戦車

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  1. 戦車(せんしゃ, tank)は、20世紀に登場した装甲戦闘車両。ここで記述する。
  2. 戦車(せんしゃ, chariot)は、古代に用いられた戦闘用の馬車。チャリオット を参照。
  3. 戦車(せんしゃ, The Chariot)は、タロットカードの一枚。ライダー版の、戦争に勝利して、2頭のスフィンクスに引かせた戦闘馬車に乗って凱旋してくるエジプト将軍を描いたものが知られている。戦車 (タロット)を参照。

第二次世界大戦で活躍したソ連陸軍のT-34-85戦車
第二次世界大戦で活躍したソ連陸軍のT-34-85戦車

戦車装甲戦闘車輌の一種。履帯で走行し、火砲を搭載した旋回砲塔を持ち、なおかつ強固な装甲防御を持つ。現代の戦車はほぼ主力戦車(MBT)の事を指し、走攻守そろった花形兵器である。戦車は戦う車の総称ではないため、自走砲装甲車とは区別される。

目次

[編集] 概要

第一次世界大戦時に塹壕戦の突破を目的とした兵器として開発された。戦間期から第二次世界大戦にかけて多種多様な形態の戦車が登場し、戦場で評価されていった。詳しくは戦車#戦車の発展を参照のこと。

第二次世界大戦によって機甲部隊の戦術が確立されると、求められる任務の大半をこなせる主力戦車に集約された。それまで任務によって細分化されていた戦車の種類は今日では主力戦車にほぼ統合されているが、主力戦車を投入しにくい環境に合わせて軽戦車空挺戦車水陸両用戦車が使用される場合がある。

[編集] 戦車(タンク)の語源

イギリスで作られた世界最初の戦車は、当初「水運搬車 (Water Carrier)」という秘匿名称が付けられていた。イギリスでは委員会をその頭文字で呼ぶ風習があり、戦車開発のために委員会が設置されたが「W.C.(便所)委員会」では都合が悪い。そこで「T.S.Tank Supply=水槽供給)委員会」と呼ぶことにした。これにより戦車は「タンク」と呼ばれるようになり、のちに正式名称になった。この語源については「戦車を前線に輸送する際に偽装として『ロシア向け水タンク』と呼称した」など諸説あるものの、以後戦車一般の名称として定着した。

日本においては「war cart」を直訳し「戦車」と呼ばれている。ただし、第二次世界大戦後の自衛隊は攻撃的名称を忌避して、「特車」と呼称していたが、昭和37年1月に従来の「戦車」に戻された。

中国語では「戦車」は古代戦車(chariot)を意味し、近代戦車は tank を音写して「坦克」と呼んでいる。

ドイツ語では Panzerkampfwagen(装甲・戦闘・車輌)の略称として Panzer (パンツァー)が一般的である。Panzer は英語の Armour と同様に中世騎士の金属製の甲冑・を意味するが、現在ではこの意味では Panzer よりも Rüstung という表現が多く使用されている。ちなみに、英語では Panzer という語は第二次世界大戦のドイツ軍戦車を指す一般名詞化している。

[編集] 戦車の名称

戦車の名称は、兵器としての制式名称と、軍や兵士達によって付けられた愛称とに大別される。愛称については配備国により慣例が見られる。アメリカは軍人の名前から、ドイツは動物の名前、ソ連・ロシアの対空戦車は河川名に因んでいる。イギリスでは主に「C」で始まる単語が付けられており、日本は旧軍・自衛隊共に愛称はなく制式名で呼ばれているなど、各国の国民性も垣間見られる。

[編集] 戦車の歴史

[編集] 近代戦車の始まり

1916年、ソンムに於けるMk. I 戦車 "雄型"
1916年、ソンムに於けるMk. I 戦車 "雄型"

近代工業化による内燃機関の発達にあわせて、第一次世界大戦前より各国でのちに戦車と呼ばれる車輌の構想が持たれるようになっていたが、技術的限界から実現されることはなかった。

第一次世界大戦で主戦場となったヨーロッパでは大陸を南北に縦断する形で塹壕が数多く掘られたが、初期の装甲車では巧妙に構築された塹壕線、機関銃陣地、有刺鉄線などを突破することが出来なかった。鉄条網と機関銃による防御側の絶対優位により生身で進撃する歩兵の損害は激しく、歩兵と機関銃を敵の塹壕の向こう側に送り込むための装甲車両が求められることとなった。また第一次世界大戦では敵対する両軍が互いに激しい砲撃の応酬を行った為、両軍陣地間にある無人地帯は土がすき返され、砲弾跡があちらこちらに残る不整地と化して装輪式車両の前進を阻んでいた。これらの閉塞状況を打破するため、歩兵支援用の新兵器の研究が各国で開始された。このとき注目されたのが、1904年に実用化されたばかりのホルトトラクターであった。これはアメリカのホルト社(現在のキャタピラー社)が世界で最初に実用化した履帯式のトラックで、前線での資材運搬や牽引に利用されていた。

ホルトトラクターを出発点に、イギリス、フランスなどが履帯によって不整地機動性を確保することをもくろんだ装軌式装甲車両の開発をスタートさせた。

イギリスでは、飛行場警備などに装甲車を運用していたイギリス海軍航空隊が陸上軍艦(Landship)の提案を行い、1915年3月、当時海軍大臣であったウィンストン・チャーチルの肝いりにより、海軍設営長官を長とする「陸上軍艦委員会」が設立され、装軌式装甲車の開発が開始された。陸上軍艦委員会による幾つかのプロジェクトののち、フォスター・ダイムラー重砲牽引車なども参考にしつつ、1915年9月にリトルウィリー(LittleWille)を試作した。リトルウィリー自体は、塹壕などを越える能力が低かったことから実戦には使われなかったが、改良を加えられたマザー(Mother)が1916年1月の公開試験で好成績を残し、マーク I 戦車のもととなった。

Mk.I戦車が初めて実戦に投入されたのが1916年9月15日、ソンム会戦の中盤での事だった。

世界初の実戦参加であったソンム会戦でMK.I戦車は局地的には効果を発揮したものの、歩兵の協力が得られず、またドイツ軍野戦砲の直接照準射撃を受け損害を出した。当初想定されていた戦車の運用法では大量の戦車による集団戦を行う予定であったが、このソンムの戦いではイギリス軍が投入できる戦車の数は50輌弱と少なく、結局膠着状態を打破することは出来ず連合国(協商国)の戦線が11km余り前進するにとどまった。

その後の1917年11月20日のカンブレーの戦いで世界初となる大規模な戦車の投入を行い、300輌あまりの戦車による攻撃は成功裏に終わった。この攻撃で形成された突起部はその後のドイツ軍の反撃で奪い返され、投入した戦車も半数以上が撃破されたが、戦車の有用性が示された攻撃であった。しかし、第一次世界大戦中にフランス、ドイツ等も戦車の実戦投入を行ったものの、全体として戦場の趨勢を動かす存在にはなり得なかった。

