騎士道

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岐路に立つ騎士(ヴィクトル・ヴァスネツォフ画,1878)
16世紀ごろの西洋鎧と馬鎧 メトロポリタン美術館展示品
騎士の叙任(エドモンド・レイトン画,1901)

騎士道(きしどう、: Chivalry)は、ヨーロッパで成立した騎士階級の行動規範

概要[編集]

騎士たる者が従うべきとされたものだが、決して現実の騎士の行動が常に騎士道に適っていたわけではない。むしろ(ブルフィンチなどが指摘するように)等の武器を独占する荘園領主などの支配層は、しばしば逆の行動、つまり裏切り、貪欲、略奪、強姦、残虐行為などを行うことを常としていた[1]。だからこそ彼らの暴力を抑止するため、倫理規範、無私の勇気、優しさ、慈悲の心といったものを「騎士道」という形で生み出したとも言える。しかし建前であって通常の騎士であれば遵守することは難しく、騎士道に従って行動する騎士は周囲から賞賛され、騎士もそれを栄誉と考えた。

騎士が身分として成立し、次第に宮廷文化の影響を受けて洗練された行動規範を持つようになった。騎士として、武勲を立てることや、忠節を尽くすことは当然であるが、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身などが徳目とされた。

特に貴婦人への献身は多くの騎士道物語にも取上げられた。宮廷的愛(courtly love)とは騎士が貴婦人を崇拝し、奉仕を行うことであった。相手の貴婦人は主君の妻など既婚者の場合もあり、肉体的な愛ではなく、精神的な結びつきが重要とされた。騎士側の非姦通的崇拝は騎士道的愛だが、一方、貴婦人側からの導きを求めつつ崇拝するのが宮廷的至純愛である。

騎士道は西欧社交術にも影響を与えた。例としてレディーファーストが挙げられる。


発祥[編集]

騎士道のルーツはアジアの遊牧民サルマタイにあり、その武具(甲冑)・戦闘方法(騎兵)・規範意識(正義)がサルマタイ諸部族のうちのアラン人(フン族と合同して西ヨーロッパに侵入した後広くゲルマン諸部族に同化した複数のサルマタイ人部族の総称)によってヨーロッパにもたらされた。[2]

騎士の十戒[編集]

騎士が守り倣うべき「騎士の十戒」(教会を守る、弱者を守るなど)がある。

  • PROWESS: 優れた戦闘能力 (fighting skills)
  • COURAGE: 勇気
  • HONESTY: 正直さ 高潔さ (no weaseling)
  • LOYALTY: 誠実〈忠誠心〉 (true to your leaders and your friends)
  • GENEROSITY: 寛大さ (open handedness)
  • FAITH: 信念 (commitment to ideals)
  • COURTESY: 礼儀正しさ、親切心 (dignified and mannerly behavior)
  • FRANCHISE: 崇高な行い、統率力 (noble behavior and leadership)

これらが代表的な美徳とされるが、それ以外にも清貧、気前のよさ、信心、弱者の保護、などがある。

また、フランスの騎士道文学の研究者レオン・ゴーティエの掲げる『十戒』は、以下の通り。

  1. 不動の信仰と教会の教えへの服従。
  2. 社会正義の精神的支柱であるべき“腐敗無き”教会擁護の気構え。
  3. 社会的、経済的弱者への敬意と慈愛。また、彼らと共に生き、彼らを手助けし、擁護する気構え。
  4. 自らの生活の場、糧である故国への愛国心。
  5. 共同体の皆と共に生き、苦楽を分かち合うため、敵前からの退却の拒否。
  6. 我らの信仰心と良心を抑圧・滅失しようとする異教徒に対する不屈の戦い。
  7. 封主に対する厳格な服従。ただし、封主に対して負う義務が神に対する義務と争わない限り。
  8. 真実と誓言に忠実であること。
  9. 惜しみなく与えること。
  10. 悪の力に対抗して、いついかなる時も、どんな場所でも、正義を守ること。

-軍事的栄光と勇気は、結果であって、それ自体が問題ではなく、価値ある目的のために発揮されてこそ意味のあるものであり、そうでないものは、悪であり蛮勇である。


聖ヨハネ騎士団の紋章(マルタ十字

聖ヨハネ騎士団の紋章には次のような意味がある。「十字架の4つの腕は基本的な道徳を表し、それぞれ慎重さ、節制、正義、不屈の精神を意味する。8つの尖った角は山上の垂訓の8つの恵みを表し、それぞれ謙虚、思いやり、礼儀、献身、慈悲、清らかさ、平和、忍耐を意味する。」

テンプル騎士団に対して聖ベルナールは「キリストの兵士が剣を持ち歩くのは、故ないことではありません。それは邪悪を懲らしめ、正しい者の栄光のためなのです」と記している。

また、シャルトル大聖堂に刻まれる騎士の祈りには、こうある。「この上なく聖なる主、全能の父よ…あなたは邪まな者の悪意を砕き正義を守るために剣を使うのを、我々にお許しになりました…どうか貴方の前にいるこの下僕の心を善に向けさせ、この剣であろうと他の剣であろうと、不正に他人を傷つけるためには決して使わせないようになさってください。この下僕に、常に正義と善を守るために剣を抜かせてください。」

種別[編集]

