メルカバ (戦車)

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メルカバ
MerkavaMk4 ZE001m.jpg
メルカバMk 4
性能諸元
全長 9.04m
車体長 7.6m
全幅 3.7m
全高 2.7m
重量 Mk 1/2:63t
Mk 3/4:65t
速度 60km/h整地
55km/h(不整地
行動距離 500km/h
主砲 Mk 1/2
51口径105mm砲L7
Mk 3/4
44口径120mm滑腔砲L44
副武装 12.7mm機銃M2×1
7.62mm機銃×2
60mm迫撃砲×1
エンジン 4ストロークV型12気筒
Mk 1/2
空冷ディーゼル
Mk 3/4
テレダイン製ターボチャージド・ディーゼル
Mk 1/2:900hp
Mk 3:1,200 hp
Mk 4:1,500hp tあたり出力14.28馬力
乗員 4名
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メルカバ: Merkavaヘブライ語He-Merkava.ogg מרכבה[ヘルプ/ファイル])は、イスラエルが開発した第3及び第3.5世代主力戦車のシリーズである。イスラエル国防軍で運用され、イスラエルの特殊な事情を色濃く反映した設計となっている。 メルカバとは、ヘブライ語で騎馬戦車(Chariot)を意味する。

開発経緯[編集]

1967年第三次中東戦争と、フランスからの武器供給停止に直面したイスラエルに対し、イギリスチーフテンを元にした主力戦車の共同開発を申し出、契約が行われた。しかし、1969年からのアラブ諸国からの圧力と、それに伴うイギリスの対中東戦略の見直しにより、この契約はキャンセルされた。

1973年第四次中東戦争の際には、アメリカ軍の予備役に編入されていた戦車が提供されていた。この戦争において、イスラエルのような小国は、戦闘において過度の死傷者を出すことに耐えられない、という教訓を得た。

これらの経緯を踏まえ、イスラエルは1970年に独自の主力戦車を開発することを決定する。タル将軍が率いる開発チームは、イスラエルの戦場の独自性とこれまでの教訓に基づき、乗員の保護、生存性を重視した戦車の設計を行った。こうしてイスラエル国産戦車「メルカバ」の開発は、イスラエル政府により1977年5月13日に承認された。

センチュリオンを改造した最初のプロトタイプ

メルカバの開発には、建国以来繰り返された対アラブ戦争における膨大な戦車戦のデータと、多くの戦車、軍用車両の改良と再生で培ったノウハウインフラが活用されている。特にセンチュリオンショット)の改良における実績は大きく、最初のプロトタイプはセンチュリオンを改造して製作され、ホルストマンサスペンションの採用など影響を受けた部分も大きい。

特徴[編集]

過去の戦訓から、メルカバは乗員の生存性を第一に設計されている。その思想が端的に現れているのはエンジンの搭載位置である。各国のほとんどの戦車がエンジンを後部に配置しているのに対し、メルカバではエンジンが前部に配置されており、被弾時に走行不能になる可能性が上がる代わりに、エンジンへの被弾が遮蔽効果となり、結果として装甲の一部として機能する事で防御力の向上を図っている。同様の工夫はStrv.103にも見られる。他に燃料や各種装備など車内のあらゆる物が乗員と弾薬に対する防護として働く様に配置されている。

世界で最も重装甲な戦車の一つと考えられており、特に成型炸薬弾に対して高い防御力を持つ。車両底部は1枚の鋼鉄板をV字に曲げた装甲を使い、さらに内部に一枚の装甲が配置された2重底になっており地雷への耐久性を高めている。Mk 3以降は交換・改良の容易な外装式のモジュール装甲を採用している。砲塔バスルにはRPGなどの携帯対戦車兵器への対策として、先端に重りをつけた鎖を並べて吊り下げる「チェーンカーテン」を装備している。

メルカバ Mk 1の後部ドア
テルアビブ軍事博物館

また、車体後尾には、ドアと戦闘室を結ぶトンネルが設けられており、車両が行動不能になった場合、乗員は後部ドアから脱出することができる。後部ドアは戦場での砲弾や物資の搭載口に使用されるほか、戦闘で孤立した歩兵の救出にも使われた実績がある。

