機関銃
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機関銃(きかんじゅう)とは、小銃弾以上の大きさの弾丸を連続的に発射できる銃のことである。引き金を引き続けるだけで、弾丸が自動装填され連続して射撃できる。
射手と装填手の2人で操作ものや、射手1人で扱えるものがある。弾薬の供給は、多数を帯状にしたベルトリンク方式で行われるものが多いが、十数発ほどを銃に装着するマガジン方式もある。英語ではマシンガン(Machine gun)と呼ばれ、半自動射撃のみの銃は自動小銃(Automatic rifle)として区別される。
広義の機関銃には連射が可能なあらゆる銃が含まれるが、本項目ではアサルトライフルと拳銃弾を使用する短機関銃(サブマシンガン)は含めずに説明する。
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[編集] 定義
広義の機関銃には、重機関銃、汎用機関銃、軽機関銃、分隊支援火器、短機関銃(機関拳銃)、アサルトライフルなどがすべて含まれるが、最も狭義には、拳銃弾を使用する短機関銃と連続発射を前提に設計されていないアサルトライフルは含まず、重機関銃、軽機関銃、汎用機関銃、分隊支援火器のみとされ、短機関銃とアサルトライフルを機関銃に含めるか否かについては揺らぎがある。アサルトライフルだけを含めて「小銃弾、またはそれ以上の威力の弾丸を連続して発射する銃器である」と云う定義もありうる[出典 1]。
また、基本的には口径が20mm未満のものを機関銃と言い、20mm以上のものを機関砲と言う。ただしこの分類は国や時代により異なり、旧日本陸軍では7.7mmまでを機関銃、12.7mm以上を砲、旧日本海軍では40mm以上を砲、ドイツ軍では30mm以上を砲と定義していた。前述の20mm未満、以上という区分はアメリカ軍のものである。
[編集] 連射可能な銃器の分類
上記の「重機関銃、汎用機関銃、軽機関銃、分隊支援火器」という機関銃の狭い定義での、連射可能な銃器類の分類を示す。
- 機関銃
- 重機関銃:口径12.7mm級
- 汎用機関銃(GPMG):口径7.62mm級
- 軽機関銃:口径7.62mm級
- 分隊支援火器(SAW):口径5.56mm級
- 他の自動火器
- バトルライフル:フルオート可能なライフル、口径7.62mm級
- アサルトライフル:フルオート可能なライフル、口径5.56mm級
- 短機関銃(サブマシンガン):拳銃弾を使用する機関銃
- 機関拳銃(フルオートピストル):フルオート可能な拳銃
定義と同様に、この分類にも揺らぎがあり、分隊支援火器は汎用機関銃や軽機関銃との差異がそれほど明確ではない[出典 1]。あいまいながら汎用機関銃にほぼ同義だと思われる中機関銃というものも存在する。
[編集] 特徴
- 長所
- 弾幕を張れる
- 集弾効果によって貫徹力が高まる
- 短所
- 弾薬の消費が激しい
- 銃や弾薬が重く、機動性に乏しい
1.の弾幕は、主に中遠距離射撃などで特定の点に対する射撃ではなく、着弾範囲を広げることで敵の有効な動きを封じる「火力制圧」と呼ばれる状況を作る為の連続的な射撃のことを指す。
2.の集弾効果は、近距離射撃で一点を集中して射撃すれば、堅固な防護も打ち抜ける可能性が高まることを言う[出典 1]。
[編集] 機構概要と運用法
機関銃は引き金を引くだけで「装填→撃発→排莢」のサイクルの繰り返しが連続して行われ、多くの機関銃ではボルト(遊底)の往復運動によってこれが実現されている。
1発当りの命中率は二脚を用いるものではその重量により小銃並であり、銃架を用いる重機関銃ではさらに良い精度となる。1人の射手が多数の敵兵士殺傷できる銃器である。運用は基本的に2人以上で行い、射手が発砲し弾薬手はベルトリンク(弾帯)の保持などを行う形態が多い。歩兵部隊にとって一般的な支援火器である。
連射し続け銃身の過熱によってコックオフ(Cook-off)と呼ばれる暴発事故が起きるのを回避するために、銃身が素早く交換できるものが多い[1]。200-500発程度の連射で交換するのが目安とされている[出典 1]。
機関銃の登場によってそれまでの銃剣による突撃が無効となり、匍匐前進によって接近を図る塹壕戦に変わっていった。