[編集] 戦車の発展

戦間期に開発されたソ連の多砲塔戦車T-35
戦間期に開発されたソ連の多砲塔戦車T-35

初めて「戦車」としての基本形を整えたのは第一次大戦中に登場したフランスのルノーFT-17軽戦車であった。

それまでの車台に箱型の戦闘室を載せる形ではなく、直角に組み合わせた装甲板で車体を構成した。横材となる間仕切りで戦闘室とエンジン室を分離し、エンジンの騒音と熱気から乗員を解放した。小型軽量な車体と幅広の履帯、前方に突き出た誘導輪などによって優れた機動性を備えており、良好な視界を得るために設けた全周旋回砲塔は単一の装砲での360度の射界を確保した。

ルノーFT-17は3,000輛以上生産された当時もっとも成功した戦車であり、第一次世界大戦後は各国に輸出され各々の国で最初の戦車部隊を構成して、初期の戦車設計の参考資料となった。

第一次世界大戦から第二次世界大戦の間、各国は来るべき戦争での陸戦を研究し、その想定していた戦場と予算にあった戦車を開発することとなった。敗戦国ドイツも、ヴェルサイユ条約により戦車の開発は禁止されたものの、農業トラクターと称してスウェーデンで戦車の開発、研究を行い、また当時の国際社会の外れ者であるソ連と秘密軍事協力協定を結び、赤軍と一緒にヴォルガ河畔のカザンに戦車開発研究センターを設けた。

第一次世界大戦中から第二次世界大戦直前までに開発された戦車は、第一次大戦世界大戦において対歩兵戦闘に機関銃が大いに活躍したことから機関銃を主武装にするものが多く見られた。これは当初、想定された戦場が塹壕戦であったためであるが、第二次世界大戦初期には砲を主武装にした戦車に移行した。

第二次世界大戦中を含め、各国において開発されたものは巡航戦車歩兵戦車多砲塔戦車豆戦車軽戦車中戦車重戦車など多岐にわたった。これは戦車の運用に対する様々な戦術が新たに研究・提案された結果ではあったが、その多くは一長一短があり、最終的には武装・装甲・機動力でバランスの取れた主力戦車(MBT)としてほぼ統一されることとなるのは第二次世界大戦後である。第二次世界大戦では、戦術的に、戦車を中心に、それを支援する歩兵、砲兵など諸兵科を統合編成された機甲師団がその威力を証明し、戦車は陸戦における主力兵器としての地位を確立する事となった。

なお、用途に応じた戦車として、偵察戦車指揮戦車駆逐戦車火炎放射戦車対空戦車架橋戦車回収戦車水陸両用戦車地雷処理戦車空挺戦車などが存在する。これらの殆どは、既存の戦車の車体や走行装置を流用して製作された。

[編集] 主力戦車(MBT)への集約

大戦後の戦車の開発には、東西の冷戦が大きく影響している。双方で主にヨーロッパにおける地上戦を想定した軍備拡張が行われ、その中心である戦車の能力は相手のそれを上回る事が必須条件であった。そのため、ソ連を中心とする東側諸国が新戦車を開発すると、その脅威に対抗すべく米欧の西側諸国も新戦車を開発するというサイクルが繰り返された。その結果、大きく下記の様に世代分類されている。米ソが直接交戦する事態こそ無かったものの、朝鮮中東ベトナムなどでの代理戦争において、双方の戦車が対峙する事となった。

イスラエルとアラブ諸国が争った中東戦争ではしばしば大規模な戦車戦が繰り広げられた。特に1973年10月に勃発した第四次中東戦争ではアラブ側・イスラエル側併せてのべ6,000輌の戦車が投入され、複数の西側製戦車とソ連製戦車が正規戦を行った。これは第二次世界大戦のクルスク大戦車戦以来の規模となり、以後の戦車開発に戦訓を与えた。

なお、東側諸国がソ連・ロシア製戦車の調達で統一されていたのに対して、西側においても開発費・調達費削減などの目的で競作や共同開発による戦車の共通化が幾度か試みられたが(レオパルド1AMX-30の競作、MBT-70の共同開発など)、各国の戦術思想の違いや自国への利益誘導などによる仕様要求の不一致からいずれも失敗に終わっており、主砲などの装備レベルでのデファクト・スタンダードに留まっている。

[編集] 第1世代主力戦車

第1世代
M48T-54/5561式戦車センチュリオンなど
90mm砲(西側)、100mm砲(東側)を搭載し、丸型の鋳造砲塔を持つ。基本的に第二次世界大戦時の戦車の後継、発展型がほとんどである。ジャイロ式砲身安定装置により走行中の射撃も可能である。

[編集] 第2世代主力戦車

第2世代

M60T-62T-64レオパルド1Strv 103チーフテンAMX-30など

西側はイギリス製の105mm砲L7ライフル砲を搭載(チーフテンのみ120mm砲)、東側は115mm砲を搭載し、より避弾経始に優れた亀甲型形状の鋳造砲塔と、アクティブ投光器による暗視装置を持ち、夜戦能力を得た。対戦車ミサイルが発達し、随伴歩兵による携帯用対戦車兵器を持つ敵歩兵部隊の掃討がより重要となったことは歩兵戦闘車の開発を加速し、戦車部隊と機械化歩兵部隊がともに行動する戦術がより重視されることとなった。実戦で、歩兵部隊の対戦車ミサイルが大きな威力を発揮したことから「戦車不要論」(機動を防御力とする考え方)が生まれるなど、戦車の防御力が攻撃力に対し立ち遅れていた時代でもあった。
第2.5世代
T-7274式戦車レオパルド1A1メルカバ96式戦車など
ソ連の新戦車T-72の登場は西側に脅威を与え、 第3世代戦車開発の起爆剤となった。一方、イスラエル初の国産戦車メルカバは中東戦争の教訓と乗員保護重視の思想を反映した独自の設計と、初陣でT-72を破った事で注目を集めた。

[編集] 第3世代主力戦車

第3世代
M1チャレンジャー1レオパルド2T-8090式戦車98式戦車K1など
西側はドイツのラインメタル社製120mm滑腔砲などを搭載し、複合装甲の導入による平面的なスタイルが特徴。パッシブ型(投光器で光を照射するアクティブ型と違い、敵の発した光を受容する)の暗視装置を持つ。東側は125mm滑腔砲を搭載。車体表面に爆発反応装甲を取り付け、対戦車ミサイルに備えており、複合装甲を装着した物もある。
第3.5世代
ルクレールレオパルド2A5M1A2チャレンジャー2T-84T-90メルカバMk.499式戦車など
冷戦終結に伴う軍事的緊張の緩和と軍事費削減、更に重量の限界などで本来なら1990年代にも出現した筈の「第4世代戦車」の開発が困難になっている事により、第3世代戦車のアップグレードによる延命が図られた。モジュール装甲や衛星通信ネットワークによる情報システム(C4I:Command,Control,Communications, Computing. and. Intelligence)の導入など、本来は第4世代に用いられる筈であった技術が採り入れられている。