エンジンは同国でマガフM48パットンM60パットン系列の改良型)やショットセンチュリオンの改良型)などに多用されているコンチネンタルAVDS-1790系ディーゼルエンジンを採用。強固な装甲による車体重量に対してエンジン出力が不足気味だが、適切なスプリング式サスペンションの装備によって不整地走破能力や乗員の乗り心地を向上させる事で、パワーで遥かに勝るアメリカM1エイブラムスと同等の機動性を持つとされる。このサスペンションは一般的なトーションバー方式に比べ破損時の交換も容易で、装甲の一部としても機能する利点もある。履帯は全金属製で、転輪も当初はゴムタイヤ付きだったがMk 3改良型以降は全金属製転輪が使用されている。発展型のメルカバMk 4では再びゴムタイヤ付きに戻されている。

エンジンの前方配置に加え、操縦席と戦闘室が隔離され、戦闘室床面を砲塔と連動旋回する形態とした結果、車内後部にはかなり広い室内スペースが確保され、乗員のストレス軽減や相互連絡の円滑化、砲弾などの積載能力を高めている。この広い室内は同時に、兵員輸送や救護、救護品の輸送を容易にしている。車内には計240リットルの飲料水タンクが設けられており、うち60リットル分は後部ドアの上部パネル内に収められている。

最新のMk 4に至るまで自動装填装置は搭載されておらず、乗員は4人である。人的資源の保護を最重視する設計思想と矛盾する様に思えるが、これはタル将軍らの「戦車が戦場で生き残るには最低4人の乗員が必要」という思想を反映した物である。

兵装面の特徴としては、Mk 1/Mk 2では主砲にマガフやショットと同じL7 105mm戦車砲を採用した。1982年の「ガリラヤの平和作戦」においては国産の新型APFSDSのおかげもあってシリアのT-72をほぼ一方的に撃破する戦果を挙げたため、ソビエト連邦製のT-54/55T-62、T-72を撃破するに十分な威力を有する105mm砲に止めて戦車に積める砲弾の数を増やす戦略をとっていたが、Mk 3からはラインメタル 120 mm L44を参考に新規開発した120mm滑腔砲を採用している。

12.7mm重機関銃M2を主砲上部に露出する形で搭載して、同軸機銃としている。これは非装甲・軽装甲目標への攻撃手段のほか、訓練時に主砲の代わりとして利用される。さらに車長キューポラと装填手用ハッチにも1挺ずつ、合計2挺(Mk 4では装填手用ハッチが塞がれたため1挺のみ)の7.62mm FN MAG機関銃を搭載し、砲塔右側面外部(Mk.2以降は内部)に60mm迫撃砲1門を装備するなど、同時代の他の戦車と比較して近距離における対人戦闘能力の向上に力が入れられている。なお、ショットやマガフにも同様の副兵装とする改修が行われている。

チーフテンを元にした開発がキャンセルされた時の様な外国の政治的影響を避けるため、メルカバは部品・技術を極力海外に依存しない開発方針をとっており、Mk 1の時点で自給率はコスト比でエンジン・変速機・圧延装甲などを除く70%ほどとなっている(これはそれまで戦車生産の経験の無かった国としては驚異的な数字である)。車体はTel Hashomer戦車工場で生産され、イスラエルの国防産業に携わるいくつかのメーカー(IMI、エルビト・システムズソルタム・システムズなど)が部品生産を分担している。なお、Tel Hashomerには、イスラエル屈指の機甲部隊の基地や、軍民共用病院などもある。

イスラエルは武器輸出も盛んだが、メルカバは国軍への配備を最優先させており、海外輸出は行われていない。

メルカバの各型[編集]

メルカバ Mk 1[編集]

メルカバ Mk 1

イスラエル北部やゴラン高原の地形に適するよう配慮して開発された。最初のメルカバは、1979年4月に運用が開始された。

エンジンの前部配置や後部ドアの設置は初期モデルからなされており、メルカバの特徴となっている。エンジン出力は900馬力、主砲M60パットンと同じ105mm L7ライフル砲が搭載されている。

初陣は1982年内戦中レバノンに関する軍事行動で、当時ソ連の最新鋭戦車だったシリア軍T-72を多数撃破して一躍評判となった。その後、サイドスカートなど一部装備をMk 2型に換装するアップグレードが行われている。現在は既に第一線を退いている。

メルカバ Mk 2[編集]

メルカバ Mk 2

メルカバMk 2の最初の実戦配備は1983年で、市街戦に特に配慮されていた。これはレバノン、特にベイルートにおける1982年の軍事行動の教訓が反映されたものである。