[編集] 機関銃班
歩兵が機関銃を扱う場合は、一般的に数名程度の小班によって行なわれる。班長(指揮官)、観測員、射撃手、給弾手の4名によって使用されていた時期があったが、21世紀の現在では2名程度での運用が多い[2]。
[編集] 構造
[編集] ブローバック(シンプルブローバック)
ブローバックは反動を利用した作動方式で、「銃身とボルトのロック」機構を持たないものである(正確には弾頭発射の反作用ではなく薬室内のガス圧により作動する)。発射ガスの反動はボルト自身の質量とメインスプリングの圧力だけで支えられる。弾薬を強力にするにはボルトの質量とスプリングの強度を上げなければならないため、構造的限界がある(ボルトが反動に耐えられなければ早期解放と呼ばれる逆流現象が起き、射手に向かって高圧ガスが噴き出したり、薬莢が裂けたりして極めて危険であり、次弾の装填にも支障をきたしてしまう)。
引き金を放したとき、ボルトが後退位置で止まるオープンボルト発火方式、前進位置で止まるクローズドボルト発火方式がある。それぞれ一長一短があり、オープンボルト発火方式はラグタイムが長く(コンマ数秒)しかもバラつきやすい一方、クローズドボルト式は実弾が薬室内に残るので、長時間の連射による銃身の過熱が原因で、引き金を引かなくても銃弾を薬室に装填した瞬間に銃身の熱で火薬に引火して発射してしまい連射が止まらなくなる“コック・オフ”現象を引き起こす場合がある。
ブローバックにおける構造的限界を超えるために「銃身とボルトのロック」機構を持った「ショートリコイル」「APIブローバック」「ガス圧利用」が考案された。これらの方式によりブローバックよりも大口径・大質量の銃弾を発射できる機関銃が出来た。
[編集] ショートリコイル
ショートリコイルはブローバックと同じく反動を利用した作動方式であるが、弾が発射された後、ボルト(遊底)と結合された銃身が一定距離ともに後座する閉鎖機構である。そののち結合が解けて銃身は停止、遊底のみが後退を続け、抽筒、排莢、撃発機構の再セット等を行う。バネ等により復座した遊底は次の弾薬を薬室に装填した後、後座したままの銃身に突き当たり、これを元の位置に押し戻して再結合する。
[編集] ロングリコイル
ブローバックと同じく反動を利用した作動方式であるが、弾が発射された後にボルト(遊底)と結合された銃身が、弾薬全長より長い距離をともに後座する自動火器の閉鎖機構である。そののち結合が解けてボルトは停止、銃身が前進し、抽筒、排莢、撃発機構の再セット等を行う。バネ等により復座した遊底は次の弾薬を薬室に装填した後、前座した銃身に突き当たり、再結合する。大威力の弾薬が使用できるため大口径の機関砲に向いている。
[編集] APIブローバック
API(Advanced Primer Impact)ブローバックは、ボルトが銃身を前進途中に発火を行うものである。ボルトが銃身を前進途中に発火するため、しばらく慣性で発火後もボルトは前進し続け、弾頭が銃口を飛び出す頃にボルトは反動によって後退しはじめ、抽筒、排莢、撃発機構の再セット等を行う。薬莢は発火サイクル中薬室中で前後に移動するため、ボトルネックやテーパーのかかっていないストレートケースでなければならない。
機関部を軽量かつシンプルに出来てかつ銃自体の反動も少なくなる利点があるが、薬莢が発火サイクルで前後に移動するため構造的にシビアであることやストレートケースであるために薬莢に負担がかかりやすくまた初速が低くなりやすい欠点もある。
[編集] ガス圧利用
ガス圧利用式は銃身から発射ガスの一部をガスポートを通して取り出してシリンダーに吹き戻し、ピストンを動かすことによって銃身とボルトのロックを解く方式である。反動利用方式にくらべ軽量化しやすいという特徴がある。
詳細は「ガス圧作動方式」を参照
[編集] チェーンガン
チェーンガンは、射撃時に発生するガスや反動を利用せずに外部動力でボルトを前後させ、給弾・発砲・排莢のサイクルを繰り返し連射する機関銃。不発弾が強制排出されるため弾詰まりによる連続射撃不能になる可能性が少ない。
[編集] ガトリング砲
