制空権

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制空権(せいくうけん、: air supremacy)または航空優勢(こうくうゆうせい、: air superiority)とは、我が航空戦力が空において敵の航空戦力よりも優勢であり、敵から大きな妨害を受けることなく諸作戦を実施できる状態をいう[1]

概要[編集]

「制空」とは航空兵力で所要空域を制圧する状態を指し、「制空権を取る」とは制空の実を持続することを指す[2]。制空権は航空優勢ともいう。

制空権を得るには航空撃滅戦が有力であり、海上では航空母艦の撃滅で決定的成果があり、陸上では航空基地を半永久的に使用不能にするのは困難で基地も広範囲に分散しているため、爆撃による航空撃滅では目的を達しえず、敵機を空地で撃滅し敵の勢力回復に支障を与え、パイロットの消耗を図ると効果が大きいので戦闘機の積極的運用が最も効果的である[3]

制空の概念はイタリアの軍人ジュリオ・ドゥーエの著書『制空』(1921)によって広まった。

歴史[編集]

制空は、1916年ヴェルダンの戦いドイツが戦場上空の制空獲得のために行った空中阻塞、駆逐戦法といわれた数層に戦闘機を配置した防御的阻塞幕を構成する方法などに現れていた。戦闘機の発達とともに敵機撃墜、航空優勢を獲得する戦法に発展し、空中アクロバット戦が展開されていったが、航続距離が短かったこともあり、侵攻して攻撃するような戦法は未熟だった[4]

1921年ジュリオ・ドゥーエが著書『制空』を発表した。『制空』は、航空戦力は攻勢を本質とするものであり、空中から敏速、決定的破壊攻撃を連続して敵の物心の両面の資源を破壊して勝利するというもので世界的に反響を呼んだ。ドゥーエの制空権獲得徹底第一主義は航空撃滅に終始して航空戦力を撃滅し、航空優勢の保持による地上作戦であった[5]。ドゥーエやウィリアム・ミッチェルに代表される制空獲得、政戦略的要地攻撃重視するために戦略爆撃部隊の保持が好ましく、1930年代には技術的にも可能となり、列強は分科比率で爆撃機を重視するようになった。[6]

当時は先制爆撃によって敵の航空基地を壊滅させ無力化し、制空権を獲得できると考えていたが、地上基地を無力化することが困難であることが分かった。1937年9月南京空襲作戦で日本海軍源田実参謀が戦闘機を主体的攻撃的に運用し、敵戦闘機を撃滅して制空権を獲得する「制空隊」を考案した。戦闘機を中心とする積極的な作戦で戦術思想としても画期的であった[7]

脚注[編集]

  1. ^ 真邉正行『防衛用語辞典』国書刊行会121頁
  2. ^ 戦史叢書102陸海軍年表 付・兵器・兵語の解説358頁
  3. ^ 戦史叢書95海軍航空概史124頁
  4. ^ 戦史叢書52陸軍航空の軍備と運用(1)昭和十三年初期まで57-59頁
  5. ^ 戦史叢書52陸軍航空の軍備と運用(1)昭和十三年初期まで59、233、553頁
  6. ^ 戦史叢書52陸軍航空の軍備と運用(1)昭和十三年初期まで373頁
  7. ^ 戦史叢書72中国方面海軍作戦(1)昭和十三年四月まで 405-407頁、源田実『海軍航空隊始末記 発進篇』文藝春秋新社206-215頁

参考文献[編集]

  • 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)

関連項目[編集]