基本コンポーネントはMk 1と同一であるが、砲塔増加装甲が加えられ、Mk 1では砲塔外部に装備されていた市街戦用の60mm迫撃砲が砲塔に内蔵されて車内から発射可能となった。

Mk 2A[編集]

Mk 2の射撃管制装置を更新した物。

Mk 2B[編集]

サイドスカートがMk 3同様の複合装甲に換装され、熱戦探知装置や敵の照準用赤外線/レーザー光線の探知装置、発煙弾発射機などが追加された。

Mk 2 Dor Daled(ドル・ダレッド)[編集]

砲塔全周と操縦席前面にモジュール装甲を追加し、大幅に防御力を高めたバージョン。改造は少数に留まっている。IDF内ではMk 2 BATASH(バタシュ)と呼ばれている。

メルカバ Mk 3[編集]

メルカバ Mk 3

メルカバMk 2についで、レバノンでの教訓を反映したものとして、1990年から実戦配備された。

車体・砲塔共に新規設計となっており、エンジン出力が1,200馬力に増強され、新しいサスペンショントランスミッションが採り入れられた。主砲には国産の120mm滑腔砲が採用された。

Mk 3B[編集]

砲塔上面にモジュール装甲が追加され、トップアタック能力を持つ対戦車兵器への耐久性を高めている。また、NBC兵器対策として空調装置が強化されている。

Mk 3 Baz(バズ)[編集]

1995年に登場したバージョン。火器管制装置が新型の物に換装され、砲塔正面に車長用の旋回式サイトが増設された他、目標の自動追尾機能によりヘリコプターなどの高速移動する目標への砲撃が可能になっている。

Mk 3 Dor Daled(ドル・ダレッド)[編集]

メルカバ Mk 3D Baz

2000年頃に登場した、砲塔側面に菱形の大型モジュール装甲を装着したバージョン。

砲塔側面および砲塔リング周辺の防御性を高めている。Mk 3/Mk 3Bベースの車体と、Mk 3 BazベースのBaz Dor Daled(バズ・ドル・ダレッド)とが存在する。

メルカバ Mk 4[編集]

メルカバ Mk 4
砲塔

メルカバMk 4は、メルカバ・シリーズの最新バージョンにして、イスラエル国防軍の現在の主力戦車であり、より強固な乗員防護、精密で強力な武装と高度な電子情報システムを装備している。2004年から実戦配備が始まり、年間50-70輌程度のペースで総計400輌の配備が見込まれている。

外見上の旧モデルとの最大の相違点は、砲塔の大型化である。旧モデルでは砲塔を小型で避弾経始に優れた形状にし、正面投影面積を小さくする事で被弾に対処していたが、対戦車兵器による攻撃を意識したMk 2DやMk 3D Bazの登場と同様に、砲塔の周囲に増加装甲を追加する事により砲塔全周の防護力の強化を行い、砲塔が大型化された。

Mk 4の砲塔には外装式のモジュール装甲方式が採用されており、砲塔本体の周囲に箱型のモジュール装甲が取り付けられている。敵弾による損傷後、被弾した部分だけを比較的短時間で取り換えられる。

さらに、これまで脆弱だった砲塔上面と砲塔リング周りの防護に配慮されており、砲塔の装填手ハッチが廃されている。乗降や砲弾搬入は車体後部ドアで行える。ただし、開口部はモジュール装甲の下に用意されており、一部車輌では市街戦用にハッチを復活させている。さらに乗員の生存性を上げるため、戦車に付属している各種部品自体が装甲のバックアップとして働き、主装甲が貫徹されるのを極力防ぐ構造となっている。また、Mk 3B同様、対NBC防護装備を標準装備している。砲弾は耐火性のある容器に収納されている。

120mm滑腔砲とその射撃管制装置はより進化し、国産のレーザー誘導対戦車ミサイルLAHAT」により、戦車だけでなく対戦車ヘリコプターを撃墜することも考慮されている(シリア軍の装備するSA 342Lガゼルや、Mi-24ハインドなど)。自動装填装置は装備されていないが、砲塔内に10発入りのリボルバー式半自動弾倉を備えており、電動装填装置によって選択された各弾種をすばやく装填手の手元に供給することで、労力を大幅に軽減している。標準搭載弾数は48発であるが、後部トンネルに更に予備弾が搭載できる。

副武装として、新型の対人用ソルタム60mm迫撃砲を内蔵できる。迫撃砲の有効射程は2,700mあり、Mortar Ballistic Computerにより自動制御されている。車内の据え付け銃と後部ドアは、市街戦で非常に役立つことが立証されたためそのまま装備されている。

