オルドス市

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中華人民共和国 内モンゴル自治区 鄂爾多斯市
旧称:伊克昭盟
内モンゴル自治区の中のオルドス市の位置
内モンゴル自治区の中のオルドス市の位置
簡体字 鄂尔多斯
繁体字 鄂爾多斯
È'ĕduōsī
カタカナ転記 アーアールドースー
国家 中華人民共和国
自治区 内モンゴル
行政級別 地級市
面積
- 総面積 86,752 km²
人口
- 総人口(2008) 151.4 万人
経済
電話番号 0477
郵便番号 017000
行政区画代碼 150600

オルドス市(オルドスし、中国語:鄂尔多斯市、英語:Ordos)は中華人民共和国内モンゴル自治区西南部に位置する地級市黄河が北に大きく屈曲した地点にあたるオルドス高原に位置する。2002年2月26日、伊克昭(イフ・ジョー)盟から市となった。

行政区画[編集]

1市轄区、7を管轄する。行政中心である東勝は、かつて県級市であった。

年表[編集]

綏遠省イェケジョー盟[編集]

イェケジョー盟モンゴル族自治区[編集]

  • 1949年12月21日 (1県7旗)
    • 東勝県を編入。
    • ダラト旗組訓処がダラト旗に編入。
    • 桃力民弁事処がオトク旗・ハンギン旗に分割編入。
  • 1950年4月7日 (1県7旗2区)
  • 1950年6月1日 - 山西省興県専区河曲県の一部が分立し、十里長灘区が発足。(1県7旗3区)
  • 1951年11月20日 - 陝西省楡林専区靖辺県の一部がオトク旗に編入。(1県7旗3区)
  • 1952年2月 - 寧夏省陶楽県の一部がオトク旗に編入。(1県7旗3区)
  • 1952年10月21日 (1県7旗)
    • 通格朗区・ダルハト区がジャサク旗に編入。
    • 十里長灘区がジュンガル旗に編入。
  • 1953年9月15日 - 集寧専区包頭県の一部がダラト旗に編入。(1県7旗)
  • 1953年9月28日 (1県7旗)
  • 1954年1月28日 - 綏遠省の内モンゴル自治区への編入により、内モンゴル自治区イェケジョー盟となる。

内モンゴル自治区イェケジョー盟[編集]

  • 1954年6月 - 平地泉行政区サラチ(薩拉斉)県の一部がダラト旗に編入。(1県7旗)
  • 1955年1月10日 - ジュンガル旗の一部が平地泉行政区サラチ県に編入。(1県7旗)
  • 1956年6月1日 - 陝西省楡林専区靖辺県の一部がウーシン旗に編入。(1県7旗)
  • 1958年11月21日 - 郡王旗・ジャサク旗が合併し、エジンホロ旗が発足。(1県6旗)
  • 1960年1月7日 - バヤンノール盟磴口県の一部がオトク旗に編入。(1県6旗)
  • 1961年7月9日 - オトク旗の一部(桌子山鉱区)が分立し、海勃湾市が発足。(1市1県6旗)
  • 1975年8月30日 - 海勃湾市がバヤンノール盟ウダ市と合併し、地級市の烏海市となる。(1県6旗)
  • 1980年8月12日 - オトク旗の一部が分立し、オトク前旗が発足。(1県7旗)
  • 1983年10月10日 - 東勝県が市制施行し、東勝市となる。(1市7旗)
  • 2001年2月26日 - イェケジョー盟が地級市のオルドス市に昇格。

オルドス市[編集]

  • 2001年2月26日 - イェケジョー盟が地級市のオルドス市に昇格。(1区7旗)
    • 東勝市が区制施行し、東勝区となる。

歴史[編集]

オルドス市の市域は遊牧の好適地であるとともに、モンゴル高原から華北、華北からモンゴル高原に通じる交通上の要衝であり、古くは匈奴が争奪した地帯である。匈奴の呼韓邪単于は、後漢に従いこの地に王庭をおいた。15世紀モンゴルオルドス部が移住してきたため、これにちなんで地名の上でもオルドスと呼ばれるようになった。

17世紀にオルドス部がに服属すると、清は盟旗制によりオルドス部に7つの旗を置いてオルドス王家の後裔を各旗の旗長とし、オルドス7旗を1盟(イフ・ジョー盟)とした。

辛亥革命後の1928年国民政府綏遠省を置き、イフ・ジョー盟はその南部に吸収された。満州事変後、日本関東軍の支援を受けて徳王(デムチュクドンロブ)の自治独立運動が起こるとイフ・ジョー盟もこれに加わり、1939年成立の蒙古連合自治政府傘下に入った。国共内戦後、中華人民共和国のもとで最終的に綏遠省が廃止されて行政区として復活し、1956年に内モンゴル自治区に加わった。

羊毛業が主産業の貧困都市であったが、1990年代から石炭生産に力を入れたことで中国有数の産炭地となり、石炭バブルによって空前の好景気に沸いた[1]2000年の「西部大開発」国家プロジェクトを受けて開発が進み[2]、人口も約30万人から200万近くに急増した。2010年には1人当たり域内総生産(GDP)が中国トップとなったが、ほどなく石炭バブルが崩壊[1]

2003年から建設が始まった康巴什新区(カンバシ新区)のような巨大なニュータウンでは、開発と不動産投資が急速に進みすぎ、人の住まない住宅が増えて鬼城(ゴーストタウン)化も問題視されるようになっている[3]。『浙商網・浙江経済報道』の2013年の報道によると、石炭価格の大幅な値下がりにより市内に35ある炭鉱の半数以上が停止しており、市の成長率はモンゴル最下位にまで落ち込んだと報じられており、1000億元以上の負債を抱え、不動産市場が崩壊しているオルドス市は危機に瀕しており、中国の地方政府として初の破産に直面していると報じる中国メディアもあった[4]

交通[編集]

施設[編集]

  • オルドス国際サーキット場 - 2010年に建設され、2011年にFIA GT1世界選手権が開催された。
  • オルドス博物館

脚注[編集]

  1. ^ a b 「鬼しか住まぬ」中国オルドス 石炭バブルが崩壊 日本経済新聞 2013/8/15
  2. ^ 三井物産の取り組み-挑戦と創造「内モンゴルの未来に新しい価値を」 三井物産、2008年2月
  3. ^ 「無人都市 群がるマネー」読売新聞 2011年2月8日
  4. ^ 「ゴーストタウン」と呼ばれたオルドス市、破産の危機に直面 石炭産業への過度な依存が市財政を圧迫 p4日経ビジネス、2013年7月12

関連項目[編集]

外部リンク[編集]