吉林省

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吉林省
簡称: 吉 (拼音: )
吉林省の位置
簡体字 吉林
繁体字 吉林
拼音 zh-Jilin.ogg Jílínヘルプファイル
カタカナ転記 ジーリン
省都 長春市
最大都市 長春市
省委書記 孫政才(前農業相)
省長 王儒林(前省委副書記)
面積 187,400 km² (13位)
人口 (2004年)
 - 人口密度
27,090,000 人 (21位)
145 人/km² (23位)
GDP (2008年)
 - 一人あたり
6,424 億 (21位)
23,514 (11位)
HDI (2006年) 0.795 () (11位)
主要民族 漢民族 - 91%
朝鮮族 - 4%
満州族 - 4%
モンゴル族 - 0.6%
回族 - 0.5%
地級行政区 9 個
県級行政区 60 個
郷級行政区 1006 個
ISO 3166-2 CN-22
公式サイト
http://www.jl.gov.cn/
長春市 吉林市 四平市 遼源市 通化市 白山市 松原市 白城市 延辺朝鮮族自治州
地級行政区画

吉林省(きつりんしょう)は中国東北部に位置する。省都は長春市

目次

[編集] 地理

北部を黒竜江省、西部を内モンゴル自治区、南部を遼寧省と接す。また北東部はロシアと接し、南東部は北朝鮮と接する。中部には南から延びてきた遼東大平原が広がり、東部は長白山系を中心とする森林地帯、西部も大興安嶺の山岳地帯となっている。

[編集] 歴史

[編集] 近代以前

省東部の森林地帯はツングース系狩猟民族の住地であり、中部平原地帯には東夷系の扶余が古くから建国し、扶余から分かれた高句麗も省西南部の集安を拠点に一大国家を形成した。高句麗滅亡後は辰国(渤海)が敦化の東牟山に建国、後黒竜江省南部の上京竜泉府に都を移した。渤海が契丹に滅ぼされると東丹国の版図とされたが、まもなく女真の活動地域となり、女真民族はその後金王朝を樹立して中国北部を支配した。金朝が滅亡し元朝の支配が開始されると、その統治の下に女真族が狩猟及び農耕による生産活動が行われ、明末まで中央の緩やかな統制による女真族の活動範囲となった。明末に急速に勢力を拡大した女真族は、その後満州族として周辺諸族を統合し清朝を樹立し中国全土を支配するようになった。

具体的な行政区画としては清初、1676年寧古塔(ニングダ)将軍が吉林に移駐したのが吉林省設置の始まりで、その管轄範囲は現在の吉林省中東部、黒竜江省東南部からウスリー江以東、アムール川以北の広大な地域に及んだ。

[編集] 近現代

吉林省 (中華民国)」および「吉林省 (満州国)」も参照

清代長白山を皇室そ構成する満族の聖地としており他民族の立ち入りが制限されていたが、朝鮮族による移住が行われていた。

1907年清朝により吉林省が正式に設置され、吉林府を省会とした、現在の吉林、黒竜江の大部分を管轄し、吉長、浜江(ハルビン)、依蘭(三姓)、延吉の四道を設置した。

中華民国が成立すると吉林省が設置されたが、民初はその統治権が及ばず、国民政府による行政権が及んだのは1928年1月の易幟以降である。その後は吉林県(永吉県)を省会とし、満州事変まで沿襲された。この時期には朝鮮が日本に併合されたため、多くの朝鮮人が越境し現在の延辺朝鮮族自治州を中心に吉林省東部に移住し間島という地域を形成した(中華人民共和国成立後に民族自治州が設定された)。

1920年代以降、鉄道建設により交通の要衝であった長春県の経済的重要性が高まり、1932年満州国建国に際しては新京市として首都として吉林省から分離されている。

1945年の日本の敗戦以降、吉林省は国共内戦の舞台となった。1949年の中華人民共和国以降も吉林市(1947年設置)が省会とされたが、1954年長春市に移転している。

現在は中国の経済発展に伴い、朝鮮族が多く居住する地域には大韓民国のビジネスマンが多く駐在するようになっている。

[編集] 行政区域

下部に8地級市と1自治州を管轄する。詳細については下記データボックスを参照。

名称 中国語表記 人口
(万人)
面積
(km²)
人口密度
(人/km²)
長春市 长春市 699 20,200 346
吉林市 吉林市 432 27,600 157
四平市 四平市 323 14,400 224
遼源市 辽源市 123 5,140 239
通化市 通化市 225 15,500 145
白山市 白山市 133 17,900 74.3
松原市 松原市 274 22,100 124
白城市 白城市 199 25,400 78.3
延辺朝鮮族自治州 延边朝鲜族自治州 218 43,500 50.1

[編集] 教育

[編集] 文化

吉林市集安市国家歴史文化名城に指定されている。

また、集安市にある高句麗遺跡は2004年、高句麗前期の都城と古墳としてユネスコ世界遺産に登録された。高句麗については中国と韓国の間で中国の少数民族地方政権とみるか、朝鮮史の一部と見るかで論争が展開している。

[編集] 友好都市

[編集] 外部リンク

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