エンジンはそれまでのAVDS-1790系に代わり、ドイツMTUフリードリヒスハーフェンの開発したMTU883水冷ディーゼルエンジン米国ライセンス生産品を搭載している。MTU833はレオパルト2ルクレール輸出型にも採用されており、小型軽量高出力で現代最高水準の戦車用ディーゼルエンジンと言われている。1,500馬力の出力により従来のメルカバに対するパワー不足との評価は完全に払拭され、舗装面では60km/hで走行できる。変速機は電子コントロールで前進5段、ステアリングとブレーキも含まれた独レンク社製RK325オートマティック・トランスミッションが採用されている。パワーパックの小型化によって車体前上面はフラットな形状になり、ドライバーの視界が向上している。走行装置についてはTracks, springs and wheels system:TSAWS、ヘブライ語ではMazkomと呼ばれる新しいキャタピラシステムが採用された。これは軌道を拡げ、路面に与える軌跡や舗装への損傷を最小にするように工夫されている。また、機動性はより高くなり、特にゴラン高原のような場所での機動性はそれまでのタイプより格段に向上したため、地形の制限を受けにくくなった。

外部視察と後進走行のためのベクトル社製「タンク・サイト・システム」と呼ばれる画像監視システムが搭載され、操縦士車長は車体や砲塔に取り付けられた4台の固定TVカメラによる360度全周の映像を自席ディスプレイで見ることができる。この他、Elbit Systems社の戦闘統制システムBattle Management Systemによるネットワークが導入されて作戦中に得た映像や観測データが他の車両と共有できると共に、ベクトップ社製のVDS-60 デジタル・レコーダで記録・再生できるようになった[1]

2007年には防護力の強化策として、イスラエル国内のRafael Armament Development Authority社が開発したばかりのトロフィーアクティブ防護システム(APS)を全てのMk 4に追加装備する事が公表された。これは対戦車ミサイルなどの飛来を4本のフラット・パネル・レーダー・アンテナで全周警戒し、接近探知時には完全自動で発射されるミサイルにより迎撃するシステムである。トロフィーは米陸軍ストライカー装甲車への搭載を前提に試験が行なわれている[2]

メルカバ Mk 1 メルカバ Mk 2 メルカバ Mk 3 メルカバ Mk 4
製造期間 1978年-83年 1982年-89年 1990年-2002年 2003年-現在
製造数 250輌 580輌 780輌 300輌(360輌予定)
全長 8.30m 9.04m
全幅 3.70m 3.72m
全高 2.65m 2.66m
航続距離 400km 500km
重量 63t 65t
主砲 51口径105mmライフル砲 44口径120mm滑腔砲
乗員 4(車長, 砲手, 操縦士, 装填手)

特殊な派生型[編集]

アル・アクサ・インティファーダ事件(第二次インティファーダ)以降、イスラエル国防軍はメルカバに更なる市街戦向けの改修を行った。この改修は整備員でも行うことが可能で、もとの戦闘能力には悪影響を及ぼさない。

メルカバ Mk 3 LIC[編集]

メルカバMk 3Bに市街戦装備を適用したもので、LICは低強度紛争を意味する"Low Intensity Conflicts"の頭文字である。

LIC型は同軸機銃を含む2丁の12.7mm重機関銃M2を搭載しており、7.62mmや5.56mmといった小口径機関銃より高い制圧力を持たせている。また、この型は、光学系や換気装置に網を張ることで、手榴弾などの破片による損傷や動作不良を起こすことを防いでいる。

照準器や後部カメラが取り付けられ、狭い路地での行動を簡便にしている。

メルカバ救急型[編集]

重装甲や後部ドアといった特徴を活かして、後部のトンネルで救命措置ができるように改修している物。"Tankbulance"(救急戦車)の異名を持つ。

激しい砲火の中で負傷兵を担架ごと運び込み、救助を可能にしている。救急型でも標準的な武装は残されており、乗員は戦車砲機銃で反撃を行うことができる。

メルカバを基礎とした装甲車[編集]

メルカバ装甲回収車[編集]

メルカバARV(Armored Recovery Vehicle)は、メルカバの車体を流用した装甲回収車である。擱座した戦車を回収したり、故障したエンジンを交換したりする際に利用される。

ナメル装甲兵員輸送車[編集]