この騎士道には3つのタイプがあり、時代と共に変化した。そして、最終的にこの3つの要素が混じったものとなった。

宗教的騎士道[編集]

最も古い物は心構え以前に「騎士として条件に合った者を騎士と見なす」であり、馬を持つこと、闘うこと、など王によって認めた者が騎士となった。しかし、これは「王認戦闘員」でありいわゆる闘う者の哲学や心構えは含まれていない。この集団は力があったので、その力を制御しなくてはただの暴力集団であり、しかも王に認められているだけにローカルな暴力集団よりもやっかいだった。キリスト教はこれらグループから暴力性を押さえようとした。Lill という僧が宗教的な制約を加えた。騎士の十戒にある「信仰心」「寛容」がこれで宗教的要因の騎士道である。騎士は理想を目指し、良くなるように努力をするのだが、キリスト教では人間は不完全であり、完全な物は神だけである、という考えがある。アーサー王の聖杯探査に出かけた騎士は皆、失敗する。だから、宗教からの騎士道においては女性は避ける者とされていた。例えば初期のヨハネ騎士団ホスピタル騎士団は妻帯を認められなかった。

道徳的騎士道[編集]

次に、道徳的な騎士道 (secular) である。 これを作ったのはフランスの de chamny で彼は影響力のある騎士だった。彼はモラルを広め、「よい騎士」になるように指導した。例えば都市を落としたとき、その報酬は略奪や強姦というのはそれまでの常識で了解だったが、彼は無いよりはあった方がマシ、レベルでの上限を決めた。彼は本を書き、その中で騎士のモラルに関する様々な質問を挙げているが、回答のかかれた本は現存しない。

剣術の師リヒテンハウアーの剣術本に書かれている詩「若き騎士よ、神を愛し女性を敬え〜」はこの理念によって書かれている。

当時、騎士たちは否定すれば自分のアイディンティティが無くなるので、戦争はよい物だと考えていた。

ロマン騎士道[編集]

3つ目はロマンの騎士道で、フランスのエレノア・アクラエムが作った。彼女は「騎士道とレディのルール」を作った。ここで騎士に「レディ」が重要な役目として登場する。日本の武士道と最も異なるのがこの「レディ」の存在であるが、騎士はレディを崇拝し、保護し、心の中だけで愛する存在として登場し、レディはそれに対して慈愛を与えるのだ。良くあるのが主人の騎士の奥方を愛す若き見習騎士。彼は奥方の心を射止めようと努力をするが、これは「心の愛」で満足しなくてはならない。「肉体の愛」は禁じられている。そして主人は二人の関係を知っておきながら、知らないようによそおう。という構図となる。これが特殊化しミンネとよばれる騎士とレディの愛物語(宮廷愛)と現実もなっていく。

この関係の奇妙な例として、あるトーナメントのエピソードがある。ある騎士はレディとの約束(願掛け)で馬上槍試合に甲冑をつけず、そのレディのドレスを着て闘う事を誓った。その結果、彼は大けがをするのだが、レディは彼の気持ちを「その試合で騎士がつけていた血だらけとなったドレス」を身にまとい、パーティに出席することで応えた。

西洋では寓話やシンボライズが多くあり、女性や民を「羊」にたとえる。盗賊や悪党は「狼」騎士は「犬」である。狼と犬は非常に近く「犬もまた狼となり、狼もまた犬となりうる」ことを考えると「力」というものが物を奪うために使われるのか、守るために使われるのか、その人の心次第ということになるわけだ。

文化[編集]

派生した文化としてレディーファーストがあるとされる。ただし『ダ・ヴィンチ・コード』著者ダン・ブラウンレディーファーストが道徳心の発露では無く、「魔女狩りや迫害から、救世主の末裔を擁護することを存在意義とする騎士団の行動規範より始まったと推論している。

武士道と騎士道[編集]

騎士道とは西洋一般の行動規範であるが、日本にも武士道と呼び、騎士道と対比されることがある。

騎士はキリスト教世界においてまず、宗教戦士であった。

武士は主人に対して主従を結ぶのに対して、騎士の誓いはとの契約であるため、騎士は主人と契約するがその契約は業務提携であり、帰依するのはあくまでも神である。したがって主が理不尽な命令をした場合、自分の心の中に聞こえる神の小さな声を聞くことでそれを拒否しても良い。契約の中に弱者の保護があるが、これは神との契約である以上「しなくてはならない」という強制である。

武士の場合、行動基準となる五常はあくまでもキーワードであり、絶対ではない。

騎士道の中に「派手に振舞え」というのがある。逆に初期のテンプル騎士団などは2人で馬一頭を共有するほど質素倹約に努めた。財産を蓄えればそれを守るという欲が出るためで、前者はもとを正せば「蓄財をするな」ということである。また、貧しい人に、身を削って富を分け与えよ、という意味もある。

総じて、武士道は自身の名誉や意地を、騎士道は正義を重んじるという差がある。戦争において武士道では敵への降伏を拒否しての自殺があるが騎士道にはこれがなく、代わりに死ぬまで抗戦することを選ぶ。言うまでもなく、キリスト教は自殺を禁じているためである。

関連した作品[編集]

文学
ミュージカル

参考文献[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ トマス・ブルフィンチ 野上弥生子訳 『中世騎士道物語』岩波書店
  2. ^ [1]

外部リンク[編集]