[編集] 工業製品としての戦車

多くの現代兵器がそうである様に、戦車は最先端の技術を要求される工業製品である。強力なエンジンと走行装置、強靱な装甲板、高い加工精度を要する戦車砲と砲弾、それを正確に操る精密な火器管制用の光学電子機器、そして乗員を護る空調換気装置。こうした数多くの要素の一つでも欠けていれば優秀な戦車は産み出せない。そのため開発はもちろん大量生産には優れた工業力が不可欠であり、必然的に自国で第一級クラスの戦車の開発・生産を行い得るのは、世界有数の工業先進国に限られている。

そのために戦車配備を欲しながらも工業力に乏しい国はそれらの国から戦車を輸入せざるを得ず、同時に戦車生産国は輸出による外貨獲得と共に、生産数を増やす事で量産効果による調達価格の低減を図ろうとする。あるいは企業が輸出専用の車輌開発を行う場合もある。中には、国内の企業が開発した車輌と他国の車輌とを比較検討した結果、他国製の輸入に決まる場合もあれば、逆にイランへの輸出用に開発したものの革命でキャンセルされ、開発企業救済のために本国イギリス陸軍に採用されたチャレンジャーの例もある。一方で日本やイスラエルの様に、防衛上の方針(あるいは政治的制約)から価格面のリスクを覚悟で輸出入を行わずに国内での生産・使用に限るケースもある。

また西側標準となったL7ライフル砲やラインメタル120mm滑腔砲の様に、一部装備のみの輸出入やライセンス生産が行われる事も多い。

逆に戦車の性能は、開発国の工業力を推し量るバロメータであると言え、それが戦争の結果を左右する事もある。第二次世界大戦中、ドイツは同国ならではの優れた機械技術でティーガーパンターなどの強力な戦車を開発したが、あまりに複雑な構造故に生産性・信頼性は非常に悪く、稼働率が上げられず能力相応の戦果を得る事がなかなか出来なかった。対するアメリカは、得意の大量生産技術を生かして、M4シャーマンの様にシンプルで個々の性能では劣るが生産性・信頼性の高い車輌を大量に生産し、物量でドイツ軍戦車を圧倒する事で連合国の勝利に大きく貢献したのである。

[編集] 戦車の構造

[編集] 主要な装備

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  1. 走行装置:戦車は無限軌道(履帯、商標名でキャタピラ)で走行する。起動輪と誘導輪があるのは共通だが、転輪には様々な形が存在する。普通は一列に並べてあるが、かつてのドイツ重戦車の場合、転輪が千鳥型に二重になっていたり、三重に並べたり、荷重を分散するようにしていた。ただし保守が困難な上、手間の割に効果的とは言えなかったため第二次世界大戦後は、そのような形式は採用されていない。転輪には騒音と振動を軽減する目的で周辺にゴム製のソリッドタイヤを装着するが、ゴム資源が不足していた第二次世界大戦中のドイツソ連では、転輪内部や車軸にゴムを内蔵したり、やむを得ず全くゴムを用いない鋼製転輪を使用する場合もあった(イスラエルの戦車は砂漠でゴムタイヤの破損が激しい為に一部に完全鋼製転輪を使用している)。
  2. 主砲1970年代末以降の主力戦車では120mmクラスの滑腔砲が採用されることが多い。加えて射撃統制に環境センサーとコンピュータの組み合わせを用いることで、あらゆる条件下での精密射撃を可能にしている。射撃時の反動を抑えると共に、砲身後退量を抑えて砲塔を小さく済ませるため、油圧により反動を吸収する駐退器が備えられている。さらに以前は砲口にマズルブレーキを装備した物が多かったが、APFSDS弾の装弾筒が引っかかるため最近の車輌では見られない。また中東アフリカなどの高温地域で運用される車輌には、主砲身に熱による歪みを防ぐサーマル・ジャケット(遮熱カバー)の装着が見られる。
  3. サスペンション:初めて実戦投入されたMk.I戦車にはサスペンションは存在しなかったが、その後におけるサスペンション形式はさまざまで、スプリングの種類も、リーフスプリング、コイルスプリング、渦巻きスプリング、クリスティー式(コイルスプリングと大型転輪の組み合わせ)、横置きトーションバー、縦置きトーションバーなどがある。現用戦車では主に横置きトーションバーが採用されている。スウェーデンのStrv.103は前後左右の油圧を変える事で車体の角度を変えられる油気圧(ハイドロニューマチック)式サスペンションを史上初めて実用装備した。陸上自衛隊74式戦車も同様の油気圧式サスペンションを採用しているが、この機能は地形を利用した待ち伏せ砲撃に有利であり、専守防衛を旨とする両国の防衛策に適していたと言える。また、90式戦車韓国K1は横置きトーションバー式と油気圧式を混合装備している。いくらエンジン出力の大きな車両でも、サスペンションの性能が悪ければ車体や乗員の負担が大きくなり十分な機動性は発揮できず、逆にエンジンが非力であっても、サスペンションの改良により機動性を向上させる事が可能である。
  4. 発煙弾発射機(スモーク・ディスチャージャー):多くの戦車で見られ、防御戦闘時に敵の視界を遮ったり、随伴歩兵の進撃を支援したり、ミサイル防御に用いられたりと用途は様々である。一部の車輌には、エンジン排気に燃料を吹き付けて煙幕を発生させる機構を装備する物もある。
  5. 砲塔:第一次世界大戦で登場した極初期の戦車は、車体に火砲を直接搭載したり車体左右の張り出しに搭載していたが、第一次世界大戦末期にフランスで開発されたルノーFT戦車が、車体上部に360度旋回する砲塔を世界で最初に搭載した。死角を減らしたこの設計思想を持つ同戦車は、それ以降のほとんどの近代戦車の原型となった。第二次世界大戦に入るまでは複数の砲塔を持つ多砲塔戦車もあったが、非効率性や高コストが明らかとなり、360度旋廻可能な砲塔一基を持つものが主流となった。砲塔前部には主砲が装備され、後部は弾薬庫として使用されることも多い。砲塔内には車長、砲撃手、装填手の座席があることが多い。第二次世界大戦前半までは全てを車長一人が行うものや二人で行うものも存在したが、車長が戦闘指揮に専念できる三人用砲搭が一般化した。車体同様リベット留めの問題があり、現在では溶接式か鋳造式が用いられている。戦車の中で最も被弾率の高い部位であり、なるべく形状を低く抑える事が望ましいが、T-62ではそのために主砲の俯角がほとんど取れず、中東戦争では地形を利用した伏せ撃ち射撃ができず却って撃破されてしまった事例がある。
  6. エンジン:通常は被弾による損傷を防ぐために車体後部にあり、現在では多くの戦車がディーゼルエンジンを搭載する。ヘリコプターのものから発展した加速性に優れるガスタービンエンジン装備の戦車もあるが、燃費が非常に悪い上に技術的ハードルも高い。かつてはガソリンエンジンが使われることも多かったが、被弾時に引火・爆発しやすいため、第二次世界大戦後は次第に使われなくなった(ディーゼルエンジンもガソリンに比べると軽油は引火性が低いというだけで、被弾時に引火・爆発しない訳ではない)。戦車用エンジンは開発が難しいため、第二次世界大戦時には航空機用エンジンをデチューンした物で代替することもあった。大戦中の戦車の多くは車体後部のエンジンからドライブシャフトで前部の変速機に動力伝達する前輪駆動であったが、戦後はエンジンと変速機が直結した後輪駆動が主流となっている。一方でイスラエルメルカバスウェーデンStrv.103の様に、乗員保護を優先してあえてエンジン・変速機を車体前方に配して装甲の一部としている例もある。西側の戦後戦車の多くは、現場でエンジンデッキを開放してエンジンや変速機を容易に修理・交換できるパワーパック構造になっているが、東側戦車はそうした配慮は行われておらず「エンジンが故障したら車輌ごと交換する」というジョークが言われている。
  7. キューポラ(司令塔):車長や装填手の外部視認用に砲塔上面に設けられた円筒の突起。防弾ガラスごしに直接覗くタイプや、ペリスコープで間接的に見るタイプ等がある。物によっては機関銃が装備してあり、同軸機銃や車体前部の機銃と共に、周囲の歩兵に対する攻撃や対空用として使用される。特にイスラエル軍では対人用として機銃が増設されることが多く、反面少しでも車高を抑えるためキューポラを装備しなかったメルカバのような例もある。また同軍では「アイボール・センサー」(直接目視)による外部状況確認を徹底しており、メルカバ・マガフショットでは車長用ハッチを僅かに持ち上げて頭部を保護したまま視察が可能な機構が組み込まれている。
  8. 同軸機銃:主砲の横に並べる形で装備される機関銃で、非装甲の敵歩兵や敵火点(機関銃などを備えた陣地)への掃射に用いられる。この同軸機銃を、主砲発射に先んじて射撃しその着弾を見て照準する、スポッティングライフルとしての利用が考慮されている場合もある。
  9. 車体:強固な装甲で守られている。初期の戦車においては当時の溶接技術が低かったため、装甲板がリベット留めされた車体が大半であった。しかし、被弾時に千切れたリベットが車内を跳ね回り、乗員が死傷する事故が相次いだ。また、近くでの爆発による衝撃波にももろく、装甲板がバラバラになることもあった。第二次大戦前のフランス戦車には分割された溶接車体をボルトで接合した物もあったが、貫通しなくても被弾の衝撃でボルトが折損し装甲が脱落することがあった。そのため点ではなく線で接合される溶接式か一体鋳造式、または鋳造部品の溶接接合で製造されるようになった。現代の主力戦闘戦車においては、複数の装甲材をサンドウィッチ状に重ね、防御力の向上を狙った複合装甲が主流である。これは車体や砲塔の前面等の主要部に用いられるが重量があり、1990年代以降の主力戦闘戦車の総重量は50~70 t 程度であることが多く、これに対して1000~1500馬力級のエンジンで機動性を確保している。
  10. 操縦席:車体前部にあり、普通の自動車同様、アクセル・ブレーキ・クラッチで操縦する。車体の操行は左右のレバーを引く古い方式(乾式クラッチ式からシンクロメッシュ方式まで様々)と、自動車やバイクのようなハンドルを用いるオートマチック式がある。戦闘中の視界は、かつては小さな覗視孔付きの小窓から直接覗くしかなかったが、その後ペリスコープや最近ではTVカメラによる間接視認法が用いられている。

