民国紀元

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民国紀元(みんこくきげん、正体字中国語民國紀元・民國紀年)は、中華民国が成立した1912年紀元(元年)とする紀年法である。中華民国暦(ちゅうかみんこくれき)ともいう。

西暦(キリスト紀元)との差は1911年で、民国年に1911を加えると西暦年となり、西暦年から1911を減ずると民国年となる。

西暦2014年は、中華民国103年(民国103年)である。

概要[編集]

中華民国憲法における使用例。民国35年12月25日との表記がある。

各年は「中華民国N年」、略して「民国N年」と表記する。辛亥革命1911年)の翌年である1912年に中華民国が樹立されたため、「民国N年」は「辛亥革命勃発からN年後」となる。また、中華民国成立以前の紀年法として「民前」を用いることがあり、「民前N年」は「中華民国成立からN年前」となる。例えば、1911年は「民前1年」と表記する。

国際標準ではないが、中華民国国家標準 CNS 7648(ISO 8601に相当)で西暦と共に標準化されている。CNS 7648 によると英文略称は「R.O.C.」であり、例えば、アメリカ同時多発テロ事件が起こった民国90年(2001年9月11日は、「R.O.C.90-09-11」と表記される。

辛亥革命までの中国では元号が用いられていた。武昌蜂起が起こり、中華民国湖北軍政府が成立すると、清朝の元号である宣統を廃止して黄帝紀元を採用、宣統3年(1911年)を黄帝紀元4609年とした。孫文中華民国臨時大総統に就任する際、黄帝紀元4609年11月13日1912年1月1日)を中華民国元年元日とし、太陽暦の施行を中国各省に通達した。

中華民國改用陽曆、以黃帝紀元四千六百九年十一月十三日、為中華民國元年元旦。

—1912年(民国元年)1月2日「臨時大總統改曆改元通」

現状[編集]

かつては中国大陸で民国紀元が使用されていたが、現在では中華民国政府が実効支配する領土台湾澎湖金門馬祖)で、西暦とともに使用されている。そのため、中華民国では、公文書新聞、食品の賞味期限などに、民国紀元での表記がされているものもある。特に賞味期限で下二桁のみ表記されている場合は、それが西暦であるのか民国紀元であるのか注意を要する。

日本と同様、「公文程式條例」第六条の規定により、公文書は全て民国紀元で記載することが定められている。ただし、台湾でしか通用しない民国紀元から、外国人にも通用する西暦に転換する動きもあり、台湾鉄路管理局では、乗車券への乗車日時の印字について、第4世代の予約システムへの更新の際、民国紀元から西暦に変更した。

台湾の泛緑連盟党員や支持者たちは、民国紀元を外来政権である中国国民党政権が中国から持ち込んだものであるとしており、民国紀元の使用に強く反発している。当時の民進党政権は、民国紀元を廃止し、全面的に西暦を転換すよう法改正を検討したが、最終的には実現はしなかった。

また、アプリケーションソフトウェア内部で年を民国二桁で表現しているシステムが使われていた場合、「民国100年(2011年)=民国0年」として認識されることで、システムが正しく扱うことができず、2000年問題と類似した誤動作を起こす恐れがあるとの指摘があった(民国100年問題)。

中華人民共和国は民国紀元を廃止して西暦(公元)を使用しており、歴史的な文脈でも使われることはない。つまり、清朝までの年代に元号を使うことはありえるが、中華民国の年代に民国紀元を使うことはない。香港マカオ、および海外華僑居留地でも、民国紀元は用いられていない。

他の紀年法との一致[編集]

民国紀元は、日本大正、及び朝鮮民主主義人民共和国主体暦(チュチェ暦)と元年が一致するので、「民国N年」は「大正N年」と「主体N年」に相当する。但し、大正は1912年7月30日から1926年12月25日までの期間なので、完全には一致しない。もっとも、大正元年である大正天皇即位年と、主体元年である金日成の誕生年と、中華民国の成立年が偶然にも同年であるというだけで、これら3つに関連性は全くない。

西暦との対照表[編集]

民国 元年 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年 10年
西暦 1912年 1913年 1914年 1915年 1916年 1917年 1918年 1919年 1920年 1921年
民国 11年 12年 13年 14年 15年 16年 17年 18年 19年 20年
西暦 1922年 1923年 1924年 1925年 1926年 1927年 1928年 1929年 1930年 1931年
民国 21年 22年 23年 24年 25年 26年 27年 28年 29年 30年
西暦 1932年 1933年 1934年 1935年 1936年 1937年 1938年 1939年 1940年 1941年
民国 31年 32年 33年 34年 35年 36年 37年 38年 39年 40年
西暦 1942年 1943年 1944年 1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 1950年 1951年
民国 41年 42年 43年 44年 45年 46年 47年 48年 49年 50年
西暦 1952年 1953年 1954年 1955年 1956年 1957年 1958年 1959年 1960年 1961年
民国 51年 52年 53年 54年 55年 56年 57年 58年 59年 60年
西暦 1962年 1963年 1964年 1965年 1966年 1967年 1968年 1969年 1970年 1971年
民国 61年 62年 63年 64年 65年 66年 67年 68年 69年 70年
西暦 1972年 1973年 1974年 1975年 1976年 1977年 1978年 1979年 1980年 1981年
民国 71年 72年 73年 74年 75年 76年 77年 78年 79年 80年
西暦 1982年 1983年 1984年 1985年 1986年 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年
民国 81年 82年 83年 84年 85年 86年 87年 88年 89年 90年
西暦 1992年 1993年 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年
民国 91年 92年 93年 94年 95年 96年 97年 98年 99年 100年
西暦 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年
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関連項目[編集]