フルンボイル市

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中華人民共和国 内モンゴル自治区 呼倫貝爾市
内モンゴル自治区の中のフルンボイル市の位置
内モンゴル自治区の中のフルンボイル市の位置
中心座標 北緯49度14分40.10秒 東経119度45分14.64秒 / 北緯49.2444722度 東経119.7540667度 / 49.2444722; 119.7540667
簡体字 呼伦贝尔
繁体字 呼倫貝爾
Hūlúnbèi'ĕr
カタカナ転記 フールンベイアール
モンゴル文字 ᠬᠥᠯᠦᠨ ᠪᠤᠶᠢᠷ ᠬᠣᠲᠠ
モンゴル語キリル文字 Хөлөн Буйр Хот
モンゴル語ローマ字転写 Ĥ̇ölün Buyir ĥoṭa
国家 中華人民共和国
自治区 内モンゴル
行政級別 地級市
面積
- 総面積 263,953 km²
人口
- 総人口(2010) 269 万人
経済
電話番号 0470
郵便番号 021000
ナンバープレート 蒙E
行政区画代碼 150700
公式ウェブサイト http://www.hulunbeier.gov.cn/

フルンボイル市(呼倫貝爾市,-し、慣用読み: ホロンバイル、Hūlúnbèi'ĕr)は中華人民共和国内モンゴル自治区北東部に位置する地級市。市名はモンゴル語で、地区に含まれる湖である呼倫湖(フルン・ノール)と貝爾湖(ボイル・ノール)に因む。東西 630 キロメートル、南北 700 キロメートル、総面積 253,000 平方キロメートルで、山東省江蘇省の面積の総和より大きい。人口約 2,650,000 人。

地理[編集]

市域を南北に大興安嶺山脈が走り、嶺西地域と嶺東地域に分ける。嶺西地域はモンゴル平原に隣接する。南部は内モンゴル自治区興安盟(ヒャンガン・アイマグ)、東部は嫩江を境界として黒竜江省と接し、北部および北西部はアルグン川を境界としてロシア連邦、西部および西南部はモンゴル国と接する。

気象[編集]

内陸性の気候のため、冬季は厳しい寒さとなる。2014年1月10日の冷え込みでは、市内の観測地点で摂氏氷点下46.1度を観測した[1]

民族[編集]

伝統的な部族集団としては清のソロン八旗に含まれたエヴェンキ、オロチョン、ホゥーチン・バルグ(陳バルグ)、ダグールと、バルグ八旗に編成されていたシネ・バルグ(新バルグ)がいた。このうちホゥーチン・バルグ、シネ・バルグは中華人民共和国の民族識別工作によりモンゴル族に編入されたが、同じモンゴル系でもダグールは単独でダグール族(ダウール族)とされた。

中華民国期以降爆発的に進んだ漢族の流入により、現代では漢族が人口の大部分を占める。少数民族は総計 458,186 人で総人口の 17.3 パーセントを占めるが、それらの中には回族満族朝鮮族などが含まれている。

歴史[編集]

フルンボイル地方は遊牧に好適な草原地域であり、匈奴鮮卑室韋キルギス契丹タタルなど、古来様々な遊牧民が興亡した。また、東方の森林地帯からは女真をはじめとするツングース系の民族も入り込んでおり、現在のオロチョンエヴェンキの先祖となった。

モンゴル帝国のもとではチンギス・ハーンの末弟テムゲ・オッチギンがこの地方に遊牧し、モンゴル高原東部から遼東にかけて絶大な権勢を誇った。の北走後も北元にとっての重要な拠点であったが、1388年にこの地でトグス・テムル・ハーンが殺害され、北元は崩壊した。

17世紀にはバルグ(今日のブリヤート人に近いモンゴル系部族)、ダフール(モンゴル系民族)、エヴェンキ、オロチョンなどが住んでいたこの地方はの支配下に置かれた。清は領土の北辺にあたるこの地方を支配するに当たり、八旗に準じて諸部族をソロン八旗(ソロンはエヴェンキの満州語名)に編入し、清朝皇帝の隷臣として扱った。18世紀には外モンゴルハルハの隷属民であったバルグの別派がフルンボイルに移住されてバルグ八旗に編成され、黒竜江将軍の支配下に置かれた。

清末においてもこの地方は北方の辺境であったために漢族の流入や定住農耕化が比較的遅れ、その後も長い間遊牧生活が保たれた。満洲事変が起こると日本の勢力下に入り、満洲国に編入されて南のジェリム盟と合併、興安省が置かれた。さらに興安省が分割されるとフルンボイルのうち嶺東地区は「興安東省」、嶺西地区は「興安北省」が設置されたが、その崩壊後1948年にホロンバイル盟が設置されて、内モンゴル自治区に属すことになった。

1953年にはハイラル満州里ウランホトが自治区直轄市に昇格した。1969年盟の大部分は黒竜江省に編入されたが、1979年内モンゴル自治区に復した。2001年10月10日、フルンボイル盟を廃止し、フルンボイル市が成立、首邑であるハイラル市はハイラル区となった。

行政区域[編集]

1市轄区・5県級市・4旗・3自治旗を管轄する。

年表[編集]

フルンボイル・ナウェンムレン盟[編集]

ハイラル市[編集]

  • 1953年5月10日 - 東部行政公署ハイラル市が地級市のハイラル市に昇格。(1市)
  • 1954年5月21日 - ハイラル市がフルンボイル盟に編入。

満州里市[編集]

  • 1953年5月10日 - 東部行政公署満州里市が地級市の満州里市に昇格。(1市)
  • 1954年5月21日 - 満州里市がフルンボイル盟に編入。

内モンゴル自治区フルンボイル盟(1954年-1969年)[編集]

黒龍江省フルンボイル盟[編集]

  • 1969年7月5日 - 内モンゴル自治区の分割により、内モンゴル自治区フルンボイル盟が黒龍江省フルンボイル盟となる。(2市9旗3自治旗)
    • 突泉県・ホルチン右翼前旗が吉林省白城専区に編入。
  • 1970年4月1日 - オロチョン自治旗・モリンダワダウール族自治旗が大ヒンガン嶺地区に編入。(2市9旗1自治旗)
  • 1979年5月30日 - 黒龍江省の分割により、内モンゴル自治区フルンボイル盟となる。

内モンゴル自治区フルンボイル盟(1979年-2001年)[編集]

フルンボイル市[編集]

  • 2001年10月10日 - フルンボイル盟が地級市のフルンボイル市に昇格。(1区5市4旗3自治旗)
  • 2013年3月8日 - 満洲里市の一部が分立し、ジャライナウル区が発足。(2区5市4旗3自治旗)

経済[編集]

大興安嶺山脈では林業、草原地帯では牧畜が盛んで、畜産加工業も発達している。ハルビンから延びる旧東清鉄道がハイラル、満州里を通ってロシア領ザバイカリスクに入る。国境では中ロ互市貿易区が設置されている。

交通[編集]

鉄道[編集]

航空[編集]

出典[編集]

  1. ^ “内モンゴルに大寒波、北部のフルン・ボイルで氷点下46.1度”. サーチナ. (2014年1月10日). http://news.searchina.net/id/1520757 2014年1月11日閲覧。 

外部リンク[編集]