ニュータウン

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ニュータウン(new town)とは「新しい街」という意味である。その原義は広いが、ここでは都市の過密化への対策として郊外に新たに建設された新しい市街地について述べる。以下の事例はほんの一部で、世界中のさまざまな都市にさまざまな形態のニュータウンがある。

「非都市化地域に計画的に建設される都市」全般については計画都市を参照。

目次

エディンバラ [編集]

エディンバラのニュータウン(新市街)は、人口過密を緩和するため18世紀後半に建設された。その後は、それまでの市街はオールドタウン(旧市街)と呼ばれた。

ウェールズ [編集]

ウェールズのプリンシパル・エリア(州)、ポーイス(かつてのモンゴメリーシャー、ブレックノックシャーの大部、デンビーシャーのわずかな箇所)にニュータウン(Newtown)という名の都市がある。同州最大の都市で、ロバート・オウエンらを輩出。フランネル発祥地。

オーストラリア [編集]

オーストラリアシドニー市内西部に位置するエリアの名称。芸術家に人気のあるエリア。

ニュージーランド [編集]

ウェリントンにある地区名でニュータウン地区がある。ニュータウンパーク動物園、ニュージーランドの総督公邸などがある。

アメリカ合衆国 [編集]

20世紀イギリス [編集]

現代イギリスで単にニュータウンといえば1940年代から1970年代まで、ロンドンを初め各地の都市圏の郊外に建設された人口5万人から10万人前後の自立性の高い新都市のことである。

1944年、イギリスにおいてロンドンへの過度の人口集中を改善することを目的として大ロンドン計画が立案された。計画では既成のロンドン市街地の中心部で再開発を実施するとともに、ロンドンを囲むグリーンベルトの外側に人口5万人から8万人の小都市を建設するとされた。これらの小都市がニュータウンと称された。

これらのニュータウンは、1898年エベネザー・ハワードによって提唱された田園都市構想の影響を受けたものである。日本における母都市である大都市へ通勤することを主体としたベッドタウンタイプの「ニュータウン」とは異なり、職住近接を目ざして職場をはじめとする各種の都市機能も備えた自立性の高い都市である。ニュータウンとして建設された都市には、スティーブニッジブラックネルコービークローリーハーロウニュートンアイクリフカンバーノールドなどがある。

その後もニュータウンは建設され、次第に人口規模が大きくなり、1960年代に入ると、人口25万人を目ざし、俗に「ニューシティ」と呼ばれるミルトン・キーンズのような例も現れている。

香港 [編集]

20世紀日本 [編集]

イギリスでのニュータウン運動にやや遅れて日本でも1950年代から1980年代まで東京都市圏大阪都市圏の郊外を中心にニュータウンの建設が盛んに計画、実施されている。開発の手法には大きく分けて国の機関や地方自治体が法的根拠(新住宅市街地開発法や土地区画整理事業法)に基づいてマスタープランを起案し自らがデベロッパーとなって建設するものと、民間デベロッパーが任意に建設するものがある。

公的機関が開発した大規模ニュータウンは長期に渡り広域広大な造成を伴ってインフラストラクチャー等の都市基盤整備工事を実施し、マスタープランに基づいて住宅を基軸に複合多機能都市として建設される場合が多い。三大都市圏では東京都市圏の「多摩ニュータウン」「港北ニュータウン」「千葉ニュータウン」「幕張ベイタウン」「ユーカリが丘」「常総ニュータウン」「竜ヶ崎ニュータウン」、大阪都市圏の「千里ニュータウン」「泉北ニュータウン」、名古屋都市圏の「高蔵寺ニュータウン」「桃花台ニュータウン」などが代表例である。

他方、日本に数多くある民間が開発したニュータウンは都市機能の独立性が低く夜間人口と比べて昼間人口が極端に低いほぼ純粋な住宅地が多い。このため、ベッドタウンとも呼ばれる。ただし、民間企業1社が開発した仙台都市圏の「泉パークタウン」では職住近接型の開発がなされている。

また、高度経済成長期に開発されたニュータウンでは、若い世代の人口流出に伴う住民の高齢化、少子化による学校の統廃合問題、集合住宅・各種施設の老朽化や建替えなどの問題も生じている。

韓国でも日本のニュータウンと同様の都市開発が主に政府主導で行われているが、これは「新都市(シンドシ、신도시)」と呼ばれている。

関連項目 [編集]