手榴弾

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M67手榴弾を投擲する兵士、弾体の近くに外れ飛んだ安全レバーが見える

手榴弾(しゅりゅうだん、てりゅうだん[1])は、武器の一つで、主にで投げて用いる小型の爆弾手投げ弾(てなげだん)、擲弾(投擲弾)あるいは英語風にハンドグレネードとも呼ばれる。人員など非装甲目標に有効で発射装置を必要としないため歩兵の基本的装備となっている。

手榴弾をより遠くに飛ばす装置として擲弾筒、いわゆるグレネードランチャーが存在する。

目次

[編集] 概要

手榴弾は、軍隊における最も基本的な武器のひとつである。実際、ほとんどの兵士達は基礎訓練過程で小銃射撃と共に手榴弾の投げ方を習う。現代戦においても、歩兵として戦う兵士にとって手榴弾は無くてはならないものであり続けている。

ヒトは進化の過程で、石程度の物を正確に遠くまで投擲するという能力を獲得している[2]。ヒトの腕と脳は投擲に関しては、あらゆる動物の中で最も高い能力をもっているのである。この能力は戦争にも遺憾なく発揮され、熟練した投擲手の投石は弓矢や初期の銃に匹敵する戦闘能力を発揮した。そして近代から現代にかけての投擲手は小型の爆弾を投げるようになる。その中でも、洗練された爆弾が手榴弾である。

球状や筒状の形状をしており、内部に炸薬を充填して作動すると周囲に生成破片を飛散させることを主目的としたものを破片手榴弾(フラグ)あるいは防御手榴弾と呼び、爆風効果などにより狭い範囲へのみ殺傷効果をもたらすものを攻撃手榴弾(コンカッション)として区別する[3]。また発煙や照明など、人員に直接の危害を与えないものでも「手榴弾」の名を冠する場合もある。

信管爆薬を内部に収めた構造をしており、ピンやキャップなどの安全装置が取り付けられている。安全装置を解除し、レバーを外したり紐を引く事によって信管に点火すると、所定の待機時間のあと爆発する(待機時間は3~5秒程度が一般的。第二次大戦以前は、より待機時間が長いものもあったが投げ返されるおそれが高かった)。大抵は防水・密閉構造となっており、雨で濡れても使用でき、水中でも爆発する。手榴弾に使用される信管はほとんどが火道式時限信管であり、作動すると確実に爆発することを要求される。第一次世界大戦のころまでは着発信管(投擲後、地面に着地した瞬間に起爆する)も使用されていたが、問題が多く、第二次世界大戦になっても着発信管を使用していたのはイタリアのOTO M35型手榴弾など一部だけであった。

第二次世界大戦のころまでは、投擲距離が長くなるように設けられた棒状の柄の先に円筒状の爆発物が付いた柄付手榴弾と呼ばれる手榴弾も多く使用されていた。柄付き手榴弾は二度の大戦を通じてドイツ軍の代名詞で、「ポテトマッシャー(じゃがいも潰し器)」と連合軍兵士から通称された。結局、柄付き手榴弾は重くかさばるために廃れていったが、日本軍でも体格に劣る日本人に手榴弾の飛距離を稼がせるためにドイツ式の九八式柄付手榴弾などが開発された。

[編集] 材質

手榴弾のカットモデル

材質は、古い物では鋳物によって本体(炸薬が詰められている部分)が形成されているが、近代の物では炸薬の性能向上もあって圧延加工の鉄板で作られている物が多い。大戦末期の日本軍では金属不足から、陶器備前焼など)による手投げ弾も製造された。マークII手榴弾あるいはミルズ手榴弾をモデルにしたと推定される、パイナップル型の手榴弾で、京焼、清水焼、備前焼(山本陶秀人間国宝)作)で制作された。また、旧日本海軍では丸い形状のものが開発され、沖縄自衛隊資料では「四式陶製手榴弾」とある。確実な生産地としては瀬戸焼、有田焼、波佐見焼、信楽焼などが確認されており、他に益子焼、九谷焼、萬古焼、伊賀焼などでも製造されたと言われている。焼夷弾による空襲が激しくなるとこれを転用して消火弾と呼ばれる火災用のものもつくられた(しかし、初期消火の効果はあったが、単体での完全な鎮火は期待されていなかった)。