ガトリング砲は銃軸の周囲に多数の銃身を配置し、外部動力でこれを回転させ、連続的に装填・発射・排莢を行う構造を持つ。この方式の最大の利点は、不発実包が混入していても動力で強制排除し、発砲を持続できる事である。また銃身一本当たりの発射速度は低くて済むために火薬の燃焼と摩擦によって発生する熱で銃身が過熱しにくく、これによる部品の歪みも発生しにくいという特徴もある。ただし、必然的に使用パーツ数が単銃身タイプのものより多くなり、重量過多を招く要因となっている。
[編集] 歴史
14世紀以降、銃の速射性の向上のため様々な人物により試行錯誤が重ねられてきた。レオナルド・ダ・ヴィンチも機関銃のアイディアを書き残している。
16世紀に技師、博学者でペルシア生まれのインド人であるファトフッラー・シラジが、砲身が17本ある黒色火薬を詰めたハンドキャノン(手銃)を発明している。イギリスではパルマーという人物が王立協会あての論文で、弾丸の発射の反動と漏れるガス圧を利用しての自動射撃の可能性について述べている。
詳しい資料が残っている最初のものは、ロンドンの法律家ジェームズ・パックルが発明したパックルガンで、1718年5月15日「ディフェンス」という名前で特許を取得。時代を先取りした口径25.4mmのフリントロック式リボルバーカノンで、薬室の構造など具体的な説明がされている。1722年に行われた公開実射試験では7分間に63発を発射している。しかしながら、キリスト教徒には丸い弾丸、トルコ人異教徒には四角い弾丸を使用するなど現実性に乏しい部分も見られ、実際に製造されることはなかった(「クイズダービー」第600回(1987年8月1日放送分)の7問目で出題された)。
19世紀中ごろまでに数多くの連発火器や、半自動火器が登場する。バレーガン(ミトライユーズなど)やダブルバレルの拳銃は、銃の部品を何重にもすることに頼っていた。ペッパーボックスピストルは撃鉄を1つにしたが、銃身は複数必要であった。リボルバーはあらかじめ弾倉に弾を込めさえすれば1つの銃身で連発が可能であるが、パックルガンと同じく依然として半自動であった。
1834年デンマークの発明家N・J・レイプニッツが空気圧機関銃を発明する。1分間に80発の連射が可能であったが、2mのはずみ車を2つ必要とするなど、非常に大掛かりな装置であったため、実用化されることはなかった。1854年イギリスのヘンリー・ベッセマー卿が蒸気を利用した自動後装銃の特許を取得。完全な自動装填装置を備えていたが、後に画期的な製鋼法を発明したことによりそちらに関心を向けるようになってしまった。
この頃までは、欧州社会を中心に機関銃が開発されていたが、騎士道精神がまだ残っていた西洋社会の中で白人同士の戦争にそれらの使用が忌避され、主に植民地の住民に対して使用された。白人同士で最初に大々的に使用されたのは、こういった倫理的制約の薄かった新興国であるアメリカ合衆国の南北戦争からであった。機関銃の持つ軍事合理性が騎士道精神より優先された[出典 2]。
1861年南北戦争の最中、セールスマンのJ・D・ミルズがリンカーン大統領の前でユニオン・リピーティング・ガンと呼ぶ銃の実演を行った。この銃は単一の銃身で自動連射が可能な手回し式機関銃で1分間に最高で120発の連射が可能であった。リンカーンはコーヒーミルガンと呼び、ミルズの熱心な説得もあって、周囲の反対を押して1丁1300ドルという高値でミルズの持っていた10丁すべてを買い取った。機関銃が販売された初めての記録である。この機関銃の開発者、起源ははっきりしたことは分かっていない。1860年〜1861年にウィルソン・エージャーによって製造されたものであるとされるが、1855年には原型が製造されていた可能性がある。エージャーと共にウィリアムズ・パーマー、エドワード・ヌージェントの名前があり、銃の特許権をめぐって裁判沙汰になっていて、アメリカではこの銃の特許の記録は残っていない。イギリスではエージャーが特許を取っており、エージャーガンとして知られていた。この銃はアメリカ軍の将校により少数購入され、橋などの防衛用として投入された。初めて機関銃が戦争で使われた記録であるが、信頼性、安全性に欠けていたため評判はすこぶる悪く、1865年までにはすべて軍から払い下げられた。
1862年11月〜1863年5月の間アメリカでの機関銃に関連する特許は80件以上に上っているが、実際に陸軍、海軍で試験されたものは7件だけであった。
