ブリヤート人

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ブリヤート人
Буряад
Selenginskie buryaty.jpg
19世紀のセレンギンスク・ブリヤート族。
総人口

約580,000人

居住地域
ロシアの旗 ロシア 445,175人
(2002年)
Flag of Buryatia.svg ブリヤート共和国 272,910人
(2002年)
Flag of Irkutsk Oblast.svg イルクーツク州 80,565人
(2002年)
Flag of Zabaykalsky Krai.svg ザバイカリエ地方 70,457人
(2002年)
モンゴル国の旗 モンゴル 88,378人
中華人民共和国の旗 中国 40,980人
言語
ブリヤート語
宗教
仏教
シャーマニズム
正教会
ブリヤート共和国モンゴル国の位置関係。ブリヤート共和国はバイカル湖の東と南を囲むように位置し、モンゴル国の北部に接するロシア連邦を構成する共和国
ブリヤートの伝統的な木造ユルト(ロシア語Yurt:円形移動式テント、モンゴル遊牧民のゲルにあたる)。
撮影:ウラン・ウデの民族博物館

ブリヤート人ブリヤート語: Буряадロシア語: Буряты)は、ロシア連邦モンゴル国中華人民共和国に住むモンゴル系民族。ロシア連邦内の人口は445,175人で、とりわけブリヤート共和国には全人口の約4分の1が居住している。

居住地域は、ロシア連邦内ではブリヤート共和国を中心にウスチオルダ・ブリヤート自治管区アガ・ブリヤート自治管区など。そのほかモンゴル国の北部、中華人民共和国内モンゴル自治区のハイラル近辺(シネヘン)にも居住している。

概要[編集]

ブリヤート人はモンゴル族の一部であり、モンゴル先祖はバイカル湖から形成し始めてから草原地代へ進行する、モンゴル秘史に記載する蒼き狼と白い鹿がバイカル湖を横断して草原へ移動されモンゴル民族が発足する。バイカル湖周辺が人類文明の一原点であり、アルタイ諸民族の発祥地だとされる。

ブリヤート人も、バイカル湖の東に住む者と、西に住む者とでは、かなりの違いがある。東に住む者は、固有の文化を維持し、ロシア人との混血が進んでいないのに対し、西に住む者は、生活がロシア化され、ロシア人との混血が進んでいる。縄文人の遺伝子に近い特徴を持つといわれ[1][2][3][4][出典不十分]、日本において、日本人のルーツの一つとして近年注目を集めている。ブリヤート人が住むブリヤート共和国の国旗には、モンゴルの国旗にも歴代採用されてきたソヨンボから取った天体を表すシンボルがあったり、ウスチオルダ・ブリヤート自治管区の旗にも、三脚巴argabarと呼ばれる紋章)の周囲に天体のようなものが描かれていることは興味深い。またアガ・ブリヤート自治管区の紋章には、まさに太陽が描かれている。

有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 第1集 マンモスハンター、シベリアからの旅立ち NHKスペシャル『日本人はるかな旅』:2001年DNAの鑑定の結果、「日本人はバイカル湖畔のブリヤート人との共通点が非常に多く、朝鮮人、南中国人、台湾人などと共通する特徴を持ったのが各1体だったのに対して、ブリヤート人とは30人近くが共通していた」とし日本人の約90%がバイカル湖畔起源ではないかと伝えている。
  2. ^ 荒岱介 ワークショップ 縄文人はシベリアからやってきた 実践社サイト:「20数体の縄文人のミトコンドリアDNAの内、17体がシベリアのバイカル湖周辺に住むブリヤート人と同じだということがわかった。」
  3. ^ レポート・外山惠理(TBSアナウンサー) TBSラジオ:「元々、縄文時代から日本に住んでいる人たちは湿った人が多くて、大陸から弥生時代以降に渡ってきた渡来人には、乾いた人が多いそう。つまり耳垢が湿っている人は縄文人、乾いている人は弥生人が先祖かも知れないんです。」「乾き型は2万年前バイカル湖あたりで、突然変異で生まれたということでそこから、モンゴル、中国、朝鮮半島、日本へと広がったと見られていてます。」
  4. ^ 縄文人の構造-1 縄文人は、いつどこから来たか?(4) 縄文塾:「縄文人のDNAには、旧ロシア・バイカル湖付近のブリヤート共和国の人たちと共通するものも多くあること、それに同地域マリタ遺跡で、縄文時代と共通するクサビ型石器をはじめ細石刃石器文化が見られる」