ナメル
メルカバMk.4をベースにしたナメルAPC

イスラエル国防軍は、メルカバの車体を応用した重装甲車および重歩兵戦闘車も製造し、これをナメルと呼んでいる。これはヒョウを意味するヘブライ語で、「nagmash」(輸送車)と「Merkava」をかけた言葉にもなっている。戦車であったメルカバの車体を有効活用し、コストダウンを図ることも開発目的の一つ。

Operation Rainbowenパレスチナガザ地区における作戦)以降、イスラエル国防軍はこの車輌をM113装甲兵員輸送車ストライカー装甲車ピラーニャ装甲車の派生型)の代替車輌として推進している。

2005年2月15日にイスラエル・マアリブ紙が伝えたところによると、車内から制御できる重機関銃を備えたプロトタイプがギヴァティ旅団(Givati Brigade)により試験された、また、名称は当初"Nemmera"(雌豹の意)であったものの、Namerに変更された。

ナメルには車長操縦士、予備乗員の3名に加え、8人の歩兵が搭乗可能である。長期の作戦に対応して車内にトイレが装備されている。この車輌は退役したMk 1の車体を流用して改造する事を前提にしているが、一輌当たりの改造費用は7万5千ドルと言われており、T-54/55をベースにした安価なアチザリットの成功もあって試作車のみに留まっていた。2008年にはメルカバMk 4の車体をベースに、トロフィーAPSを装備するなど防御力を向上させた改良型が登場している。

総合的な注釈[編集]

全体として、メルカバ計画は、イスラエルの国情・軍事的様相・経済的様相の全ての観点から成功を収めたと考えられている。

他の戦車と同様、メルカバも地雷や遠隔制御爆弾に対しては脆弱である。ただし、それらで損傷しても早急に復帰できるようにする意味もあって古典的なホルストマン・サスペンションを元にした、交換しやすいサスペンションが採用されている。パレスチナガザ地区での軍事行動では、パレスチナ側の設置した地雷により2台のメルカバが行動不能となった。この2台は回収・修理され、後に作戦行動に戻された。

1990年代以降のヒズボラとの戦闘では、一部のメルカバがイランからヒズボラに供与されたロシア製の9M131メチスMやRPG-29により破壊されたと一部のメディアが報じており、その対策としてMk 2D/Mk 3Dの増加装甲パッケージが開発されたと言われている。しかし、2006年のヒズボラとの戦闘でも、メチスM(AT-13)やコルネット(AT-14)などのロシアの最新型対戦車ミサイルにより、投入されたMk 2-4 350-400両の内、52両が損傷し、22両は装甲が貫通され、5両は再生不能まで大破したと伝えられている[3]

生存性を重視した設計が謳われているメルカバであるが、その最大の防御は「敵戦車の砲撃そのものを避けるためにその射程外からの正確な遠距離射撃によって先制撃破する」という戦術である。初陣におけるT-72に対する勝利も、地の利を生かした3,000-4,000mという遠距離での射撃による物で、高精度の主砲射撃管制装置に加え、イスラエル戦車兵とシリア戦車兵との射撃戦における練度の差、イスラエルが他国に先駆けて開発したタングステン合金単体弾頭APFSDS弾M-111の貫通力などに負う所が大きい。その後もメルカバの開発・アップグレードにおいて、射撃管制装置の能力向上は重要な要素のひとつとなっており、Mk 3においては、車輌コストの実に3割を射撃管制装置関係が占めている。

脚注[編集]

  1. ^ 古是三春著 「純イタリア製の主力戦車 C1アリエテ」『軍事研究2007年12月号別冊 世界のハイパワー戦車&新技術』 2007年12月1日発行 P.120-p.123
  2. ^ 黒部明「戦車の新しい防護技術」『軍事研究2007年12月号別冊 世界のハイパワー戦車&新技術』 2007年12月1日、pp.58-69
  3. ^ 稲坂硬一「不敗神話が破れたイスラエル国防軍の苦悩」『丸』2007年8月号 潮書房

参考文献[編集]

  • Modern Israeli Tanks and Infantry Carriers 1985–2004. Marsh Gelbart and Tony Bryan "illustrator". Oxford, United Kingdom: Osprey Publishing, 2004. ISBN 1841765791(邦訳『イスラエル軍現用戦車と兵員輸送車 1985‐2004』大日本絵画、ISBN 4499228778
  • 『月刊グランドパワー』2007年2,3,7,10月号 特集「イスラエル軍戦車メルカバ」 ガリレオ出版

外部リンク[編集]

すべて英語