テムゲ・オッチギン

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テムゲ・オッチギン(Temüge Odčigin、? - 1246年)は、チンギス・カンの末弟で、モンゴル帝国の皇族である。イェスゲイ・バアトルコンギラト部族オルクヌウト氏族出身のホエルンとの三男で、他の同母兄にはジョチ・カサルカチウンがいる。『元朝秘史』『元史』などの漢語資料では、帖木格斡赤斤(『元朝秘史』巻1・60段)、鐵木哥斡赤斤 國王、帖木格斡赤斤、忒木哥窩眞、斡陳那顔など。『集史』などのペルシア語表記では تموكه اوتچكين Tamūka Ūtchikīn と書かれる。『集史』によると、オッチ(ギン)・ノヤン اوتچی نويان Ūtchī Nūyān という名前で知られていたといい、『世界征服者史』でも اوتكين نويان Ūtkīn Nūyān と書かれている。生年は不詳だが『元朝秘史』によると、チンギス・カンより6歳年下とされる。オッチギン(炉の番人)[1]とは、テムゲが母ホエルンの家産を相続する末子であったことから呼ばれた。

チンギスから特に愛され、国王の称号を与えられた[2]。チンギスが即位した後に5の千人隊を与えられ、さらに母ホエルンが与えられた3の千人隊を継承し、8の千人隊を有するに至った[3]。モンゴル東方の左翼部の満州に接する地域に遊牧地を与えられ[4]、ジョチ・カサル、カチウンの子孫ら東方の王侯を統率し、モンゴル貴族や漢人勢力に影響力を持つモンゴル帝国左翼の中心人物となった[5]

目次

略歴 [編集]

勇気があり、オルドを治めることを好んだという[2]ナイマン討伐で戦功を立て、1219年からの征西ではモンゴル本土の留守を任される。1227年第五次西夏遠征では、チンギスが率いる本隊とは別行動をとって信都府を攻略した[6]

1229年にチンギスが没したとき、甥のチャガタイと共にオゴデイを新たなモンゴルの指導者に推戴した。1230年からの第二次対金戦争では、オッチギンは左翼軍を率いて中都から黄河に向かって南下した。オッチギンの軍隊は黄河を渡って戦闘には参加しなかったものの[7]、恐怖に駆られた金の領民は開封とその周辺に逃れ、人口の流入によって金に食糧危機と社会不安をもたらした[8][9]

1241年末にオゴデイが没すると、オッチギンはハーンの位を求め、軍隊を率いてオゴデイの皇后たちのオルドに向かった。しかし、皇后ドレゲネに阻まれ、征西から帰国したオゴデイの皇子グユクがエミルに到着した報告を聞くと帝位を断念し、ドレゲネに弔問に訪れた旨を伝えて軍を引き返す[10]。その後オッチギンは王侯を引率して新たなハーンを選挙するクリルタイ、グユクの即位式に出席した。

グユクの即位後、オッチギンは先に行った帝位の簒奪について、トルイ家モンケジョチ家オルダから審問を受けた。オッチギンの配下の将校たちを処刑することで裁判は決着し、判決の直後にオッチギンも没した[11]

子孫は東方三王家(チンギスの弟ジョチ・カサルカチウン、テムゲ・オッチギンの家系)の一角をなし、クビライ元朝設立にも貢献した。

脚注 [編集]

  1. ^ 集史イェスゲイ・バハードゥル紀諸子表のテムゲ・オッチギンの条の説明によると、「テムゲが名前である。オッチギンとは『火とユルト(家屋、または牧草地)の主』という意味であり、年少の息子はオッチギンと呼ばれる( تموكه نام است و اوتچكين يعنى خداوند آتش و يورت و پسر كوچكين را اوتچكين گويند Tamūka nām ast wa Ūtchikīn ya`nī khudāvand-i ātash wa yūrt wa pisar-i kūchakīn rā Ūtchikīn gūyand )」とある。
  2. ^ a b 小林「テムゲ・オッチギン」『アジア歴史事典』6巻、441-442頁
  3. ^ 堀川「モンゴル帝国とティムール帝国」『中央ユーラシア史』、177頁
  4. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』2巻、60頁
  5. ^ 杉山『モンゴル帝国の興亡(上)軍事拡大の時代』、65頁
  6. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』2巻、18,20頁
  7. ^ 杉山『モンゴル帝国の興亡(上)軍事拡大の時代』、62-63頁
  8. ^ 堀川「モンゴル帝国とティムール帝国」『中央ユーラシア史』、183頁
  9. ^ 杉山『モンゴル帝国の興亡(上)軍事拡大の時代』、60頁
  10. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』2巻、218頁
  11. ^ 杉山『モンゴル帝国の興亡(上)軍事拡大の時代』、95頁

参考文献 [編集]

  • 小林高四郎「テムゲ・オッチギン」『アジア歴史事典』6巻(平凡社, 1961年)
  • 杉山正明『モンゴル帝国の興亡(上)軍事拡大の時代』(講談社現代新書, 講談社, 1996年5月)
  • 堀川徹「モンゴル帝国とティムール帝国」『中央ユーラシア史』収録(小松久男編, 新版世界各国史, 山川出版社, 2000年10月)
  • C.M.ドーソン『モンゴル帝国史』2巻(佐口透訳注, 東洋文庫, 平凡社, 1968年12月)

関連項目 [編集]