吉林省

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

'吉林省'
簡称: 吉 (拼音: )
吉林省の位置
簡体字 吉林
繁体字 吉林
拼音 Jílín
カタカナ転記 ジーリン
省都 長春市
最大都市 長春市
省委書記 王珉(前吉林省長、元蘇州市委書記)
省長 韓長賦(元国務院研究室常務副主任)
面積 187,400 km² (13位)
人口 (2004年)
 - 人口密度
27,090,000 人 (21位)
145 人/km² (23位)
GDP (2007年)
 - 一人あたり
5,226 億 (22位)
19,168 (13位)
HDI (2005年) 0.776 () (10位)
主要民族 漢民族 - 91%
朝鮮族 - 4%
満州族 - 4%
モンゴル族 - 0.6%
回族 - 0.5%
地級行政区 9 個
県級行政区 60 個
郷級行政区 1006 個
ISO 3166-2 CN-22
公式サイト
http://www.jl.gov.cn/
長春市 吉林市 四平市 遼源市 通化市 白山市 松原市 白城市 延辺朝鮮族自治州
地級行政区画

吉林省(きつりんしょう)は中国東北地区に位置する。省都は長春

目次

[編集] 地理

北部を黒竜江省、西部を内モンゴル自治区、南部を遼寧省と接す。また北東部はロシアと接し、南東部は北朝鮮と接する。中部には南から延びてきた遼東大平原が広がり、東部は長白山系を中心とする森林地帯、西部も大興安嶺の山岳地帯となっている。

[編集] 歴史

[編集] 近代以前

省東部の森林地帯はツングース系狩猟民族の住地であり、中部平原地帯には東夷系の扶余が古くから建国し、扶余から分かれた高句麗も省西南部の集安を拠点に一大国家を形成した。高句麗滅亡後は辰国(渤海)が敦化の東牟山に建国、後黒竜江省南部の上京竜泉府に都を移した。渤海が契丹に滅ぼされると東丹国の版図とされたが、まもなく女真の活動地域となり、女真民族はその後金王朝を樹立して中国北部を支配した。金朝が滅亡し元朝の支配が開始されると、その統治の下に女真族が狩猟及び農耕による生産活動が行われ、明末まで中央の緩やかな統制による女真族の活動範囲となった。明末に急速に勢力を拡大した女真族は、その後満州族として周辺諸族を統合し清朝を樹立し中国全土を支配するようになった。

具体的な行政区画としては清初、1676年寧古塔(ニングダ)将軍が吉林に移駐したのが吉林省設置の始まりで、その管轄範囲は現在の吉林省中東部、黒竜江省東南部からウスリー江以東、アムール川以北の広大な地域に及んだ。

[編集] 近現代

1907年、吉林省が正式に設置され、吉林が省都となり、現在の吉林、黒竜江の大部分を管轄し、吉長、浜江(ハルビン)、依蘭(三姓)、延吉の四道を置いて、中華民国時代まで続いた。

その後、鉄道建設によって長春の地位が台頭し、満州国時代には新京としてその首都となった。

吉林は、依然吉林省の首府であったが、1954年に新吉林省の省会(省都)だけは長春に移転した。

清朝は、白頭山を王家たる満族の民族の聖なる山としていたため、他民族の立ち入りを禁止していた。しかし、朝鮮族が勝手に移住していた。

特に19世紀以後、朝鮮が植民地化されてから、多くの朝鮮人が越境して現在の延吉を中心とする吉林省東部に住み付くようになり、間島(カンド)と呼ばれた。新中国成立後この地域に延辺朝鮮族自治州が成立した。

この地域は、根拠のない差別の目でみられている。

さらに中国の発展に伴って、朝鮮族が多く居住しているため、同じ朝鮮族の国家である大韓民国のビジネスマンも延辺朝鮮族自治州や、長春に多く滞在するようになった。

[編集] 行政区域

下部に8地級市と1自治州を管轄する。詳細については下記データボックスを参照。

名称 中国語表記 人口
(万人)
面積
(km²)
人口密度
(人/km²)
長春市 长春市 699 20,200 346
吉林市 吉林市 432 27,600 157
四平市 四平市 323 14,400 224
遼源市 辽源市 123 5,140 239
通化市 通化市 225 15,500 145
白山市 白山市 133 17,900 74.3
松原市 松原市 274 22,100 124
白城市 白城市 199 25,400 78.3
延辺朝鮮族自治州 延边朝鲜族自治州 218 43,500 50.1

[編集] 友好都市

[編集] 教育

[編集] 文化

吉林市集安市国家歴史文化名城に指定されている。

また、集安市にある高句麗遺跡は2004年、高句麗前期の都城と古墳としてユネスコ世界遺産に登録された。高句麗については中国と韓国の間で中国の少数民族地方政権とみるか、朝鮮史の一部と見るかで論争が展開している。

[編集] 外部リンク