[編集] 日本での呼称について

現在、日本では手榴弾を「しゅりゅうだん」又は「てりゅうだん」と呼称し名称が統一されていないが、第二次世界大戦敗戦以前では手榴弾は「てりゅうだん」と呼称された。これは手榴弾が榴弾の一種であって「手で投擲する榴弾」として開発された即ち「手・榴弾」であるからである。  真偽の程が不明であることを先に明言するが、「手」をシュと読める人が少なかった(尋常小学校卒業程度ではテと読むのが普通だった)ことから、一般兵士向けにはテリュウダンと呼称していたという話もある。

[編集] 使用方法

M67手榴弾の爆発
フロッグマン訓練でMK3手榴弾を使用する兵士

[編集] 一般的な使用法

主に目標の周辺に投げて使用する。爆発した手榴弾は爆風や破片を数mから数十mに四散させ、範囲内の人間を殺傷する。目標を直撃させる必要がなく、「投げ込む」という動作が可能であるため、障害物の向こうに投擲したり、敵がいそうなところに投擲するなど銃とは違った使い方ができる。

現代の手榴弾には、ほとんどの場合2重の安全装置が取り付けられており、M67手榴弾を例に出すと安全ピンを抜いても安全レバーを離さない限り信管が作動しないように設計されている。

[編集] 対戦車戦闘資材として

戦車装甲車の装甲を貫通するほどの威力は無いため、ハッチなどから内部に放り込んだり弱点を狙っての攻撃に使用される。

第二次世界大戦では、威力を強化した対戦車手榴弾、あるいは通常の柄付き手榴弾である42型手榴弾RGD-33などを7本程度束ねることで威力を増した収束手榴弾が対戦車戦に使用された。これらは使用者に身の危険があるほど爆発力が強かったが、戦車の装甲に対しては十分な威力を持っているとは言えず、エンジングリル上部に置くなど弱点を狙った攻撃でないと戦車に有効な損害を与えるのは難しかった。後に、RPG-43のようなモンロー・ノイマン効果を利用して装甲を貫く成型炸薬を採用した手榴弾が登場した。しかし成型炸薬は指向性なので正しい向きで爆発させる必要があり、吸着地雷のように手で正しい向きに固定するでもしないと効果を発揮することは難しかった。そこでパンツァーヴルフミーネ(Panzerwurfmine)は空気抵抗を利用して狙いどおりの方向で落ちることを狙っていたが、投擲に習熟が必要な上に、人力で投擲するために小型で威力が低くあまり効果的とは言えなかった。より効果的な投射手段である携帯噴進砲携帯無反動砲が登場すると対戦車手榴弾はほとんど顧みられなくなった。

軍用としては過去のものになっている対戦車手榴弾だが、隠し持つのが容易なため、近年の非対称戦争で武装勢力の奇襲攻撃に使われている。(パラシュートで成型炸薬の向きに着弾を整えるRKG-3対戦車手榴弾(en)など)

[編集] 罠として

手榴弾は仕掛け爆弾としてに利用することもある。固定した手榴弾の安全ピンに糸を取り付け対象物と繋ぎ、敵が対象物を動かすと爆発するようにしたり、糸を足の高さに張ることで地雷として使用したり、敵の死体などの下に安全ピンを抜いてレバーを固定した状態の手榴弾を設置して、上のものを敵が動かすと爆発するようにもできる。罠として使用する専用の手榴弾も存在しており、ピンを抜くと同時に起爆する事で敵の回避を困難にしている。なお専用手榴弾を一般の手榴弾のように使うと、投げた瞬間に自爆してしまうため、厳重に区別される。

ただし、罠として手榴弾を使用することは対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約に抵触する行為である。