[編集] その他

  • 近接防御兵器:各々の戦車が独力で歩兵を排除するために、砲塔などに車内から装填・発射できる擲弾筒を装備する例もある。一例として第二次世界大戦時のドイツ軍戦車の一部は“Sマイン”と呼ばれる対人地雷を射出することが出来た。これが車体上方で爆発すると大量の金属球を撒き散らし、付近の敵兵を殺傷する。また、近接防御兵器とは別に、かつては戦車の各部にピストルポートと呼ばれる、拳銃やサブマシンガンを撃つための穴が設けられることもあった(もちろん、撃つとき以外は閉められる形式が主流)。最近の車両では、市街戦対策としてOWS(Overhead Weapon Station)と呼ばれる遠隔操作式の銃座を備え、車内から安全に対人機銃などを操作できる様になっている物がある。またイスラエルのメルカバは砲塔に迫撃砲を装備しており、特にMk.II以降は車内からの装填が可能になった。
  • 砲塔バスケット:砲塔下に吊り下げられた「かご」状の構造。これがあると、床(プラットフォーム)に装填手が立つことで砲塔の回転に煩わされることなく装填作業が可能になる。しかし戦車長や砲手は、砲塔に付いた座席に座っているので関係ない。T-34のように床下に砲弾が収納されている戦車や、自動装填装置を備えた戦車には付いていない。またT-64、T-72、T-80などはここに弾薬が環状に置かれており、やはり自動装填なので装填手が立つためのプラットフォームは無い。
  • OVM(車外装備品):予備の覆帯や牽引用のシャックル・ワイアー、ハンマー、ピッケル、シャベル、消火器、雨よけシート、テントなどを車体外部に付けていることが多い。整備・修理に用いるジャッキや履帯張度調節器、工具も重要である。第二次世界大戦時のドイツ戦車の砲塔後部にはゲペックカステン(Gepäk Kasten)と呼ばれる用具箱がつけられており、中に工具などが入れられていた。ソ連/ロシア戦車では悪路脱出用の丸太と多用途の防水シートが標準装備されている。予備履帯は防御上の効果を狙って、車体前面や砲塔側面にびっしりと取り付けられる場合があった。
  • てすり装甲兵員輸送車を作る余裕のなかった第二次世界大戦中のソ連の戦車・自走砲は、車体や砲塔に手すりを付けて跨乗歩兵(タンクデサント)を輸送した。彼らは当然無防備で、また戦車は戦場では最優先破壊目標なのであらゆる火器の十字砲火を受けるため死傷率が高く(訓練2週間・平均寿命4週間(!)と言われる)、実質懲罰部隊であった。しかし見た目は勇ましいので、戦後も東側のプロパガンダ映像によく登場した。これ以外にも戦車への乗降用に設置された手すりもあり、現地改造で追加されたものも見られる。
  • ウインカー:戦後の日本・ドイツ・イギリス・フランスなどの戦車には、一般道路走行用のウインカーが装備されている。
  • バイザー:ドイツ戦車では「クラッペ」と呼ばれる、外部を視察するための直接視認型の覗き窓。単なる小ハッチである物や、銃弾や弾片が飛び込まないように細く空いたスリットから覗く物や、そこに防弾ガラスをはめ込んだ物がある。構造上被弾に弱いため、第二次大戦中には多くが間接視認型のペリスコープへと移行し、現在では軽装甲車輌にのみ使われている。
  • ペリスコープ:キューポラなどから頭を出し直接視認するのが危険な戦闘中は、潜水艦の潜望鏡のようなペリスコープから視認する。固定式のものを複数環状に配置し全方位を監視できる物や、それ自体が回転する物もある。更に最近では、車体各部のTVカメラの映像を処理して全周の外景を映し出す画像システムや、銃声から敵の位置を特定するシステムも開発されている。
  • 床下脱出口:戦闘下、車上から脱出するのは極めて危険である。この為、車体底面に脱出口が設けられる場合があった。ただし、これには車体底面と地面との間に十分なクリアランスがあることが必要である。また、トーションバー・サスペンションを採用している車輌では床下に横棒が通る構造上、脱出口の設置位置に制限がある。近年の戦車では地雷に対する下部の装甲強化の影響で持たないものが多い。イスラエルのメルカバ戦車では車体後部に乗降ハッチが設けられており、乗員の脱出はもちろん、弾薬などの補給にも有利である。
  • 弾薬庫:戦車砲弾は車体側面・砲塔後部・床下・砲塔バスケット周囲など、詰め込めるだけ詰め込まれる。砲弾の誘爆に関しては当初あまり考慮されていなかったが、第二次世界大戦時のM4中戦車は砲弾の誘爆が問題になったため、ウェット(湿式)弾薬庫を採用した(しかし、誘爆を根絶するには至らなかった)。現代の西側戦車は砲塔後部に砲弾を格納することが多いが、これは被弾・誘爆した際天井がすぐに開き、爆風を外部に逃がすブローオフパネル方式になっている。ソ連戦車は砲弾を砲塔基部を取り囲むように配置している(自動装填装置が装填し易い為)が、このため被弾時に全てが誘爆するケースが多く、チョールヌィイ・オリョールのように西側同様の方式に改造された試作車もある。
  • 換気装置:戦車砲は発砲時に煙と一酸化炭素などの有毒ガスを発生させるため、近年の戦車では車内へのガスの逆流を防ぐエバキュエータ(排煙器)が砲身に取り付けられている。また、戦車内の汚濁した大気を効率的に車外に排気し、搭乗員の戦闘に支障が出ないようにするために換気装置が設けられている。第二次世界大戦までの戦車は単に換気扇で排気するだけであったが、冷戦下、核戦争下や化学戦下でも作戦を実行できるように、核物質や毒ガスを除去できる空気清浄装置を備えた換気装置を標準装備するようになる。
