後装式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
M109自走榴弾砲段隔螺式閉鎖機(尾栓)。
25ポンド野砲の垂直鎖栓式閉鎖機。

後装式(こうそうしき、breech loading)は、銃砲の装填方式を2つに大別した1つで、銃砲身の尾部から砲弾装薬を装填する方式を言う。銃砲口から装填する前装式の対義語。

後込め(あとごめ)、元込め(もとごめ)、砲尾装填式とも呼ばれる。後装式の銃砲を後装銃後装砲ブリーチローダー (breech loader) と言う。後装式では銃砲の尾栓(閉鎖機)に工夫が必要となる。

特徴[編集]

装填作業が容易に迅速に行え発射速度が速いという長所がある。自動小銃機関銃など、装填の自動化も可能である。迫撃砲などの例外を除くと現代の大砲はほとんどがこの方式である。

構造[編集]

燃焼ガスの漏洩を防ぐため、銃砲尾を開閉する必要があるが、完全に密閉し、高温高圧に耐え、迅速に開閉できなければならないため、後装式の設計・製造で最大の困難となる。閉鎖機構は複雑で高い工作技術が必要であり、近代までは後装式の安全性、耐久性、保守性は前装式にかなり劣った。

大砲では尾栓による閉鎖機が使われる。近代的な尾栓には、ねじでねじ込む螺旋式 (screw breech) と、砲身に直角方向に栓を貫通させる鎖栓式 (sliding block breech) がある。では、連射を可能にするため、遊底(ボルト、スライド)が使われる。しばしば、銃砲自体の機構による閉鎖は不完全であり、金属薬莢による閉鎖が必要となる。

歴史[編集]

後装式は15世紀ごろまでには登場していたようで、初期の後装式にはフランキ式(仏郎機式)や縦栓式があった。しかしながらこれら初期の後装式砲は燃焼ガスの漏れにより前装式に対して威力が劣っていた。

日本史では、大友宗麟の「国崩」や、加藤清正朝鮮出兵鹵獲した砲などが登場する。

小銃では、17世紀には後装式が現れている。アメリカ独立戦争では、イギリス軍のフリントロック式小銃ファーガソンライフルが投入され、毎分6発という当時としては高い発射速度を誇ったが、数の少なさから戦況に影響はなかった。南北戦争においても前装式ライフルが主力であったが、主に騎兵が使用した後装式スペンサー銃の利点が理解され、戦後大量にあった前装式ライフルが後装式に改造され(アメリカのスプリングフィールドM1865、イギリスのスナイドル銃、フランスのタバティエール銃。何れも金属薬莢を使用して閉鎖を実現)、以降は後装式ライフルが歩兵の標準装備となった。他方、これに前後してプロイセンのドライゼ銃、フランスのシャスポー銃といった紙製薬莢を使用するボルトアクションライフルが開発されている。ドライゼ銃はガス漏れの問題があったが、シャスポー銃では生ゴム製のOリングを使用することで、高度な閉鎖を実現した。

大砲では、近代的な閉鎖機構が18世紀に発明され、イギリスでは1858年にアームストロング砲が制式採用された。しかし、鎖栓をネジで押し付けるというアームストロング砲の閉鎖機構は十分でなく、薩英戦争で尾栓破裂事後を起こしたため、イギリスは再び前装砲に戻っている。後装砲が真に実用的になるのは、1872年にシャルル・ラゴン・ド・バンジュ拡張式緊塞具を発明してからであった。