[編集] その他使用法

水中に投げ込んでも水圧などによりある程度の殺傷力がある。水中の敵を銃撃しても銃弾が水面で砕けてしまう問題があり、手榴弾による攻撃が選択されることがある
水中に手榴弾を投げ込み魚を獲るために使用されることがある。これは所謂ダイナマイト漁の一種であり、平時であれば違法行為である。

またその殺傷力の強さから、自決用としても多く使用された。

[編集] 携帯方法

手榴弾は化学的に安定しており、流れ弾や砲弾片が当たった程度では爆発しない[4]。そのため持ち運びは容易で、レバーを服や装備品に引っ掛けて運搬できる。ちなみにトレンチコートのDリング(D環)はもともと手榴弾を引っ掛けるためのものである。しかし、むき出しでは樹の枝などにひかかって安全ピンが抜けてしまうおそれがあり、現代では専用のポーチなどにいれて安全に持ち運ぶ運用が増えている。

逆に手榴弾側に、フックなどにひかっかけるための運搬用リングが付いているものもあり、レバーがない摩擦着火式の手榴弾などに見られる。かつての軍用背嚢(リュックサック)の側面には柄付き手榴弾を引っ掛けるためのフックが付いていた。ちなみに軍用背嚢を模倣した日本の学童用ランドセルの側面にも同様のフックが受け継がれている[5]

[編集] 歴史

『蒙古襲来絵詞』にも元軍が使用した『てつはう』が描かれている

手榴弾が最初に使用されたのは8世紀の東ローマ帝国においてであり、その中身はギリシア火と呼ばれる焼夷剤だったとされている。日本では、13世紀の蒙古合戦(元寇)において元軍が使用したてつはうが最初であり、その後は日本でも作られるようになった。15世紀の応仁の乱でも使用され、戦国時代には焙烙玉と呼ばれるものが使用された。

近世ヨーロッパ式の手榴弾(擲弾)が使われるようになったのは、ルイ14世時代のフランスが最初と言われている[6]。この当時の擲弾は、中空になった球体の鋳物に黒色火薬を詰めて導火線を付けたもので、導火線に着火してから投げるため極めて扱いにくく自爆事故も多かった上に、当時としては危険なほど敵に肉薄して擲弾を投げつけなければならなかったため、現在の手榴弾のように歩兵全員に支給されることは無く、擲弾兵(Grenadier)と呼ばれる専門の訓練を受けた歩兵が使用するものであった。この事から、擲弾を投げる任務を与えられた兵士は特別視され擲弾兵と呼ばれるようになった。現在でも、”擲弾兵”或はイギリスの場合”フュージリア”の名を冠する部隊や、ロシア空挺軍フランス外人部隊カラビニエリフランス国家憲兵隊などのように、本来の意味から転じて精鋭部隊の代名詞や部隊の紋章として使用している。

現代式の安全装置を取り付けた手榴弾は第一次世界大戦から使用されるようになり、以後さまざまな形状や安全装置が各国で試された。現代では安全ピンと安全レバーを取り付けた、球状やパイナップル型が主流となっているが、部隊の紋章には、精鋭部隊の証だった頃の古いタイプ(導火線の付いた球形の本体)が図案化されていることが多い。

[編集] 殺傷を目的としない手榴弾

[編集] スタングレネード

M84スタングレネード
M18発煙手榴弾

ハイジャックなどの人質事件では安易な殺傷が許されないためスタングレネード(stun grenade)やフラッシュバン(flash bang)と呼ばれる特殊な手榴弾が使用されることがある。

この手榴弾は爆発時の爆音と閃光により、付近の人間に一時的な失明眩暈難聴耳鳴りなどの症状と、それらに伴うパニック見当識失調を発生させて無力化することを狙って設計されており、アメリカ軍で採用されているM84の場合は約100万カンデラ以上の閃光と、1.5m以内に160~180デシベルの爆音(飛行機のエンジンの近くで120デシベル)を発するとされている。使用する側は事前に耳栓と対閃光ゴーグルを着用し、爆発音や光の中でも行動出来るよう備える。

