施設には最新鋭の兵器、軍用機、軍用船を装備する努力を続けており、2005年度の国防関係予算は国家予算全体の約15%に相当する2,453億元(約7,400億円)となっている。2010年度の国防予算は、3,150億元(約9,450億円)となり、馬英九総統はGDPの約3%を下回らないようにしている。近年では国防関係予算の削減が行なわれており、政府は特別予算を組むなどして対応している。将来的には総兵力を27万5,000人から21万5,000人まで削減予定。
[編集] 階級
- 将官
- 特級上将(2000年に廃止された)
- 一級上将
- 二級上将
- 中将
- 少将
- 佐官(校官)
- 上校
- 中校
- 少校
- 尉官
- 上尉
- 中尉
- 少尉
- 准尉(現行制度では廃止された)
- 下士官
- 一等士官長
- 二等士官長
- 三等士官長
- 上士
- 中士
- 下士
- 兵
- 上等兵
- 一等兵
- 二等兵
[編集] 中華民国軍史
中華民国が大陸にあった期間の軍事については国民革命軍も参照のこと。
[編集] 建軍期
詳細は「国民革命軍」を参照
[編集] 日中戦争期
詳細は「国民革命軍」を参照
当時中華民国の指導者であった、国民党主席の蒋介石は親日・反共の立場をとっていたが、西安事件・盧溝橋事件により中華民国軍は帝国陸軍と戦闘状態に入る(抗日戦争)。
中華民国軍は中独合作により1927年からドイツ陸軍から軍事顧問団を受け入れて軍備の近代化を図っていた。これは1938年頃まで存続した[1]。上海の防衛陣地ゼークト・ラインは有名である[2]。大日本帝国陸軍に比べ装備・士気ともに劣悪な状態であったため、たびたび日本陸軍に敗北、首都南京も遷都せざるを得なかった、という見方がある。その一方、士気は旺盛で、装備も各国の援助で日本より優れていたから、それは間違いである、という見方もある(実際に日本からドイツに対し、軍事援助をやめるよう申し入れもあった)。当時日本では中華民国軍を国民政府軍(国府軍)、あるいは国民党軍と呼んだ。ただし1940年に中華民国南京国民政府(汪兆銘政権)が発足するとこれと区別するために蒋介石の指導する抗日の中華民国国軍を「重慶」「重慶軍」と呼ぶことも多くなり、当時の日本の家庭で貼られていた防空ポスターなどでその呼称を見ることが可能である。
しかしアメリカからの義勇軍(フライングタイガース)の支援や、中国共産党の人民解放軍(八路軍)のゲリラ戦や、援蒋ルート経由で持ち込まれる連合国軍の支援物資により戦線を膠着状態に持ち込むことに成功する。このため結局日本陸軍は終戦まで中華民国軍に決定的な打撃を与えることはできなかった。
[編集] 台湾時代
第二次世界大戦後、中華人民共和国との国共内戦に敗れ中華民国は台湾へ退避、中華民国軍もそれに従った。そして中華民国軍はアメリカ軍の軍事顧問や極秘に招聘した旧日本陸軍の教官団(白団)による指導を受け再建、その後も福建省金門島付近でたびたび人民解放軍と直接対峙した(八二三砲戦)。1947年(民国36年)に海軍の一部として海軍陸戦隊(海兵隊に相当)を発足させる。兵器の多くはアメリカより供与されているが、アメリカが中華人民共和国と国交を結んだ後は自国開発も行うようになった。
中華民国陸軍は全師団を旅団に改編した。このため、中華民国陸軍に常設の師団は存在しない。
[編集] 陸軍
総兵力約27万人。陸軍総司令部の下には、3個(第6、8、10)軍団司令部、4個(花東、金門、馬祖、澎湖)防衛司令部、後勤司令部、防空ミサイル指揮部、航空特戦司令部、督察長室、陸軍訓練基準則発展委員会等がある。
詳細については中華民国陸軍の項目を参照。
- 第6軍団 - 軍団本部:桃園中(土歴)
- 軍團指揮部
- 第10軍団 - 軍団本部:台中
[編集] 装備
- M60A3戦車×460両
- CM11戦車×450両 - M48H
- CM12戦車×100両
- M113装甲兵員輸送車×1,200両以上
- CM-21型装甲兵員輸送車×1,000両以上
- パトリオットミサイル(愛国者飛弾)×200発
- 天弓I型/II型ミサイル×400発
- ホークミサイル(鷹式飛弾)
- AH-1W攻撃ヘリコプター×63機
- UH-1H多用途ヘリコプター×118機
- CH-47SD型輸送ヘリコプター×9機
- 65式歩槍
- 91式歩槍
[編集] 海軍
兵員数は5万強である。編成としては、海軍司令部の下に、艦隊指揮部・陸戦隊指揮部・教育訓練暨準則発展指揮部・後勤指揮部などが置かれている。
台湾国防部(運用を担うのは海軍)にとってイージス艦の導入(実践配備)は悲願である。キッド級ミサイル駆逐艦の配備により、台湾海峡の海軍力の均衡は当面保たれることになった。