  • 潜水筒:74式戦車やレオパルド1、T-62など一部の戦車は、河川を潜水して渡るために、キューポラや吸排気口に装着する潜水筒が用意されているが、装脱着に時間がかかる事や浸水などのトラブルが多かった。すべての車輌に使用頻度の少ない渡河器材を装備することの非効率性もあり、現在では架橋車両を用いる事が多い。
T-72戦車の増加燃料タンク
T-72戦車の増加燃料タンク
  • 補助燃料タンク:車内に置ける油槽には限界があり、車体側面・後部に補助燃料タンクが接続される物もある。これらは中身が引火点の高いディーゼル燃料であっても、榴弾の爆発の高温では着火し、装備位置によっては車体にかかり延焼して危険であるため、非常時や戦闘時のために車内から操作して投棄可能なものが多い。戦後のソ連製戦車の場合、フェンダー上などにも露出した固定式の燃料タンクが搭載された物が多いが、中東戦争ではこれらに着火してしまうケースが実際に多かった。また第二次大戦中に燃料補給の利便化のためにジェリカンが発明され、補助タンク代わりに車体外部に大量に搭載している例も見られた。
  • 迷彩塗装:初期の戦車はその存在を誇示して敵兵に脅威を与えるのも大きな目的だったが、対戦車兵器の登場と共に隠密性が求められるようになり迷彩が施される様になった。現地の風土や植生に適合した色やパターンが求められるため、塗装が不適合だった場合は現地であり合わせの材料で応急的に迷彩が施される事もある。また冬期には石灰や水性塗料などを用いて一時的に白色迷彩が施される事が多い。近年は低強度紛争(LIC)の増加を受けて、市街地戦闘で有効な迷彩の研究が進められている。
  • ツィメリット・コーティングツィンメリットと表記される場合もある)第二次世界大戦において磁力吸着地雷を使用したドイツ軍は、同様の兵器への対策として一時期ツィメリット剤の塗付を行ったが、連合軍は磁力吸着地雷を使用せず、生産の手間や重量を増加させるだけだったので大戦末期には廃止された。重量軽減や剥離防止の為に独特のパターンが刻まれており、大戦後期のドイツ戦車の表面がギザギザして見えるのはこのためである。「セメントコーティング」ともいわれるが、実態は硫酸バリウムにおがくずや黄土顔料を混ぜたものである。なお、ツィメリット(またはツィンメリット)とはこの塗料(?)を開発した会社の名前である。
  • トラベリング・ロック:移動・輸送中に主砲身を固定して、振動による破損・故障を防ぐ為の支持架。一般に車体後部に位置しており、砲塔を後ろ向きにして固定する形式の車両が多い。
  • ヴェトロニクス(Vetronics):近年は戦車にも高度な電子機器が装備されるようになり、航空機のアビオニクスに倣ってVehicleとElectronicsの合成語でヴェトロニクスと呼称されている。主な物に、動力系制御機器や火器管制装置、GPS敵味方識別装置通信・情報共有システムや攻撃警戒システムなどがある。
  • タンクトランスポーター(戦車運搬車):戦車の走行装置は不整地の走破能力に特化しているため、長距離の自走移動は故障を誘発し戦場への到着を遅らせる。そのため、長距離移動には「タンクトランスポーター」と呼ばれる専用の大型トレーラーで輸送される事が多い。また鉄道による輸送も行われる。

[編集] 戦車の火力

従来からの「戦車の敵は戦車」という考え方から、主火器はこれを撃破するための装備となる。これに加えて対人および対空火器として機関銃などの副火器を装備する。主火器には現在、対戦車砲が主に装備され、補助として対戦車ミサイルが使用される場合もある。車内から砲口を通して対戦車ミサイルが発射可能なガン・ランチャーも用いられたが、現在は通常の戦車砲から発射可能な対戦車ミサイルも開発されている。

主砲に使用される弾薬であるが、攻撃する対象により弾種が選択される。

硬目標に対しては、運動エネルギーによって装甲を貫徹するAP(徹甲弾)とその各種発展型、現代ではダーツのような細長い弾芯を持ち貫通力を高めたAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)炸裂時の衝撃によって目標の内部を破壊するHESH(粘着榴弾)、モンロー/ノイマン効果を狙ったHEAT(成形炸薬弾)(対戦車榴弾)が使用される。

軟目標に対しては伝統的な榴弾と共に、成形炸薬弾も使用される。対人用としては、副火器として装備される主砲同軸機銃や砲塔の上に搭載された機関銃も使用する。

砲戦距離は地形条件により変化するが、1967年のゴラン高原での戦車戦では900mから1,100mの射程で戦闘が行われており、ヨーロッパでは2,000m程度で生起する想定がされている。一般に、1,000〜3,000mの距離で敵戦車と対峙した場合、三発以内で命中させないと相手に撃破されると言われているが、そのためには主砲の発射速度は毎分15発程度が求められる。装填は今なお人の手で行われることが多いが、人力で円滑な装填動作を行うには砲弾重量は20kg程度が限界とされており、近年では自動装填装置により装填が自動化されている戦車もある。また車内への砲弾の搬入は多くは砲塔上の装填手用ハッチから行われるが、労力軽減のため砲塔側面や車体に搬入口や自動装填装置の給弾口を設けている車輌もある。