非致死性兵器であるため、爆発の威力を超音速爆轟が発生しない程度に抑えて破片も飛散させない設計になっているが、目標や人質が心臓病を患っている場合はショック死する可能性がある。

スタングレネードは、1960年代にイギリス陸軍特殊部隊SASが世界で初めて採用して以降、世界中の軍隊警察で採用されており、日本では西鉄バスジャック事件で突入の際に利用された事でも有名である。

日本語訳は資料や採用している機関によって異なるが、自衛隊では閃光発音筒と呼称している。

[編集] その他

発煙弾、発煙筒(smoke grenade)も、殺傷力は無いものの手榴弾と同様の構造をしており、点火すると白もしくは着色された色の煙を噴き出す。煙幕は敵の攻撃をかわしたり、注意を逸らしたり、信号を送るなど多くの用途があり、軍隊ではよく用いられる。

暴動鎮圧用として、煙ではなく催涙ガスを用いる場合もある。これはいわゆる催涙弾(tear gas grenade)で、点火すると内部からCNガス(クロロアセトフェノン)やCSガス(2-クロロベンジリデンマロノニトリル)といった催涙ガスが噴き出し、これを吸い込むと激しいくしゃみ嘔吐などの症状が出て行動が難しくなる。

攻撃目標を燃やす場合には、黄燐手榴弾焼夷手榴弾が用いられる。黄燐手榴弾は黄燐が大気中で発火および燃焼する性質を利用した手榴弾で、焼夷手榴弾はテルミット反応を用いて激しい燃焼を起こす。

[編集] 対処方法

ジェイソン・ダンハム伍長の使用していたヘルメットの破片。

手榴弾は爆発により発生した衝撃波や破片により広範囲の人員を殺傷する能力があるため、敵に使用された場合は非常に対処が難しい。投げ返す場合も自爆する可能性が高く、市街地戦闘の場合は民間人がいる可能性があるため容易に投げ返すことができない。

アメリカ陸軍第100大隊サダオ・ムネモリ上等兵のように、人間が手榴弾に覆いかぶさることで被害を最小限に抑えた事例がいくつか存在しており、イラク戦争でも3名が同様の行動で名誉勲章を受章している(いずれも戦死)。この中の一人であるジェイソン・ダンハム伍長は格闘戦の際に敵が手榴弾で自爆を試みたため、戦闘用ヘルメットを手榴弾に被せた上からインターセプターボディアーマーを着た状態で覆い被さったが戦死している(破片は二重の防護を貫通した)。

映画などで外れた手榴弾のピンを元の状態に戻すことで爆発を免れるシーンが存在するが、M67など大半の手榴弾は安全ピンで固定されていた撃鉄が開放され、安全レバーを弾き飛ばしつつ時限装置に点火するため、安全レバーが外れている場合は安全レバーと安全ピンを元の状態に戻したとしても起爆は免れない。

[編集] 主な手榴弾

ミルズ型手榴弾
MK3A2手榴弾
RGD-5

第一次世界大戦中に開発された手榴弾

第二次世界大戦終了までに開発された手榴弾

戦後に開発された手榴弾

[編集] 脚注

  1. ^ http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/096.html NHK放送文化研究所 「手投げ弾」と「手りゅう弾」の使い分けや決まりはある?
  2. ^ 飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで アルフレッド・W. クロスビー (著)
  3. ^ この場合の「防御」とは塹壕などで身を隠して使用する場合を意味し、「攻撃」は特定目標を狙っての攻撃を意味する。
  4. ^ 『図解ミリタリーアイテム (F-Files)』118P
  5. ^ 日本テレビ 世界一受けたい授業[1]
  6. ^ ルネ・シャルトラン 『ルイ14世の軍隊 : 近代軍制への道』 稲葉 義明訳、新紀元社、2000年。ISBN 978-4-88317-837-7

[編集] 関連項目

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