詳細は中華民国海軍の項目を参照。
[編集] 編制
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- 第124駆逐艦隊 - ラファイエット(康定)級 - 本部:左営。
- 第192水雷艦隊 - 本部:左営。
- 第151登陸艦隊 - 本部:左営。
- 第256潜艇戦隊 - 本部:左営。
- 海軍海蛟ミサイル快速艇大隊 - 本部:左営。
- 第146駆逐艦隊- ペリー(成功)級 - 本部:馬公。
- 第131巡防艦隊 - 本部:基隆。
- 第168巡防艦隊 - ノックス(済陽)級 - 本部:蘇澳(中正)基地
[編集] 装備
- 基隆級ミサイル駆逐艦×4隻 - アメリカのキッド級
- 康定級フリゲート×6隻 - フランスのラファイエット級の派生型
- 成功級フリゲート×8隻 - アメリカのオリバー・ハザード・ペリー級のライセンス生産
- 済陽級フリゲート×8隻 - アメリカのノックス級
- 海獅級潜水艦×2隻- アメリカのテンチ級潜水艦
- 海龍級潜水艦×2隻 - オランダのズワルドヴィス級
- 中和級戦車揚陸艦×2隻 - アメリカのニューポート級戦車揚陸艦
その他の装備(艦艇)については台湾海軍艦艇一覧を参照。
[編集] 空軍
総兵力5万強。空軍総司令部の下には、政治作戦部、作戦司令部、防空砲兵司令部、訓練司令部、後勤司令部等がある。F-16A/B戦闘機150機、経国戦闘機(F-CK-1戦闘機 IDF経国型)130機、ミラージュ2000戦闘機60機、F-5戦闘機100機を保有し、2006年には最新のE-2Hawkeye 2000を導入した。有事の際には、全国56ヶ所の飛行場(空軍基地12ヶ所、国際空港2ヶ所、その他42ヶ所)の外、高速道路も48時間以内に軍用滑走路に転用することができる。
稼働率は、経国:63%、ミラージュ2000:65%、F-16:75%かそれ以上[1]。
従来は質に勝る中華民国空軍が台湾海峡の制空権を完全に維持できるとされてきた。しかし、近年は中国人民解放軍空軍の使用機材の近代化(J-11やJ-10やFC-1)により、中華民国空軍の優勢が揺らいでいるとの見方もある。既にF-5戦闘機が耐用年数を迎えつつある。また、ミラージュ2000は運用国が少ないため、部品調達はF-16の3倍のコストが及ぶ他、フランスが同機種をラファールへ更新するために台湾での運用継続も危ぶまれる。
そこで、国防部は2006年頃からF-16C/Dの導入予算を求め始めた。しかし、当時は、野党国民党の反対で立法院が各種兵器の購入予算を渋っていたため、アメリカ政府もF-16C/Dの追加売却の承認を保留した。2008年5月には中国との緊張緩和を望む国民党が政権を奪還した。また、アメリカはブッシュ政権が末期を迎えたため、台湾へのF-16C/Dの追加売却は次期政権に引き継がれた。2012年現在もF-16C/Dの追加売却は行われず、現在保有しているF-16A/B、145機分にフェーズドアレイレーダー等を搭載する能力向上だけが行われる。
なお、国防部はF-15やF-35にも興味を示しているが、アメリカ政府は中華人民共和国との軍事バランスを保つことを名目に今の所これに応ずることはないと思われる。そのため、当面はF-CK-1(IDF経国号)の改良も継続されている。
詳細については中華民国空軍の項目を参照。
[編集] 編制
- 桃園飛行場 - 滑走路3,350m。
- 新竹南寮飛行場 - 滑走路3,600m。
- 第2 (499) 戦術戦闘機連隊 - ミラージュ-2000-5×3個中隊。
- 嘉義(水上)飛行場 - 滑走路3,335m。
- 第4(455)戦術戦闘機連隊 - F-16×3個中隊。
- 救難中隊 - S-70C。
- 台中清泉崗飛行場 - 滑走路3,600m。
- 第3 (427) 戦術戦闘機連隊 - IDF×2個中隊
- 測試基評価中隊 - IDF。
- 岡山飛行場 - 滑走路2,350m。主として空軍軍官学校が使用。
- 基礎教練大隊 - T-34C。
- 戦闘教練大隊 - AT-3。
- 空運教練大隊 - B-1900C。
- 台南飛行場 - 滑走路3,356m。
- 第1 (443) 戦術戦闘機連隊 - IDF×3個中隊
- 屏東飛行場 - 滑走路2,400m。
- 第6 (439) 運輸反潜連隊
- 第10空運大隊 - C-130H×2個中隊。
- 第20電戦大隊 - E-2T×1個中隊、C-130HE×1個中隊。
- 第6 (439) 運輸反潜連隊
- 台東(志航)飛行場
- 第7 (737) 戦闘訓練連隊第7大隊 - F-5E/F×2個中隊。