一時期は火炎放射機能の付いた砲身を有する戦車も存在したが、被弾した際の引火のリスクが大変高い為に採用されなくなった。

[編集] 戦車の乗員

第二次世界大戦時のアメリカ陸軍の戦車兵。
第二次世界大戦時のアメリカ陸軍の戦車兵。

通常は車輌を指揮する車長、運転を行う操縦手、主砲の照準・射撃を行う砲手、装填・排莢を行う装填手の4名である。初期はこれに通信を担当する無線手が加わっていたが、無線機が進歩して車長が自分で扱える様になると廃された。また車体に前方機銃を備えた車輌では、操縦手の隣に副操縦手(または無線手)兼機銃手が配置されていた。また第一次世界大戦の戦車などでは、エンジンルームとの仕切りが無く走行中でも点検できたこともあり、機関手も乗っていた。

最近は自動装填装置の導入により装填手を廃する方向に進んでいるが、整備や履帯交換、塹壕構築などの非乗務作業を考慮すると3人では少なすぎるとの意見もある。

車外活動や脱出後のために全員が拳銃を持つことが多い。また、車内に短機関銃カービン銃手榴弾が装備されている。通常これらは標準装備として内壁に固定されている。第二次世界大戦において、車輌放棄時には(余裕があれば)車体据え付けの機関銃を外して出ることもあった。アメリカ軍などは戦車に三脚を装備していた。日本でも、車輌放棄後は機関銃を持ち出し、臨時機関銃隊として歩兵戦闘に加入することもあった。また、旧日本陸軍では士官などが個人的に軍刀を持ち込むこともあった。

戦車兵の軍服は狭い車内で活動するため、他の兵科より裾を短くするなど、引っかからないように工夫されている。第二次世界大戦後になるとつなぎタイプの軍服を採用する軍隊が多数を占めるようになる。さらに破片などから身を護るために上から防弾チョッキを着用する事も多い。また、戦闘帽は、頭部を保護するためにパットが装着されていることが多く、ヘルメットは引っかからないように縁が落とされていることが多い。また車内はエンジン音や履帯の走行音などで騒がしいため、耳の保護と通話のためのヘッドホンを装着している(車体後部の通話器で、随伴歩兵が乗員と通話連絡できる様になっている車輌も多い)。

[編集] 戦車の装甲

爆発反応装甲を取り付けたイスラエル軍戦車“マガフ”
爆発反応装甲を取り付けたイスラエル軍戦車“マガフ”

戦車がその能力を発揮し続けるためには、外部からの攻撃に対して内部の乗員や火砲、機動力を守る必要がある。防護性という点では、秘匿性を維持するための低姿勢設計や隠密設計、被弾時の人員の脱出効率なども評価対象となるが、通常は対弾防御能力でもってその性能を評価される。

現在の主力戦車の正面装甲は、対抗する主力戦車が搭載する火砲に対し1,000mで攻撃を受けても耐えることが求められているとされるが、実際には常に競争を続ける盾と矛の関係であり、防護性に対して火力性能が上回ることが多い。

[編集] 装甲の歴史

出現した当初の戦車は、対人用の銃器に耐えられる程度の装甲しか持たなかったが、対戦車用の火砲が出現し、戦車自身もそれらを搭載するようになると、戦車は重装甲化への道を走る事になる。無論、厚くて重い装甲は機動性の妨げとなるため、両者のバランスが戦車開発の永遠の命題となった。

第一次世界大戦や戦間期の戦車は圧延鋼板リベットまたはボルト留めした構造であった。しかし敵弾が命中した時の衝撃でリベットが飛んで車内にいる搭乗員や随伴歩兵を殺傷する危険があった。溶接技術が進歩すると共に、圧延鋼や鋳造鋼を溶接組みする製法が採り入れられた。

第二次世界大戦中には、ソ連が避弾経始に優れた曲面形状の鋳造砲塔傾斜装甲を装備したT-34戦車を投入、独ソ戦初期のドイツ側の攻撃を寄せ付けなかった。この後、いわゆる戦後第2世代戦車まで、各国で避弾経始を意識した戦車設計が行われた。

しかし1970年代になると、従来の圧延鋼板ではほとんど阻止不可能なAPFSDS弾が登場して、それまで効果的であるとされた傾斜装甲による避弾経始は無効化された。そのため、第3世代戦車では装甲板にセラミック板などの異素材を挟み込んだ複合装甲が主流となり、車体の形もそれに合わせて垂直面の多く見られる箱形となった。

[編集] 増加装甲

戦車には防護力を高めるために増加装甲が取り付けられることもある。

はじめからその用途に開発されたものから現地の部隊が勝手に取り付けたものまであるが、素材も先進装甲から土嚢、セメントの類まで幅広い。工具箱や予備履帯の配置を工夫して増加装甲としての効果を期待する事もよく見られる。ただ、これらの事をすると当然車体重量が増え、機動性能が落ち、足回りに負担をかける事になる。

第二次世界大戦で戦車は恐竜的進化を遂げたため、増加装甲の取り付けも積極的に行われた。シュルツェンのように装甲板を車体から離して空間装甲のような効果を期待したものもある。

現代では車種ごとに車体にフィットするような専用の装甲ブロックが供給される。最近では、装甲の一部を取り外し可能にして、破損時の交換や新型装甲素材への換装を容易にしたモジュール装甲(外装式と内装式がある)も一部で導入されている。

中でも人的資源が限られているイスラエル国防軍が運用するメルカバでは、戦車の防御力強化に力を注いでいる。爆発反応装甲や中空装甲をいち早く導入し、エンジンを車体前部に配置して乗員を護る空間装甲の一部としている。

[編集] 対成形炸薬弾(HEAT弾)対策

第二次世界大戦後期には、成形炸薬によるモンロー効果を用いた成形炸薬弾(HEAT弾)が戦車の脅威となった。運動エネルギーに頼らずに砲弾自体が発生させる超高速噴流によって装甲を貫くため、発射装置を簡略化することが出来た。この原理を用いたバズーカパンツァーファウストなどの歩兵が携帯可能な装備により歩兵の対戦車戦闘力が向上することとなる。第二次世界大戦後はソ連製のRPG-7が歩兵用の対戦車ロケット弾発射器として広く用いられた。

第二次世界大戦時にドイツ軍戦車が用いた「シュルツェン」は、車体から離して薄い鋼板を張った増加装甲である。これはもともとソ連軍の対戦車ライフル対策であったが、バズーカ等のHEAT弾に対し効果があることも判明した。HEAT弾への対応策として、それらを車体からできるだけ離れたところで起爆させ、ジェット噴流が車体に及ぼす効果を極力抑えようとしたもので、後にそれ専用として軽量化を意図した金網製の物も作られた。ソ連軍でもベルリン攻防戦時、ドイツ歩兵のパンツァーファウストへの対策として砲塔の外側に金網やベッドスプリングを貼った。

Strv 103では燃料タンクを足回りを覆うように並べ、対HEAT弾用の装甲を兼ねさせた。当然、HEAT弾によって着火してしまうが、燃料は着弾時に飛び散ったり空いた穴から地面に流れるため、そのまま走り抜けてしまえば車体が炎上することは無いようである。さらに同車は車体前面に柵型の対HEAT装甲を設けた。