この時代最も、そして初めて成功したものはガトリング砲で、1862年にリチャード・ジョーダン・ガトリングが発明した。束ねた銃身と薬室を手動で回転させる事により次弾を装填し連射を可能にする仕組みであり、他の機関銃と比べて最も信頼性が高かった。それでも、加工精度の低い弾薬が原因ですぐに弾詰まりを起こし、軍の評価は低かった。1865年に発表されたモデル1865は大幅に信頼性が向上しており、軍は評価を改め、1866年にはアメリカ陸軍で制式採用された。海外でもイギリスが採用した他、日本、ロシア、フランスなど各国が購入するなど広まった。アメリカでは自衛団などにも配備され、鉱山会社などでは労働者のストライキや暴動対策にも使用された。
ガトリング砲やそれに類似する物は南北戦争やインディアン戦争、普仏戦争に投入されたが、機動性が悪く、少数しか投入されなかったため、有用性は認められたものの、課題も多く戦果も限定的であった。日本国内で使用された最初の機関銃はこのガトリング砲で、1868年に戊辰戦争の一局面である北越戦争で長岡藩の家老を務めていた河井継之助が初めて実戦投入した。
アメリカでは1871年にはガス圧を利用するフランスのオチキス機関銃が登場した。1884年(特許取得は1883年)には、アメリカ人のハイラム・マキシムがイギリスで、水冷反動式のマキシム機関銃を発明し、1891年にはイギリス軍に採用された。マキシム機関銃はヴィッカース社により大量生産され、多くの国で類似品が生産された。1905年にはコルト社が空冷ガス圧式のブローニング機関銃を生産した。これらにより、機構が複雑で、重量がかさむガトリング砲は急速に廃れていった。
日露戦争では日本軍はオチキスを「保(ホッチキス)式機関銃」として採用、一方のロシア軍はマキシムPM1905重機関銃を使用した。旅順攻囲戦でロシア軍の機関銃が攻撃側の日本軍に対し圧倒的な破壊力を示した。その一方、日本側も騎兵に機関銃を携帯させ、効果的な用法を展開した。この当時は攻撃時における機関銃の運用法が確立していなかった。また初期の機関銃は大きくて重く三脚などの銃架に載せ3人以上で運用するもので、陣地や要塞などの防御兵器には向いていたが攻撃には不向きであった。その後、攻撃時に歩兵とともに前進し1〜2人で運用できる軽機関銃が開発された。
第一次世界大戦においても機関銃は大いに威力を発揮し、突撃する歩兵が鉄条網で足止めされたところを守備側が機関銃によって撃ち倒し、攻撃側は多数の犠牲者を出した。その為、双方とも塹壕に篭り陣地を構築して戦線が膠着し、これが戦車を誕生させる要因になった。また、航空機の武装としても取り入れられ、当初は地上用の改良型だったが、高い発射速度とともにより軽量で加速度のかかった状態でも確実に作動するものが求められ、同調装置が発明されるなど航空機専用のものが開発された。
第二次世界大戦でドイツ軍が使用したMG34は、通常は軽機関銃として、三脚をつければ重機関銃として使用できる多目的機関銃として開発された。GPMG(汎用機関銃)の先駆けである。
軽機関銃の中でも分隊ごとに装備されたより軽量なタイプは、「SAW(分隊支援火器)」とも呼ばれる。 通常射手一人のみで運用される。小銃から発展した簡易機関銃といったものも多い
広義には拳銃弾を使用する短機関銃(サブマシンガン)もこの部類に含まれる。特に史上初の短機関銃であるM1915は、連装化され軽量型機関銃として配備されている。
航空機がジェット化されると、高速の航空機にとり、通常の機関銃、機関砲では散布する弾数が少なく、より高連射が効く機関銃としていわゆる「バルカン砲」などのガトリング砲がモーター給弾式の形で復活した。
[編集] 注記
- ^ 第一次世界大戦後までは、水冷式の冷却方法が主流だったが、第ニ次世界大戦前に空冷が登場し、21世紀前には空冷式で銃身を交換する方式が主流となった。
- ^ 重機関銃等の用途によって変化するが射撃手と弾薬手で構成。運搬に関してはその限りではない
[編集] 出典
- ^ a b c d 大波篤司著 『図解 ヘビーアームズ』 新紀元社 2008年9月3日初版発行 ISBN 9784775306512
- ^ 加藤朗著 『兵器の歴史』 芙蓉書房出版 2008年1月25日第一刷発行 ISBN 9784829504130