- 戦術訓練基発展中心 - F-5E/F。
- 花蓮飛行場 - 滑走路2,700m。
- 第5 (401) 戦術戦闘機連隊 - F-16×3個中隊。
- 第12偵察中隊 - RF-16。
- 第4偵察中隊 - RF-5E。
- 佳山基地
- 澎湖馬公基地
防空砲兵司令部は、桃園に位置し、4個(北部、中部、南部、東部)警衛指揮部、8個防砲団を管轄している。
[編集] 装備
- F-CK-1戦闘機(IDF、経国型)×130機
- F-16A/B (Block 20) 戦闘機×150機(※F-16C/D追加購入希望)
- ミラージュ2000-5戦闘機(幻象2000-5)×60機
- F-5E/F戦闘機(中正型)除籍中
- C-130H輸送機×19機
- B-1900C輸送機
- E-2T/K早期警戒機×6機(T×4、K×2)
- C-130HE電子戦機1機
[編集] 憲兵
憲兵(けんぺい)とは、憲兵司令の管轄に属し主として軍事警察を掌り兼て行政警察、司法警察を掌る兵科の一種である。総兵力約1万5千人。警察と共にテロ対策等を実施中である。憲兵司令部の下には、4個(第202、203、204、205)指揮部、憲兵学校、憲兵隊、憲兵特勤隊 (MPSSC)、刑事鑑識センター等がある。
詳細については中華民国憲兵の項目を参照。
[編集] 編成
- 第202指揮部(202指揮部) - 指揮本部:台北市中華営区。
- 第211大隊(211営)-総統府警備大隊(総統府衛戍営)。
- 本部、第1・2・3・4中隊
- 第213大隊(213営)
- 第222大隊(222営) - 大隊本部:台北市中華営区。
- 装步225大隊(225営)- 大隊本部:堅實営区
- 本部中隊、第1・2・3・4中隊
- 砲兵228大隊(228営)-大隊本部:梅莊営区。
- 本部中隊、対戦車中隊、迫撃砲第1・2中隊。
- 第211大隊(211営)-総統府警備大隊(総統府衛戍営)。
迫撃砲中隊は3個小隊より成り、12門の63式120ミリ迫撃砲を運用する。
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- 第229大隊(229営)- 国防部警備大隊。大隊本部:国防部博愛営区
- 装步239大隊(239営)-大隊本部:大直福西営区。
- 本部中隊、第1・2・3・4中隊。
中隊各3個小隊の編成。各小隊は4輛の装甲戦闘車/装甲車を装備しているので、中隊本部車輛2輛を含めて各中隊14輛、大隊全体で58輛になる。
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- 第327大隊(327営)
- 第332大隊(332営)-総統官邸警備大隊(総統官邸衛戍営)。
- 本部、第1・2・3・4中隊
- 第203指揮部(203指揮部) - 指揮本部:台中市。
- 第240大隊(240営)
- 第318大隊(318営)
- 第204指揮部(204指揮部) - 指揮本部:高雄市。
- 第205指揮部(205指揮部) - 指揮本部:新北市。
- 第320大隊(320営)
- 憲兵隊
- 台北市憲兵隊
- 東区憲兵隊
- 南区憲兵隊
- 西区憲兵隊
- 北区憲兵隊
- 宜蘭憲兵隊
- 基隆憲兵隊
- 板橋憲兵隊
- 桃園憲兵隊
- 中壢憲兵隊
- 新竹憲兵隊
- 苗栗憲兵隊
- 豊原憲兵隊
- 台中憲兵隊
- 南投憲兵隊
- 彰化憲兵隊
- 雲林憲兵隊
- 嘉義憲兵隊
- 新営憲兵隊
- 台南憲兵隊
- 高雄憲兵隊
- 鳳山憲兵隊
- 屏東憲兵隊
- 花蓮憲兵隊
- 台東憲兵隊
- 澎湖憲兵隊
- 金門憲兵隊
- 馬祖憲兵隊
- 刑事鑑識センター
- 科学鑑識組(化學鑑識組)
- 物理鑑識組(物理鑑識組)
- 現場捜査組(現場勘查組)
[編集] 裝備
- V150S装甲兵員輸送車
- CM-32雲豹8輪装甲兵員輸送車
- 対戦車ミサイル
- 91式小銃
- 120mm迫撃砲
- AT4携行対戦車弾
- SMAW対戦車ミサイル
- M24A1 7.62mm狙撃銃
- M82A1M対物狙撃銃
[編集] 軍事行動
- 古寧頭戦役:1949年10月25日—1949年10月28日
- 登步島戦役:1949年11月3日—1949年11月5日
- 海南島撤退:1950年5月1日
- 萬山群島海戦:1950年5月25日—1950年6月27日
- 第一次大膽島戦役:1950年7月26日—1950年7月27日
- 南日島戦役:1952年10月11日—1952年10月15日
- 東山島戦役:1953年7月15日
- 第一次台湾海峡危機:1954年8月—1955年5月