イラク戦争後、イラクに展開するアメリカ軍の車両も対HEAT装甲である「鳥籠装甲」と呼ばれるかご状の構造物で車体を覆っているが、これはもともとイスラエル軍の経験を基にしたもので、RPGの弾頭を50%の確率で不発にすると言われる。

また対戦車ミサイルなどに対する対策として、爆発反応装甲(エクスプローシブリアクティブアーマー)を追加装備する事も多い。初期の頃は性質上HEAT弾にしか効果を持った無かったが、現代の爆発反応装甲はAPFSDS弾にも効果がある(コンタクト5FY-5など)。ただ作動時に随行歩兵や、車輌自体の装甲に損傷を与える恐れもあるうえ、一度作動すると爆発して無くなってしまう為、その箇所の防御力は低下してしまう。東側の旧世代戦車には、防御力向上を狙って車体に爆発反応装甲をびっしりと貼り付けている事がある。

[編集] 弱点

通常、戦車の装甲は敵と向き合う前面が最も厚く、上面が一番薄く造られている。これは許された重量の中で装甲厚を配分せざるを得ない為であるが、対地攻撃機対戦車ヘリコプター、トップアタック能力を持つ対戦車兵器に対する脆弱性を生ずる事になっている。またハッチやキューポラやスイットあるいはエンジン部など構造上装甲を厚くできない箇所がある。履帯や回輪のような駆動系も攻撃に弱く、容易に擱座してしまう。

また砲塔の形状によって、砲塔下部で跳弾した敵弾が車体上面を直撃してしまう「ショットトラップ」と呼ばれる現象を生じる事もある。

車体下面もウィークポイントであり、強力な対戦車地雷で損傷を受ける事がある。

一番の弱点とも言えるのは、狭い視界である。装甲による防御力を優先しなければならない為、必然的に視界が得られる様な開口部は減らされていく。その為、戦車には死角が極めて多く、“戦車だけの部隊”は歩兵に弱くなる。戦車は戦場に登場した当初から歩兵の手榴弾や地雷による肉薄攻撃によって容易に撃破されてきた。そのため、個人携行が可能な対戦車兵器により歩兵の対戦車攻撃能力が強化されると、たいてい戦車は死角を減らす随伴歩兵(あるいは、随伴歩兵の乗った歩兵戦闘車両)と共に行動するようになった。

その視界の狭さが建物の存在でもっと狭くなる上、歩兵の潜伏箇所の多い、高い位置からの戦車上部への攻撃が容易な市街地での戦いは戦車の不得意とするものである。そのため、時には建物ごと破壊する場合もある。

[編集] 歩兵による対戦車戦闘

RPG-7等による攻撃を考慮して開発中のM1エイブラムス用の市街戦対処用キット
RPG-7等による攻撃を考慮して開発中のM1エイブラムス用の市街戦対処用キット

戦車と戦わなければいけないのは戦車だけではない。戦車は厚い装甲に守られているが視界は狭いため死角からの攻撃に遭いやすく、視界の広い歩兵を随伴させる。大柄で大重量であることから通行には制限があり、防御側はこれを利用し、時には対戦車壕や対戦車阻塞(バリケード)、地雷原等の障害物を用いて迎撃する。対戦車兵器がない場合は爆薬や対戦車地雷を使用しての肉薄攻撃や即席爆発装置(IED)による待ち伏せなどで対抗する事がある。また、防御側は多くの場合、戦車から随伴歩兵を引き離す様に激しい砲撃や機銃掃射を行い、対戦車班が戦車を攻撃しやすくしようとする。

第二次世界大戦中に成形炸薬によるモンロー効果を利用した物が登場すると吸着地雷から対戦車手榴弾・銃砲利用の対戦車擲弾と続き、やがて個人携行可能な対戦車ロケット弾、対戦車無反動砲、携帯式対戦車用擲弾発射器パンツァーファウスト)が登場した。またロケットランチャーと組み合わせたものはバズーカとして知られる。これらは比較的小型で調達・運用も容易である事から対戦車兵器の主流となった。また戦後になると誘導装置を備えた対戦車ミサイルが開発された。

1970年代にはこの対戦車ミサイルにより、歩兵の対戦車戦闘力が大きく強化された。第四次中東戦争中の1973年10月8日に発生したエジプト軍第二歩兵師団とイスラエル軍第190機甲旅団の戦闘では、エジプト軍が大量装備したRPG-7AT-3「サガー」により、イスラエル軍戦車約120輌のうち約4分間で100輌近い戦車が撃破され、旅団長が捕虜とされるなど多大な損害を与えた。歩兵部隊と戦車部隊が正面から向き合った戦闘でも、歩兵側が勝利を収めることが出来たのである。

このような携帯対戦車火器の発達がゲリラテロリストにも対戦車戦力を与える事となり、いわゆる低強度紛争(LIC = Low Intensity Conflict)を増長させる要因となった。例えばソ連製のRPG-7等は途上国でも簡単に生産でき、紛争地帯は多く使用されている。

対戦車兵器一覧

[編集] 戦車の未来

対戦車ヘリコプターという天敵の出現により、一時は「戦車不要論」も唱えられていたが、湾岸戦争イラク戦争は戦車が依然として陸上戦の主役であることを見せつけた。これはヘリには攻撃力はあっても、飛んだ状態では燃料の消費が激しい上、装甲も薄いため制圧した箇所にそのまま留まり、制圧の維持を行う事が不可能であるからであった。にも関わらず、本来なら20世紀の内にも登場する筈であった「戦後第4世代戦車」は未だに出現せず、今世紀に入っても各国の新戦車開発の動きはほとんど進んでいない。その理由はまず冷戦の終結によって軍縮が進んでいることと、特に西側諸国にとってはこれまで新戦車開発の原動力となっていた東側新型戦車の脅威が失われたことが大きい。そして何よりも、これまで主砲の大型化と装甲の強化により累積してきた重量増加が、もはやその限界を迎えているという技術上の問題がある。よって「第4世代戦車」は、重量を大幅に増すこと無く火力と防御力を強化するという難題をクリアする必要があるほか、非対称戦に対応した戦車の柔軟な運用が求められるため高度な情報指揮統制能力が求められる。

現在の西側各国の主力戦車の重量は55~65t程度あるが、これ以上の重量増加は戦車の行動力を著しく損なう上、輸送や架橋、車輌回収も困難になってしまう。陸上自衛隊90式戦車は50tだが、長距離輸送を考えた場合、大型のタンクトランスポーター(戦車輸送車輌)や大型RO-RO船が不足しており、北海道以外での平時における運用が難しいとされている。防衛省・陸上自衛隊が現有戦車の後継として全国的な配備を考慮して開発中の新戦車 (TK-X) の試作車は約44tとされ、全体の性能も90式戦車を超えると見られているが、新戦車 (TK-X) が最初の「第4世代戦車」になるかどうかは未知数である。

また近年、加えて戦車に求められているのが、低強度紛争 (Low Intensity Conflict , LIC) への対応能力である。テロリストゲリラ対戦車火器に対する防御と、それを駆逐制圧する火器システムを備えた騎兵車輌としての能力も同時に求められており、この事がさらに開発を困難な物にしている。逆に、冷戦終結により戦車同士が撃ち合う従来の戦車戦の機会自体が失われつつあり、こうした時勢を反映して、今後の陸軍戦力の整備のあり方として、戦車と歩兵戦闘車や装甲車にヘリコプターなどを密接に統合運用する、近代的な緒兵科連合戦術に対応した戦車が求められている。

火力の強化については、ドイツのラインメタル社などが140mm砲を開発しており、「第4世代戦車」の主武装になると期待している。ただし140mm級の砲を純粋に搭載すると、反動を抑えるのに必要な重量は70~80tに達すると想像され、現在の技術で取り扱える重量限界を超えてしまう。その為、ラインメタル社では反動低減のための研究が進行中である。また、砲弾の大きさ及び重量も同時に増加することで、人力での砲弾の装填、人力での戦車への砲弾の搭載が乗員に対してかなりの負担になると考えられる。前者については自動装填装置の採用で解決できると思われるが、後者は新たに機械的な搭載装置が必要になる可能性がある。更に、砲弾の大型化で携行弾数が少なくなる可能性があり、これを解決するためには砲弾そのものを改良する必要があると考えられる。既にドイツではレオパルド2の強化案として同140mm砲の搭載テストを行ったが採用は見送られ、現在は120mm径のままで砲身長の延長や弾薬の改良などによる火力強化を図っており、他国もこれに追従する動きを見せている。

防御力の強化については、被弾する可能性が最も多いのが砲塔である事から、乗員や弾薬類を全て車体内に配して防御を集中した無人砲塔戦車や、車体上に自動装填・遠隔操作の背負式戦車砲 (Overhead Gun) を装備した無砲塔戦車が構想されている。これらはアメリカが開発中のMCSやロシアが開発中と言われるT-95など以前から度々噂に上がりながらなかなか実用化されていない。砲塔バスケット内の乗員を砲塔リングより下の位置に配置して砲塔を小型化する低姿勢砲塔 (Low Profile Turret , LPT) については、ヨルダン陸軍の主力戦車「アルフセイン」(輸出されたチャレンジャー1)の最新改良型に、南アフリカの企業と共同開発した「ファルコン2」砲塔[1]を搭載した事が発表され、今後の運用が注目されているほか、装甲車ではM1128ストライカーMGSで先んじて実用化されている(即応弾の搭載場所は、ファルコン2が主砲の後方、MGSは砲塔バスケット内である)。

また装甲の強化に代わる新しいタイプの防御方法も模索されている。そのひとつに、対戦車ミサイルなどの接近をレーダーやセンサー類で探知し、自動的にジャミングで無力化したり飛翔体やミサイルで迎撃するアクティブ防護システム (Active Protection System , APS) がある。旧ソ連・ロシアは既に80年代に一部で導入しており、最近ではイスラエルのラファエル社の開発したトロフィーAPSのメルカバMk.4への採用が公表され、欧米でも同種のシステムの開発・採用を進めている。

一方で、各車両単体の戦闘能力は機動性を重視して抑えつつ、情報技術で緊密な指令系統と情報共有により連携させる事で、特にゲリラ戦術に対する柔軟な対応力を持たせようという考え方もある。アメリカではこの思想に基づくFuture Combat Systems (FCS) の研究開発が進められており 、これには戦車以外の各種車両や空・海軍兵力との連携、さらには車両のロボット化までも含まれている。ただし陸上兵器のロボット化は、航空兵器などに比べて技術的ハードルが大きく、本格的な実用化はまだ先の話である(軍事用ロボットも参照されたし。)。

ただし遠隔操作であれば無人偵察機無人攻撃機が実戦に投入されたように、遠隔操作の無人戦車も研究されている。現在取り入れられているものは戦車と言うより治安維持用の装置と言うほうが正確だが、即席爆発装置 (IED) の除去や無力化に、遠隔操作される小型ロボットが一部で使われている。

アメリカ軍では現在Armed Robotic Vehicle (ARV) として、試作車両の製作と実験にまでこぎつけている[1]。アメリカ以外の国での開発は不明だが、中国やロシアが開発しているとの噂はある。

さらなる新技術としては、リニアモーターの原理で弾体を電磁気で加速して打ち出す電磁砲(リニアガン)レールガンと、装甲に大電流を流して着弾した敵弾を溶解破壊する電磁装甲であるが、どちらも未だ実験の域を出ていない。

[編集] 戦車の博物館

各国において戦争に関する博物館が存在する中でも、戦車を中心にした博物館がいくつか存在する。連合軍の博物館は自国の戦車はもとより、捕獲した枢軸国の戦車の展示においても充実しており、戦車の変遷を理解する上においては重要な資料を提供している。

[編集] 戦車の一覧

戦車一覧を参照

[編集] フィクションにおける戦車

陸上戦の花形とも言える戦車だが、なぜかフィクション作品における扱いは芳しくない。特に漫画アニメなどのビジュアル系では、無限軌道の描写や独特の重量感の表現などが大きな障害となっており、SF作品などでは安易に「有脚戦車」や「ホバー戦車」などの他の移動手段に置換されてしまうケースが大半である。また、ネットアニメとして戦車の定義にまるで当て嵌まらない『やわらか戦車』というキャラクターも存在する。

そんな中、戦車本来の魅力にこだわりを見せるクリエーターの一人が、スタジオジブリ作品で知られる宮崎駿監督である。模型雑誌に連載した『宮崎駿の雑想ノート(妄想ノート)』で現実や架空の戦車をつぶさに描写し、そのうち架空の多砲塔戦車「悪役一号」は後にプラモデル化され、ミリタリーモデラーにも高い評価を受けた。またアニメ作品でも『ルパン三世』や『風の谷のナウシカ』などでリアルな戦車描写に挑んでいる。また押井守監督も、『天使のたまご』『機動警察パトレイバー』『Avalon』などの作品で無限軌道を履いた戦車を登場させている。他に戦車が主役の漫画作品として士郎正宗の『ドミニオン』、小林源文の『ハッピータイガー』などがある。

なお架空の戦車で有名な物として、『機動戦士ガンダム』に登場したジオン公国軍の主力戦車マゼラアタックが挙げられるが、元々が巨大ロボット兵器(モビルスーツ)が跋扈する世界観だけに、重量が95トンと戦車の運用限界を遙かに超える代物であると共に、砲塔部が分離して航空機となるという破天荒な機構を持ち、戦車としての描写は(当時のアニメ作品としてはともかく今日では)厳しいところがある。

[編集] 参考文献

  • 林 磐男 『タンクテクノロジー』 山海堂、1992年、ISBN 4-381-10051-4
  • ピーター チェンバレン,クリス エリス『世界の戦車 1915~1945』大日本絵画、1996年、ISBN 4-499-22616-3

[編集] 脚注

  1. ^ KADDB - Projects - Falcon Turret - 写真1 -